第31話 誇り

リナが得意としている戦闘は混戦。

敵しかいないこの場所はいまのリナにとっては絶好の場所であり、己の実力を十全に発揮できる場所だ。


だが名の知れた兵士であり、何よりもとはこの国の兵士であったリナの癖は他の兵士たちに知られている。

リナの周囲を取り囲むようにして立っている兵士たちは彼女を逃げられないようにするための檻であり、彼女に対して一騎打ちを強制させるための物だ。


輪の中からやってきた槍を持つ兵士はそうしてリナを一騎打ちで打ち倒すための王国側の希望である。


「お前の能力の内訳、知らぬ我々ではない」


「誰だお前」


「第四騎士団団長、千本槍のリラン・ケレス。いざ参るッ!」


アデルによって殺された第四騎士団の団長の座を継承したらしい兵士が突っ込んでくるのに対して、リナはその動きを冷静に分析しながら足元のカーペットを強く踏みつけながらずらす。


足を置いたタイミングを狙ったためそれだけで兵士の体制は崩れかけ、リナが追い打ちで蹴り飛ばしたことも相まってあっけなく倒れる。

戦闘において最も大切な足腰、それが出来上がっていなければ小手先の技術がいくらあっても無駄だ。


「あっ」


失敗したとそう本人も思ったのだろう。

だが残念なことに次はなく、リナは持っている自分の剣で男の首を跳ね飛ばすと男が持っていた槍を手に取った。


「弱いな。なんのために名乗ったんだ? 無駄だぞ──っと」


「な、なんで俺……」


「一番油断してたからだ、敵を前にして油断するな愚か者」


武器を投げ捨てることは愚かな行為だが、そもそも自分の武器出ないものを後生大事に持つ趣味などリナにはない。

一人が死んだ上に騎士団長が瞬殺されたことで驚いている兵士たちの間にリナはなんのためらいもなく突撃していった。


状況を正確に理解できているのはこの場においてグノシーと国王だけった。

グノシーはその圧倒的な動体視力と戦闘に対しての知識から、そして国王はただ単純に玉座から眺めていたからだ。

兵士たちの体が盾や武器として使われ、自分の体に傷がつくことをいとわないリナに対して怪我を恐れ始めている兵士達はどうやっても勝てないということをありありとみせつけられているのだ。


戦況はすでにリナに傾き始め、戦闘経験の圧倒的な開きがどうあがいても勝てない差を生み始めてしまっている。


「団長! いまです! 俺がこいつの足を押さえているうちに!!」


「よくやった! いま俺が──!??」


兵士の一人が上半身と下半身がギリギリついているような体で万力のような力を込めてなんとかリナの動きを阻もうとする。

それは兵士として最高の仕事であり、自分ができうる限り最大限の仕事だったのだろう。


だが取り押さえられたリナに切りかかろうとした騎士団長は、寝転んでいた兵士に背中を刺されて口から血を吐き出しながら地面に倒れた。

知っていたとしても対処ができるかどうかは別で、ましてや戦闘中であるならば頭から抜けてしまった彼らを責め立てるのは難しいだろう。


「私の能力は死の支配ザ・レギオン、私の周囲で死んだものは皆等しく私の手駒になる。ちなみにこれは人相手にしか使えない特性があってな。実はこの能力の発動中に致命傷となった傷を回復すれば、私が能力を解除したとた場合に死なずに済むことができる。せいぜい頑張って味方を助けてやってくれ」


「貴様っ~!! 元騎士団長として恥ずかしくはないのか!?」


助けられる可能性がある兵士を前にして簡単に切り捨てて殺せるか?

そんなわけがない。

騎士としての誇りをなぜ見せることができないのかと吠えたてる男に対して、リナはなぜ前回にも説明したのに同じことを説明しなければいけないのかと思いながら冷静に言葉を口にしようとしてあきらめる。


