オレの神様はラブコメのイロハを知らない。
あけち
序章(プロローグ)
第1話 神の筆がおりた。
真っ白の紙に墨汁の一滴が落ちるような世界の創造を知るのは意外に唐突かもしれない。
どのようにして人類が生まれたのか、更に拡大して宇宙が誕生した秘話なんてものもいつかは知れるかもしれない。
それは、我々人類にとっては喉から手が出るほどに渇望するもので、想像豊かな者にとっては逡巡し物思いに耽っているだろう。
たとえ、それが自分の斜め上をいくものであったとしても知的好奇心は
だが、俺はそれを知ってしまった。
人類がどうして存在するのか。
五感で感じる今が何であるか、すらも。
『知らぬが仏』なんて
誰もが知らずに日々を生きているのが羨ましいとすら思ってしまう。
しかし、自分の記憶から消去する術などある訳もなくただただその運命を呪った。勿論、知り得ただけで今後の人生が変わることはない。
今まで通り変わり映えもない日常が『死』というゴールテープを切るまで続く、それだけだ。
『ねぇ、いつまで愚痴愚痴、脳内畑を駆け巡ってるの? 良い加減現実受け入れたら?』
人間が唯一、誰にも侵されない絶対領域の脳内へ透き通った美声が響き渡る。
いつもの如く、俺は眼前を見回すも見慣れた風景である自室だから当然誰もいない。八畳間のホワイトと燻んだ青で基調された部屋には高性能なスマートスピーカーやAI搭載のロボットなんて代物もない。
ましてや、誰かとスマホで通話していたことを忘れていた訳でもない。
『分かりきってる状況把握は読者にとったらイラつきポイントだぞ? さぁ、君が隠しているベッド下のムフフ本の趣味を全開しろっ。そして、男性読者諸君に共感を持たせ、そのイラつきを軽減させるんだ!』
頭痛にも似た痛みが感じる……というよりイラつきか。
俺の脳内を余すことなく読み解き俺へ指図するその声へ抗うように、『うっせぇよ、神様』と天井を見ながら言葉を放つ。
『あぁ〜〜〜ああぁ〜、いいのかなぁ〜〜、君が今日一時間トイレで籠城することになるけどぉ〜〜? いいのかなぁ〜まぁ、敵は自分のお腹だけどね。へへぇへっ』
「……冗談に決まってんじゃないですかぁ⁉︎ やだなぁ〜もう、神様ジョークですよね?」ウザったい独特の笑い声を漏らす神様に媚びてしまうが仕方ない。そうしなければ、授業中にトイレで離席したはいいものの一時間後に帰ってくる英雄になりかねないからな。
『ううん〜〜? ウザったい笑いだって?』
「………」俺の心の声すらも丸聞こえだ。それは、通常の生き方であれば体験しないことだろう。であるからして、俺は既に人間の道から外れているのかもしれない。
『まぁ、いいやぁ〜。それより
余命宣告を受けた病人が余命を受け入れる段階としてキューブラ=ロスが五段階に分類したのだが、俺はというと今は一段階目の『否認』のところで立ち止まっていた。
勿論、この謎の声から余命宣告を聞いた訳ではなく、この世界の真実を知っただけなのだけど……俺にとっては聞き入れたくないことだった。
『ねぇ、もう君たちの世界で換算すると二週間経ってるよね? いつまで、キューブラロスを引用して自己憐憫に浸ってるの?』
「あのー、俺の思考を……トレースしないでくださいよ」
『だって圭吾の声ダダ漏れなんだもん』
「聞かなかったフリとかいう親切心とかは……」
『これでも配慮してるよ! 君が夜中の時にベッドでナニをしようと声をかけないでしょ⁈』
「その節はお世話になりました‼︎」
どうやら、この話を続けても俺にはどうやら勝ち目が無いようでベッドの上に飛び乗り、勢い良く土下座する。
因みに、俺はその脳内で彼女? の声が響き渡るだけでその姿を視認した事は一度もない。だけど、何故か自分よりも高い位置から見下されていることだけは何となく理解していた……納得はしないが。
『まぁ、男子高校生の性事情は、私には関係のない話だけど?』
男子高校生の性事情などという艶めかしい言葉を躊躇いなく使ってくるのには未だ慣れない。声が女性らしいために尚更緊張してしまう。
そんな奇想天外で奇天烈な会話を終えて顔を上げると眼鏡がズレたので、メガネのブリッジを人差し指で上げて整える。
俺、
統合失調症・うつ病・一過性のストレスなどなどは、幻聴症状に波があるらしいが俺は基本的に寝る前と寝ている間は聞こえない。
そういった心の病は自分を貶して自己嫌悪に陥らせるという。
