第33話:マジック・オブ・ラブ03
「えと。所謂観念論としてそういう表現が的確ってだけ。拙が言う異世界は不思議の国じゃなくて鏡の国だから」
「アリス?」
「そう。アリスから取って異世界には不思議の国と鏡の国って表現が使われるの。不思議の国はファンタジーの異世界。要するに人間に都合の良い空想ね。重力値も酸素濃度も星の自転速度も同じ地球ではない世界のこと」
要するに転生したり転移したりする異世界だ。そもそもなんでそんな都合の良い世界があるんだって話をするとまた長くなるんだけど。
「拙の言う鏡の国はこっちの宇宙と対照的な宇宙を指すの。エネルギー的に同一であるもう一つの宇宙ね」
「???」
僕が首を傾げる。さすがにワケ分からん。
分かってるってば、とマリンが苦笑する。
「例えばゼロを一にしたい場合、マイダーリンならどうする?」
「一を足す?」
「そうね。そうすればゼロが一になる。簡単なこと。じゃあゼロの総数を変えないで一を創りたい場合は?」
「えーと」
四則演算では無理だ。足し算だと総数が変化するし、他の方法でゼロは一にならない。
「でもさ。そう考えるとゼロに一を足して一を創る足し算ってエネルギー保存則を崩壊させてないかなって話になるでしょ?」
たしかに。算数の基礎だけど、そもそも足し算って全体の総量を崩壊させる計算だ。ゼロを一にしようと、一を十にしようと、そこには総数の変化が根底にある。
「これを利用するのが魔法。で、私の魔法は鏡の国の粒子を使って総数を変化させるの」
だからソレが分かんないんだって。
「鏡の国はコッチとは対照的な宇宙。つまりマイナスの宇宙なの」
マイナスの宇宙。
「って?」
真理も理解が追いついていないらしい。
「えと。つまりこの宇宙の粒子とぶつかると虚無に還るマイナスの粒子で構築された宇宙ってこと。さっきの設問の答えを言えばね。ゼロの総数を変えずに一を創りたければ同時にマイナス一を付随すればいいの。一引く一がゼロなら、ゼロはイコールで一引く一を成立させられる。つまり一とマイナス一を同時に発生させればゼロはゼロのまま一を創れる」
「えーと」
「だからまだ宇宙がなかった頃のゼロの虚無をプラスの粒子とマイナス粒子で対生成すればこの世には二つの宇宙が生まれるの。プラスである拙たちの宇宙とマイナスである鏡の国の宇宙……だね」
「反物質?」
「違うね。反物質は反応するとエネルギーを生む。アインシュタインの公式がソレを示している。拙の言っている粒子は本当にマイナス。スピンが、じゃなくて存在そのものが。この宇宙の粒子とぶつかると粒子の重さだけ対消滅してゼロに還るマイナスの粒子」
「それって」
「つまりこっちの宇宙から見れば引き算の粒子だよ。拙とMITはコレをネガボソンって呼んでるんだけど」
MIT。マサチューセッツ工科大学。マジか。
「このネガボソンをこっちの宇宙に発現させる事が出来ればエネルギー保存則は崩壊するでしょ? これが拙の研究する魔法。異世界の粒子ネガボソンを用いた引き算の魔法だよ」
「でもそれって……宇宙を縮めてござらんか」
「えと。うん。まぁ。要するに宇宙の総数を減少させる魔法だから、一般的にエントロピーの高まりとは違って本質的に宇宙の一部を消す現象だよね」
「大丈夫なので?」
「全然大丈夫じゃないんだけど。これを応用してポジボソン……こっちの宇宙の粒子をゼロから作る御業を今大学で研究されているの。ネガボソンをマイナス宇宙に放逐してポジボソンだけを宇宙に取り出す技術。そうすればゼロから一を創れるから」
「じゃあ朝の一幕は」
「えと。単にあの男の子のズボンのベルトをネガボソンで対消滅させただけ。言ってみれば簡単でしょ?」
絶対に簡単ではない。鏡の国の粒子……ネガボソンを自在に発現できるのなら在る意味最強だ。それこそ宇宙に存在する全てを対消滅させられるというのだから。エクスデス様もビックリの虚無の力だ。マイナスの性質を持つネガボソンで消せないモノが無いという。単純に物理的な引き算を算出する完全な差分を表わすとも言える。
「つまりスーパーサーモダイナミクスセオリーを引き算で具現する魔法……」
「えと。さっきからそう言ってる。だからこれをポジボソンで応用できれば世界のエネルギー問題は解消されるのよん」
「ふわぁ」
感嘆としてしまう。そんな足し算引き算で宇宙を改変しないで欲しい。
「じゃあスミスさんって最強?」
「そーなるかなー。攻撃手段としてならネガボソンにも価値は在るしね。だからMITも拙を抱き込もうとしているわけだし」
状況的には最悪だ。それこそ何の因果もなく攻性対象を彼女は消せる。
ウグイスパンをマリンがガジリと囓る。
「引いた?」
「いや別に」
それでも彼女が可愛いのは事実で。
「にゃーん。だから大好きマイダーリン!」
ギュッと彼女が抱きしめてくる。
「こら! テメェ!」
「何よ愛人一号」
「誰が愛人一号よ!」
「だって拙が両牙くんの恋人だし」
「ぐ……ッ!」
痛いところを突かれたとばかりに真理が気圧される。
「あれ? 真理……?」
「アンタのことなんて好きじゃないから!」
ビシィと真理が僕を指差す。
「だからね。うちが結婚できないのはまだ見ぬ王子様がうちを見つけていないって事で」
で、姉御の校内ラジオ……オールランチブレイカーも状況がグダグダになっていく。
「ねえマイダーリン?」
「はいはい」
「好き」
ギュッとマリンが抱きしめた。柔らかな肢体が押し付けられる。
「ほわぁ」
「そこ! 眼がエロい!」
「分かっているけど止められない」
マリンのオレンジの香りが僕の理性をダメにする。
『野郎』
『釘バットを持て』
『ホームランしようぜ。お前ボールな』
で、クラスメイトのルサンチマンも煮えたぎってくる。
「えへー。マイダーリンは拙が好きだよね?」
「大好き」
「私のことは!」
「大好き」
「えと。どっち?」
「むー。どっち?」
それが理性的に判断できるなら問題はないわけで……。
「マリンも好きだけど真理も好き」
あれ? 僕って最低?
「まぁ最低にござるな」
うんうんと王子サマーが頷く。
「そーかなー?」
「なんなら墨州さん消すよ?」
「そんなことしたら僕はマリンを恨んじゃう」
「マイダーリン」
「両替機は本当に……」
むしろ良い事だと思っている真理に僕は驚愕するんだけど。
「じゃあどうすればいいの?」
「どうすればいいんだろうねー」
そこが僕にも返答が出来なくて。ていうか僕の恋慕はいったいどっちを向いているのか。
「スミスさん。スケジュール大丈夫?」
クリパの問題に関してマリンに聞くクラスメイトも微妙な表情。
「大丈夫ですよー」
「両替機は?」
「問題ない」
「王子サマーは?」
「大丈夫でござるが……。一人一芸はどうにかなりませんぞよ?」
「まぁ無いなら無いでいいんだけどね」
「にゃー」
「にゃあ」
僕とマリンが猫の鳴き声を真似た。
にゃー。
本当に「なんだかなぁ」だよ。
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