異世界蜂

@mAcchang

第1話

 この魂はハズレだな、信仰も期待できないし自我が無くて寿命も短い奴でいいか。


 そんな言葉?言葉は聞いてない意思を感じた。ただそんな感覚で人間では無い物になっていた。特に考えなくても体が動く。誰かが食べ物を運んでくれる。柔らかい塊を渡され、自分は唾液を返す。前世の記憶はあるのにこの身体の本能に逆らうこともなく、あるがままに無心で生きている。

 成る程、確かに自分はハズレだろう。もし信仰を糧にする神のような存在がいるならこんな存在は生産性を見いだせないハズレと思われても仕方無い。

 思えば前世の自分も意思が弱かった。だから良い雰囲気になった異性と、その後の発展がなく、後から好意があっただの、誘っていたのに応じなかっただの、色々聞いて後悔するのだ。前世でも生産活動は出来なかったしな。

 今は自分がどんな姿かも分からない。

 ただ床に足でしがみつき、運ばれてくる餌を待つだけだ。

 時間の間隔もない。それだけの存在。

 気がつけば自分がいる場所を狭く感じた。

 あ、なんかウンコ出るわ。そういや排泄の感覚が無かった。

 全部出したから、上の口から何か出そう。体が勝手に動く。糸が出るよ。糸というか口含んだ水を細く吹き出す感覚。何か唾液じゃないけど口中に液体が湧いてくるから取り敢えず苦しくなる前に吐く。するとそれが空中で固まり糸になる。

 わかったぞ。これ虫だ。虫になってる。そして多分、蟻とか蜂みたいな生態の子育てする虫だ。ってことは働き蟻?雌になっちゃった?

 嫌だなあ社畜なのは変わらず性別転換だけする転生もので、しかも虫?

 やめてくれよそんな色物設定。絶対に嫌だぞこんな世界観の物語。主役じゃありませんように、主役じゃなありませんように。

 やだなあ眠くなってきたし、なんだか身体か窮屈だ。変な感覚。自分が二人いるような、血と骨が別の自分になっているような。

 意識が溶ける。



 眠りに落ちて、目覚めた時は身体に違和感は感じなかった。薄暗い中で視界も良好だ。何が置きてるのかは理解してるし覚えてる。

 僕は文字通り羽化をした。生まれ変わった気分だ。後ろまで見えちゃう広い視界で自分の身体と自分の周りの存在を見比べる。

 うん、蜂だね。見た目は黒っぽいスズメバチ。攻撃的な見た目。大顎がチャーミング。そして、何より気になるのが匂いに対する反応。巣の中に頭に響くようね、感度の高い匂いが満ちている。フェロモンで色々意思伝達するって、そういう?体が誘導されてる。


 入口付近に誘導されてる。その抗い難い衝動に堪える。後で従うから、今は巣の中を見て回りたい。あと母親を見たい。好奇心で一時的にだが耐えてみせる。

 それにしても今の自分の置かれた光景は、虫苦手なら人なら発狂ものだろうな。こちとら前世は陰キャ男子だ。何時まで経っても昆虫観察に夢中ってわけでもないが、偶に動画サイトでその手の映像見たりはしてた。


 おお、女王蜂発見。一匹だけデカくて繊毛が無くなってる個体だ。卵は産んでる?産んでないな。てか弱ってる?そう感じる。

 そして女王蜂と自分の比較で色々と自身についても察した。

 自分、オスだな。

 オスが羽化するって事は次の女王蜂も生まれて巣立つ季節。前世と近い生態なら、この巣はそろそろ寿命というわけだ。

 それが解ったので満足し、あとは体の動くままに巣の外へ。外はどこか知らない森の中。木がデカい。いや、自分が小さいのか。

 様々な匂いが溢れている。そしてその中に、多分他の巣の蜂の匂いがある。それに誘われる様に羽ばたく。

 おお、飛んでる!!

