ドッペルリーベ ~二重の恋~
揚羽常時
第1話:愛に生きる人01
「ハーイ! 今日もよろしくこんちくわ! あなたのランチのお供! オールランチブレイカー! 今日も始まりまーす! イエィ!」
テンション高ぇ。
ガジリとウグイスパンをかじる。
「はーい。というわけでパーソナリティはお馴染みアネキサンダー大王が取り仕切りまぁす。アレだよね。これって給料出ないよね。労組でも造ろうかしら?」
ドッと教室の生徒らが噴き出した。まぁたしかに校内ラジオってわりに意外とアネキサンダー大王は人気がある。
「じゃあまずはふつおたから行こっかな! えー。ラジオネームしっくりきんとんさん。今日は良い天気ですね。そうですな! 冬だというのに晴れ晴れとしていますな。むしろ冬だから晴れ晴れとしているのか。でも放射冷却って言葉を覚えると微妙にコタツが恋しくなるよね!」
放射冷却って。
「はい次。ラジオネームフラグ疾風さん。アネキサンダー大王さん愛してる。ふむふむ……オーケィ。その恋は独り身に堪えるから止めて。ガチで親から結婚についてグチグチ言われるのよねー。ハッキリ言ってヤバいんだけど教師って出会いが無いのよ。どこかに独身貴族は居ないかしら?」
うーん。切実。ていうかあんた趣味が趣味だから出会いは在るはずじゃあ……。
ここで言ったりはしないんだが。
「両替機。此処に居て良いのでござるか?」
で、そんなオールランチブレイカーを視聴していた僕の隣で、王子サマーが声をかけてくる。両替機は僕の仇名だ。
「んー。大丈夫」
「墨州くんラブでござろ?」
「多分今日は向こうから来るから」
「愛されてござるなー」
「むしろ愛しているんだが」
「はいはい。馳走にござる」
「ていうか王子サマーは恋しないのか?」
「どうでござろうねー」
爽やかでサラサラな黒髪が光沢を持って輝く。王子サマーこと黄路夏は普通に評価してイケメンだ。しょっちゅう告白されているし何処かで恋人を作っていてもおかしくないんだが今のところ浮ついた話は無い。
「イケメンで勉強もスポーツも出来るとか神に呪われているとしか思えん」
ぶっちゃけ何も出来ない僕に言わせれば一人でも爆発して欲しい。
「でもそんなステータスって企業の面接で役に立たないんでござるよなー」
「え? 就職すんの?」
「いや進学だけど」
王子サマーの学力なら普通に何処にでも行けるだろうしな。
「両替機は進学しないので?」
「大学は行きたいが金が……」
「姉御は何て?」
「後悔しない進路を選びなさいと」
「ははー。微妙に進学勧めてござろうな」
「とはいえ……」
難しい顔でウグイスパンをかじる。
「じゃあ今日も今日とてこのコーナー! 無名の激情劇場! このコーナーでは匿名で好きな人への愛を叫んで貰います! ていうか普通にアレなコーナーなんだけどなんで続いてるのかね? アネキサンダー大王摩訶不思議!」
まぁやっぱり恋って何処か高校生にとって特別だし。恋に恋するってこう言うときはとても酷く理に適う。ぶっちゃけ相手に幻想を抱く意味で少年の恋ってファンタジーだ。
「じゃあ匿名ラジオリスナーの激情劇場! 墨州好きだー! こんな寒い日は二人で肌を重ねて温め合いたい! 春の兆しが訪れるまで一緒に雪を見て抱き合いたい! バキューンでドキューンなことしたい! 墨州の春の瞳を見るだけで僕の恋心は独禁独禁ですよ! 雪立ち木の芽もはるの雪降れば花なき里も花ぞ散りける! 僕と結婚してください!」
「匿名の意味が無いでござろうな」
王子サマーが弁当を食べつつ納得に頷く。
まぁ確かにこの場合の匿名ラジオリスナーが誰なのかは言うまでも無い。
僕だ。
「両替機~~!」
で、そんなラジオを聞きつつ昼食をとっていると、バンと盛大な音を立てて教室のスライドドアが開かれる。両替機は僕の仇名なので、多分僕の客だろう。
現われたのは神の遣わした天使だった。
茶色の髪をショートに纏めた美少女で、そのパッチリした瞳やスッキリした小鼻はミケランジェロに彫刻されたと言っても信じてしまえる麗しさを兼ね備えている。豊かに曲線を描いている体つきは豊満と言うよりどっちかと言えば黄金比のスマートさを持っており、口にするとセクハラだが意識の中では僕は何時も喝采をあげている。
黒色のセーラー服はウチの学校の制服なので、どう考えてもウチの生徒。
「よう。墨州」
「このクソボッコぉ!」
どこからか取り出したドライバーがブンと振るわれる。それは僕の頭部をナイスシュートしてのけた。バキィと頭蓋の軋む音がし、僕は吹っ飛ばされる。
「アンタねぇ! そうやってセクハラ紛いもいい加減にしなさいよ!」
「何のことで?」
「無名の激情劇場の投稿者あなたでしょうが!」
「何を根拠に?」
「私にあそこまでセクハラするのはあなただけなのよ!」
恥じらいに顔を真っ赤にする墨州はマジ萌える。
「可愛いなぁ」
「殺す!」
グッと今度は三番アイアンを握る墨州。吹っ飛んだ僕の側に立って、その頭部にアイアンを添える。
「ダフったら申し訳ない!」
「いや。前歯全部折れるから」
「セクハラの代償よ! 覚悟なさい!」
「おちけつ」
王子サマーが何とか止める。
「このクソバカ! どこまで私が好きなのよ!」
「幼い頃結婚の約束したじゃん!」
「そんな口頭契約を免罪符に私にセクハラする意味があるのかしら!」
「好きなんだもんしょうがないじゃん!」
だから僕の声も少し大きくなる。
「墨州にプロポーズしてから僕の心は君に奪われっぱなしだ」
「そんな約束憶えてないし!」
「大丈夫。僕が全部憶えているから」
「そういうところも気にくわないのよ! 過去情報で私にマウントとるとか!」
「じゃあ僕のこと嫌い?」
「ソレとコレとは話が別よ!」
真っ赤になって三番アイアンを彼女は構える。
「可愛い」
「死ね!」
ブンとアイアンが振られた。一応躱しておく。前歯を折るのは嫌だ。
「じゃあ今日のラストナンバーはコレ! 烏丸茶人の『この恋に生きるはあなただけ』!」
そうして昼休みの校内ラジオ……オールランチブレイカーは終わりへと向かう。
「ホント止めなさいよ!? こんな公開レイプ!」
「善意でやってるんだけど……」
「だから余計にタチが悪いのよ!」
「でも墨州を愛しているのも事実だし……」
「そういうことは!」
「そういうことは?」
「ぐ!」
グッと三番アイアンが握られる。
「言えるか!」
そして僕の横顔をバキィッと殴り飛ばした。
「とにかく! 次やったら叩くわよ!」
「是非! お願いします!」
ビシッと僕は敬礼した。実はMの気質がある。
「うわーん! 両替機の変態!」
ガラガラピシャンと盛大に扉が閉められ、墨州は逃げるように去っていった。
「はあ……やっぱ可愛い。墨州マジ天使」
で、そんな捨て台詞さえも僕にとっては心ときめいて。
「両替機ってそういうところは凄いでござるな」
どこか鬱屈とした王子サマーが僕をジトーッとした目で見つめていた。
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