あわあわな時間

 ヒカリちゃんはボディソープを二、三回プッシュし、手の中でシャカシャカと泡立て始めた。


「ボ、ボディタオルは使わないの?」

「人の肌は繊細なんです。人の手のひらくらいで丁度いいらしいです」

「そ、そうなんだ……」

「ふふっ、ではお背中、洗いますね……」


 耳元でそうささやかれたボクは、ゾクリとした。


 お風呂にまだ入ってないのに、身体が熱い。心臓の鼓動がなお加速する。ボクはごくり、と生唾を飲み込んだ。


 ぬらり、と肩の辺りに彼女の手の柔らかい感触が伝わる。


「んっ………!?」


 肩から全身に電流が走ったような衝撃を受ける。


 じ、自分で洗うのとは全然違う……! まるで天と地……! 月とスッポン……! き⚪︎この山とたけ⚪︎この里……!


「ふふっ、どうですか?」


 妖艶ようえんな響きを伴った彼女の声が、耳に染み渡る。


「うん……いい感じ……」

「それは良かったです。リラックスして下さいね……?」


 肩からゆっくりと背中に向かって、ぬるぬるとした感触が広がる。ぞくり、ぞくり。


 あまりの刺激の情報量に脳がパニックを起こしそうだ。我慢できずに、思わず吐息がれる。


「んっ……」

「(いい反応ですね……)」


 ヒカリちゃんは手を緩める事なく、ボクの背中をゆっくりと撫で回す。


 まるで貴重な骨董品こっとうひんを愛でるかのように。


「ヒ、ヒカリちゃん……もう……」


 頭がふわふわとする。のぼせそうだ。


「ふふっ、もうギブアップでしょうか?」

 

 悪魔のようなささやきが聞こえる。


「もう無理どす……」


 ボクは情けない声を絞り出す。


「……ええ、そうですね。あまりにナギサ君の反応がいいものなので、少し調子に乗りすぎましたね……。ごめんなさい」

「ううっ、ヒカリちゃんばっかりずるいよ……。ボクもヒカリちゃんの背中洗うからね?」

「ふぇ!?」


 みるみると顔が赤くなるヒカリちゃん。やっぱり、やられる方には免疫がないらしい。


「じゃあ……背中向いて?」

「ええええええ///」

「ボクも恥ずかしかったんだから、おあいこだよ?」

「ううっ……はい……」


 ヒカリちゃんはこくりとうなずき、ボクに背中を向ける。


 ボクはごくりと生唾を飲み込み、その身体に巻いてあるタオルに手をかける。その瞬間──


「お、お邪魔しましたー!」


 と言って、ヒカリちゃんがピューと出ていこうとする。


 すると、手をタオルに引っ掛けていたので、タオルが引っ張られて、ヒカリちゃんの身体がそのままするするとはだけた。


「あっ……」

「────!? きゃああああああああ!」


 彼女が違和感に気づいて、タオルが落ちたこちらの方を向いた。


 彼女の全身があらわになる。華奢きゃしゃな肩、ふくよかな胸、きゅっと細くなったお腹周り、そして女の子らしい腰回りにむっちりとした太もも。


 ドクンと心臓が高鳴る。それは高校生男子にはあまりにも刺激が強すぎた。


「ご、ごめん!」

「い、いえ! お構いなくー!」


 ヒカリちゃんは顔を真っ赤にして、今度こそお風呂から出て行った。


「……ヒ、ヒカリちゃん。お、落ち着け、ボク。と、とりあえず……お風呂、入ろう……」


 落ち着く為に、ゆっくりとお風呂に浸かって、ふぅと一息をつく。


「……洗ってもらうの、クセになりそう……」


 なんてポツリと呟いた。




 

「そう言えばさ、ヒカリちゃん」

「はいなんでしょう、ナギサ君」

「ヒカリちゃんはどこで寝るの?」

「はいもちろん、ナギサ君と一緒に寝ますよ?」


 さも当然かのようにヒカリちゃんは言う。


「でもベッドは一つしかないよ?」

「はい、ですから同じベッドで一緒に寝ます」

「え!?」

「婚約者なのですから、当たり前では?」


 ヒカリちゃんは小首を傾げる。


「うっ……そうかもしれないけど。で、でもボクのベッドで2人は狭いよ?」

「はい、その方が密着感があっていいじゃないですか」


 ヒカリちゃんはにっこりと微笑む。


 か、彼女と一緒に寝るなんて、ドキドキして眠れる気がしないのだけど!?


「さぁ、もう夜も遅いですし、ベッドに行きましょう。 ──ね?」

「う、うん……」


 ど、どうなっちゃうの、これ!?



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