心の中にある怒りの炎を、なぜ目の前の人物たちの為だけに隠さなければいけないのだ。


「お前らがそれを口にするなッ!! 国の未来を考えこの場に立っている若者を殺そうとし、あまつさえ私一人程度に壊滅させられているお前らが騎士団の名を口にするな!!」


リナにとって正義とは強さだ。

強さがなければ何もできず、言葉すら重ねることもできないのであればそれはもはや獣と同じ。


道端に落ちるごみのように処分しないだけまだリナには優しさが残っているのだろう。

誇りをリナが捨てるというのであれば、情に訴えかけるしかない。


「貴様の家族がどうなってもいいと言うのか!」


「まだ生きているのか?」


「そうだ。哀れに死んだお前の#弟とは違って__・__#まだお前の親は生きて──」


リナに存在する二つの地雷の内の一つ。

弟のことを口に出されたリナは力任せに全力で言葉を口にした兵士の頭を拳で殴りつける。

拳の形にへこんだ頭部の外装からは脳髄が垂れ出ているが、それが先ほどの言葉を発したのだと思うと反吐が出る。


「人の地雷を、踏み抜くのが随分と上手なやつだ。居るんだろう黒幕が? さっさと出て来いよ」


国王のもとへと向かってリナは足を向ける。

もはや部屋の中にいる人間は兵士の数よりもリナの操り人形の数の方が多く、戦況は確定したといってもいい。


国王をどうしたいのかは知らないがリナが国王を殺すようなことになれば、それこそ世界は荒れるだろう。

龍王が何かをしてくるのであればこのタイミングこそが適切だと思っていたリナの後ろで、ドスドスと重たい足音を響かせながら一人の魔族がやってくる。


扉からとのサイズの比較から見て大きさは6メートル以上、腕や足は柱のように太く青い肌と赤い三つの目はぎょろぎょろと部屋の中を見渡して状況を確認しているようだ。


「まぁ待てって。そいつを用意するために俺らが何年かけたと思ってる」


「出たか。随分と待たせてくれたな、おかげさまでこの場にいる人間はほとんど私の手中だぞ?」


「ああ、まぁ別にいいよ。いてもかわんねぇし」


数人の兵士を襲い掛からせてみるが、あっけなく吹き飛ばされて城の外へと飛んでいく。

攻撃の速度はギリギリ目で追いかけることができるが、先ほどの一撃が本気の物だとは到底思えない。

アイザックはグノシーが助けてくれているし止められないということは戦ってもいいのだといリナは判断する。


そんなリナの目の前まできた魔族は一瞬リナに視線を向けると、手に持っていた髪を眺めて何かを確認したのち視線を外す。


「何をしておったのだいままで! とっととこいつを殺してしまえ!」


「っせぇなぁ……こいつどうだっけ……おっ」


「な、なんだその顔は!」


「お前さぁ、殺してもいいんだって。だから殺すわ」


にっこりと笑みを浮かべた魔族は、あっけなく拳を振り下ろして国王を殺す。

アデルのことを考えるのであればきっと国王が殺されるのを止めるべきだったのだろう。


実際問題リナは目の前を通り過ぎていく魔族に対して特に何もしていない。

攻撃をすれば少なくとも足を止めることくらいはできたはずだ。

なのになぜそうしなかったのかと聞かれれば、王国が存続するうえで目の前の男がいるべきではないとそう判断した。


書類に国王の血で線を引いたらしい魔族は、振り返るとリナとアイザックの顔を交互に見る。


「誰かと思えば魔王様じゃないか。なんでこんなとこにいんだぁ?」


「ウチはそこのリナちゃんの付き添いや、というよりも随分と好き勝手やってくれたやんけ戦車クン。ウチ君に人の世界に行っていいなんて一度も言うてへんけど」


「悪いな魔王様、約束だからなぁ。俺はそこの子供とそいつの家族を殺したらさっさと魔界に帰るからよぉ、罰はそのあとで頼むわ」


「お前がリナちゃんに勝てたら、見逃してやる。ただし殺すなよ、殺そうとしたらお前を殺すからな」


「そうかぁ、なら死なねぇ程度に殺すわぁ」


グノシーとの交渉が終わったとたん、戦車はじろりとリナの事を見た。

先程までの物とは全く違った殺意の籠った目に頭ではなく本能で理解したリナがいまいる場所から飛び退くと、その場所に先程国王に振るわれたのと同じ暴力が振り下ろされる。


グラグラと王城を揺らすだけの一撃を前にしてリナの戦意がそがれることはなく、むしろ脳内で大量発生したドーパミンが彼女の体を活性化させ恐怖を打ち消しその足を前に動かす。


「はええなぁ」


「遅いッ!」


振り下ろすような攻撃を武器でなく拳ですれば、体のバランスというのは分かりやすく崩れる。

開けられた右わき腹に向かって渾身の踏み込みと共にリナが剣を振り当てると、いつもならばするりと抜けるはずの剣が弾き飛ばされ今度はリナの体制が強制的に崩された。


「──なっ!?」


弾き飛ばされた驚きと共に、生まれた隙を埋めるために傀儡を突撃させた攻撃を戦車は#四本__・__#の腕ではじく。

魔族の多くはその体の形状を変質させることができる。


猪の様な牙を持ったり龍の様な翼を持ったりとその原因は判明こそしていないが、何にせよ今のリナにとって必要な情報は目の前の男が腕を生やすことのできる魔族であるという情報だ。


