第22話 魔族の王

 魔王というのはこの世界においてどのような存在なのか。

 それを語るうえで必要なのは具体的な数字だろう。


 前代の魔王を倒すうえで滅びた国の数は実に56国。

 もちろんその中には小さな国すらあれど、最低でも1万以上もの人がいたはずの国が56個も潰されてしまったのだ。


 1000年もたてばさすがに人の恐怖心も薄れてしまっているが、それでも人がなんとなく出恐れるようになったのが魔王であり、そんな存在が自分の前にいると思うと何とも浮足立ってしまうものだ。


「……外行の態度はこんなもんでええやろ。ウチかて魔族の天敵に敬語なんか使いたくないねん、アンタが先代の魔王を倒した所為でどんだけ魔界が荒れたか知らんとは言わせんで?」


「そりゃ大変だね」


 アデルを見つめる魔王の目は忌々しいものを見るそれであり、とてもではないが友好的な態度ではない。

 そんな魔王に対してアデルはまるで興味が無いようである。


 アデルからしてみればここに来た理由は魔族が何かをしようとしているからそれの調査に来ただけだ。

 魔族の事情などどうでもいい。


「どつきまわすぞ。そんな他人事みたいに言うなや最強、ここに来るように頑張って誘導したんやから」


「やはり罠か。大変だな最強は」


「──アンタは誰やねん?」


「元王国騎士団第三団団長リナだ。いまはいろいろあってアデルの付き添いをしている」


「ああ王国の、報告は受けてんで。随分愉快なことを地上でやったらしいやんか、まさかここまで付いてくるとはなぁ」


 アデルの本名を知り、アデルをここまで呼び出したのだ。

 よほど用意周到に物事を進めていたのだろう。


 そんな彼女にとってリナの存在というのは何とも邪魔だったようだが、それでも問題がないと思われる程度の存在だったことには何とも言いにくいが口に出してやりたいものだとリナが考えてしまうのも無理はないだろう。


「まあ俺に用があるのならそれはそれでいいや。とりあえずこれ返しとく」


「感謝は言わんで、随分甘くなったもんやな最強」


「優しくなったんだよ」


 そういいながらアデルが放り投げたのは魔族の核だ。

 アデルが甘くなったという言葉に対して不機嫌さを見せるリナだったが、それに対して魔王は一瞥だけくれると興味をなさそうに視線を外す。

 なんのことはなく、魔王にとってリナとはその程度の存在だということだ。


「それで? わざわざあんな焚き付けるような文章で俺を呼んだんだ。何か要件があるんだろう?」


「魔神がアンタと戦いたいってうるさいねん、やから一発どついたッてや」


「――はぁ?」


 .


 場所は変わり魔界のどこか。

 人の世界とまるで変わらない蒼空の下、アデル達は馬車に揺さぶられていた。

 魔王が用意したのだろう豪華な馬車は装飾も凄いが、八人はかけられそうなほどに広い荷台とやけに高い天井が特徴的である。

 そんな空間に人影が三つ。


「最近こんなんばっかだなぁ……温泉街で風呂と布団を行き来してた頃が懐かしい」


「随分と楽しい一日してるやんか最強、ウチなんかいったいいつから休みとれてないか……あかんほんまに覚えてへんわ」


「……改めて聞かしてもらうけど、なんでついてきてるんやコイツ」


「私が聞きたい。というかアデルとくっつくな、離れろ!」


 アデルの横に座り肩に頭を預ける魔王を見て、リナは怒りの感情を見せるがリナの怒りなど彼女にとってみればそよ風の様な物。

 むしろそんなリナの姿を見て魔王はもっと怒らせたいと考えてしまう。


「逆に聞くけどなんでくっついたらアカンねん? アンタら付き合ってへんやろうが」


「目の前でイチャイチャとされるのは精神的な苦痛だ。よってやめて頂きたい、これならちゃんとした理由があるからいいだろう!」


「アンタの気持ちとかそんなんウチ知らんがな。本人が嫌がっていない以上アンタに拒否する権利ないやろ」


「そう! そこだ! なぜアデルは嫌がらないんだ!?」


 憤慨するリナのターゲットとして選ばれたアデルは、ついに自分に回ってきてしまったかと苦々しい顔を見せる。

 この手の面倒ごとは力で解決できない分アデルの苦手とするところ。


 正直に言ってしまえれば楽なのだろうが、こういう時に正直に物事を口にすれば関係性がこじれるくらいの事はさすがにアデルも分かっている。

 これでまだ自分とリナの関係性がわかりやすいものであったならばまだしも、互いに恩があるから共に居るだけでそれ以上でも以下でもないとアデルは考えていた。


 だからこそなるべく相手にどうとらえられても問題がないように、アデルは最低限の言葉でもって返答する。


「……絶対怒るからノーコメントで」


「大丈夫だ、すでに私はキレている。言わなければ暴れるぞ」


「暴れろ暴れろ! みっともなく騒いでくれると最高や」


 嫉妬だと考えるのが普通だろう。

 それくらいにはどうやら懐いてくれているらしいと思いながら、アデルは聞かれたからという免罪符を持って素直に言葉を返す。


「わかったわかった、単純に俺がこいつをほったらかしにしているのはどうでもいいからだよ。自分の事を安売りするやつは嫌いだし利害関係なすりつけてくる奴は反吐が出るほど嫌いだから無視してるだけだ」


