赤い大地に咲く花は
TYPE33
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赤い大地には緑の苔類が生じていた。ミラは、それを見て満足そうな表情を浮かべ、踏まないように意識しながら丘の上に歩を進めた。
空は、わずかに橙色に濁っていた。この辺りはまだ砂塵の影響が大きい。まあ、これからもっとひどくなる。
ミラのARディスプレイがその空の一点をカーソルで指し示す。そこには、ひときわ明るく輝く星があった。
「マイ、拡大して」「はーい」
ヘッドセットから可愛らしい声が返ってきた。ディスプレイにはオーバーレイで拡大された星が映る。それははっきりと何らかの塊の姿を現していた。
ディスプレイ上には光学観測とGPSからの情報を緒元としたリアルタイム計算の経過がせわしなく表示される。あの塊の行く先を占っているのだ。
マイと呼ばれた声がミラに報告する。「落着まで5分30秒。推定誤差範囲1520m」先ほどの軽い返事と異なり、やや事務的だ。
「180秒。想定中心、122-120m。推定誤差範囲150m」
落着の予想点が当初予定より122度の方角に120mずれた。そこから半径150m以内に落ちる確率は90%以上になった。素晴らしい正確さだ。180秒時点で10キロ単位でずれることも珍しくないのだ。
瞬間、塊が強い光を放つ。ディスプレイの表示から、少し大きな塊が剥がれ落ちたらしいことがわかる。だが、ここまで落ちればもうこの程度の質量変化は大した影響はない。
「60秒……30、29、28」
マイがカウントダウンを始める。もうできることは何もないが、この瞬間を見届けるのはこの仕事の矜持でもあり、また醍醐味でもある。
天空からの物体が地上に激突し、地表に輝きが生まれ、音と衝撃波が遅れて到達する。物体は大地を穿ち、地中のものを空中に巻き上げるとともに、自らを構成する物質も大気中に拡散させる。
「落着を確認」マイが報告とともに、ディスプレイに落着地点の地形図を表示してくれる。最終誤差は100m以下だ。
「すごい!新記録じゃない?」ミラが通信用のヘッドセットに話しかけるが、返ってきたのはリンク不能を知らせる警告音だけだ。
「今はまだ無理ですね」とマイが突っ込んでくる。
ミラは膨れて見せるが、それを見せる相手はいない。この瞬間、彼女がコミュニケーションをとれるのはAIのマイだけだ。
落着地点からは所謂キノコ雲が上がっていた。しばらくすると、ここへも降下物が到達する。そして、ミラの読みが正しければ、雨が降るだろう。
「マイ、継続観測と録画、よろしく~」と言って、彼女は自分のリビングローバーに駆け込んだ。
ローバーにもどったミラは、簡易マスクやらARグラスやら、そして屋外用の軽作業スーツをすっぱり脱ぎ捨て、アンダーウェアだけとなる。なんの問題もない。このローバーは彼女の城だ。たとえ全裸でいたとしても、それを見る者も咎める者もいない。
冷蔵庫から炭酸飲料を取り出す。祝杯気分だけど、一応まだ勤務中だ。それに、これだってここではぜいたく品の部類となる。
モニターの中、立ち上る雲には稲光が見え、大気中の湿度は急速に上昇していた。そして、予想通り砂混じりの赤い雨がやってきた。ミラはさっきのサイダーを手に、チェアの上で優雅に足を伸ばした格好でふんぞり返り、その様子をモニタリングしながら、衛星音声通信の発信ボタンを連打した。
「ですから、衛星リンクのレベルは現在12です。音声リンクは確立されません。まったく〜、そんなに早くお話がしたいんですかぁ」
マイのツッコミは鋭く、また含みがある。本当に管理AIかと疑問に思わせることすらある発言だが、このような隔絶した環境ではそれがありがたいこともある。
「そうよ。だから早くして」
ミラは明らかに開き直って言った。
「そう言われましても、この大気環境は私のせいじゃないというか、むしろお二人のせいというか…、あ!衛星波レベル上昇、ネゴシエーションを試みます…」
外部を見るモニターとは別の画面に衛星リンクのロゴマークが映り、認証プロセスの文字列が画面を流れる。
「フェリカ?ねぇ、聞こえる?フェリカってば!ブルズ・アイよ!」
「聞こえてるよ。最後、少し軽くなるものも見越したからな。大当たりだろ」
