空っぽ少年と楽しい学園生活を

ものくろぱんだ

透明なエヴァン

第1話 空っぽ少年は立ち尽くす

かつてこの世界には人間と、少しの異種族と、魔物しかいなかったらしい。

一番数が多くて頭も良かった人間は、力が弱いことも知識で補って、他種族を支配下に置いていたらしい。

そんな人間たちの頂点に立っていたのが、女神リュダ。

七色の髪と瞳を持つ絶世の美女であったとか、この世のものとは思えない美声だったとか、手をひとふりするだけで空が割れたとか、海が割れたとか。

そんな逸話を数多く残す女神様だ。

大昔はと神との距離が近くて、姿を見ることも言葉を交わすことも出来たらしい。

そして反対に、迫害された異種族や魔物たちにはリーダーとなるべき人物が存在していなかった。

横暴な人間と無関心な女神に対抗するため、彼らは血を高め、絶対強者となるを生み出した。

名無しの怪物、後にミュゲと名付けられる醜い龍だ。

龍と言っても、見た目はドロドロとしたヘドロのような物体に大小様々な眼球やギザギザの歯が生え揃った口などがくっついているような姿だったらしいが。

女神とは正反対の姿に、人のみならず、仲間であるはずの異種族や魔物······そして、産み親たるものすら、彼を嫌ったらしい。

だが、ほかのどんな人より心優しかった彼は、己に課せられた役割を全うしようと、女神に勝負を挑んだ。

後に聖魔天戦と呼ばれるようになった神話時代の正式な幕開けであった。

最初、彼になんの感情も抱いてなかったリュダは、何年も何十年も何百年も彼と戦い、時に言葉を交わし、その優しさを知って······なんということだろう。

その戦いが終わった日。

天より光が落ち、リュダは愛おしげに彼に頬擦りをしながら姿を現した。

人も異種族も魔物も度肝を抜かれる中、ある人族の少年が尋ねた。

『どうして女神様は怪物に頬擦りをするの?』

リュダはその質問に答えた。

『私は彼を愛してしまった。これより彼はミュゲ、我がつがい、片割れにして片翼かたよく、生涯の伴侶である』

と。

リュダがミュゲの額に口付けを送ると、リュダの煌びやかな七色の髪と瞳は瞬く間に色を失い、絶対不可侵の白となった。

そして、光り輝いたミュゲは、その姿をリュダと鏡合わせのような美しい美丈夫に変えると、更にその身を純黒の龍に変え、リュダを乗せ、共々天域に去っていった。

そうして地上は神を失ったのである。

それから長い時間が過ぎ、人間や異種族、魔物たちはそれぞれの折り合いを合わせ、少しづつ、少しづつ混ざり合い、血脈を繋いできた。

そして、神話の時代より数多あまたの月日が過ぎ去り······ある国の港町の、高台の上の一軒家。

潮風が吹き付け頬を撫でるその家の、三兄弟の末っ子が、家の前で立ち尽くしていた。


***


見事な白髪に、白い瞳。

かつては姿を変えたリュダを思わせるため縁起物だと担がれていた時期もあったらしい代物シロモノを体に纏うその少年、名前をエヴァン。

一見すると人間のようだが、本来耳があるべき場所には何も無く、白い毛に覆われ、代わりのように、人にはありえないが揺れている。

まあ、それも当たり前である。

この御世代、純粋ななんて絶滅危惧種なのだから────────。


「あら?エヴァンどうしたの?」


と、言ってるそばから扉から顔を出した人間絶滅危惧種

彼女の名はシルヴィ。

純人間に相応しい焦げ茶色の髪に、特に特徴もない黒の瞳。

優しげな面立ちで、獣の耳はもちろんしっぽも鱗もない。

彼女こそエヴァンの実母である。

シルヴィは料理をしている最中だったのか、着古した服の上から可愛らしいアップリケの着いたエプロンを身に付けている。

意外と手先が器用な兄の手作りで、父や姉からの評判もいい。

そして、そんなエプロンを着こなすシルヴィもまた、控えめに言ってかなり美人と言えた。

そんな母の顔立ちを綺麗そのまま受け継いだエヴァンと姉は街でも有名な美人姉弟なのだが、それはまあ置いておこう。


「母さん、入学許可証が届いた」


エヴァンは表情を変えないまま、淡々と答えた。

真っ白な色合いも相まってなんとも言えない神秘性と儚げな雰囲気を感じる。

よくこの雰囲気に騙される者もいるがエヴァンはそれなりに強い、混ざっている血の影響で。

そしてそんなエヴァンの一見折れそうな程に細く、けれども見て分からないほど筋肉の着いた手に持たれているのは、高級そうな黒の封筒である。

細かい透かし模様が入っていて、目を楽しませることも出来る一品だ。

そしてその封筒には、金箔きんぱくに彩られた文字が。


『エヴァン・カラーポート殿』

『アヴァドラ魔法学園入学許可証』

『アヴァドラ魔法学園学園長ヴァネッサ・フォン・リュキミア』


「······あらぁ」


全くもって予想外だったであろうその文字に、シルヴィは目を丸くした。

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