「随分とエグい言い方すんね、まぁ面白いもん見れたからなんでもええけど」


「何故それで私が怒ると思ったんだ?」


「覚えてないならいいんだよそれで。できれば思い出さないで」


「……あっ! そういう事か。いや、違うのだアレは……信じて欲しい」


 アデルが何を言っているのかを考え、そして自分の体を簡単に安売りするような言葉を口にしていた昔の自分の事を思い出したリナは羞恥から顔を隠してしまう。


 王国から捨てられたこと、隣に立つ為訓練し続けてきたのにそんなアデルに助けられてしまったこと。

 いろんなことが重なって正気ではなかったのだとリナは強く訴えかける。


 涙目になりかけるリナの肩に優しく手を乗せたアデルは、さすがに千年も生きただけあって空気の読める男の様だ。


「分かってる。自暴自棄になってもおかしくない状況だったしなあれは」


 慰めの言葉をかけてやると、リナはすぐに落ち着きを取り戻す。

 人の嫌がることを率先してやるのが魔族だというのは人のイメージで実際はそうでもなかったはずだが、この魔王を見ているとそんなイメージもあながち間違いではないのではと思えてしまう。


「ウチだけ仲間外れなんて連れやんやんか最強」


「なら俺を呼び出した本当の理由を言えよ魔王、あと今回魔神倒したらちゃんと王国から手を引けよ」


「約束は守る。まぁ正味な話、放っておいてもあの国はどうせああなってたと思うけど」


 魔王の言葉に嘘はないだろう。

 そうアデルが確信できたのは魔王が強いからだ。

 わざわざアデルがいた王国を狙って取り入った辺りから考えてわざわざ細々した計画を組んでまで王国を襲う理由もない。


 そうしてそんななんとも言えない雰囲気のまま、アデル達はどこへいくのかも告げられぬままに運ばれていく。


 そうして二時間ほどだろうか。

 急に馬車が止まると、馬車と外を隔てていた扉が開かれる。


「つきましたぞ。ここが魔神ハイベリア・オスガルド帝の屋敷にございます」


「道案内ご苦労」


「アデルなんだが初めて会った頃に戻り始めてるぞ」


「仕事の時はこっちの方がいいんだよ。オンオフは大事だからな」


 偉そうで言葉は強く。

 そうして振る舞っていれば人は勝手に偉い人間なのだと誤認してくれる。

 攻撃してこないのであればソレでよし、もししてくるのであれば撃滅するのがアデルのやり方だ。

 そう、ちょうどこんなふうに。


「──何者だ!」


 アデル達に声をかけてきたのは鎧に身を包んだ兵士だ。

 見てみれば彼は門を守っており、その奥には上等な作りの建物が待ち構えている。

 貴族の屋敷よりは随分と大きく、整えられた庭園は持ち主の財力を感じるには十分なものだ。


 この屋敷の主人、ハイベリア・オスガルドを知っているアデルは意外な趣味に目覚めたものだと思いつつ、兵士に対して言葉を投げかける。


「アデルだ。そう伝えろ、それでわかる」


「そんな名前は知らん! 我が主人がお前らごときに会うわけが──」


「ならいい。押し通る」


 アデルが彼に対して求めていた言葉はただ一つ、どうぞ中へという言葉だけだ。

 その期待していた言葉が返ってこないのであればこれ以上彼と喋る意味などない。

 敵意をむき出しにしたアデルに対して反射的に攻撃を仕掛けた兵士は、目にも留まらぬアデルの一撃によって吹き飛ばされ視界の奥に広がる屋敷の一角に轟音と共に飛んでいった。