通信機から返ってきたその言葉の調子は、男らしいと少年らしいの間のような、ちょっと乱暴なものだったが、明らかに低い通信レートのその音声でも、その若々しく魅力的な、女性ならではの声は隠しようがなかった。
「すごいわ!あなた最高よフェリカ!」
正直、彼女の褒め言葉はライトドラッグのように心を浮つかせる。いい仕事をしたあとではなおさらだ。フェリカは思う存分相好を崩した。こちらも、誰も見ていない、遥か軌道上なのをいいことに。
地球温暖化、などという言葉が死語になって久しくなった頃、人類は新たな異変に襲われた。一つは予期しない気候の変動。むしろ小氷期を危惧していた人類が迎えたのは、再びの平均気温の上昇だった。
もう一つは、人工衛星の故障頻発、それに伴う通信不良。地上における電子機器の不良とそれによるインフラ障害の多発。社会はじわじわと混乱に陥っていった。
原因はすぐに分かった。これまで観測されていた周期とは異なる、大きな周期での太陽活動の亢進であった。太陽光度の変動などは、厳密に計測しなければわからないほどのものだったが、地上への紫外線量や気候への影響は明らかなものとなり、フレアの放出は以前より規模の大きいものが観測されるようになった。
それは、人類存亡の危機と言うには大げさなものではあったが、地球は人類にとって快適な環境とは言えなくなっていった。
天文物理学者達は、この未知のサイクルの解明を急いだ。その結論は一致したものだった。この現象は恒久的なものではない。通常の太陽活動周期同様、いずれもとに戻るだろう。
ただし、その周期が問題であった。学者によって予測に幅があったが、少なくとも数万年スケールであるというのがその結論だった。太陽にとっては一時の発熱のようなものだが、人類にとっては永劫とも言える時間であった。
かつて原初のホモ属が環境の変動に見舞われアフリカを出たように、人類は新天地に目を向けた。この厳しい環境の原因となった太陽から遠ざかる方へ。
人類は、ついに火星のテラフォーミングに着手した。
赤い雨は一時間ほど続き、ミラはその間周囲の大気成分の変動をモニタリングしていた。その結果から、落着した物体、落着した地表、それぞれの構成要素が推定できる。何よりも重要なのは水分子の量だ。
火星を居住可能にするプロジェクトは複数のアイディアが同時に実行に移されたが、最終的には次のような手順に収斂した。
初めに、火星軌道上に開発ステーションを設置し、これを足がかりに地上に活動拠点を設ける。
同時に、火星の弱い磁気圏を補完するため、いわば電磁シールドというべきものを発生させる装置を火星と太陽の間に設置する。これにより、火星の大気圧を劇的に改善する事ができたが、それでも決定的に不足するものがあった。水分子である。
火星の気象環境を安定させるためには、なんとしても海が必要というのが結論だった。火星には局地と地下に一定の水や氷が存在しており、局地の氷は気温の上昇とともに液体として安定することが期待されたが、地下の水分を取り出すのはまだ困難であったし、なによりもそれだけでは絶対的に量が不足していた。
人類は、その2つの問題を同時に解決する方法を考案した。太陽系内に存在する水分量の多い天体、不活性化した彗星や隕石を地上に激突させ、水分の補給と掘削を同時に行おうというものである。さらに、天体の激突は、単純な掘削だけではなく、激突時の熱により火星鉱物に含まれる酸素や二酸化炭素を取り出す効果もある。文字通り「一石」で三鳥を落とす狙いであった。
周囲の大気状態が落ち着いたのを見計らって、ミラは再び装備を固め、サンプルの回収や直接観測のためローバーの外に出た。大気圧は0.7気圧くらいあるが、酸素濃度が低いので簡易マスクは必要だ。
「先生、どうなの?」
今、ミラが向かっているクレーターを作った張本人であるフェリカがミラをせっつく。二人はローバーのアンテナを中継して会話していた。
「そう慌てないで。落着地点は予定通り。あとは私と自分の見立てを信じなさいって」
フェリカの仕事は衛星軌道上から地上に彗星や隕石を「ぶん投げる」ことだ(もちろん比喩だが)。スローしてしまえばそこでお役御免。通信を切り上げて彼女らのステーションに帰っても一向にかまわないのだが、彼女はミラにその仕事の評価を聞きたがった。
ミラはクレーターの底が直接目視できるころまで来て、ARモニターの倍率を最大にして観察を行った。ドローンを使えば近くまで寄れるが、低い気圧と不安定な大気条件で事故を起こすことが多く、直接見に行った方が安心なのだ。
