アルヴァスの魔法使い
夜明快祁
序 章 嚆矢/漆黒と白銀
001 漆黒と白銀
太陽が高く上った頃、アルデリア王国交易都市ヴェルディアの北部に位置する鉱山道に、五人組の冒険者の姿があった。
五人とも満身創痍になり、戦意も意識すらも薄れている。剣は折れ、盾は破壊され、頼みの綱であるはずの回復術師も力の根源たる魔力を使い果たし、口から血を吐いている。
彼らは鉱山道に潜む怪物達に囲まれていた。岩のように固い皮膚も持つ岩竜、人間ほどの体躯の
怪物達は傷だらけの冒険者達を見て醜悪な笑みをこぼす。怪物達にとって冒険者は腹を満たす餌でしかない。
五人組パーティーのリーダーであるガウスは、他の四人の冒険者を守るようにして怪物達の前へ一歩を踏み出した。
「俺が囮になる、その隙に皆で逃げろ」
ガウスは折れた剣を怪物達に構える。彼は身体から血を流し、痛みに歯を食いしばって、立っているのがやっとの状態だった。
「ダメだリーダー、あんたを死なせるわけにはいかない! 俺達にはあんたしかないんだ‼」
ガウスの覚悟を聞いたメンバーの一人が涙ながらに吠える。
「普段あんだけ生意気言ってるくせにこういうときは、しけた声すんだな。普段からそうしとけよ。こうなるなら、受付嬢に玉砕覚悟で告っとけばよかったなあ」
ガウスは無理にでも笑みを作る。この場にいる仲間の恐怖心を少しでも払拭させるように。
冒険者は危険を冒す者のことだ。自分の目的のために危険と向き合う。誰かから依頼されたから戦う。この怪物達と戦うことだって冒険者としての依頼だ。
鉱山付近にある村を怪物達から守ってくれと頼まれた。ガウスは正義感から仲間たちとともにその依頼を引き受けた。
決して慢心していた訳ではない。十分な武器、回復薬、人材を用意していたのにこの結果だ。
「俺はお前らと冒険出来て楽しかったよ」
ガウスの言葉にパーティメンバー全員が涙を流す。
「うおおおおおおおおおッ!!」
気合の掛け声とともに、ガウスは折れた剣を構えて怪物達へ突進する。
その刹那――、
「【
どこからか響いた声。その直後にガウスの前方の地面から巨大なワニの顎を彷彿とさせる岩石が岩竜の首元にかぶりついた。
岩竜は突然のことに対応出来ずに急所をかまれ、首元からどす黒い血と岩が混じった体液を流し倒れる。その巨体が倒れた風圧で砂埃が舞いオーク、赤蟷螂、そして宙に浮かぶ睨む魔を軽く吹き飛ばした。
ガウスは砂埃に目を瞑り、衝撃に備えて歯を食いしばる。
しかし、衝撃は来なかった。後ろにいる他の四人も全員が無事だ。
彼らを囲むように強い風が吹いている。まるで台風の目にいるかのようだった。
「たいした威力だ、岩竜を一撃で屠るなんて。でも周囲への配慮が足りてない」
「冒険者達の身の安全を保障すると言ったのはゼノビアだろ。だから全力を出したんだ」
砂塵の中から二つの影が現れる。片方は白銀の髪を一つに束ねた少女。もう片方はそれと対照的な漆黒の髪をした少年。
「さあアディン、私に力を見せてくれ。勿論、私が危険と判断したら手を貸す」
白銀の髪の少女ゼノビアが漆黒の髪の少年アディンに声をかける。
「ゼノビア、彼らのことを頼んだ」
漆黒の髪の少年アディンが白銀の髪の少女ゼノビアに後ろに下がるように促す。
岩竜は倒れたが、まだ敵の総数は十を超えている。先ほど吹き飛ばされた怪物たちが怒髪天となり、襲撃者であるアディンを睨みつけている。
浮遊する睨む魔の目が光り出す。アディンはそれを危険と判断し横に避けた。
ジュッ! という何かが焼ける音がして、アディンが先ほどまでいた地面を焼き焦がす。
「なるほど」
そう軽く呟き、アディンは第二射を放とうとする睨む魔の近くの岩壁へと猛スピードで駆け出す。ほぼ垂直に近いはずの壁の上を駆け抜け、その勢いと膂力を以て壁を蹴り上げる。そしてそのまま空中で睨む魔を地面に向けて蹴り落とした。
ドンッ! と睨む魔が地面に衝突すると同時に、バンッ! と光線を繰り出そうとした睨む魔が近くにいた赤蟷螂の一体を巻き込んで暴発した。
これには冒険者の一行もゼノビアも瞠目した。
着地を鮮やかに決め、アディンは次の標的に目を凝らす。その先に怒り狂ったオークが棍棒を片手に突進してきた。
「ウボォオオオオ‼︎」
雄叫びを上げ、オークは棍棒を振り下ろす。アディンはそれに対して僅かに体を横に逸らした。
的を外した棍棒がドンッという鈍い音とともに地面を削る。巻き上げられた砂岩がアディンの頬をかすめた。
気にせずアディンは棍棒を足で踏みつける。虚を突かれたオークはその手を離した。そして無防備になった巨体の懐へ潜り、
「【
アディンのその呟きが、炎で形成された直剣を作り出し、オークの腹を焼き貫いた。さらに勢いが落ちない炎の直剣が、進行方向にいた怪物の身体を貫く。
息絶えた怪物達が残滓となって消える。死体は残らない。怪物のほとんどが魔素によって体を構成されているからだ。
「よくやった、アディン。後は私がやる」
アディンの活躍を見届けたゼノビアが前に出る。瞬間、旋風が彼女を纏った。
腰に差した剣を抜くまでもない。ゼノビアが視線を向けた先にいたオークが猛烈なカマイタチによってその身体を刻み込まれる。
ゼノビアに接近した赤蟷螂は彼女が纏う風に阻まれ、遠方へと身体を吹き飛ばされた。
魔術の詠唱でも魔具によるものでもない。ゼノビアの一挙手一投足が大気中の風を震わせ従わせる。
世界に祝福され、多くの人々の運命を背負わされた勇者の力。
睨む魔の光線も巨躯のオークの膂力も、赤蟷螂の自慢の大鎌も白銀の髪の少女の前では無力だった。
数分と経たずに沈黙が訪れた世界の中で、満身創痍だった冒険者達は二人の勇者の姿を見た。
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