 感動しながら匂いを追いかけ、予想通り他の群れの巣を見つける。

 巣の中に複数の女王蜂がいる何となくだが解る。近くの枝に留まり、じっと待ち続ける。

 ここで、日暮れを認識しこの世界で始めて時間を感じた。

 夜を過ぎて翌朝、新女王が巣立つのを感じて体が動き出す。


 おそらく自分と同様に匂いに誘導されて巣から出てくる女王蜂達。身体は惹かれるままに突撃しようとする。

 まぁ、待て自分。少し耐えろ。まってよく見るんだ。不規則に飛ぶ相手に真っ向から向かうのは良くない。

 周りは働き蜂も多く飛び回っている。ほら見ろ他のオス達はそれにぶつかりそうになり上手くアプローチ出来てないし、下手に勢い良くあたって女王蜂に反撃されてる奴も居る。群から離れて何処かに留まった所を狙うんだ。


 一匹の女王蜂が調度良い感じに巣から離れて枝に留まる。ここぞとばかり飛び出して、一旦隣に着地する。巣から出てくる他のオスからアプローチされていない個体。こちらの接近に警戒する様子もない。

 あとは体が動くままに。

互いのお尻をくっつけて


 ああ、吸われる。前世でも1人でした時、似た感覚は知ってるけど、それより更に深く多く吸い取られる。

 命が全てに持っていかれる。

 なんだろう袋ごと、いやその奥の内臓機能ごと女王の腹の中においてきた感じ。

 ああ、これ死ぬね。身体から力が抜けていく。

 僕と事を終えた女王蜂に別のオス蜂が近寄ってきた。なにする気だ?近寄って女王蜂のお尻嚙もうとしている。

 ああ、こうやって奪うのか。


そうはさせじと後ろからオス蜂の首元に噛み付く。残る力を振り絞った渾身の噛みつきでオス蜂の首が切れた。首だけでも動く頭を投げ捨てる。

 油断ならねえ。前世からみても始めて事を成したってのに、奪われちゃたまんねえや。ここまで来たら意地だ。眼の前の女王が無事に冬眠するまでは他のオスも捕食者も近づけさせないぞ。

 ああ、なんかこの女王蜂がスゲー美女に見えてきた。どうせ冬をこせずに死ぬオス蜂なんだ。残り短い命、彼女にくれてやる。


 そんな決意をして2日。結局守りきれず彼女は他のオス数匹と交尾していた。よく見ると他の女王蜂もそんな感じだ。多数のオスと交尾するのが普通なのね。

 取り敢えず僕の精子を掻き出そうとする前戯をするオスだけは阻止するに留めた。そうしないとこっちの命が保たない。トンボとかは自分の前に交尾したオスの精子を掻き出すって言うけど、この蜂も似た事するみたい。

 やがて彼女は他のオス蜂を避けるようになり、少し離れた朽木に空いた穴に潜り込んだ。僕も同じ木に空いた別の穴に入る。

 ここで彼女は越冬するのだろう。交尾の済んだオス蜂は直に衰弱して死んでいたが、僕は何とか生きている。これが僕に与えられた転生チートだろう。他のオスを追い払う時にも感じたが、この身体は他のオスと比べて生命力も身体能力も格段に強い。

 その点だけは神様ありがとう。

 それでも僕はこの冬を越せずに息絶えるだろう。

 でも満足だ。産まれた種のオスとしてやることはしたし、愛した相手の側で死ねるんだ。こういう存在として産まれて今回の生は満足だよ。


 おやすみ。



 なんて思ってたのにねえ。

 何か生きてるなぁ。確かに眠って居たのは間違いないんだ。冬眠していたよ。

 目覚めると季節は春。若葉が芽吹いた季節を少し過ぎた頃。

 隣の穴から僕の精子を受け取った女王蜂が出てくる。彼女も無事に越冬出来た様だ。

 少し日を浴びてから、彼女が飛び立つのでそれを追う。森の中をあちこち飛び回り、最後に一本の木に留まる。そこから女王蜂が幹を噛んだり作業を始める。

 多分、巣を作るのに良い場所を見付けて巣作りを始めたのだろう。

 しかし、困った事に僕が手伝える事が無い。前世の記憶に蜂の仕事振りについて細かい知識は無い。オス蜂だからか、飛んだりするやり方は本能でわかったが、交尾して直ぐに息絶える存在故かその後の仕事に関して何も解らない。

