第19話 終わる日常。
「で、君は、どうするの?」うどんとオムライスをペロリと平らげ、口元にケチャップがついた神様は問いかけてくる。
「……どうするも何も……オレが出来ることなんて………神様の口を拭うくらいしか」ナプキンで神様の口元を拭おうとするも、直前で手が止まり、『ん』と言いながら渡す。
「あ……うん」なんか女々しい神様が一瞬でたような。急いだようにナプキンで口元を綺麗にしている。
「ただ、気になる点は二つあります」
「ほぅ〜、なにかな?」興味があるというよりは、ナゾナゾを問いかけてくる出題者のような意地悪さが表情の端々から滲み出ていた。
「まず一つ目、兄貴が装備なく雪山を登山した点。人は、行動するには何かしらの理由があって行動します。まぁ、本能的に登ったなどと
ただ、それを兄貴に確認することもできない。また、兄貴は一人で登山していた事から誰かから動機を聴取することも現実的では無い。
「それにだね、登山届は警察署地方課へ出しているよ。登山届を出していなかったら、罰金を課せられた事例もあるそうだからね。そこは念を押して添えておくよ」
「いろんな方面へ配慮しているような言い回しですね……」
「最近は、フィクションでも五月蝿いからね」右手の掌に頬を乗せて薄目で嘆いている。
フィクション……その単語に心臓がズキンと反応する。
「……其の事から察するにやはり正常な判断を有していたが、無装備……。いや、それだと矛盾めいた気がしますね」
確かにダウンや暖かいヒートテックのパンツであれば寒い登山する上ではいいだろう。だけど、雪山となると話は別。靴もしっかりとしたシューズにするべきだし、帽子やヘルメット、グローブ、ピッケルなども必要になってくる。
また、ダウンは保温性があるだろうけど、雪や風、汗などを工学的に考え抜かれた服装にすべきだ。勿論、ズボンなども専用店で買うことも考えるのは当然の帰結だ。
だとすると、でてくる答えは一つか。
「そうか。兄貴は一秒でも早く登りたかった。だから、服装は最低限度で済ませた。登山届は万が一にも雪崩に巻き込まれて家族が捜索する箇所を狭められるようにするため……、そう考えると綺麗か」
余計な捜索をさせない為だろう。また、警察や関係機関にもしもの時があれば自分を探させ、家族を安心させるように配慮してくれる……そう思ってなのだろうな。
「おおー、自分で辿り着いたかぁ〜すっごいじゃん!」あの兄貴のシスコンぷりを見ていると記憶を無くす前の兄貴もそうだったのだろうなとは考えつく。
「もう一つはぁ?」
「それは、四ヶ月もの間、暁さんが病院へ通っている理由です」
兄の心配をする理由は家族愛からくるものだってのは分かる。だが、それも最初の一ヶ月がヤマだろう。四ヶ月に入っても尚、休みの日に通う理由は別に有るとしか思えない。
「へへぇっへへっ、探偵の目になってきたね」
「……いや、オレは……」真相を暴く。それがオレの最重要の目的となっている。でも、それはオレが個人的に気になるからではなく、オレが今後の人生を平穏なものにする為という自分勝手な考えからに他ならない。
「そんな卑下しなくても良いと思うよ? 人って隠し事を誰かに言いたいんだよ。それが悪い事でも、恥ずかしい事でも、辛い事でも」
「!」
天の羽衣を着た清らかな天人が民衆に気付きを授けるように穏やかに告げる。瞳には何もかも包み込むような慈愛が溢れていた。
「誰かに吐き出す事で、気持ち良くなったり、辛さを軽減できたり、自分を強く思うことができたり……自分が秘める想いを……皆きっと晒し出したいんだよ」
人の弱さを肯定し、人が社会的動物なのだと論じる。
神様の言葉がじぶんにはしっくりときた。
「彼女が秘めた想いが強ければ強い程に掃き出したい筈だよ。それが溜まりに溜まると人は思いがけない最悪の対外的な行動や自傷行為に走る。其の差は、他人と自分のどちらが傷ついた方が良いかという価値基準で決まる」
社会の鬱憤や操ることの出来ない人の心理や感情。その怒りや悲しみを内心で留めきれなくなった時、人は爆発したように他人を中傷したり、犯罪をしたり、自ら命を断ってしまう。其の違いは他人よりか自分が傷つく方が良いかの違いだという。
「………暁さんもそうなると?」
「それは、君が考えるべきことだよ。登場人物であり、停滞したこの世界を壊す君が」
「オレは……」言葉に詰まる。喉に黒い塊が急に現れたように口を開けても音が鳴らない。
「それなら、一つ私が助言しとこうか、君の背中を押すために。
……自分の胸に秘めた心を誰もが暴いてほしいと思っている。誰もが誰かに助けを求めている。誰かの支えを必要としている。横にいる誰かの胸で泣きたいと思っている。……人は安心と安らぎを人に求めているんだよ」
人の強さではなく、弱さを問う神様は、しなやかな目で外を眺めながら語っていた。
風がなく靡かない木々は生命力に満ち溢れた緑を放っていた。
会計を済ませて、他の買い物をしたら、真っ直ぐ家へ帰る。
夜飯は、帰る道すがら炒飯に決まった。オレがソレぐらいしか出来ないと言ったら、『ケチャップとソース増し増し』でと注文が飛んできた。
舌バカは料理名をキャンセルするらしいから良いとして、夜ぐらい炒飯は食べたく無かった。
土日は、一つ行動に移すため外へ出たが、それ以外は事なく終わった。
父さんと母さんは、デートが長引くらしく夜の十九時に帰ってくると連絡してきたため、先に風呂へ入り、ソファーに座りながらスマホを触る。
特段、宿題も終わらせたため暇なのだ。神様は、自室に篭って思考停止のNPCと化しているだろうし。
スマホの画面では、LONEのグループチャットを開いていた。勿論、文芸部だ。そこに何故か、坂本と西園寺さんがいるのは、ツッコミどころだけど。
二階堂と暁さんが生徒会へ自分達のアイデアを伝えた所、成果を見てから判断すると猶予をもらえたようだ。だから、出来れば早く小説を作るようになっているのだけど………。
オレ達は一ミリも着工していなかった。
スマホをソファーに置き、凭れながらどうしたものか、とオデコに右手の甲を置く。
色々な問題が山積みだ。
それに、生徒会の会計である遥がこの一件に関与しているのは言わずもがなだし。暁さんと生徒会の問題にオレ達文芸部の行く末もか………骨折りの高校二年だな。
待てよ…………生徒会……か。
ふと、頭をよぎった。
……今のオレにできる手立て……それを考え、一つ行動へ移すことにした。
きっと神様が作った世界を信じていたから。
弱い世界にはきっと誰かの支えが必要で、その為には知る必要があったからだ。
だけど、オレの構想はすぐに壊れた。
そう、月曜日から暁朋恵は学校へ来なくなったのだ。
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