「クレーターの規模はほぼ予想通り。貴女の腕と選定のおかげよ。本当、素敵!」
ミラは改めてフェリカを褒め称えた。実際、フェリカの仕事はそれに値するものだった。クレーターの規模が予想通りとなるには、「ぶん投げた」物の速度、進入角、そしてその物体の質量と密度が関わってくる。これらの事象に大きく関わるのがフェリカの腕と観察力だった。
「当然の結果だね。どう?」
フェリカの言葉には、あきらかに『もっと褒めて』という欲求が現れていた。それを感じ取っているのかいないのか、ミラはさらにフェリカの自尊心をくすぐる言葉を重ねた。ミラには、フェリカをおだてたり、ご機嫌を取ったりしているつもりは全く無い。心からの称賛と、この仕事上のパートナーを手放したくないという気持ち、そして、彼女が自分の言葉を吸収してくれるという喜びが、その言葉の元となっていた。
ミラは地球出身だ。フルネームはハセガワ・ミラ。父母ともに日系人だが、祖母がインド・アーリア人だ。少し年の離れた兄がいて、父母が何を思ったか「ヘイゾウ」という時代劇に登場するような(実際そうらしい)名前をつけたら、その訳の分からなさに祖母が激怒し、ミラの時にはなんとしても自分が名前をつけると言ってきた。喧々諤々紆余曲折あり、結局どちらの語圏でも呼びやすい「ミラ」に落ち着いた。
彼女はいわゆる天才児で、早い年齢で大学に進学し、かけ離れた2つの学問を主に修めた。軌道力学、そして地質学とそれに付随する形での生物学・植物学(総合環境学という造語で呼ばれることがある)。それらの抜群の成績を引っ提げ、国際火星環境開発局に就職し、火星移民を果たした。このように書くと、いかにもエリートがやってきたような印象だが、周りも彼女自身もそのようには捉えてはいない。なぜなら、火星の開発局員はほぼ全員が彼女と同等かそれ以上の天才秀才揃いであり、移民人数が限られることから、2つ3つの専門領域を持つことも当たり前だったからである。ミラはここでは「普通の人」であった。
ミラの仕事は、火星の地質と生じ始めている生態環境を調査するとともに、宇宙から持ち込む水資源を「激突」させる場所を選定し、そのための軌道計算や効果の想定をすることだ。地下の水資源を「掘削」するのに効果的で、かつ火星の生物資源にダメージの少ないところを探す。彼女のキャリアはそのために重ねられたものだ。将来、十分な大きさの海洋ができればここにぽいぽい小天体を落とすことができるようになると考えられているが、現在のところ、彼女の職務は極めて重要なものだった。
この仕事のために、彼女は一年の大半をフィールドワークで過ごす。彼女の担当地域は現在、火星唯一の都市であるルナエシティからみて惑星の裏側で、交通網が無いに等しいこの星で頻繁に行き来するのは現実的ではないため、リビングローバーという大型の居住型ローバーで活動する。贅沢をしなければ半年くらいは都市によらずとも活動できる。そのため、彼女は火星の裏側で一人きり、好き放題に地質調査をしたり、地衣類の採集をしたりすることができる(二人で活動する同僚もいるが、彼女は一人ですべてこなせてしまうため、単独行を選んでいる)。
だが、ミラが一人で小天体を地上に落とせるわけではない。彼女の計算に基づいて精密に「投げ落とす」役が必要だ。「シューター」と呼ばれる彼らは、軌道上からミラたちの指示を受けて小天体を観測し、その実際の質量や組成を報告し、最終的に軌道を調整する役割を担っていた。シューターからは、ミラ達は通例「先生」と呼ばれ、この2つの職は、ある程度個人的なパートナーとして仕事を行っていた。
ミラの最初のパートナーはベテラン(ミラ曰く「おじいちゃん」)で、ミラに様々なノウハウを授けてくれた。彼が引退するとき、ミラに次のパートナーとしてフェリカを「見てやってくれないか」という言葉で紹介してきた。
「それはどういう事?おじいちゃん」
「フェリカは腕は抜群だ。勘も鋭いし頭もいい。だが、なんつうか、跳ねっ返りでなぁ」
「跳ねっ返り?」
ミラは彼の話に驚いた。聞くと、フェリカは19歳(わざわざ火星年で年齢を数える人もいるが、これは地球年齢)の女性だという。ミラたちの仕事は男女はほぼ半々だが、シューターはほとんどが男性だ。それでもすでに二年のキャリアがあるが、パートナーがもう4人も入れ替わっていて、いまはフリーになっているらしい。
