第22話

    六十四


 ミカエルが狡猾を捨てたいきさつは、神武天皇が消えてゆく浄化を止められなかったからであった。想いもよらぬ消滅で、心に空いた空白が、自分本意の展開しか想像できなかったからで、心が悔やんだ挙げ句に、想いもよらぬ脹らみをしたのである。最善を口にする己の傲慢が、友の苦しみを理解した振りであったことを教えられたのだ。

 本音を隠す心の作用は、数学的な確率を裏切るだけでなく、建前を彩良さらけ出していた。その色合いを信じて疑わない感情は、隠した本音を美化するものでしかなかった。もしもそれがサムライの志とするならば、負けることで勝ちを得る、いさぎよさ、というところだろう? 日の本の國に伝わる『勝って兜の緒を締めよ』という、浮かれることを戒める心情を指していた。喜び浮かれることが当たり前の人間ばかりでは、そこが通過点だった場合に、痛い目を見ることを戒めているのだ。

 相手が亡くなっていたとしても、身内が復讐を心に秘めるとしたならば、終わりなき争いが生まれるだけで、それをも戒めている。争いが生み出す感情は特殊で、競技の枠でははかれないことを示しているのだ。努力の成果を妬む感情には強弱はあるが、思い入れが働いたり、欲が悪意と連動して、敵からかたきに変えてしまうこともあるからだ。感動を抱く競技の裏に隠された影があるかぎり、想いもよらぬ結末を招くことを指していた。

 なさけに敏感な人間と、気にも止めない人間がいることを理解していても、相手の本性を隠す心が見えない以上、想定を読み違えれば、それがイレギュラーになり、最悪の結果を生み出すのが現在の妙なのだ。

 物語でよかったね? という気休めならまだしも、それが現実ならば、当事者の内心は計り知れないはずだ。そんな経験は晩度ばんたびに訪れないだろうが、心の致命傷になることは間違いない。心が見えないから、安直に扱うな、と戒めるはずの、祖父母の口癖さえも影を潜める現代社会は、お他人様の顔色を窺うことも少なくなった。

 薄情がもたらす妖しに恐怖する習性は同時に、用心も薄れさせてしまったようだ。そうなればなおのこと、自然災害の威力を計り知れなくなって当然だろう? 言い分だけが、勝手に独り歩きしても不思議ではない。だからだろう、ミカエルの戒めが、現代の時代背景になっているようにも感じられた。輪廻で繋がるのだから、当然といえば当然なのだ。内心がその些細な動向に気付くのは、戒めを表現する言葉だけが重石になるからで、結界内の住人は偉人といわれるだけの甲斐性が敏感だから、木霊こだましているように感じたのであった。

 ミカエルが想いだけを電磁波に乗せて、送ってきたのだろうか? 神々のザワツキがもとで、結界内の住人たちが、それを感じ取っていた。

 ミカエルが死神を受け入れた理由として、人間の自分勝手を知っているから、感情移入すること無く地獄へ連れて行けるからだった。エンマ大王が得意化になり見せびらかした、刻から授かったであろう雷の杖は、嘘と方便に敏感に反応するもので、そんなまやかしでさえ、逸材と信じて込ませていた。自身のその場凌ぎの嘘を見抜かれたことで、疑う余地もなくしたようだった。

 仕組みは、真実味を含ますために、脳が働くことで生まれる熱を感知するのである。神経で伝わる指示系統が、熱を必要とする人間の組織に敏感な装置ということだ。もっと踏み込めば、高酸素で巨大化した恐竜を退化に導いたのが氷河期だから、凍結から身を守るために指令を閉ざす防衛本能が、正にそれだという、うさぎの想いに繋がっていて、地球上の生命体が繋がる理由としているからだった。ただの一説も、結び付くことで繋がることは、あって当たり前となるからである。それを信じるか否かは、掬われるという発想の元に繋がっていて、自らの感性に従うべきものなのだ。様々なことに連結させることで、目先を変えるのは、その為なのだ。



    六十五


「赤瞳の誤解だけは解いて措きましょうね」

 卑弥呼は云い、神妙な面持ちで語り始めた。

「神々の悪意が造り出したものが、悪魔なのです。人間が非実体になれば、人間の悪意が造り出すものが、怪物となります。怪物は人間の被害妄想をエサに成長を続け、宇宙を飲み込むまで巨大化する危惧があり、その未来を守るために、心を復活させる運びになったのです」

「怪物にしないために、心の重要性を説いた? って云うんですね。あたしに纏わり付く曰くを利用したのは、その為だったの」

「そうなると、人間が非実体になる未来が直ぐそこまでせまっていることを、感性かあさんが予知した? ってことなんでしょうね」

「人間の悪意が、神々よりも強大な理由は、可能性に便乗しているからってことなの?」

「そう、みたいだね。でもそれって、夢に託したからかも知れないわね? 夢を喰らうバクでも喰らい尽くせないほどの強大さ? なのかしら」

「宇宙を飲み込むほど強大だから、喰らい尽くせない? ってことなんじゃないかしら」

「ねぇ、赤瞳さん。それって人間が恐竜の子孫だから、怪物になるの? かなぁ」

「被害妄想がエサって云われると、そうなりますね、祷さん」

「神々の悪意が恐竜になったんだから、人間の悪意が怪物になるのかぁ」

「人間は獣ですから、怪獣になるんでしょうね?」

「ならば、怪獣の次は何なのよ?」

「恐竜に手を焼いた経験があるから、繰り返さないために、色々と手を打っているんでしょうね。でなければ、単細胞生命を終わらせるために、複細胞生命体(地球外生命体)を送り込んで、生命の新時代に突入するかも知れませんね?」

