第9話 共和国首都
そうして共和国の首都に向かって一月。
随分と常識的な速度で――それでも魔物などが出てこない分他に比べれば圧倒的な速度ではあるが――アデルたちは共和国の首都へとやってきていた。
「おきろ。ついたぞ」
人通りが多くなれば起きてくれるかと放っておいたのだが、どうにもこうにも起きないリナの体を揺さぶってアデルは寝坊けている彼女を起こす。
ふとそんな彼女を起こしながら、自分はなんでわざわざこんなにも面倒な女の相手をしているのかという事を考える。
いままで一人で行動することが多かったから、潜在的に他人を求めているのだろうか。
「……ようやくか。悪いなアデル、起こしてもらって」
「随分と図太いよなアンタ」
「お前と一緒に行動するのにはこれくらいの図太さがいるんだ。嫌ならやめるが」
「良いよ別に。いちいち気を使われる方が面倒だし」
何もせずに寝坊けていたのならばアデルとしても何か一言二言口にしていただろうが、彼女はこの旅の道中でほとんどの間眠らずに警護をしていた。
本来ならば交代する必要性のある警護の職において、一月近い間軽い仮眠だけで乗り切った精神力というのは称賛されてしかるべきものだ。
一時間の内に2台も3台も馬車がすれ違うようになって街道の安全性を理解した彼女が寝てしまったのは仕方のないことだ。
どうでもいい人間が何をしていてもアデルの興味はわかない。
だが自分の価値を見せるために言葉で取り繕うのではなく行動で示した彼女の生きざまは、アデルから優しさを引き出せるくらいには興味を引いていた。
「そういえばアデルさん、美味しい食事処を探していましたよね。もしよろしければ後でお店紹介しますよ」
「本当ですか? それはありがたい」
「いえ、私もアデルさん達にはお世話になりましたから。ひとまず依頼を引き受けていただきありがとうございました、後で闘技場集合でよろしかったですか?」
「そうですね。昼の鐘が鳴るころに闘技場の方まで」
約束を交わし、共和国の首都にある冒険者組合へと足を延ばして荷物を下ろし、これでようやく今回の依頼は完了した。
一日ごとに銀貨2枚を二人分、4枚の30日で120枚という事は大銀貨が12枚。
金貨にすれば1枚だが道中の食事を向こうが一応用意してくれていたことを考えるとかなり条件のいい依頼だった。
組合でいろいろと手続きをしなければいけないアイザックとは違いスタンプ一つで依頼完了の合図がされるため、作業をしているアイザックを横目に二人はさっさと冒険者組合を後にする。
薄情だと思われてしまうかもしれないが、商人とはまた違うにしろ、冒険者組合にいる人間は武器や強さといった者に対しての目利きがそれなりに出来る。
滞在時間が長くなればなるほどに二人の身元が割れる可能性が高くなってしまうので仕方がない。
「良い子だったな」
「商人には向いてないけどな。人を見る目と他人への思いやりがあるし、教師とかは向いてそうだけど」
貴族の三男であれば高等教育も受けているだろうし、教師としての適性は随分と高いように見える。
戦闘に対して前向きになれる性格ではない上に人の死んでいるところを見れないのだからさっさと教師への道を進めたいものだ。
だが本人もしぶしぶとはいえ商人として活動したばかりだというのに、いきなり教師を進めるというのは彼に対して期待していないと言っているようなものである。
たとえ今回の道中だけの付き合いであったとしても、見知った人間からそのようなことを言われると心に来るものがあるだろう。
「教師か、私達には縁遠い職業だな。私は剣しか握ってこなかったから他人に何かを教えるなど考えることもできん。宮廷で失礼をしない方法など黙るしか知らん」
「礼儀作法なんてそれでいいだろ。兵士に剣を教えたりするだろうから案外向いてるんじゃないか?」
「そもそも私は剣が得意じゃないからな、というか武器自体別にどれが得意というのはない。この剣は家にあったもので一番高価だから持っているだけだ、戦場でもっぱら使っていた武器は拳と敵の落とした武器だったからな」
「さすがにその年で騎士団長になっただけはあって、それなりに場数は踏んでるな」
「お前ほどじゃない」
騎士団とはいえ剣を持つという考えもどうやらもはや古いものだったらしいとアデルはリナの言葉からそんな事を思う。
確かに一度だけリナが戦っているところを遠目から見たことがあったのだが、その時は拳で相手を殴り飛ばしていたので武器に対してのこだわりというものはないのだろう。
かく言う自分も全く持って武器というものに対してこだわりがないので、彼女の気持ちが分からないでもない。
そうして街中を歩いていた二人だったが、ふとそんな二人の前に2メートルはあろうかとうほどの大きな男が立ちはだかる。
武器を構えるリナとは対照的にアデルは慣れたもので、通行の邪魔をされたことに苛立ちこそ覚えるがそれ以上は何もない。
「お前さんが世界最強と名高いあのアデル・ゼルドリエか?」
「久しぶりにその呼び方で呼ばれたな。確かに俺がアデルでゼルドリエだ」