ましてや、薬物に手を染めている訳では無いので症状が治ると知ったのだが、俺の脳内で迸るように発せられる言葉は罵詈雑言などではなくどちらかといえば自分の人智を超えた内容であるのでその類では無いと結論づけた。
『はいはい、綺麗にまとめてくれて有難うね』どこか自己完結で考え抜いた結論をしれっと流してくる。その謎の声を俺は未だに見定めかねていた。
「あの〜、神様って俺を創ったん、ですよね?」
『………ん? あぁ、そうだね』
「何でこう……もっと上手くデザインできなかったんですか?」
『……君、神である私のクリエティブを非難するのかい? そんなぁ〜神様界でも有数の創造性豊かな私にっ⁉︎』
どうやら触れてはいけないブラックボックスだったらしい。俺は自分の容姿がもう少しだけ整って欲しかったのだ。特に目が悪くならないようにさ……メガネ邪魔なんだよな。
『うぅ〜、今日、雨にしてやろうかな』本当に雨になりそうなテンションで発してくるため俺は切り替えてベッドからヒョイっと降り、クローゼットへ向かう。
「すみません、学校に行く時間なので着替えますね」
『圭吾の着替えシーンとか需要ないぞっ?』
時々、俺に対して罵詈雑言を発してくる辺り、病気関連を疑ったが俺自身を究極的に追い詰め無いことや決して俺自身で分かることがない事象を言い当てるのでそうでは無いと最近そう締め括った。
一年間袖を通した春・秋・冬用ブレザーを着用し、昨日の夜から支度していた鞄を掴み階段を降りていく。
『圭吾、君の家庭事情も作り上げたのは私だ。それについては、弁解の余地もないよ』初めてこの声の主から謝罪じみた言葉を投げかけられ、足が止まるも俺は窓の外で雨が降って……いない朝を眺めた。
そして、我に戻る。
「はい⁈ 両親普通の会社員で、これといった親子関係が複雑ではないんですけど⁉︎」流石の俺もツッコミをせざる終えなくなり、つい言葉に出してしまう。
バタバタと母親である
俺は階段をするりするりと降りて横を通り過ぎようとすると。
「ねぇ、圭吾。独り言最近多いわよ? 一回病院行ってみる?」健常な母親はその言動に憂慮しているのだろう、右手を頬に当てて目尻を下げていた。
俺を産み落としたのが二六歳のため四二歳の母親は三十歳と言われても驚かない程に若々しく、自分で言うのもなんだけど結構美人な部類だ。
俺が幼少期の頃は茶髪に染め上げていたが、年齢とともに黒髪に収まって今ではハーフアップが母さんの髪型となった。
……そりゃ、そういう反応になるよな。そう思いつつ、俺はローファーに足を入れ込み、つま先をトントンとし玄関で整える。
「ごめん、母さん……大丈夫だから………行ってきます」『いってらっしゃい』という言葉がいつもより遅くなって聞こえてきたが、俺はいつも通り学校へと歩を進めた。
空は澄み切った群青色でそれを見え隠れさせる程にゆったりとした積雲が学校の反対側から向かってきていた。どうやら、天気予報では晴れだと言っていたのだが、雨になりそう気配だな。
最近は、誰かさんの影響からか雨の日が続いており、鞄の中に折り畳み傘を常備しているのが実情だった。
『いや〜、君が神様とコンタクト取れるって言うのか言わないのかヒヤヒヤしたよ』
「他の人が信じそうじゃない神様の話を、する筈がないってわかってるでしょうが」それに言ったところで、病気か変な宗教に目覚めたと思われてしまいかねないからな。
『そだったそだった。君はとびっきり理屈っぽいタイプだからね、言う筈ないかぁ〜』他人事のように話す言葉の端々に苛立ちを覚えるも、どうやら一歩ずつ前進して行かないと平穏な日々は訪れないかも知れない。
『おおぅ〜っ、二段階目の『怒り』を乗り越えて、三段階目の『取引』まで登り上がってきたかぁ〜。やっぱ、男子高校生は母親を心配させたくない衝動が強いようだねぇ〜』相変わらず俺の全てをお見通しかの如く、そうスラスラと綴ってくる。
キューブラ=ロスの『取引』……何とかこの現状を変えようと取引を試みる段階。自分で今の状況を揶揄して用いてきたが意外にもしっくりきているのがムカつく。
「それより、何だったんですか? 家庭事情について謝ったりしてきて」極々平凡な中流家庭で兄弟も居なく、家庭環境も居心地が悪くないのに何故謝るのだろうか。
いや、もしかすると、俺の家庭には開いてはいけないパンドラの箱が……?
