第3話 聖女とか、困ります。

「ちょっと、困ります」


「そこを何とか」


 先ほどから、オウムが覚えた言葉をひたすら繰り返すかのようなやり取りが延々とされていた。しかも当の本人たちが大真面目なものだからルビは笑いをこらえるのに必死だった。

 発端は、焼きあがったパンをつまみ食いした彼女があまりのおいしさに驚き、村長にお裾分けをしたらこれまた驚かれ、半竜族でまじない師をやっている長老にまで話が言ってしまったことによる。緩やかに衰退していく村の未来を変える聖女が現れるというお告げが丁度あったものだから、さぁ大変。

 長老、村長はじめ村の役員総勢5名が寝起きのシノブを聖女様と崇め始めてしまったのだ。


「そんな、聖女とか急に言われても困ります」


 ベッドに上半身だけ起こした傍らに大の大人が5人も片膝を付いてかしこまられるというのは「困る」以外の感情が浮かばない。

 確かに何かできることはないかとは思いはしたが「村の進むべき道を示して導いてください」というのはあまりにも荷が重すぎる。自分にはパンを作って意識を失う程度の能力しかないのだから。

 いよいよルビの笑い袋の緒が切れそうになった時、勢いよく扉が開かれた。


「何をやってらっしゃるのあなた方!」


 村長の奥様だった。普段穏やかを絵にかいたようなおとなしい女性が物凄い剣幕で男たちに詰め寄る。


「見ず知らずの、しかもこんな若い女性が寝ている場所に男が踏み込むなんて! 王都だったら衛士を呼ばれて首をはねられても文句は言えませんよ!」


 怒鳴り散らされた男どもは冷静さを取り戻したのか丁寧に詫びを入れてやっと出て行った。


「シノブさん、騒がしくしてごめんなさいね」


 ボサボサ頭の寝巻き姿であることに気がつき、流石に恥ずかしくなって着替えたシノブと婦人は改めてリビングのテーブルへと腰を落ち着けた。


「大丈夫です、ちょっと……驚いただけだから。でも、みなさんここが好きなんですね」


 ルビの出すヤギ乳に蜂蜜を入れた飲み物に口をつける。


「……ホントにね、ここは良い所なのよ」


 年間の気温が20℃前後というのは、一般的には赤道近くの標高の高い地域にみられる。この村も大陸を東西に横切る山脈の中に位置しているのだとか。穏やかな気候、比較的肥沃な大地、山からの豊富な雪解け水で農業とヤギの飼育による乳製品などが主な産業である。


「いまのところの問題って何ですか?」


 導くことはできないが、何か知恵を出すくらいならできるかもしれない。

 

「農業以外に何かできないかなと、考えてるの」


 主産業が農業の場合、兄弟が多ければ長男以外は他に土地を開くか、他所に出ていくしかない。一族の土地を兄弟で分け合うことで面積が減ってしまう事を現実世界では「愚かな行い」を指して「田分け」という語源にもなっているほどだ。そうして人数を減らしてしまうと長男に何かあった場合に後継がいなくなり家が途絶える、という悪循環も起こす。


「外貨を獲得する……か。外から人って来るんですか?」


「たまに山越えをする人が来る程度かしら。少し険しいけれど、距離が短い道が別にあるの。ここには何もないでしょ? ウチに泊まってもらうくらいしかできなくてね」


「昔は物売りのおじさんとかも来てたんだけど、最近は、ね」


 キタコレ。特別な技術もいらず、厳しい修行も、長年の勘も要らない。第3次産業、すなわちサービス業の出番である。そうなれば、現実世界でそのノウハウを極限にまで高めたシノブは自身を十分な戦力であると確信した。それにまだわからないことが多いが魔法みたいなのも使えるのだ。まさにフル装備状態である。


「完全復活した私の力をお見せしましょう」


 聖女というよりは、魔王っぽいかもしれない。なんて思ってみた。

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