ゼルドリエという名前は基本的にそうべらべらと他所で語ってはないので、どうやら相手はこちらの事を随分と調べてきていたらしい。
目の前の男に見覚えはないが、とはいえ人の事を覚えることに関して世界中の誰よりも苦手な自信のあるアデルとしては覚えていないとしてあっていないかは怪しいところだ。
「俺はガリオード・バルクゼイだ。間違ってなくて良かったよ、お前さんみたいな強いのがゴロゴロしてたら困るからな。こっちの女は……その服と見た目、もしやエルデガルドの?」
「その名はもはや捨てた。いまはただのリナだ」
「戦姫と恐れられたお前が前線からいなくなるとはな。だから最近あそこら辺は焦げ臭いのか」
「それは私達が王国を出る前からだ。それより共和国の騎士団長がいったい何をしにきた?」
勝手に横でされている国の兵役を担うもの達の会話を聞きながら、アデルはなんとなく男が来た理由を察する。
わざわざ自分に向けて誰かを差し向けてくるという事は、共和国の上層部は自分に何かをしてほしいのだろう。
こんなところまできて仕事をするつもりもなく、アデルは二人の会話に横から入るためにいいタイミングを探して待つ。
「お前にそれを教えてやる義理はない、そう言いたいがゼルドリエと一緒にいるということは無関係ではないんだろうな」
「困ってる女の子は助けろって師匠の教えだからな。ちなみに俺はここで仕事はする気は無い」
「戦姫を女の子扱いか、さすが最強だな。上からは特に何も言われていない、ここに来たのは俺の用事があったからだ」
「助けられた手前文句を言うのは違うと思うんだが、雑な扱い続けてるとそろそろ私もキレるぞ?」
怒りの感情を見せて一歩前に出ようとするリナを手で止めて、アデルは男の顔色をうかがう。
表情からしてどうやら嘘をついたようではないようだが、それだとすれば個人的な用事で話しかけてきたことの意味が分からない。
よくいるのは自分が最強になるためにお前を倒す、というものだがそれならば共和国の兵士たちを管理する立場ある人間がわざわざこんなにも人通りの多い通りで言葉をかけてくるのは不自然だ。
いぶかしげな顔を男に対して見せながらも、とりあえずアデルはリナの感情を落ち着かせることに専念する。
「やめときなよ怪我するよ? 力なら闘技場で見てやるから」
「なんだ戦姫、闘技場に行くのか?」
「こいつがいつまで経っても私の事を子供扱いするからな。私の強さを思い知らせてやるんだ」
歯をむき出しにして好戦的な顔をみせるリナは、放っておけば今にもアデルに切りかかりそうなほどである。
彼女の何がそこまで自分の価値をアデルに対して見せることに執着しているのかは分からないが、少なくとも彼女にとってそれが非常に重要なことであることは確かなようだ。
そんなリナを見て、ふと男は苦笑いしながら言葉を選んで話す。
「なるほどなぁ……だがあそこにはいま天才がいる。やめておいた方がいい」
「天才? 私もそう呼ばれていた、天才なんて意外とどこにでも転がってるもんさ」
「お前も確かに天才だ、それに関しては間違いがない。だがいま闘技場にいるあいつはお前では比べものにならんよ」
「そこまで言うってことはよっぽどの才能なんだろうな」
「……なにせここだけの話俺は彼と戦い事実上負けている。それにかの龍王が認めた才能だ」
龍王、その言葉にアデルの顔色が変わる。
この五年ほどの付き合いの中でリナが一度も見たことがない、まるで今にも人を殺しそうな、だが心の底から嬉しそうな顔を見せて、それでも声だけは落ち着き払った声音で男の言葉に対して冷静に変えした。
「あいつショタコンだから多少才能ある人間にはすぐに天才とかほざくぞ」
「かの錦鯉よりも才能があったとその龍王が口にしていても?」
「鯉? あの魚の?」
「あのババァがねぇ……それは確かに気になるな」
「鯉がどうして関係するんだ? というか龍王とどんな関係があるんだ?」
怒りとも焦りともとれるような感情を見せるアデルに対して心配するような様子のリナがいったい何のことかと気にしているようだが、それをアデルはあえて無視したような態度をとる。
まるで子供が怒られている時に親の事を意図的に無視するかのように、自分が起こっていることを指摘されることをまるで恐れているかのような態度だ。
見てみれば拳は強く握りしめられており、その目に映っているのはこの共和国の街並みではなくどこかにいるだろう龍王に対しての物だろう。
「秘密だ。いまから闘技場に行ってその子供に勝ったら教えてやる」
「怒ってるのか?」
「怒ってるよ、それで? お前もなんか用事あったんだろ。腰を下ろしたいし闘技場についてくるか?」
「最強にお呼ばれされた以上は断るわけにもいかんな」
「それじゃあまぁ道案内任せたよ」
口から言葉を出せば出すほどに、自分の中にくすぶっている炎に空気を与えてしまう気がしてアデルはなるべく口数少なく言葉を変えす。
闘技場で待っているのは蛇か鬼か、それはいまはまだ誰にも分からない。
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