「魔族ってのはよぉ、種族が多いんだわ。いまの魔王様みたいに人に近いやつもいればよぉ、俺みたいに人じゃないものに近いやつも居るわけだ」


「随分と珍妙な奴もいたものだな」


攻撃によってできていた隙はいまやもうなく、ダルそうな本人の態度からは想像がつかないほどの速度で放たれる。

直撃した場合は一撃死こそ何とか回避できるだろうが継続戦闘は困難だろう。

つまりクリーンヒットを一撃も貰わず、相手の尋常ではないほど固い外皮をなんとかするしかない。


「おぉはえぇはえぇ、でもまぁなんとかならねぇことはねぇなぁ」


長年の戦闘経験で何とか攻撃を避けているリナを前にして、戦車は近くに居た男をわしづかみにする。

まだ息があったのか何やらを叫んでいる男の言葉を無視してそれを振り上げると、まるでこん棒でも振り回すかのようにして攻撃してくるではないか。


「避けるとこいつが死ぬゾォ」


「その男ならもう死んでいる」


(決定力に欠けるな。こんなことならアデルから武器を借りておくんだった)


「ぬぅぅ……ちょこまか逃げ回りやがって」



(血が出ているとは言え痛がる素振りもなければ切った感触も浅い。出血死させるには何時間かかるか分からんし、それまで避け切れる自信はないな)

なんとか攻撃を通そうといくつかの攻撃手段で攻撃してみるが、よほど綺麗に攻撃が決まりでもしない限り戦車の体に傷をつけること自体が難しい。


龍王が目の前の魔族だけをよこしたのかどうかが分からない以上は疲弊しきるわけにもいかず、リナは攻めあぐねてしまっていた。


「逃げてばかりだと勝てないぞ?」


「勝てるさ。だってお前はもう私の術中にハマってるんだからな」


(ブラフを張って様子見をさせたはいいが……アデルのやっていた技で私が真似できるものはほとんどない。技能スキルはあるにはあるが、貫通系の技能はないからな)


「何もしてこないのか……?」


「そっちが何かしてきてくれないとこっちもできないんだよ」


「いいだろう。こちらから攻撃してやる」


何をするのかと見ていたリナの前で、戦車は己の生やした腕を無造作に抜き取った。

見るも痛々しいほどのその姿に眉をひそめたリナだったが、戦車はそれを気にした様子もなく邪魔そうにその腕に着いた肉をそぎ落とすと即席の剣を作り出した。

剣としての鋭利さを持っているとはとても思えないが、その骨の強度を知らないリナではない。

背筋を冷たい汗が落ちていくのを感じながら、リナは先ほどよりも半歩さがった間合いを形成する。


「魔族も武器、使うんだな」


「人間のように器用には扱えんが、まぁ擦れば死ぬのだから別に構わんだろう」


「初心者の剣なんぞ──」


普通の農民が使うような剣ならば、リナは目の前から切り出されてもよけきれる自信がある。

肩や腰などの武器を振るうえで必要な起こりの部分を見逃さなかったリナが念の為に防御をしながら一歩後ろにさがって防御姿勢を取っていると、途轍もない速度で戦車はリナへと肉薄しその剣を振るった。


リナ自身が攻撃されたことを理解できないほどの速度で放たれたそれにより、轟音と共に外壁にたたきつけられたリナは軽傷とはいいがたい。


「おっ? 不味った、死んだか」


吹き飛んでいった感触から戦車はリナの死を悟る。

瓦礫の山に埋もれてしまっては人という生物の強度を考えると生きていると考える方が不思議だろう。

だが戦車の考えとは裏腹に、血まみれになりながらもリナは瓦礫の山からその姿を現す。


「……勝手に殺すなクソダルマ」


「よかったよかった、魔王様に殺されるところだった」


「ほんまに血の気引いたわ。リナ引き上げんで、もう無理やろ」


「私はまだやれるッ! 絶対にひかないぞグノシー!!」


「根性あるのはええと思うけど、実際無理やろ。あいつの外皮は内側の魔力を外に追いやって出てきたもの、末端はなんとかできるやろうけど、あの外皮を攻略できない以上はどうにもならんで?」