『いや〜ね、圭吾って普通よりちょっとだけ頭良くて、普通よりちょっと裕福で、家庭環境も良好でしょ? なんか地味だなって……。主人公やヒロインはそういう問題を抱えてヒロインや主人公と解決して仲を深めるのが王道だから……謝ったの』
……ダメだ。道端に転がる石ころを思いっきり蹴っ飛ばした。
正常な男子高校生の思考では神の戯れについていけないや。
「……神様は、俺よりも賢いんですよね?」何の捻りもない質問を問いかける。
『まぁ、創造主だし? 私が知っている以外の知識を君にはインプットされてないよ』
今の今迄この自称神様なる人物と対話を真剣にやらずテキトーに返していたがどうやらこのまま燻っていても現状打破できないらしいからな、対話をしてみようと思う。
『良い心がけだよ、圭吾。昼間に雨を降らせようと嫌がらせを思い立ったけどやめてあげようか』その言葉が脳裏に届き、興味本位で振り返ると今まで飛んでいた遠くの雲たちがしれーっと薄なり忽ち大気に食われていった。
「……」
『自分たちが解明できない現象を人は神の思召しとして敬う。それを愉快だと思うのは神の特権であり、君達を誘う役目なんだよ。だが、今回ばかりはね……どうしても私一人の力ではどうにもできないのだよ』
「……それって神じゃないんじゃないですか?」
『へへぇっへえっ……一本取られたっ。……本来はしても良いのかもしれない……でも、私の矜持として人間の心まで介在する事は禁忌としているんだ。だから、君に話しかけているんだよ』
普段とは全く別の真剣な返し方をされて俺は頭をボリボリと掻いてしまう。
「……もっと敬え! などと言ってくるかと思ったんですけど、意外にも穏健な神なんですね」
『そうだね』
そうポツリと呟いた言葉が余りにも繊細で折れそうな声色だったので俺の心がキュッと握られる。神とはいえ、真面目に話しているにも関わらず無下にされたら辛いものかも……しれないな。
「すみません、俺……」
続けて呟こうとしたが歩道橋から学生たちが降りてきて黙る。
ここは、ウチの高校である
『ぼっちを演じるじゃなくて、生粋のぼっちの間違えじゃない?』
「……」言い返したい気もあるが、変人扱いされないように黙る。
決して、ぼっちを否定出来ないとかそんな訳ではなくて物理的な作用から。
『そう言い訳しつつ、心中では友達少しいるもんって自分を慰めてるのが愛おしいよね』
……さっき迄、神様に同情していたのだが、前言撤回。コヤツは、俺をどこか嘲笑うように暇つぶしをしているだけだ。
そう思うと、口の端がピクピクしだした。
『それは否定しないよ。でも、それでも君が唯一の救いだと思って接しているよ』
その理解に苦しむ言葉に気を取られながら、四月の鮮やかな通学路を踏み締めるように歩く。ここが夢ではない現実だ、と噛み締めて自分を逃げさせないようにするために。
校門はレトロな煉瓦造りになっており『
通学路では、白っぽい春色に染まっていたが、敷地内には力強い桜が点々と生えており、この学舎が神々しく映ってしまうほどに風情がある。
桜の生命力強さを和ませるような真っ白の校舎に初めて訪れた際、一瞬だが綺麗すぎて息を忘れたほどに美しい造形である。まぁ、中学が余りにもボロかったからそのギャップにやられたんだと思う。
そんな政明高校の校門前に差し掛かると、
『……ん…っ……ふっ』……色っぽいのである。
神様がナニかしらしているのだろうと思い、気にしない事にした。
俺だって見逃してもらったしな。
『違うわよっ‼︎ ナニ勘違いしてんのよっ!』唐突に大声を脳内で再生してくるのでウワッと驚いてしまい口元を抑えるも、周りからクスクスと変人扱いされてしまう。
俺は俯き気味でコソコソと門を潜り抜けて前を向くと、その輝かしい男女四人組に眼を奪われた。
一番その中で身長が高く、キッチリと引き締まった筋肉がブレザー越しにも分かるほどの理想体型である我らが級長の
纏め役ともいえる彼は普段、
「
