第15話

    四十三


 難癖を付けられるという不安から、そのまま結界へ向かっていた。地獄の沙汰は金次第、といわれるくらいだから、用心するに越したことはない。深夜の移動は比較的、観られる心配がないと判断したのである。

 結界に番人はいなく、今の管理神は、六弟神が任されていた。六神で持ち廻ることにしたのは、適材適所に割り振ることを話し合ったからだった。其に併せて、冥界と海の管理神も交代する。どちらも絶対的支配権を持つ神なので、代役と云うだけのようだ。代わることで生まれる争いは、人の世に飛び火すると、女神様たちは云い張った。

 ものごとの長短に気付かせるには、それが得策だろう。人の世に蔓延する民主主義を、神々様も見倣うことになった。協調を唱えるだけでは、人間が見倣う訳が無いからだ。


 多くの取り決めを議決する場所は結界内になっていて、神々様にも見えなくなった未来は一単ひとえに、悪意がもたらす結果が原因であった。観ない振りをすることで、振り掛かる火の粉にまみれる状況は、人の世だけでなく、天界にも及んでいる。多様性が感性の本音だから、致し方ないのであった。


 結界内の住人の多くは偉人たちだが、悪意を飼い慣らした元人間であり、媚びへつらうことを苦手としている。だからかも知れないが、取っ付きにくい対応をしてしまう。腹の中(心持ち)が良く、慣習的民族性に固執しないが、発すると消えてしまう言葉(サンスクリット語)は、勾玉により変換されていた。

 (その記載は、スマホの文字列を五分の一だけ視るような文字で、日本語[ひらがな]が其に近いと言われる理由である。)

 祷の両親が記憶を取り戻している時間に、うさぎが其を説明している。三妹神と五弟神は、住人たちを、祷に紹介していた。

「気のせいかも知れないけれど、外国人が多いような気がするのは? あたしの勘違いかな」

「確かに! 多分だけれど、馴れ合いが生み出す当たり前を戒めているのでしょう」

「足りないものを補うためには、刺激という起爆剤を求めていたのではないかな」

「次妹が、そう教えたの? かしら」

理性わたしの考えです」

「ノーベルと、親しいからじゃなかろうかい」

「記憶を変換する際に閃く感性なんでしょうね」

「終わったのか、赤瞳」

「初めての経験ですから、馴染ませるのに時間が必要です」

「赤瞳にとって初めて? じゃないじゃろうが」

「博海さんと博正さん、それに紬さんにとって、です」

「刻(時間)が停まらなくて良かった? って、それが平等を意味するの、赤瞳」

「刻が停まらない理由は、停まることで手心を加えさせないためです。結果的に、平等と視られるようになったんですよ、理性さん」

「後付けなんだね」

「結果が必ず付きまとう理由と、赤瞳わたしは考えました」

「人の歴史がそうだとしても、神々には通じないな?」

「そうですかね? 悪意の蔓延を止められなかった結果、未来さきゆきを視られなくなっていますよね」

「それは、六弟の不始末のせいだろう」

「我が悪い、と言いたいんだな? 五弟は」

 六弟神が唐突に顕れた。

「女神様が奔走して、六弟様の不始末は帳消しになったはずですよ、五弟様」

 理性がの空気を変えないために、次妹神から訊いた話を持ち出した。

「ならば、混沌が生み出した無秩序だろう」

「そういう責任転嫁を、人が見倣ったとすれば、神々の落ち度は明確です。少しは赤瞳を見習ったらどうなの? 六弟」

 六弟神の出鼻を挫けるのは、三妹神という自負を持っての発言であった。

「姉弟喧嘩は、団欒の刻にしなされ」

 ノーベルも顕れた。

博士そちらの馴染みは終わっているみたいですね」

「ガリレオとニュートンもじきに来るぞ、赤瞳さん」

「お元気そうで、なによりです。今回は身内を連れて来ました」

「悪魔たちとの決戦でもするつもりかい?」

「お久ぶりですね、ガリレオさん」

「赤瞳さんもお元気そうで、なによりです」

「ニュートンさんもお変わりなく、なによりです。赤瞳わたしの親戚の、雲海祷です」

「初めまして、祷です。両親共々宜しくお願い申し上げます」

「此処は、気ままだけが取り柄じゃから、良しなに、だよ、祷ちゃん」

「?」

「若人の扱いを覚えて、私たちも若返ったみたいです。特にガリレオさんは、結衣さんが気掛かりのようですよ」

「此処には若人が居ませんもんね。だからこそ、宿り虫になって、限りのない自由を手に入れませんか?」

「そのために、日本人を連れてきたのでしょう? 赤瞳は」

「そうだったんですか? 三妹様」

未々まだまだ先読みが甘いわね、理性は」

『これが、結果を伴うしるし』だと、うさぎは言葉を飲み込んで、笑顔を繕っていた。歓迎会はなくても、いざかいの火種を創らないためだった。



    四十四


 厳しい現実が待っているので、祷と三妹神にうさぎが、結界を後にしていた。地獄の悪魔がつかわす輩に備えるためであった。

 帰還中の三妹神は、祷の腹の虫に戻っていて、風の知らせを感じていた。

 其を『注意して、赤瞳』と思念に変えて送っていた。

「いざ、という時は、たまえを離して下さいね」と、伝えた。

「どうしたの? 賜が邪魔な訳でもあるまいし」

「賜は賢いから、物陰に隠れます。本来は臆病な家畜ペットですから」

 うさぎの思念が届き終わるか否かに、電熱光線が襲って来た。三妹神の気転で、祷がよろけて、其を交わした。うさぎは賜の息吹きで離脱を果たした。直ぐ様思念と電磁籠を併せて、祷の身体を覆い尽くした。