「地球外生命体が送り込まれるの? それって、高水準な科学技術で、地球を侵略させるしかない? ってことだよね」

「そうなると、層に護られた地球は、終るしかないでしょうね?」

「何で? ですか、卑弥呼様」

「単細胞を守る意味が失くなるからよ。因みに層がなくなれば、重力が消滅するのは道理よね?」

「錯覚の多い人間には、ピンとこない? んじゃないかしら」

「どういうことなの、理性さん?」

「無重力だから、怪獣なのよ。質量を護るための層がなくなるわけなんだからね」

「そういうことかって云っても、やっぱり想像できないですよ」

「人間は、護られている実感がありませんからね。でもそれが、傲慢を蔓延させた理由なんですけれども?」

「だから、赤瞳さんは、宇宙から視た人間は米粒よりもミクロ? って表現した訳だもんね」

「高濃度酸素でなくても、巨大化できるのかしら?」

「複細胞ですから、連結方法はいくらでもあります。触手だけが連結していると勘違いしている人間たちには、想像の域を出ないはずです。細胞単位で連結できるから、地球外生命体を恐れるんでしょうからね」

「概念や観念が邪魔になるだけだもんね。想像するにも、規格という枠組みが、意外性の邪魔をするはずだからね」

「そうなのかぁ? だから見えないものを見ようとしないのかなぁ」

「錯覚を克服しないのは、層に護られているからよ。だから赤瞳は、それを指摘するのよ」

「概念と観念ばかりが気になるから、記憶を紐解く術が見出だせないのよ。幼い生命体なのに、完成形と思い込んで終っているから、傲慢がその隙をついて、蔓延したんでしょうね」

「本当の高水準文明を誇る生命体は、自尊心に左右されないわ。それは、理念と理論に矛盾が生まれないだけの理屈があるからよ。克服するために費やした時間を無駄にしていないからよ」

「失敗を繰り返さない志が、苦労を理解しているからです。記憶をあやつれない人間にとっては、耳の痛い話でしかないですよね」

「移り変わる時代背景に遇わせるだけの人間は、未来を先取りすることができないから、不安にうちひしがれるしか、できないんです。造り出す器用さと、想いを重ね併せることは違いますからね」

「そんな匠でさえも継承できなくした時代背景って、なんなのかなぁ?」

「それが、科学なんでしょう。情が無くなることを、無情って云いますからね」

「薄れた人間を、薄情って云うもんね。見えないものに感心を持たないのが人間だから、赤瞳さんは心を失くした現代人に当て嵌めたんだね」

「お金に魅せられた人間は所詮、お金が回り込む仕組みに取り入るしかないです。近代は科学に取り込まれて終い、欲がものの価値観の大部分を占領されたのが、現在になっています。云わずもがな勝利することだけが、立身出世の倣わしであり、上を目指す意味が塗り替えられています」

「勝利する争いは戦争でしかなく、命を弄ぶのが戦争という認識を消された教育が、悪意のない致命傷を負わされたのが、心なんです」

「悪意を管理できない人間が増えた理由? ってだけのことじゃない。猫も杓子も大学にいく近代は、誰かの意図に関係なく、答えにたどり着くことしか目指さないもんね」

「人生に答えを必要とするなら、生き抜かないとたどり着けないんです。今必要な答えならば、その先がなくなりますからね」

「終る恐怖で支配しようとする学問があるならば、それが悪魔の支配であることを隠しているの? だから、軍国主義社会の犠牲者が、弱いだけの民ってことになるんだね」

「その呪縛から逃れるための結界が、気休めの地であって、世界一安全な場所になるのよ。その場所を管理する神々は非実体だから、誰もが簡単に出入りできないのよ」

「たどり着いた証の勾玉を配布されないと、出入りできなくしました。卑弥呼さんは謎多き邪馬台国を取り仕切る存在でありながら、神様の頭領でもあり、天真爛漫を規範にしているもんね」

「よこしまな想いを邪念というのは、邪悪という悪意をすべての人間が持っているからよ。もっと云えば、単細胞生命体の宿命は、善悪の意識を管理することが必要なのよ」

 祷は大きく頷いて、満面の笑みを携えた。消滅したはずの、神武天皇も復活を遂げて、怨念の浄化に取り組むことになる。妬みから進化した恨みを根絶して、この世の妙に靡かせるつもりであった。

 人間が終るのが先か? 修復して団欒を迎えるのかは、日の本の國の未来を決めるはずだ。

 果報は寝て待てと云った時代背景が、どう転ぶかを見届けることを、こうべの隅に措いて戴ければ、色鮮やかな景色の未来が磐石になることが間違いないので、共に精進致しましょう。



    完結



    

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うさぎ赤瞳 @akameusagh

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