「おいおいアデル、殺したのか?」


「殺してない、ぶっ飛ばしただけだ。兵士として訓練を積んだ魔族はあの程度じゃ死なない──ってかなんでひっついてるんだ?」


 わらわらと屋敷の奥からやってくる兵士達を眺めながら、ふとアデルは自分の後ろに引っ付いているリナに対して言葉をかける。

 ぶるぶると震えているわけではないので怯えているということではないだろうが……。


「戦士としての教訓を他の騎士団長にぶちかました手前恥ずかしいんだが、私がこの場にいる中で一番弱いのは分かっているからな。安全なところに隠れている」


「間違ってはないな。こう言う素直さがお前にもあればなぁ」


 チラリと視線を魔王におくりながらアデルはそんなことを口にする。

 だがそんなアデルの言葉に対して魔王は近寄ってくる兵士の一人を吹き飛ばし一言。


「キショいこと言うなや。足手纏いのせいで負けるなんてことないって信じてるで最強」


「期待に応えられるように努力してみるよ」


 一歩前へと出て共に戦おうとする魔王よりも更に一歩前へと出て、アデルは屋敷の門に触れるとほんの少し力を込める。

 そうするだけで門は最も容易く吹き飛んでいき、突っ込んでくる兵士たちの間をアデルはするすると抜けながらどんどんと前へ進んでいく。


「止めろッッ!!」


「無理です止まりません!!」


「あれ? いつの間にこんなに前に来たんだ私」


「俺に引っ付いてるんだからそりゃあ移動するでしょ。離したら死ぬからちゃんと掴んでろよ」


「すごいな、全く動いた感覚がしなかったぞ」


 足捌きと周辺視野、そして二本の腕を上手く扱えば実力差があるという前提ではあるがどれだけ囲まれたところで問題はない。

 一対一ならば頑張ればリナでも勝てる可能性はあるだろうが、多数ではとてもではないが勝ち目がない兵士を前にしてアデルは一切の無駄なく簡単に対処してみせる。


 そうしてアデルは数十人の兵士に襲われながらリナを守り切り、屋敷の中へと侵入を果たす。


「おじゃましまー」


「捕えろ! 侵入者だッ!!」


 突撃してきた兵士達をそのままの勢いで後ろから追いかけてきている兵士にぶつけながら、アデルは屋敷の中を歩き回る。

 何かを探し回るアデルを前にして、兵士達は誰一人として傷一つすらつけることができないでいた。


「くそっ! なぜ倒せんッ!」


「男が強すぎます! それに外にいるフードの女も相当のやり手です!」


「アデルは剣しか使えないのか? できれば格闘もみたいんだが」


「俺の技を見て盗むのは結構難しいよ?」


「伊達に天才と言われていない。それにいまは体に触れているしな、なんとかなるだろ」


 アデルの技を見て盗むとなれば、それこそ天賦の才が要求されるのはいうまでもないだろう。

 だがリナとて天才と言われた身、それに集団戦闘だけで区切るのであればリナはアデルのいる場所にいずれ到達できるかもしれない才能を持ち合わせている。

 鞄の中から小瓶を取り出しそれを握りしめて割ると、黒い長剣がアデルの手に握られた。


 能力によって切断することができるアデルは基本的に剣を持たないが、そんな彼が剣を持てばどうなるのか。

 徒手ですら手がつけられない彼が武器というリーチを手にし、触れれば死ぬ殺傷武器を持ったことで兵士たちですら無闇に手出しのできない領域が形成される。


「囲め囲めッ! 数で押せばなんとかなる!」


「どうにもならないって」


「こうなったら後ろの女を捕まえろ!!! 人質にして──」


 合理的な言葉ではあるが、それはアデルの前で一番口にしてはいけない言葉だ。

 おそらくは指揮官らしい男が言葉を言い終わる前にその体を綺麗に二等分されて地面に転がると、アデル達を囲んでいた輪が一回り大きくなる。


「手を出したら殺すぞ」


「おいアデル、能力を使ったら参考にならないぞ」


「痛っ、叩くなよ。仕方ないでしょ一応本当に強いんだからこいつら」


 自分に向かってくるのであればまだしも、リナを本気で狙われた場合に100%安全を保証できない程度には強い相手だ。

 アデルが先程からわざと相手に攻撃させているのも、無理やり隙を作らせてその隙を縫う様にして倒しているからに他ならない。


 わざと隙を見せても乗らない様に訓練されているあたり、やはりあの男の元で働いている兵士なんだとアデルは認識させられていた。

 そしてそんなアデルが思ってしまう様な男が、のそのそとその三メートルほどの巨体を動かしながらこちらにやってきていた。


「お前らどけ。本当に相手があのアデルなら、お前らでは相手にならんだろう」


「ようやく面が拝めたな。何百年ぶりだ? 俺の意思じゃないけど魔王からのお使いだ、倒させてもらうぞ」


「何年でも構わん。俺はお前を倒すこの日この時のために練り上げてきたのだから」


 青い肌に黄色の髪、額に輝く第三の目は忘れもしないものだ。

 かつて魔神と言われていた男であり、国落としの異名を持つ人類がその名を歴史から抹消した男。


 アデルの知る中で魔界において魔王を除けば最強の男が、900年前と変わらない姿でそこにいた。

 筋肉隆々のその体は一薙で山を吹き飛ばし、威圧だけで人は呼吸することを忘れるほどの豪傑。


「ハイベリア・オスガルド、参るッ!」


 魔族の英雄を前にして最強は不敵な笑みを見せる。

 戦闘はどうやらもう少し続く様だ。

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