「見た見た! 岡崎さんめっちゃかっこ良かったよね!」
「いや、そうだけど……さ、中身の話をしたいんだけど⁈」坂本の要望を聞いても小首をかしげていた。
男子としてはストーリーを共有してドラマの面白さと楽しみを倍増させたいのだろうが、話しかけた
だが、坂本はフッと笑いを漏らす。その笑みは西園寺さんを肯定しているのが目元でも分かる。
西園寺さんは、高めの位置に小さなお団子のような髪型をしており、愛らしい瞳と持ち前の元気さが女子としての魅力を引き立てていた。四人の中で一番身長は低いが明るい雰囲気に、眼を止める男がいるのも理解できるほどだ。
一年の時には坂本と同じバスケ部のマネージャーをしていたが、今は彼女が日頃身につけている一眼レフカメラを使い写真を撮っており、写真部に入部しているのだとか。
『あぁ、いいな〜、このふたり……うんうん!』と俺にそんな情報を与えてきた神様が感嘆を漏らしている。
「ストーリーは、秀逸でしたよね。特に、有名事務所の岡崎さんを引き立てるような内容で……それが、芸能事務所への忖度が働いてると感じさせるような内容で……興味深かったです」
上品な微笑みと軽やかでふんわりとした声ながらも毒づいた感想がその二人を包み込んだ。
学年首位の成績を誇る才媛であり、文芸部長を務め、学年一の美女と名高い。その気品さと優雅さが公立の田舎高校では自然と目立ってしまう。そして、何より同学年の女子より胸が発育されており男子にとっては高嶺の花ともいえる。
『圭吾気持ちはわかるよ………でも、あんま朋恵の胸ばっか見んな! 変態!』
「……」半ば強制的に眼を逸らし瞑目する。
こうやって、健全に成長した男性脳に無理難題を押し付けてくる神様から注意を受けるのはホント煩わしい。
てか、なに地味な共感してんだよ。
もしかすると、神様は女声の男だった……なんて誰得のドンデン返しが来るかもしれない。
油ぎった髪の毛で、お風呂に浸かりもしない不衛生。家から一歩も出ず、冷凍食品で暮らすから巨体になってしまった中年男性……。
『女じゃぁ‼︎ ちゃんと、女子! お・と・めっ!』
美声でリズミカルにそう叫んでいる。田舎の朝にデッデポッポ〜とリズミカルに鳴くキジバトとは違い、安らぎのカケラもない高い声だった。
頭の中で男像を構築し始めたが、一瞬にしてハンマーで粉々にする。
『イタタッ。……絶対仕返ししてやる』付け加えで、ボソッと物騒な事を言ってきた。
偶像崇拝をするつもりがない訳だが、女性の神様像は何故かイメージ付かないでいた。それは恐らく、俺が今まで会ったことが無い人種に他ならないからだろう。
ここ迄言いたい事をオブラートに包まず曝け出してくる人は初めてだったから。
『そんな気になるぅ? 私のダイナマイトボディ? 教えようかぁ〜? ……教えないよぉ〜残念でしたぁ〜。へぇへへぇっ』どうやら、自分のスタイルには自信がないらしく心中は歯噛みしながら暁さんの身体を見ていたらしい。
『あるわ、ボケっ!』
勝手にツッコミをしてくる最新鋭の漫才師に気疲れしていると、その場の四人の内一人が苦笑いした空気を一蹴するため口を開いた。
「
一番その中で目立たないであろう、
努力家タイプの真面目で堅実なイメージを持ちつつ、授業中や学校のイベント毎に冴える意見や提案をする優秀さから先生やクラスメイトからも一目置かれている。
一年の時も彼ら四人と同じクラスであったが、二階堂はその中で冴えない生徒だった。そんな彼がこの一年間で瞬く間に変貌した軌跡はクラス中が驚愕するも今は何も驚かないでいる。そんな彼は、暁さんと同じ文芸部の部員だという。
『……ねぇ、圭吾』
「うん?」
このくらいは、言葉を出したとしても誰にも聞かれないのでいいだろうと思い口にする。
少し先にいる彼らが昇降口で靴を履き替えている風景を見ながら言葉を待つも、一向に天の声から返事はなかった。
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