代理とスラム (改)

 多くの商店が立ち並び、そこかしこから客を呼び込む声が絶え間なく飛び交っている。

 道は多くの人で賑わい、思うように進むことが難しい。

 

 俺は今、公爵領にある街に来ていた。

 いわゆる視察というやつだ。



 =====



 ことの発端は昨日の夜だ。


 夕食を食べ終えると父であり公爵家の当主であるゴルド・ヒーヴィルに執務室に呼び出された。


 父であるゴルド・ヒーヴィルは実に優秀な人物だ。

 18歳の時に当主の座につき、長年停滞していた領内の経済を活性化させヒーヴィル公爵家の財産を大幅に増やすとともに家の家格も上げた。

 さらにその手腕を皇帝に認められ25歳という若さで宰相の地位についた。


 そんな父から俺はこんなことを言われた。


 「レイス、お前に我が公爵領の視察を頼みたい」

 

 帝国では過去に報告書だけを用いて領内の管理を行なっていたことが原因で他国の侵攻を許してしまうことがあったため、領主が視察を行うことが義務付けられている。


 「視察は領主が直接行うことが定められていたはずですが?」

 「その通りだ。だが、今は仕事が立て込んでいて視察に行く余裕がないのだ。幸い代理を立てることは許されているのでお前に任せたいというわけだ。」

 「なるほど。でしたら私が視察を行ってきましょう。視察を行うのは公爵領のいくつかの街でよろしいでしょうか?」 

 「それで構わない。村の視察を行うのには少し早いからな。では任せたぞ」

 「はい」



 =====


 

 そんなわけで俺は普段暮らしている帝都を離れ、公爵領の街を視察しているのだ。


 今回の視察は領内の普段の様子を確認するとともに、領内に潜む不穏分子の確認も兼ねているためお忍びに近い形になっている。

 服装は平民と同じ物にし、護衛もレヴィアナのみだ。


 「ふむ。この辺りでは特に問題はなさそうだな」

 「そのようですね」


 今来ている街は公爵領の中で最も大きな街だ。

 その商店街を歩きながら品物の値段や質、人々の様子を確認するが不自然な部分はない。

 レヴィアナもそのように感じているので次に移ることにする。


 次に来たのは住居が多くある区画だ。

 ここは人々の生活の様子を確認するのに最も適しているのだ。


 「ここも特に問題はなさそうだな。子供達も元気そうだ」

 「マスターもまだ子供ですが?」

 「次に行くぞ」


 レヴィアナが俺の発言に茶々を入れてきたが無視して次に進む。


 次に来たのはスラム街だ。

 視察する部分としては最後になる。


 スラム街は罪を犯した者、金銭を稼ぐことができないもの、捨てられた者など様々な人間が集まる場所だ。

 衛生環境は悪く、病気にかかる者も多いため流行病の発生源になることがある。

 そうなった場合早期の対応を行うためにも必ず視察を行わなければいけない場所だ。


 さらにスラム街の治安は悪い。

 そこかしこで殺しや盗み、強姦などが行われている。

 そのため不穏分子はこう言った場所に潜んでいることが多い。


 俺とレヴィアナは気を引き締め警戒をしながらスラム街に入った。

 ただ歩いているだけでも視線を向けられているのを感じる。

 その中のいくつかはこちらを獲物と認識している。

 

 「視線が鬱陶しいな」

 「排除しますか?」

 「不要だ。どうせ何もできない」


 ここスラムに足を踏み入れてから俺は魔力を圧として周りに放っているため、スラムにいるような人間では俺達に近づくことさえもできない。


 そのため見た目がただの子供と女である俺達が襲われることなく、こうして歩いていられるわけだ。


 しばらく歩いていると言い争うような声が右側の道から聞こえてきた。

 ここに来るまでに同じようなことがあったので特に気にすることなく通り過ぎようとしたが、無視するわけにもいかない言葉が耳に入ってきた。


 「さっさと連れてこい!奴がいればヒーヴィル公爵家を潰せるのだ!」


 ヒーヴィル公爵家を潰す。


 現在の俺の家であるヒーヴィル公爵家が潰されれば、目標を達成する上で大きなロスが発生する。

 つまり、ヒーヴィル公爵家を潰すということは。俺の邪魔をすることと同義だ。

 

 俺は真っ直ぐ進めていた足を止め、声のした方向に向かって進める。

 その先では俺と同年代に見える少女と四人の外套を被った奴らが言い争っていた。

 俺がそちらに近づいていくと、一人がこちらに気がついた。


 「なんだお前は!これは私たちの問題だ!口を出すんじゃないぞ!」

 

 少女もそれに釣られてこちらを見て、思わずと言ったように叫んだ。


 「た、助けてっ!」


 だが、俺はその叫びを無視し、外套を纏った男達に問う。


 「ヒーヴィル公爵家を潰すと言っていたな」

 「チッ。聞かれていたか。しょうがない。あいつは殺すぞ」


 外套を被った奴らが懐から剣を取り出した。

 俺はそれに視線を向けることなく告げる。


 「ヒーヴィル公爵家を潰すことは俺の邪魔をすることと同義。皆殺しだ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る