「なかなか先生とうまくいかねえんだよ」
ミラは俄然興味を惹かれた。別に自分ならうまくやれるとか思った訳では無い―むしろ人付き合いは下手な部類だと自覚していた―が、同性だし、世代も近い(6年の違いを近いとみなすか?この際眼をつぶろう)。もともと、同性同年代の友人は少なく、火星に来てからはなおさらだった彼女には、話したこともないフェリカが、キュートでキラキラした「女友達」という印象で刷り込まれていた。
「ふーん。ま、仕事だからね。ご指名ご苦労さん」
初めて通信を通じて話をしたフェリカの印象は、あまりキラキラしていなかった。ぶっきらぼうなのか突き放されているのか、少なくともフレンドリーな印象はまったく感じなかった。
若い自分に指名されたのが不満なんだろうか?ミラはフェリカの真意を図ろうとしたが、よく考えてみるとシューターの人たちにはこんな感じの人も多い。ほとんどの人員が学者と高級官僚で占められている地上の局員達と、軌道上で活動するシューターの文化は大きく異なっていて、こんなギャップは珍しくない。
そう思うと、ミラはフェリカのその態度について急に気にならなくなった。この素直さというか、単純さはミラの特徴の一つだった。
「そう、あなたと、お仕事がしたいの」
ミラの返事は明るかった。ちょっと押し付けがましいかなと思ったけど、ちゃんとフェリカが返事をくれたので大丈夫、と思うことにした。もっとも、その返事は戸惑ったような「お、おう…」だったけど。
誰が言い始めたのか、新たにパートナーになった二人の最初の仕事を「ハネムーンショット」と言った。もちろん、帰りの飛行場で離婚に至ることもあって、当事者達には皮肉が利きすぎだとも言われていたが。
ミラが二人の初めての共同作業となる対象天体を指定した。太陽系の各所から火星軌道上に運ばれてくる小天体はすべてカタログ化されており、ミラはその中から軌道要素、組成、質量等を勘案し、目的にふさわしいものを選び出す。それを直接見に行って、見分するのがフェリカの最初の仕事となる。
フェリカは軌道上、OHE(オービターヘビーイクイップメント・軌道重機)と呼ばれる大型の作業ポッドに一人で搭乗している。リビングローバーがミラの城ならこちらはフェリカの城だ。OHEには固有名詞があり、フェリカの搭乗機はアルシノエBと名付けられていた。
今、フェリカの視界は目標の小天体の姿で占められていた。
「さてね」
まず、天体を周回する。それを何度か繰り返すうちに対象の質量と密度が計算される。次に作業アームを伸ばし、サンプルの取得。アルシノエはフェリカの城であると同時に、彼女の手であり、足であり、眼でもある。この世にあるもので、フェリカがもっとも信頼を寄せる存在だった。
「駄目なんじゃない。コレ」
フェリカの言葉は棘と嫌味をないまぜにしたような調子だ。
「そうなの?なんで?」
ミラの質問はあくまで素直なものだったが、フェリカの返事は意図的な呆れをふくんだ印象だった。
「割れるだろ。最悪、爆発するね」
ミラは改めて天体カタログに眼を落とした。それには、簡易測量された小天体の各種データが記載されている。それを見る限り、ミラの知識では十分地上に到達する質量と強度をもった対象のはずだった。
「どこから?どこから割れちゃうんだろう?」
しかし、ミラはフェリカの見立てに異を唱えることなく、そのプロセスの解明に舵を切った。フェリカはその反応に少し面食らった。
両者が共有している天体のホログラフにフェリカがマーカーを入れていく。
「A面のポイント3の窪みが特に高温ガスの影響を受けるから、ここの亀裂にガスが入ると木っ端微塵になる。B面は空気抵抗大きすぎ。こいつを回転させてC・D面を抵抗面にして突入させれば少し持つだろうが、結局このD2ポイントから大きく割れて分解する。どこに落ちるかはわかんなくなるね」
フェリカはホログラフに剪断面を書き入れながら説明する。面倒くさそうな口調だが、内容は立て板に水だ。
それでも、その内容はミラの解析とは一致しない。割れるはずがない、がデータの指し示す答えだった。
「どうすんのさ、せ・ん・せ・い」
「うん、落としちゃおう」
フェリカは明らかに「フン!」と鼻で笑う音を立てた。
「このままA面を突入面にして。バラバラになるだろうけど、きっとキレイよ」
「は?」
