第17話

    四十九


 過去という結果を残すのは、人間だけではない。其を教えるために、刻は刻まれ続けるし、光が当たれば影を残すのである。当たり前にしてしまったことを、今一度、考えるべきだろう。人間に限らず、記憶することは、現在を未来に繋げているのだからだ。ただ気掛かりなのは、並行世界が存在する以上、見知らぬ未来が誕生するかも知れないことだった。今の面影が、必ず未来へと繋がる、という保証はないのである。交差する点が、最善を模索するために、入れ替えるかも知れないからだ。

 過去の因縁をそのまま遺す現在は、落第圏内かも知れず、及第点になっている保証もない。それ等が、やり直しの利かない一発勝負だから、不安に襲われてしまうのだ。うさぎは、それに気付いたから、悔やみながら居座っていた。

 六弟神が思い出した過去は、自尊心を守るためという言い訳の元に争った記憶である。どっちが上か、というくだらない自尊心を言い訳にしたことに、神々は気付いていた。いくら争っても、消し去ることができない以上、永遠に終わらない争いとなり、其に終止符を打つために、人間に殺せることを、頭領である女神様が教えたのだった。そして神々は、非実体となり、くだらない争いの見せしめにされている。再び争うならば、存在事態がなくなるはずだろう。其を予知したから、女神様は現れなかったのである。そんなこととは知らず、結界内がざわついていた。


「赤瞳、いっきに収束させる方法はないのか」

「なぜ、いっきにカタを付けたいんですか?」

「今の時代背景ならば、争っている事態がまやかしだろうからな」

「実体を持たないのですから、争い自体がまやかしになります。いっそのこと回避した方が、良いんじゃないですかね」

「焚き付けておいて、なにを云っておる」

三妹あたしもそう想うわよ? 五弟」

三妹おぬしが臆病風に吹かれても、始まれば鬼神になるんだろう。へそ曲がりな性格は、建前でしかないもんな」

六弟あんたと一緒で、過去まえは若かっただけ。争いの見返りが、非実体とは考えられなかっただけよ」

「人間のあたしが云うことじゃないかも知れないけれど、良い結果がでるとは想えないよね。まだ治められる可能性がある今、考え直した方が利口だよね」

理性わたしは初参加だけど、女神様が参加しないことが気掛かりよ。祷が云うように、止めておいた方が良い気がするわ」

「後悔を、おじけづくと考えない方が得策です。人間の間ですが、逃げるが勝ち、といいますからね」

五弟わし等に未来が見えなくなったのは、自業自得のような気がしてきたな? 赤瞳あひとに見える未来が一説ならば、騙されてみないか、六弟」

六弟われ等よりも経験値が低いくせに、やな顔をしている、赤瞳を信じてみるのか?」

「赤瞳がウソと方便を嫌う理由は、善悪こんぽんまで逐一知っているから。心を推奨する訳は、根元まで支配下においているからできるのよ。傲慢にその場を取り繕っている男神あんたたちは、未来さきが変形することを理解できないでしょうけどね」

