第14話 昔話
いまから語りしは世界が忘れた物語。
誰も知り得ぬ物語。
この世界にはすでに存在しないはずの歴史から消された時代の一幕。
それは言葉を持たぬ物、それは愛を知らぬ物。
世界の狭間に生まれ落ちたソレを、人は常闇と呼びました。
常闇は暗く、人々に疎まれましたがそれを愛する者もまたいました。
そんな常闇とは別に、言葉を持ち愛を分け与える物がいました。
人々の間で生まれたソレを、人は光と呼びました。
互いに互いを補い合う関係性の二人は、そうあることが自然なように愛を育み、子供を産み、その子供に希望という名前をつけました。
希望はありとあらゆる物を持っていました。
力も名声も可能性も他者からの想いも、言葉通りにありとあらゆる物を手にした希望。
ですが世界はそう甘くありません。
希望を持つ者がいるのなら、それと同量の絶望を分け与えるのが世界です。
希望が世界で名を上げていった頃、世界の果てでソレは産まれました。
ソレの名前は絶望。
何もできず何もさせられず、考えられず思わず、恐怖を練り固めたようなソレは見ただけで生物の精神を容易に破壊します。
ただ孤独、ただ独り、希望がその力で寿命を伸ばすほどに絶望の寿命も伸びていき、絶望の孤独は増していく。
絶望は怒らない、他者と触れ合ったことがないから怒りを知らないのだ。
絶望は語らない、近づく者皆全て死ぬから誰も言葉を教えてくれなかったのだ。
ある日絶望は気がついた。
自分に触れた生物は、みな同じような状態となることに。
そうしてその状態になった彼らはぴくりとも動かず、何もしようともしないことに。
自分もそうなれたらどれだけいいかと考えた。
絶望が初めて、死について知った時だった。
そしてソレからずっと絶望は死ぬ方法を探した。
非力な自分では自分を殺すこともできず、外的要因は全てが死ぬのでどうにもできず絶望が己の死を諦めざる終えなかった時、とある一人の人間が絶望の元を訪れる。
その人間は絶望に出会っても死ななかった、絶望は心の底から嬉しさを感じてその人間と言葉を交わした。
男の言葉が理解できているわけではなく、絶望もまた人の言葉を喋れていなかったので随分と長い間会話にすらならない何かをしていたように思える。
だが絶望にとってそれは至福の時だった。
自分も誰かに生きる事を望んでもらえることがたまらなく嬉しかった。
この時間が無限に続けばいいと、そう思っていた。
ある日人間が死んだ。
人間は希望の子供、可能性だった。
可能性は良くなることも悪くなることもあるため、不安定な希望として希望に嫌われていた。
希望が死んだのは絶望のせいだった。
絶望がずっと近くにいるから水も飲めず食べ物も食べられず、ゆっくりと衰弱しながら死んでいった。
絶望は食事を必要としない身体だったので知らなかったが、人は何かを食べなければ死んでしまうのだ。
絶望は自分が生まれていままでの間よりもずっとずっと長く泣いた。
泣いて泣いて、涙も出なくなった時、絶望の手の中には人が残してくれた可能性があった。
絶望はあまりの悲しさと、もしまたもう一度彼に会えたらという心からの思いでその可能性で自分を貫き、そうして死んでしまった。
「──こんな昔話、呼んで面白いか?」
ベットの上で本を手に取り、つまらなさそうにしながら女は傍にいるナニカに声をかける。
それはよく目を凝らしてみれば人の子供だ。
だがソレも一目で見てわからないほどに衰弱し、いまにも死にそうなほど弱った子供だ。
子供は女からの問いかけに対し、震えながらこくりと首を縦に振る。
その行動を見て女は楽しくなさそうにしながらも、文句の一つも口にせず後たった一ページを読み聞かせた。
「哀れな絶望が死んだ場所、連合国の果ての森はこうして人が立ち入れぬ秘境となったのだった」
「……?」
「この二人がどうなったのか? そうだな…。きっと楽しく暮らせているさ」
少年に対して向けられる女のその視線は誰のものよりも優しく、そんな目線を向けられて少年も彼女に心を開いているようだ。
「今はもう寝ろ。明日は病院に行って身体を直そうな」
女が少年の目を隠し、何かを口にすると数秒とたたずに少年は寝息を立て始める。
そうしてぐっすりと眠ってしまった少年を見て満足したのか、女は少年の額に口付けをするとその部屋から出ていった。
「お待ちしておりました。龍王──」
これはいまはまだ語られる物語。
これから紡がれる物語。
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