序章・第三話 俺の人生が少しだけ変わる切欠

013 不良さん ベースで向井さんと話す切欠を得る

 山中の席替え相談を受けた後、部屋に戻る寸前。

両手に大量のドリンクやフーズを持った状態で、俺はある事に気が付いた。


先程、山中に『席替えをする』っと約束についてだ。


さっきは勢いで、あぁ言う風に山中と約束をしたまでは良いんだが。

必ずしも、コイツの理想通りの展開に事が進むとは限らねぇ。

部屋に先行して入ってる連中が、既にくじ引きかなんかで席を決めていたら、これはもぅ変え様がない。


俺達2人は、前以て決められた席に着くしかない。


勿論、これに反論なんてしても無駄だ。

恐らく、部屋に居なかった俺達が悪いとか言って、樫田辺りが却下してくるだろうしな。


こう言う意外な問題が浮き彫りになった。



「オイ、山中」

「なんや?」

「いや、さっきの席替えの話なんだがよぉ。オマエの思い通りに成れば良いが、席替え出来ねぇ場合は、どうするよ?」

「ヤッパ、マコも、それを考えとったんかいな……俺も、今、それを考えとった所や」

「だよな。じゃあ、その場合どうすんだ?」

「そんなもん、カッしゃんがおる時点で、どぉ考えてもドボンやろ。その時はスッパリ諦めるわ。そこは今考えてもしゃあないやろうしな」

「だな」


意外な程にアッサリと、諦めるっと言う解答が導き出された。


この辺については樫田のアホの傲慢さが、山中にも浸透してて助かったと言ったところだろう。

故に、後は、席が決まっていない事を望むだけだ。


『ガチャッ!!』

意を決した俺達は『勝負』っとばかりに、思い切り扉を開けた。


♪♪__♪♪__


扉を開けた瞬間。

室内では既に、俺達を無視した形でカラオケが鳴り響いていた。


それも掛かっている曲は、かなりハードで、スラシィーな曲だ。


オイオイ、これってよぉ。

メタリカが去年(1996年)発売したアルバムLORDに収録されていた『Ain't My Bitch』じゃねぇかよぉ。


しかも、歌ってるのが女なのかして、ややカン高い声で歌っているんだが。

これがまた、信じられねぇぐれぇ、うめぇ。


一体、誰が歌ってやがんだ?


そんな疑問が湧いたが、これもまた一瞬にして解決。

どうせこのメンバーなら、樫田辺りが調子に乗って歌ってるんだろうと推測出来るからだ。


まぁ、いきなり掛かっていた曲が、予想外のメタリカっと言う、余りにも衝撃的な事実に、重要な事を忘れる俺。

この時点で既に、山中と約束した席替えの事なんざスッカリ吹き飛んでいた。


それほどまでに、メタリカに興味をそそられた俺は、広い室内を見回してみる。



……そうするとだ。


更に、追い討ちを掛ける衝撃が待ち構えてやがった。


なんとマイクを持っていたのは……えっ?向井さん?


へっ?いや?あれ?おかしいなぁ?

樫田が調子に乗って歌ってる筈なのに、あれを唄ってるの向井さんだよな?


どう言う訳かサッパリわかんねぇけど『Ain't My Bitch』を唄っているのは、間違いなく向井さんだった。


んだぁ?なんだよ、これ?

意味わかんねぇ。


どう考えてみても、この光景は変だろ。

樫田が唄ってるなら、まだ100歩譲れば、納得は出来なくもない。

アイツなら、キャラ的にも、なんとなくOKな気がする。


けど、現実に唄ってるのは向井さん。

オイオイ、彼女は、そんなハードな歌を唄う様な雰囲気じゃねぇんだろ。

どっちかと言えば、ベタに一般女性が歌いそうな安室奈美恵の『CAN YOU CELEBRATE?』とか、ZARDの『永遠』とか唄ってる方が、シックリ来る筈なんだがな。


それを敢えて、この場で『Ain't My Bitch』を唄ってるって……どういうこった?

余りの衝撃に呆気にとられた山中と、俺は、曲が終わるまでその場で立ち尽くしていた。


***


 曲が終わり。

一段落した所に、ドリンクとフードを持って入ったんだが……向井さんは、敢えて、無駄に広いこの部屋の端席に座り、みんなとは、少し距離を置いてるみたいな感じがするな。


それに向井さん。

唄い終わったばかりなのにも拘らず、彼女は息切れ1つしていない。


この人、どんな肺活量してんだよ?


そんな風に彼女に興味をそそられた俺は、フラフラと何かに惹きつけられる様に、向井さんの所に向かう。

その間に山中は、素早く、咲さんの横をGETしたみたいだな。


これで取り敢えずだが、約束は果たせた。



「あっ、あの、注文の烏龍茶……」

「……ありがと」


俺はまるで、アーティストに飲み物を渡すローディみたいだ。


彼女は、そんなローディな俺に少しだけ微笑んでから、それを受け取る。


この人、笑うと可愛いんだな。



「うっ、歌、上手いッスね」

「……そぉ?ありがと」


向井さんは、今日見てる限りでは、あまり表情を変えない。

……が、なんか知らんが少し嬉しそうだ。


おぉ、なら、歌を褒めて良かったみたいだな。



「あっ、あの……」

「なに?」

「メタルとか好きなんッスか?」

「うん。昔の彼がよく聞いててね……その時なんとなく憶えたの。倉津君はどうなの?メタル好き?」

「あぁはい。結構、好きッスよ。ちょっと古いんッスけど、ヴェノムとか、よく聞きますし」

「そうなんだ……」

「ッス!!」


あぁ良いな、この人。

なんか如何にも年上って感じで、妙に落ち着いた雰囲気が堪らない。

少し子供っぽい清水さんとは、また違う魅力があるな。


……にしても、山中の野郎、何が喋り難いだ。

この人、滅茶苦茶、話し易い人じゃねぇかよ!!