「その我慢が、嫌な顔のようだぞ」

 突如顕れた四弟神が、三妹神の想いを説明していた。

「能ある鷹は爪を隠す、ということなのか? 言葉が足りないのは、今に始まったことではないもんな」

赤瞳わたしが、神々を嫌いになれないのは、優しい本性を持ち合わせているからです。知っていてもできない理由は、照れ臭いからですよね? 六弟さん」

「小賢しい。われ等に物怖じしない人間なんて、赤瞳くらいだからな」

「そういう得体の知れない役回りを、創世主ばばあから云い伏せられたんだろう?」

「感性かあさんは地獄耳ですよ、四弟さん」

したたかにへそで茶を沸かして、笑っておるわ。神々ぶんしんの考えることなんて、すべてお見通しなんじゃろうからな」

「ならば、女神あねごにすべてを預けよう。一度折られた自尊心なんだし、同じ過ちを起こさないのが、男神われ? だしな」

「それが良いですね。慈悲の想いが、天使に注がれれば、折れたはねも温もりで再生するでしょうしね」

「六弟に杖を返還したから、ミカエルにも羽を返還するつもりなんじゃろう? 違うか、赤瞳」

「小賢しいが、憎めないから、赤瞳のそばには、神々が集まるようだ。足りない言葉は、甲斐性かいしょうに換えてしまうんじゃろう?  のう、三妹」

「割りの悪い役回り、って、赤瞳自身は割り切っているみたい。それって、人間の本懐にするべき指針なんじゃないかしら」

「円満が保たれる理由を、満足感に変えているから、笑みが零れるのです。感性様の理想と想えば、この世の理念にするべきですよね」

 うさぎがたずさえた表情が、一同に笑顔をもたらしていた。

 疾風が人に植え付けた信じる心を、神々様も持っているからである。

 天界が消滅したとしても、輪廻が終わることはない。より良き時代背景を造るために、協調を念頭に支えあい、笑顔が絶えない世の中を目指すべきなのだ。その願いが、森羅万象の理念としてしたためられていた。



    五十



「ねぇ赤瞳さん」

「なんですか?」

「赤瞳さんの云うミカエルさんは、味方のように聴こえますが、あたしの気のせいなのかなぁ?」

赤瞳じしんに思い入れがあることは事実です」

「思い入れ? ですか」

「赤瞳が視た本の挿し絵は、玉蟲たまむし色の羽を優雅に羽ばたく姿だったもんね」

「三妹が仕組んだのか?」

「仕組むとしたなら、感性様よ。意図した理由が定方さだかじゃないけどね」

「不死鳥のイメージなんだろう? 打たれ強い姿を描くというのは、なぁ」

「変化を教えたのは、六弟だもんな」

「真似を教えたの? それほどっていたってことは解るけどね」

「同じように、神武さんをかぶっていたのが、卑弥呼さんでした」

「ぼろぼろになり、女神様を待ちわびていたと、次妹はは様が語っていましたけども」

「人々と行動を共にしていて、ヤヌスの鏡を届けられず、伊邪那岐命いざなぎのみことに託したようじゃしな?」

「疑念を抱いたから? 神武が寝返った理由とは、そんな些細なことが原因なのか」

「女神様のそばに人間がいたから、離脱できなかったのでしょうね? 玉貫色の羽を借りれたなら、誤解が招じなかったかも知れないわね」

伊邪那岐イザナギたぶらかしたのが悪意だったんだろう? 可能性もあるが、氷河期を終えたばかりのあの刻は、安堵感で希望ゆめほだされていたもんな。時代の統制力を馴染ませるのに奔走するしかなかったのが事実なんだがな?」

「もしかして、赤瞳さんが時代背景に拘る理由って、その二の舞を踏まないためってことなの?」

「血に潜む曰くも視れるのか? 赤瞳」

「解読した理由は、定方さだかではないです、四弟さん。推測の域を出ないのは、繋がっている以上、全てが感性かあさんの本音になりますから」

「無駄な争いを生み出したくない、ってことだろう。珍しく本音を語ったな」

「その場に居た方々が見失っていただけで、感性かあさんが、自身の心を痛めたことに気付けなかったから、解読したのでしょうね。善悪がそこになければ、赤瞳わたしの心も解読しなかったかも知れません」

「赤瞳さんの割り切りって、善悪があるかないかなの?」

「善悪があれば、誰かが責任を負う必要性が発生するもんな」

「責任を負う方の心を傷つけますからね」

「被害者を出すことが嫌いな理由じゃな。そんな赤瞳の心を、神武が知ったならば、恥ずかしくなるはずじゃろうな」

「因業と云えばそれまででしょう。そうなると因業は、三元主の取り決めになるわよね?」

「懲りない人間たちには、解らないはずよね。だから、赤瞳さんが神々に媚びへつらわないんでしょう? 違ってたらゴメンなさい」

「そうなの、赤瞳?」

「ご想像にお任せします」

 うさぎは淡々と云い放っていた。駆け巡る思考回路が映し出したものは、小癪に立ち回る無責任な輩であり、お他人様の口にとが立てられないことを指す。進化と退化を繰り返した人間の本性が変わらない理由でもあった。

