35話 ヒモ男

昼休み兼昼食時間に入ると、いつも通り、六人組で文芸部の部室へと向かう。

 その光景には、クラスメイトも慣れつつあるのだろう、オレがその中にいても目で追ってくる者はいない。

 オレと神様、坂本の三人で、四限目の終わりすぐ頃に売店へ向かうのが恒例で今日もそうしていた。

 

 文芸部の部室へと着くといつも通りの配置でご飯を食べる。

 

 左側には、オムライスを頬張る坂本と煮物やサラダなど健康に良さそうな食材を食べる西園寺さんが並ぶ。その横にサンドイッチをパクつく暁さん。その斜め左に座り、のり弁を食べてるのが二階堂。

 オレと神様は二人で横並びに食べる。言わずもがなオレは三百円弁当で、神様は謎のタルタルソースたっぷりのソーセージパン。

 

 文芸部は、全部で八脚椅子があるので、残り二脚余っているもそれを掻き消すほどに盛り上がっている。

 その中心となす、級長と副級長のコミュ力故だろう。

 

「あぁー、そういえば、春の部集では明智&かなえペアが票数は多かったんだっけ?」

 坂本が返ってきた化学のテストが赤点ギリギリと西園寺さんにバラされて弄られ始めたので逃げるように話題を変えてきた。因みに、オレも六七点と芳しくない点数だった。

 しょぼん。


「そうだね。二十四票差だから、結構な差をつけられたよ」

「どれも面白かったけど……この差をつけたのは、二人の文章が達筆だったからだとおもう、な」西園寺さんは、両方共を称賛し、しっかりと自分なりに分析をした感想を述べた。

 達筆って事は、オレではなく、神様の能力って事だよな……まぁ、当たり前だけど。


「そうなんですよね。やはり、文章を読むだけでなく、書くのにはまだ慣れないところがあります」自分の課題をしっかりと理解しているようで、落ち込んだ感じではなく、自分の成長に期待している感じだ。

「僕はストーリーに蛇足があったかな。もう少し簡潔に物語を紡ぐ文章力を身につけようと思う」

 

 文芸部の二人が真剣に小説という進学や就職には関係ないかも知れない事に励むその姿は、まさしく青春で。光を拡散するように輝いて見える。

 その青春の照度が自分たちだけでなく、周りをも感化させた。


「私も、写真頑張らなきゃ。……もし、夏の部集が決まったら、その表紙……ってごめん。何言ってんだろ」勢い余って、自分も頑張ろうと思った挙句に彼らの輝きに触れたくなったのだろう。

 だけど、今の自分と彼らとでは大きな溝が出て、前よりも気さくに提案できなくなったから、急ブレーキをしたといったところか。


「美玲さん、いいですよ?」

「へっ……?」間髪入れずにそう伝える暁さんに驚き、西園寺さんは言葉を漏らした。

 暁さんは、西園寺さんが俯いた顔をあげるとニコッと嬉しそうな顔で微笑んだ。


「美玲さんの写真、私は大好きですから。夏の部集は是非」


「確かに、美玲の写真はメッセージ性というか、心にグッとくる構図というか……だから、小説の表紙には向いているんじゃないか?」

 坂本が優しそうにその会話を見ていた二階堂へ問いかける。

 幼馴染の西園寺さんが踏み出そうとした一歩を彼が手を取って進ませるような問いかけだった。


「寧ろ、実は、コッチから頼もうかと思ってたんだ。お願いできないかな? 西園寺さん」その言葉は淀みなく出た。だから、本心からそう思っていたのだろう。


 オレと神さんも頷き、肯定する。


 オレが西園寺さんに初めて撮られた、あの写真。自分でも驚くほどに被写体の魅力を最大限取り込ませた技術と最高の瞬間を逃さない嗅覚。

 それは、オレ自身が身を持って体感した事だった。


 西園寺さんから現像して貰った写真は自分の机の中に入れておいた。

 その使い道が無くて見る度に微かな笑いが漏れるも、こんな笑い方をするのはいつ振りだっただろうかと、耽ることがあった。

 その写真の外側には一緒に笑うみんなが鮮明に思い出せれた。

 オレにとってなんだかんだ手放せない写真となっていたのだ。


「ほっ、本当にっ!?」淀みのない湖水に浮かぶ月のように満面の笑みで文芸部の四人へ聞き返す。

 オレたちは、顔を見合わせてクスッと笑い、首肯する。


「良かったな」自分ごとのように笑う坂本に『うん!』と子どもっぽい笑みを浮かばせながら一眼レフをギュッと抱いた。パンダみたいに白と黒で基調されたカメラは薄らと喜ぶようにキランと光る。


「……」坂本は、柔らかい瞳でその幼馴染が喜んだ姿を見つめて、立ち上がると『トイレ行ってくるわ』と言い、出て行こうとする。


 坂本がドアノブに手を触れようとした瞬間にドアをノックする音が響く。

 キョトンとした坂本が二階堂の方へ目を遣る。


「あっ、どうぞぉー」すぐさま、声かけをすると、ガチャリとドアノブが回転し、華やかな後輩が入ってくる。


 橘理央たちばなりおだ。


「お邪魔します……すみません、お食事中でしたか……また、出直します」

「ん? 文芸部に何か用か?」近くにいた坂本が気を遣って帰ろうとする橘を引き止める。

「あっ、はいっ! 今朝、明智先輩と話し損ったので先輩のクラスに行ったらココにいるって聞いて……ただ、また今度でいいので」謙遜したふうに身振り手振りしながら、声を萎ませていく。


 オレは、空の弁当箱を仕舞って手に取り、橘に近づく。

「ん、いいぞ。食べ終わったから」

「へっ? ……すみません、気を使わせてしまったようで」坂本がオレに説明を求めて欲しそうな顔をしたので、今朝の件を簡潔に述べておいた。


「へぇ〜、ファンが作者に逢いに来たって所か。それだったら、あの作品は、かなえも共著だけど?」神様が落ち込まないように優しくフォローする。彼のこんな気遣いが級長の器として相応しいゆえんだろうな。

 てか、トイレ大丈夫か?


「あっ、メインシナリオは、明智先輩で、推敲と世界観の補整が神先輩でと後書きに書いてありましたので……それに感想はできれば明智先輩へとも」

「あぁ〜、そうなのか」坂本もしっかり読んでくれたのは知っているが後書きまで読んでいなかった様子。


 神様自身、後書きは読後の余韻を阻害する為、不要だと言っていたが、オレが神様へ注目されない為に書くべきだ。と説得して、オレがこの物語を書いた事の比重を上げる事に成功した。

 

「じゃあ、行くか?」

「あっ、はいっ! すみません、大切な時間を無理やり取ってしまって」リスみたいな後輩が頭を下げるので、居た堪れなくなる。


「いいさ。それで次回作の着想が生まれてくるかも知れないしな」ドアノブに触れて、オレたち二人は出ていく。その前にぺこりと文芸部に頭を下げるので、しっかりした子なのかも知れないなと思う。


『へぇ〜、次回作やってくれるんだぁ〜? お願いしていいのかなぁ〜?』

 ……いやまぁ、オレ達の会話聞こえるんでしょうから、神様が次回作のヒントになればって……ことで。

『君って……案外ヒモ男になる素質あるかも』

 ……。

 近くにあったゴミ箱にプラスチックの容器を捨てた。

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