「私はこれでも騎士団の団長。これくらいの死線ならいつだってくぐってきた」


強がりだ。

体は痛いし血は出過ぎた。

だがここで自分が引けば、あとに残っているのは瀕死のアデルだけ。

アデルならば瀕死の状態でも目の前の敵に勝てるだろうが、リナは自分に問いかけていた。


何のために今日この日まで鍛えてきたか。

それはアデルの隣にいずれ立てるようになるため、こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのだ。

リナの表情を見て連れ戻すことがどうやら無理そうだと判断したグノシーは、それならば好きなようにすればいいと口にして一歩後ろへと下がった。


(グノシーに無理を言って下がってもらったはいいが、それでも次の一撃を食らえば問答無用で引き返すことになるだろう。次のことを考えるのはもうやめだ、思い出せ。私はこの5年間、この世界で最強の生物の姿を見てきたじゃないか)


ゆっくりと深呼吸をしながらリナは立ち上がる。

両手で持っていた剣を片手に持ち、傷ついた体をまるで気にする素振りもなく、血に濡れた髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

必要なのは視野の広さと今まで考えていなかったような発想、できないかどうかではなくアデルならばどうするかを考える。


「ほらかかってこい魔族。私ごときも殺せなくてそれでも戦士か?」


「魔王様に付き合ってやれって言われてるからなぁ……もう一回殺してやるかぁ」


魔族にとって上位者の命令は絶対であり、たとえ面倒なことだろうとも面と向かって言われたことだから仕方ないと戦車は先ほどまでと同じようにリナへと拳を叩きこむ。

一回二回と回数を増やしていけばいくほどに、戦車は徐々に違和感を覚える。

自分の放った攻撃を先ほどまで体全体をステップさせて避けていたリナが、半歩避けるようになり体を掠らせるほどになり、気が付けば視線誘導などで戦車の攻撃を操ってすらいた。

アデルの近接戦闘を見ていただけでそれらの技をリナが操れている理由は二つある。

才能と単純な戦車の攻撃があるからこそのものだ。


「あぁ? なんで当たらねぇんだぁ?」


不快感をあらわにした戦車が徐々に攻撃を大降りにさせ始めていると、リナは彼の懐に入りその背中を取る。

拳と剣を使って攻撃してくる相手に対して背中を取ったところで基本的に意味はないのだが、リナがわざわざ背中を取ったのは彼を盾にするためだ。


「放てぇぇぇ!!!」


リナの言葉が発せられると同時に部屋中にいた兵士たちが戦車に向かって槍を投げつける。

普段のリナならば絶対にしないであろう自分がいる場所に向かっての投擲攻撃、一応目を狙って放たれた攻撃は幸運にも戦車の目を一つはつぶせたようで、悲鳴を上げる戦車の声が聞こえるよりも早くリナは自分の剣を戦車の足首に差し込んだ。


ずぶりと音と不快な感触で足首の中ほどまで剣が入ったのを確認するやいなや、リナは地面に落ちて居た二本目の剣を差し込んだ剣に思いっきり打ち付ける。


「足が切られちまったァ。こりゃまずいな」


暴れまわる彼の体の近くを常に維持し、隙があれば全力で剣を叩きこむ。

いまならばアデルが戦っている最中に何を感じているか、その片鱗がリナにはわかる気がした。

持っている武器に圧倒的に差がある以上、たとえ相手が自分の攻撃をはじくほどの硬度を持っていたとしてもそれは何の障害にもなりはしない。


全身を貫くようなこの高揚感! 自分のことを強いと思っている生き物を自分の力だけでねじ伏せる達成感!

戦姫と呼ばれていたリナの姿はそこにはなく、あるのはもはや怪物に変化した狂戦士の姿だった。


何度も攻撃を食らい続けていれば戦車の足首はもはや歩行が困難になり、続いて次の足を切り落としてしまえば人体の構造上もはや機動力などといったものは手に入らない。

戦車が倒れ伏した瞬間に両手を剣と傀儡によって押さえつけ、リナは自分の愛剣を手に男の心臓の上に立つ。


「すまないな、卑怯な戦い方でしかいまの私はお前に勝てない。いずれリベンジする機会を作らせてくれ」


「そうだなぁ……次は殺し合いでやるか。今回の勝ちは譲ってやるよ」


死力を尽くしたリナとは違ってどこか戦車には余裕がある。

ハイベリアが使っていた高速再生能力であったり魔族特有の能力を彼は三つ目くらいしか使っていない。

本当に言葉通り、価値を譲ってもらっているのだろう。


自分の弱さを嘆きつつ、それでも仕方がないと思いながら剣を突き立てると戦車と呼ばれた彼は宝玉へと姿を変える。

なんとも言えない不思議な感覚を残したまま、そうして戦闘は終わったのだった。

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