 悪魔が風の中から姿を現すと、イカヅチが落ち、悪魔を焼きはらった。何事が起きたのか面喰らって要ると、

『大丈夫だったか、赤瞳』思念が轟いた。

『ありがとうございます、四弟さん』

 うさぎが思念を送った。

『地獄を脱走した、ミカエルの仲間だ。赤瞳を見逃したから、その子の肉体からだを奪おうとしたんだろうな』

三妹あたしたちをおとりにしたのね? 四弟』

女神様あねさんには了解を取ってある』

『そうなの?』

『現世に悪意が蔓延しているから、悪循環があると想っていました。大変ですね、四弟さん』

『懲りない輩たちだから、注意だけは怠るな。いつでも四弟オレが、対処できるとは限らないからな!』

『そういうことは、先に云って措きなさいよ』

三妹おぬしに当たっても、死なないだろうが』

『祷の身体は生身なのよ。幼気な乙女のことを、少しは考えなさい』

『大丈夫ですよ、三妹さん。その時は、赤瞳わたしが身代りになりますから』

『だとよ、三妹あねご。脱走した悪魔は後十七要るからな。呉々も、用心だけは怠るなよ』

 思念と一緒に、四弟神もけていた。

 うさぎは名残りを残す三妹に向かって

「四弟さんは、後十七と云いましたが、それ以下のはずです」と、云い放った。

「どうしてよ?」

「六弟さんと、ノーベルさんに、焦げくさにおいが着いていました。多分ですが、この期にとほおむってきたんでしょうね」

「裏切り者ってことね」

「狡猾な大天使ミカエルですからね」

「らしく? ないわね」

「祷さんに聴かせるつもりなんですか?」

「速い方が、割り切れるんじゃないの」

あたしに関係があるの?」

「十七番目のミカエルと一緒に立身したのが、神武なのよ」

「大天使ミカエルが十七番目だったの?」

「仲良しだったようです。もしかすると、ご両親たちの馴染みに関係があるかも知れません」

「関係って? 仲間かも知れないの」

赤瞳わたしの説明を記憶に刻もうとしていませんでした」

「だから、五弟と、理性が居残ったのよ」

「そう言えば! 三途の川の時と違う神様みたいだったね」

「支度をして、結界に戻りますからね」

「なんで結界なの?」

「この世で一番、安全な処ですから」

 うさぎの言葉で、祷も覚悟を決めたように見える。深夜の闇夜に紛れて、行動に移っていた。



    四十五


「支度って、何が必要なの? 赤瞳さん」

「賜に関するものです。祷さんに必要なものは、特にありません」

「着替えも要らないの?」

「必要ありません。着たまま洗濯できますし、それが嫌なら、羽衣を用意してもらいますから」

「祷は、神話を読んだことはないのかしら?」

「有りますけど」

「山の神に海の神、衣食住に困らない理想郷なのよ。知識を求めるなら、偉人たちが居るしね」

 祷にはそんな、悠々自適な生活を望んだことがなかった。云われるままに、賜の餌を用意して、結界にとんぼ返りを果たした。


「六弟さん、お三方は?」

「五弟が玉手箱に持っていった」

「宇宙の中心のことを、神々は玉手箱と云うのです」

 うさぎが、祷に説明をいれた。

「どうして玉手箱なんですか?」

 うさぎの説明に納得がいかないのか、分離した三妹神に向かって訊いていた。

「開けてビックリ玉手箱、って云うからよ」

「感性様が飛び出して来るんですか?」

「開けたことがないから知らないわ」

「触手の数を変えた元素です」

「元素? なの」

「ビッグバンを再発させないためです」

「自業自得、って云うもんね」

 三妹神は云って、祷へウィンクした。


「それより、なぜ戻ってきた」

「六弟さんにこびりついていた、臭い、です」

「?、まぁあれだ。ノーベルの腕が錆びていないか? 確認しただけだ」

「ニュートンさんと、ガリレオさんに後片付けをさせたんでしょう?」

「ばれていたか」

「大気中に残すと、ミカエルに再生されますもんね」

「あぁ」

「なんで? 神話では、一億ボルトのイカヅチを放てるはずですよね」

「杖を取り上げられたのよ、女神様に」

「これのこと? ですか」と云ったうさぎが、耳の中から針の様なものを取り出した。

「かしなさい、赤瞳」

 三妹神が刹那に其を取りあげた。そして其を唇に挟む。両の掌で円を造り思念を溜め込み、針を勢い良く吹き飛ばした。針は円形の思念の中に入る。其を確認した三妹神が両の掌で、其を叩き割った。針は衝撃波を吸収してスクスクと育ち、杖の大きさまで成長した。

「改心したんだから、正しく使えるわよね?」

「あぁ」

「此処は、三妹さんに任せて、五弟さんを追って下さい」

「ありがとう」と云った六弟神が翔び一瞬で見えなくなった。

「好いとこあるね、赤瞳さん」

「六弟さんを無敵にすると、後始末が大変なんですが、ミカエルを還元するためには、しょうがないですよね、三妹さん」

「鬼に金棒だからね。それでも今は疾風もいるし、赤瞳もいるわ」

「三妹さんだって、経験値が計り知れなくなっています。成長分は伊達ではないはずです」

 うさぎと、三妹が出す信号波に呼び出されたように、結界の住人が集まりだしていて、見上げる満点の星空に、流れ星が無数に見えていた。

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