 想像した未来とは、月面に居住空間を造り出した人間の想いだろう? それは、ほぼほぼ理解ができた。だが月の表面に出来ているクレーターの多さを気にせず、酸素の供給ばかりを気にしていれば、衝突する隕石による被害にまで及ぶはずもない。その隕石が核を造り出す元素を混入していたら、静けさを纏う月が、地獄絵図になるのだ。あり得ない、と与太話よたばなしに想いせせら笑うより、零点一の可能性に備えれば、悪循環に堕ちることはないはずだ。

 何よりも大切なことは、昼夜間の気温差を考えていないことだろう。光がダイレクトに届く昼間の気温は百度を越え、光のない夜間の気温はマイナス二百度以下になることを想定内にしていない。僅な可能性ほど大災害に繋がることを知り、すべての災害に備えれば、破滅することだけは避けられるのだ。

 水が液体であるという地球上の常識を打開できなければ、気温差を弱める作用もなく、宇宙服を脱ぐことができなくなるのだ。それほどの過酷を強いられたことのない人間に、移り住む必要性を希望にして良いものなのか? そういう破天荒な考えでも、生き抜くために必要な知恵は、記憶の中の防衛本能に潜んでいる。自分を信じることと同じように本能に従うのも、良案かもしれない。氷ついて断命するか、帰化してなくなることが想定内にあれば、地球を離れるだけで不安が募るはずである。原子は人の眼に映らず、分子に到っても判別できないが、微生物を形成するウイルスや細菌の動向は、違和感を抱かせるので、なんとなく気付けるはずだ。そういった笑顔のかげにあるものを、うさぎは言葉にできないでいた。



    五十一


 時間の経過を有意義に過ごしたつもりでいて、雲海家の子孫たちも、普段通りを取り戻しつつあった。

 情報交換で見えてきたのは、ネジ曲がった理由と、想い剰った環境であった。その観点からみると、世知辛い世の中を造り出した経緯も想定内に収まり、地球規模で発生している天災も、人間が漏れなく造り出したことになる。獣たちの安住を奪い、食物連鎖を替えてしまったことは間違いない。そこにあったものは、命の価値を見誤った事実と、自己中心的考えの行いであり、傲慢が示したものは、圧迫政治を体験して、大方知り得ていた。地球上を席巻した科学力をもって、破壊している事実だけが結果となって残されている。利益を追求することは、限りなく黒に近いグレーということなのだ。生き延びるだけの蓄えを越えた物質の供給過多などは、栄養失調で亡くなる方々の存在がみえてくる。そこに暗躍するのが、心を持ち合わせない輩ということである。

 お・も・て・な・しの心を持つ日本人でさえも例外ではなく、悪意を隠し持っているのだ。飄々としている者の心の中は、誰も視ることができず、あわよくば、なんて感性ばかりを育んでいるはずで、見抜いた時点では、刻すでに遅いという後悔の経験者は増え続けていた。そういう方々が口々に云うことは、○○だけが良いなんて、不公平だ、であろう。矛盾が生まれた原因は、格差社会を確立したからで、そんな時代背景となったのも、人の怠慢か堕落が原因で、横柄や横着を生み出した。例えば管理職という役職者の横暴は、につくばかりとなり、部下等は心を失ってゆく。その役職者になりたいが為に学歴社会を作ったのであれば、社会適合者の行着く先は、百鬼夜行に他ならない。セクハラがなくならないのは、固執した目標設定を強いる社会が造り出しているからである。猫も杓子も大学へ進学する現代社会が、ものの怪を量産する機械的な構成といえる。誰かが造り出した問題は、答えを導き出すことを得意とする者を量産して、その先へと導くことをしない。社会の中の多くは答えのないもので、そこに気付けなくして終ったのだ。

 いびつな思考は怨念を生み出し、純真な心を阻害していることにも気付いていない。そういう悪循環は責任を放棄するだけで、お他人様の灯火せいめいを消して終うだろう。そしてそれらが生きる屍を量産し、それらは活力のある影に怯え、社会から脱落してゆくしかないのだ。

 うさぎはそんな人生を選択しなかったから、世の中から爪弾きになったと結論付けていた。日本という国に生まれたことを恥じる理由が、それであった。

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