何を言ってるんだ。この女は。フェリカはこの仕事で初めてと言っていい他人への驚きを口にした。
専門家二人と大規模なイクイップメントを動員するこの作業は、相当のコストと資源を消費する。あくまでも地上に激突させて掘削効果を狙って初めて折り合うものだ。突入天体が上空で消滅しても、その成分は大気中に拡散するわけなので、別に無駄ではないが、その程度の作業なら無人プローブで事足りるし、日常的に行われているものでもある。
そもそも、地上にクレーターを作らないなら地上側の「先生」はいらないわけであり、空中での消滅は地上オペレートの「失敗」とみなされる。
「何?ヤケクソになってんの?それとも、割れないと思ってる?」
「何で?いいじゃない一回や二回失敗があったって。実際に見ている貴女が言うんだから、割れるに決まってるわ」
「せっかくそこまで行ってもらったんだから、無駄足になる方が申し訳ないもの。ね、夜に落とそう。分解するやつはキレイなのよ。これから一緒にお仕事をする二人の、記念の花火にしましょう!」
フェリカは唖然とした。気がつくと、文字通り空いた口が塞がっていなかった。どう切り返したらいいのか全くわからなくなって、自分でも情けなくなるくらい当たり前の返事をした。
「まあ…、先生が落とせと言うんなら落とすよ」
小天体は、夜の地上に向けて放たれた。フェリカの予言通り、大気圏突入時に発生する高温ガスが天体を粉砕した。重力も大気組成も地球とは異なるこの星の上空で、砕け散った流星は独特の姿を見せ、儚く消えていった。二人はそれを、上空と地上からそれぞれ見守った。
ミラは満足していた。フェリカはその能力を証明してみせたのだ。次は自分がフェリカに認められなくては。
「フェリカ。ありがとう。貴女の見立ては完璧だったわ。ねぇ、どう?キレイだったでしょ」
「あ、あぁ…。うん」
「次も絶対お願いね。今度はちゃんと選ぶから、また教えてね。」
「……」
「それと、「先生」はやめようよ。「ミラ」がいいな。ね。」
「……まぁ、また呼べよ」
フェリカは、かつて無いモヤモヤした気持ちを抱いたまま、帰途についた。
彼女の拠点は火星開発初期に構築された軌道ステーションだ。その無重力ベイにアルシノエをドッキングさせる。ベイでは、一人の老人がフェリカの帰りを待っていた。
「フェリカ、どうだったよ、新しい先生は」
彼は、ミラにフェリカを託した「おじいちゃん」その人だった。フェリカはそのモヤモヤした気持ちを隠すことなく顔に現していた。彼女はため息を付いたり口を尖らせたりと、長い沈黙の後に言った。
「変な女」
老人はわずかに口角を上げた。フェリカがパートナーに明らかな悪態をつかなかったのは久しぶりだ。
「そうかい。次はどうすんだ?」
「行くよ。呼ばれればね」
呼ばれないだろう、と思っているのだろうか?老人には、そこまでの真意は読み取れなかった。フェリカは何かを言いづらそうにして、老人をチラチラを見ていたが、最後にボソボソと声をかけた。
「ねえ、ゴン爺」
「どうした?」
「花火って何?」
ミラの「ミスショット」は開発局内でも大分話題となった。あらぬところに落としてしまった、というようなミスではないので、取り立てて大騒ぎするようなものではなかったのだが、これまでミラに大きなミスがなかっただけに噂と憶測の種となった。
同じ仕事をしている仲間からは「あの娘はやめておいたほうがいい」と、直接的、遠回しそれぞれのアドバイスが届いた。ミラはその全てに「フェリカは私の指示通りに作業したの。私の選定ミスであって彼女は関係ない」と、突っぱねる返事をした。ミラは嘘をついていたわけではなかったが、彼女はその知能の高さのわりに、何かを隠したり誤魔化したりするのは上手ではなかったようだ。彼女の作業報告データには初めから天体の落着地点は指定されておらず、「ミスショット」になることを前提とした作業を行ったことは、少なくとも同僚の眼には明らかだった。
「一体何があったのか?」彼女を知る仲間たちは首を捻った。
ミラは仲間たちの忠告を無視し、フェリカを次も、次の次も、パートナーとして指名した。二人が地上に3発目の砲撃を加えた頃になって、局内はざわつき始めた。彼女らの3回の打撃は、いずれもかつて無いほどの精度で目標を捉えていたのだ。
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