 だがしかし、本能に無くても知識だけで出来そうな事はある。

 先程森を飛び回った時に、低木の葉を咀嚼する芋虫の群を見付けていた。

 見た目的にも、この蜂はスズメバチに近い肉食性の強い蜂だ。他の動物を肉団子にして巣に持ち運ぶのだ。


 早速芋虫を襲いに飛び立つ。前世ではザザムシとか食って人間だ。今更芋虫に噛み付く位、少し心理的に抵抗ある程度だ。

 皮を剥いで肉だけ丸めて作業している彼女の下へ運ぶ。

 メッチャ匂い嗅がれた。でも攻撃はされなかった。肉団子は受けっとは貰えたけど、余り食べずに捨てられてしまった。

 ならばと今度は低木に咲いていた花の蜜を集める。何とか繊毛に雫が付く位集めて持って行くとこっちは全部吸い取ってくれた。そして更に念入りに匂いを嗅がれた。

 取り敢えず花の蜜が良さそうなので、木の幹に留まる彼女に集めては渡すをひたすら繰り返す。時折、彼女自身も花の蜜を吸いに行く。しかし、最後は今の木に戻って来る。

 そんな事を数日。10日から先は数えてないけど、20日は行かない位繰り返すと、今度は飛び立った先から蜜を吸わず土とかを持って来るようになり、本格的な巣作りが始まった。

 巣作りが始まると肉団子も食べてくれる様になった。彼女は巣で卵の世話と巣材集め。僕はひたすらに餌運びだ。

 てか、これ女王蜂一匹からスタートってメッチャハードモードじゃない?やること多すぎでしょ。いくら運んでも餌足りないし。僕は巣の作り方とか解らないからひたすらに餌を集めて来るだけだ。

 日没になると女王蜂の活動はおさまり巣の中でじっとしている。僕は夜を前に全ての幼虫に肉団子を渡して、最後にじっとしてる彼女の分を持っていく。

 家事を協力して子育てだ。奇跡的に冬は越せたが、本来は既に死んでいる筈の身だ。せめて働き蜂が増えるまでは生きて女王蜂を支えたい。

 そんな事を思っている内に季節は過ぎ、子供達は増えて巣も大きくなってきた。

 そんな中、巣に侵入者が現れた。赤黒い蜂だ。大きさはウチの女王蜂と変わらない。何故か働き蜂達はそいつの事は警戒せず、すんなりと巣に入れてしまう。何か匂いが良くない。多分こいつも女王蜂だ。

 育った巣を横取りする種類の蟻や蜂は聞いたことがある。警戒していると案の定ウチの彼女に攻撃を仕掛けた。組み付いて噛み付こうとするし針も刺そうとしている。

 ただ、他の働き蜂と違い僕にはフェロモンが効かない様だ。なので無防備な背後からの首元をカブり。死んでも匂いは残り誰も食べないので僕が腹の中身も全ていただいた。

 腹に他のオス蜂の白子入ってた。やっぱり内蔵の事渡してるんだ。そりゃ死ぬよ人間なら棒と玉とそこに繋がる内蔵丸ごと抜き取られるんだもん。麻酔無しで。

 そんな物を食べたせいなのか。数日後に無くなったはずの内臓が回復しているのを感じた。虫の生態って良くわからないなぁ。

 彼女に怪我が無いか近寄ってきた確かめる。噛まれたけど、怪我はしていない様だ。ただ、酷く怯えているのは感じられた。警戒のフェロモンが相手のフェロモンに打ち消されて無効化されていたのが近寄ってわかった。

 死体も無くなり、時間が経ちフェロモンが戻ると働き蜂達は女王の世話を再開した。巣の平和は守られたのだ。


 それからも季節を跨ぎ巣はとても大きくなった。働き蜂も増えて僕が仕事をする必要も無い位だ。

 それにしても、働き蜂の寿命は2ヶ月もないようだ。その割に僕はまだ生きている。所でここって、別に異世界とかでは無いよね?

 確かに見たことのない生物はいるが、外国の虫とか知るわけ無いし。普通に虫に転生しただけだよな。

 その辺り良くわからない。一応飼育下だと野生より数倍長く生きると言うし、僕の長寿はその辺りの原因だと思っている。今日も働き蜂に混じり餌を取りに行く。外に出るのは寿命の近い働き蜂が多い。

 危険だもんな。


 今日の獲物は毒々見た目の毛虫。見た目通り有毒だ。細い毛が刺さった草が変色して枯れるのを見たからな。

 まぁ、毛を毟ってしまえば問題無い。硬い殻には毛も刺さらないしね。  

 この辺りの観察力や思考力は他の蜂には無い僕の優位性だ。餌を取る効率が良い。今日も最後まで外で餌を取る。日暮れの後に巣に戻ると女王が寄ってくる。毎日最後に肉団子を渡す相手は彼女だ。