「私も聞いて良い?」

「なっ、なんッスか?」

「倉津君はなにか楽器が出来るの?今日なんか楽器を持って来てるみたいだけど」


ウゲッ!!この話って。

あのさっきカツアゲした序に、強引に奪い取ったナンチャラってベースの事だよな。


けど、そんな風に聞いてくれてる所、非常に申し訳ないとは思うんだが、そんな訳の分からんベースの知識なんざ皆無。

唯一、俺が解る事と言ったら、このベースがベンベカ鳴るんだろうなって予想する事が出来るぐらいだ。


ヤバイな。

こりゃあ、どうしたもんだ?



「いや、弾けるとか、そんな大層なもんじゃねぇッス。ちょっと始めてみようかなって程度なんで……」

「ふ~ん……そうなんだ」

「んで、最近……つぅ~か、今日、このベースを譲って貰ったところなんッスよ」

「ベース見せて……くれる?」

「良いッスよ」


意気揚々と持って行くのは良いんだが。

このベースの詳細なんぞを聞かれても、サッパリわかねぇぞ。

それになんか、このベース100万とかなんとか言ってたけど、楽器って、そんなに高いものなのか?


……そんな事すら、わかんねぇ。

マジで、なんもわかんねぇ。

絶望的だな。


しゃあない。

取り敢えず、いつも通り、成り行きに任そう。


なんか、ご丁寧に、仰々しい箱に入ったベースを、そのまま彼女に渡す。



「どうぞ」

「ありがと……えっ?」


受け取って直ぐ、なんかやけに驚いてるぞ。


俺、なんか変なもん渡したか?



「くっ、倉津君……こっ、これZEMAITISだよね」

「はぁ……、なんかよくわかんねぇッスけど。相手方は、そんな事を言ってましたね」

「倉津君、あのね」

「あぁはい?なんッスか?」

「これ……初心者が持つ様な楽器じゃないよ」

「はぁ、そうなんッスか」


なっ、なんだ?

このカツアゲしたベースって、なんか付加価値でもあんのか?


ベースとかの基本的な価値すら解らないから、この状況は中々絶望的なものだな。



「取り敢えず、あっ、開けさせて貰って良い?」

「はぁ……幾らでもどうぞ」


向井さんは少し焦った様に、イソイソと箱を開ける。


……何を、そんなに焦ってるんだ?

そんなもん高々楽器。

それも、あのベンベカやかましい音を鳴らすだけのベースだろ。

そんな大層なもんじゃねぇだろに。



「へぇ~~~。フロントディスクかぁ……綺麗……けど」

「そうなんッスか?」


なにやら円形の装飾が中央に有って、彼女の言う通り確かに綺麗なベースだ。


かと言ってもだ。

俺にとっては、ただそれだけに過ぎないベース。


価値がわからねぇと、此処まで温度差が有るもんなんだな。



「ねっ、ねぇ、倉津君……少し弾いても良いかな?」

「はぁ、どうぞ」


彼女は膝の上にベースを置き。

時折、弦を弄りながら、何かを調整する様に上の方についてるネジみたいな奴を弄りだす。


なにやってんだ?

ベースなんぞ、そのままベンベカ弾きゃあ良いだけじゃねぇのか?



「何やってんッスか?」

「うん?軽いチューニング」

「???」

「音が狂ってないか調整してるのよ」

「へぇ~~~、すげぇ」

「普通出来るから……っとイケナイ」

「なんッスか急に、今度は、どうしたんッスか?」

「流石に此処じゃあ、みんな歌ってるし、ベースなんて弾いたら迷惑だよね」

「あぁ~~~、そういやぁ、そうッスね」

「zemaitisなんて弾けるチャンスは滅多に無いから、私、もぅ一室借りて来ようかなぁ」


ヤバイ、ヤバイ。

あのアホ店員が危険だと解ってて、向井さんをアソコに行かす訳にはいかない。

あの馬鹿店員が、また何か、飛んでもねぇ事をやらかしかねないからな。


故に俺は、慌てて彼女を制止する。



「あぁ~~~っと、待った、待った!!良かったら、俺が行って部屋を借りて来ますよ。俺が行ったら、先輩もサービスしてくれるだろうし」

「あっ、大丈夫。私、自分で行くから」


イヤ、だから、そうじゃなくて、行かれたら困るんだって。



「いや、あの、ほら、今、そのチューニングとかの途中なんでしょ。だから俺が行って来てあげますって」

「良いの?」

「ウッス……後、なんかいるもんあるッスか?」

「出来ればアンプが欲しいけど……カラオケBOXじゃ無理だから良いよ」

「ウッス、アンプっすね」


俺は慌てて扉を開け、フロントに向かって走り出した。


俺……何はしゃいでんだかな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】

最後まで読んで頂き、ありがとうございました<(_ _)>


コンパ上級者と言われる山中君が話すらして貰えなかった『難攻不落の向井城』と、倉津君はベースを切欠に上手く話が弾んでるみたいですね。


この結果からして、向井さんは『お喋りな男が嫌い』なのか?

はたまた、倉津君に何か感じる所でもあるのか?


その辺に関しては、後々キッチリと語らせて頂きますので、ご期待ください(*'ω'*)



お前の話なんぞに期待してねぇわ!!( ゚Д゚)=〇))Д゚)ふぎゃ!!←定番のオチ(笑)

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