第35話:マジック・オブ・ラブ05


「上名先生もやって良いことと悪いことがあります。ネームは勝手に切ってください」


「えー。両牙くん可愛いのに」


 目的はソレか。いいからネーム切れ。アシの仕事ができん。


「じゃあ両替機は家まで送って」


「ああ。うん。この格好で良い?」


「気にしないわ。聴取を受けるのは両替機だし」


 マジバスターカルナちゃんって罪よね。スカート短いし。


「行くわよ」


「いいんだけどさ」


 で、冬の暖かいメニューを夕餉に準備してくれた真理を思って、僕は彼女の送り狼程度はやってのける。狼になるかは議論の余地あれど。


「ふ」


 外はやっぱり寒かった。街灯の明かりで彼女の息が白くなるのが見える。僕の吐く息もまた同色に染まる。


「星。綺麗よね」


「冬だしね」


 空気が透き通って、星が輝く。


「ま。オリオン座の三連星くらいしか知らないんだけど」


「以下同文」


「アルテミスはオリオンを射殺したとき……何を思ったのかしら?」


 然様に切なげな声が冬の空気を震わせた。


「真理?」


 どこか悲哀に充ちた声に、僕は少し疑念を持つ。


「ソレを恋だとアルテミスは星座を見ながら思えたのかしら?」


 アルテミスに射殺されたオリオンは、ハデスによって蘇生を禁止され、ゼウスによって星座にされた。そのトラウマから蠍座が空に昇るとオリオン座は地平へ消えていく。


「何か思うところがあるの?」


「私ね。ドSなの」


「知ってるけど」


 今まで幾度となく制裁されてきた。


「そういう……そういう話じゃなくて……」


「なにか僕に隠し事?」


「悪い?」


「いや。一切悪くないんだけど……真理が僕を語るときとても苦しそうにするから……それがちょっと引っかかってて」


「私のミスが両替機の人生を奪ったのよ?」


「多分ソレとは別の意味で」


「知ってるの?」


「まさか。人の心を読めるほど機敏じゃないよ。そもそも読めて楽しいとも思わないし。ただ……黙ってて辛い事って話しても辛いから」


「まぁそうなんだけど……アンタってそういう奴よね」


「あれ? 引いた?」


「引くのは常に引いてる」


 さすがの真理きゅん。そこは断言してくるぜ。


「別に禁句って程でもない。完全にコッチの事情だから両替機に聞かせて引かれる可能性を考えると……その……コストが見合わないってだけ」


「今なら言って良いの?」


 要するに、ここで暴露するって流れでしょ?


「だって私に幻滅しても両替機にはスミスさんがいるし」


「なんかそれを免罪符にしてない? 最近の真理」


「まさか結婚の約束をした女の子が別に居るとは思わないし?」


「ぐ…………」


 それを言われると辛いんだけど。そりゃこっちの事情に巻き込んだのは悪意は無かったけど結果的に申し訳ないわけで。さてどう言い訳するかと考えていると、ソレより先に真理が口火を切った。


「私ね。多分両替機に恋してないの」


「えー……」


 なにその残念賞。


「ずっと両替機を特別だと思ってた。私にとって初めてになる特別な男の子。でも罪悪感とは別に、もう一つ私は両替機に覚えている感情がある……」


「恋?」


「だったら良かったんだけどね」


 何が良いかはこの際置いておくとして。


「両替機の寂しそうな顔が好きで踏みにじりたくなる。不幸になって呆然としている両替機を見ると足蹴にして笑いたくなる。自分以外の誰にも触れられたくなくて見られたくない。独占欲……にしては酷く昏い感情がわき上がるの」


 えーと。もしかして真理って……。


「ざまぁみろ。そんな感情を両替機に抱いている。それこそサド全開で。それを為したのが自分だと言うことさえ……在る意味朗報で。引くでしょこんなの。最低にも程がある」


 そもそも憎悪を覚えるほど僕はその件に確信を持っていないんだけど。


「こんな感情は恋じゃない。こんな汚い感情で私は両牙に恋してない。だから両牙にとって私との思い出は全て破棄して欲しい。私は両牙が寂しくないように傍に居るけど、その事を誰より両牙に拒絶して欲しい」


 誰より傷つけたこの僕に……か。


「馬鹿を云っちゃあいけないよ。おまえを好きだと云っただろう」


「言葉の意味……分かって使ってる?」


「どうだろね。この身は復讐や憎悪さえ忘れているから。在る意味で真理にとってそのことが不満だとは思うんだけど……断罪する気は起こらないんだ」


「アンタの前にいることが罪なのに?」


「うん。でも。それより好きだって感情の方が強いから。多分そこら辺の認識が記憶の消去と一緒にズレたんだろうね。どうしても真理が好きだと思ってしまう。それが勘違いの結果でも、あの時僕が一人に為らなかったのは確かに真理の功績で……」


 パァンと頬を張られた。ビンタ。そう認識するとおかしくも思う。何時もの墨州真理ならドライバーか三番アイアンを用いるはず。


「最低……最ッ低ッ……!」


 攻撃した真理の方が涙を流していた。ビンタした手が痛くないわけじゃないだろうけど……多分ソレとは別の意味で。僕に引いて欲しかったのか。僕にもう要らないと言って欲しかったのか。それでも愛を説く僕を見限りたかったのか。多分その全部だろうけど。


「好きだよ真理。大好き」


 だから選べる表情も笑顔しかなかった。何が悪いとか。何が罪だとか。そんな議論だけで僕は墨州真理を定義づけたくない。墨州真理にも定義づけられたくない。


 だったら後は笑って吹っ飛ばすしかないわけで


「だから両替機は嫌いだよ……!」


「分かるけどさ。だからって真理が自分を追い詰めるほど事情は切羽詰まってないよ?」


「結果論よ」


「だから真理が傍にいてくれているんだと僕は思うんだけど」


「他に出来る事がないから……」


「そっか。じゃあ愛して貰える様に頑張るよ」


 結局僕に出来る事もそんなに多くないのだ。


「私を……本当に……?」


「そりゃ信用には値しないんだけどさ。でも愛なんて見えないモノの代表みたいなところがあるし。でも不可視って可視を背景に見ることも出来るし……さ」


 影もブラックホールも……理論上は存在するけど見えているわけじゃない。


「……ダメかな?」


「ダメじゃない……ダメじゃないけど……受け入れられない。スミスさんとイチャイチャすればいいじゃない。そうすれば両替機も幸せでしょう?」


「否定はしないけどさ」


 だからって真理との日月が消えるわけじゃない……って言うのも卑怯なのだろうか?


 僕は僕の本心を述べることさえ許されていないと?


「うぅぅ……うぅぅぅぅ……」


 ポカポカと威力のない拳でこっちの胸板を叩く真理が狂おしく愛おしい。

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