 最近は芋虫もデカいのが増えてきた。そろそろ夏も終わる。

 最近は変わった幼虫が産まれる様になってきた。一回り大きな幼虫達。この子達が羽化する頃には今の生活も終わるのだろうか。

 そう考えると寂し気持ちになる。

 夜の気温も涼しくなってきた。



 そして、また時は流れて彼女が産卵するペースが落ちてきた。働き蜂も減ってきて、女王の世話をする個体も減った。

 何より彼女が出していた女王特有のフェロモンが薄れている。

 同時に別のフェロモンが巣を満たす。巣立ちに誘う匂いだ。匂いに動かされオス蜂と新女王が巣立っていく。僕はその匂いに抗い巣に残る。一度感じたことのある匂いだ。耐えるのは無理ではない。餌を取りに出かけ、匂いが体から消えたら戻る。それを繰り返すだけだ。

 そんな季節に、フェロモンの薄れた女王を攻撃する働き蜂が現れた。僕が巣に居る時で良かった。追い立てられる彼女を守りながら巣の外へ誘導する。

 長らく飛んで居なかったせいか上手く飛べない彼女を抱えて逃げる様に飛ぶ。向かう先は去年冬を越した倒木。今年もまだ残っているのは確認している。

 弱った彼女は冬を越せないだろう。それでもあのまま巣で自分の娘に攻撃されて果てるよりは良い。そう考えるのは元人間故だろうか。餌を取りに少し離れて肉団子を持って戻ると、彼女は僕の匂いを念入りに嗅ぐ。

 何ならこのまま彼女の糧になるのも悪くない。そう思って身を委ねていると、腹の部分を僕の腹の先に押し当てて来た。

 人生二度目の内臓を抉られる感覚。

 まさかここでオスとして求められると思わなかった。倒木の穴に潜っていく彼女。穴から顔を出し、僕の前足を加えて引っ張ってくる。

 今年は同じ穴で冬眠か。

 悪く無い。このまま眠って居られるなら。新しい生活は、幸せだったよ。





 見渡す限り、白い空間に僕は居た。


『異界から呼び込まれし魂よ、私の声が聞こえますか?』


 もう、最悪のタイミングだと思うな。


『こちらの世界で見せた貴方の献身は素晴らしい物でした。それ故に、本来は意思など無い小さな虫の女王が最後に貴方に執着を見せました。』


 もうね、表現の仕方が嫌だ。なんだよ執着って。


『貴方を必要とし共にある事を願い、本来は起き得ない事を成し遂げたのです。人の言葉で言うならば、それは愛。そしてそれを生み出すに至った貴方の献身。それは素晴らしい物です。彼女の魂は上の位階に登りました。本当に目出度い事です。意思の無い存在から産まれた純粋な愛のみの魂。私の司る摂理において、本来存在し得ない理想のモノです。』


 声の主は気に入らないけど、話の内容は耳に心地よいものだ。彼女に愛されていた。それを神が認めてくれているのだから。それだけは真摯に嬉しく、それを告げる声に感謝の気持ちが湧いてしまう。


『そんな貴方と彼女に私から褒美を授けます。先ずは彼女の願い。貴方と一つに成りたい。良いでしょう。眠る2つの身体から上位の存在の器を再構築して授けます。彼女の御霊は私が保管し相応しい器へ転生させます。なので残る器は貴方に授けます。』


 本当にやめてくれよ。せっかく幸せな最後だったのだから。もう眠らせておくれよ。


『そう仰っしゃらずに。』


 どうせ、僕がまた他の女王蜂に愛を目覚めさせないかとか期待してんだろ?


『解っているなら協力してくれても良いではありませんか。それに、いつか彼女の魂が生まれ変わった時には、再びまみえる事もできますよ。彼女は忘れていても魂は引き合いますし、貴方は彼女の事を覚えて居られますから。』


 生まれ変わった彼女に再会する。そんな誘いに一瞬だけ心が揺れた。それが同意したと見做される。

 悪霊は他人の家に招かれないと入れない。故に親族等を装い玄関を開けさせようとする。そんな怪談を思い出す。

 邪悪な神の手の上で僕は再度生まれ変わるのだった。

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