マジック・ガール・クソッタレ☆
@Kel_GRAD
第1話 ゴミみたいな魔法少女
『おじょうちゃん。あなた、魔法が欲しいとは思わんかね…』
『…え?わ、私ですか?えーと…どうだろう。まぁ小学生の頃はありましたけど、中学生にもになったらさすがに無いですかね…ていうかおばあちゃん、どちら様ですか?』
『あたしはねぇ…あなたみたいな子に、"自分の望みに向かうための魔法"を授けて回ってるのよ。ねぇ、あなたが人生の中で叶えたい望みって、一体どんなことなのかしら?』
『望みかぁ…あるっちゃあるかな。こんなの人として当たり前で、わざわざ望むことなんかじゃないかもしれないけど…』
ーーー困ってる人を助けられる、正義のヒーローになりたいなーーー
その望みがどんなに重たいものなのかを、この時の無垢な私は考えてもみなかった。
すえた臭いが充満する部屋の中、私はぼんやりと目を覚ます。何か懐かしい夢を見ていた気がするけど…かすかに残っている記憶は、思い出そうとする前にぽろぽろと崩れさってしまう。仕方なく夢の再生を諦め、私はベッドから起き上がった。
カーテンを閉めきっているからか、部屋が薄暗くて今が何時だか分からない。私は手探りでその辺を探し…カップ麺の容器と共に床に転がっていた置き時計を見つけ、今が午後の2時であることを確認した。
今日は休みの日だっけ。まぁ、先週高校辞めて以来ずっと引きこもってるんだし曜日なんてどうでもいっか。
使い古して伸びきったパジャマの裾を弄りながら、私は怠惰な思考を巡らせる。華の女子高生に憧れていたころが懐かしい。あぁ、小学生くらいの時に戻りたいな。そしたらめんどくさいこと全部忘れられるのに…
そうして現実逃避を初めようとしていたその時。部屋の隅に放置していたゴミ袋の中から、突如…トランシーバーのようなノイズ混じりの声が聴こえてきた。
『いや…やめてっ…!こんな事して許されると思ってるの!?すぐ警察を呼んでやるから…!』
『うるせぇな…おい、こいつちょっと黙らせろ。この町のサツは面倒だからな…』
『だ、誰か…誰か助けてくださいっ!ここに犯罪者が…きゃっ…!』
若い女性らしき声。そして恐らく彼女に暴行を行っている途中だと思われる、中年の男のダミ声。
それを聞いた途端ーーー私の全身に悪寒が走った。なぜなら、この音は録画した動画やテレビ番組による音などではなく…今現在、私の近くで困ってる人達の声がそのまま垂れ流しにされているものだからだ。
私は音の方向を睨みつける。ゴミ袋の中で鳴りわめくそれは、ぱっと見では幼稚園児がおままごとで使うようなおもちゃのケータイにしか見えない。
しかしこれこそが…私が腐っても『魔法少女』であるということを証明する、因縁の呪物なのだ。
今から5年近く前、女性だけに奇妙な幻覚が見えるという事件が多発した。今まで精神的に何の問題がなかった人でも、突然おかしなものが見えるようになってしまう。不思議なのは、何故か全員がほとんど同じ内容の幻覚を見ているということだった。
内容というのはこうだーーーある日自分の前に、真っ白なローブを羽織ったおばあさんが現れる。時刻と場所は人によって違うようで、学校帰りの夕方に路上で出会う人もいれば、朝起きたら枕元に立っていて腰を抜かしたという目撃証言もあるそうだ。
出会った後に、おばあさんは必ずこう語りかけてくる。
”おじょうちゃん。あなた、魔法が欲しいとは思わんかね…”
しわだらけの枯れた口元に反して驚くほどに綺麗で威厳のある声。自分にしか見えないことも相まって、人によっては天の使いのようにも見えたかもしれない。その問いに何かしらの答えを返すと、おばあさんはにこにこと微笑みながら頭を撫でてきて…
そこで、幻覚は終わってしまう。あんなにはっきりと見えていたおばあさんが煙のように消えてしまう。まるで、白昼夢からいきなり現実に引き戻されたみたいに。
話はこれだけでは終わらない。いやむしろ、ここからの部分の方が重要だ。
その幻覚を見た者には…必ず不思議な能力が宿る。異常な怪力を手に入れたり、火を吹けるようになったり。超常的な力を持つ彼女達のことを、人々は…
「魔法少女」と呼ぶようになったのだ。
実はかくいう私も、その魔法少女の一員である。私への魔法は、いくつかの"魔法グッズ"という形となって授けられた。
その一つがさっきの…「困ってる人センサー」なんだけど。
ピンク色のおもちゃケータイは以前鳴り続けている。しかし、もう少しで鳴り止むことになりそうだ。
なぜなら…
『…よし、やっと気絶したか。おい、この女縛って車に乗せとけ。後でじっくり楽しめそうだからなぁ…』
多分そろそろ、事件は終わりを迎えるから。
困っている人が意識を失うと数分後にトランシーバーも停止する。つまりは、あとちょっと待ってればこの雑音も止んでくれるってわけだ。
「早く終わって…早く…!」
耳を塞いで、私は胎児のようにうずくまる。シミだらけのカーペットが顔に近づいて、嫌な臭いがした。
私は確かに魔法少女だ。でも、もう金輪際面倒事なんかには関わりたくない。私が高校を辞めたのも…魔法少女になったせいなんだから。
息を潜めて全てが終わるのをひたすらに待つ。自責の念と恐怖が、嵐のように私の頭を殴りつけてくる。
ーーー私は正義の魔法少女。困った人がいたら、すぐに助けてあげるの!ーーー
昔の私だったら、そう言ってすぐに駆けつけたのかな。でもごめんね。もう無理だよ。身体が恐怖でぴくりとも動かない。
ごめんなさい、ごめんなさい…ヒーローに憧れてた頃の私ーーー
今にも心が折れかけていた、その時。
『…助けて…
『…あたしの、ヒーロー…』
ノイズ混じりのその声が。
今、確かに…私の名前を呼んだのだ!
「…えっ…?」
なぜ?なんで?どうして私を知ってるの?
パニックになりかけた私の頭だが…一つ、心当たりを見つけだした。
あれは確か、中学校の頃。
魔法少女になったばかりの私は、友達をいっぱい助けてたんだっけ…
ーーーすごいね!千尋ちゃんの魔法があれば、どんな事だって解決できちゃうよ!ーーー
ーーー千尋ちゃんは、みんなの…いや、あたしの一番のヒーローだねっ!ーーー
幼い身体のあの子の存在が、みるみる内に脳裏に浮かんでくる。
そうだ。あの子だ。私の親友の…リョーコちゃんだ!
私は弾かれたように立ち上がった。大急ぎでゴミ袋の中に手を突っ込んで、魔法グッズを手探りで探す。
…あった!トランシーバーと、もう一つの魔法グッズである…小さなおもちゃの銃だ。
これさえあれば最低限は戦える…はず。私はゴミ袋につまづきながらも、よたよたとドアの方へと向かう。
もうヒーローなんかじゃないって思ってた。この部屋に広がるゴミ同然の、終わった人間だと思ってた。
でもそんな、ゴミみたいな魔法少女でもーーーたった一人と親友の為なら、もうちょっとだけ頑張れるかも。
鬱屈とした箱庭から、私はようやく…はじめの一歩を踏み出した。
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