気づき

「よく使っているのは……」


 沢村刑事に、妻がよく触っていそうな、ネックレスやくし、手鏡を教えた。


「三つあれば十分です、協力ありがとうございます」


 沢村刑事は、透明な袋三枚に妻の物を一つずつ入れた。


「ん? リュウタさん、あれは?」


 沢村刑事は、キッチンにある包丁立てを指さした。


「包丁立てです」


「包丁立て?」


「はい。妻は、海外ドラマが好きで、あるドラマで、包丁をキッチンの収納ではなく、包丁立てに、閉まっていたんです」


「珍しいですね。普段見慣れない物で、立ち止まってしまいました」


「自分も最初、妻が買って来た時は驚きました」


「この包丁も、海外の物ですか?」


 沢村刑事が、ある包丁を指さす。


「これは、日本で作られた和包丁ですよ。持つ部分を、オーダーメイドで、いじれるんです」


 沢村刑事が指さした包丁は、取っ手の部分が、花びらの絵が彫られた包丁だった。


「この包丁も、奥さんが使っていたものですか?」


「はい。妻のお気に入りです」


「この包丁も、借りていいですか?」


「え、ええ。いいですよ」


「ありがとうございます」


 沢村刑事は、お礼を言うと包丁を取って、袋に入れた。


「リュウタさん。ご協力ありがとうございました」


「いえいえ。妻をどうか見つけてください」


「はい」


「あ、リュウタさん」


「はい、なんでしょうか?」


「今日預かった物って、リュウタさんと奥さんしか触ってないんですよね?」


「多分、そうだと思います」


「奥さんとリュウタさんの指紋を見分けるために、リュウタさんの指紋、調べてもいいですか?」


「全然かまわないですよ」


 沢村刑事に、差し出された紙を指で挟む。


「ご協力、ありがとうございます。早速、鑑定に回していきたいので、失礼します」


「よろしく、お願いします」


 沢村刑事は、そう言うと、家から出た。


「沢村刑事が、きっと妻を見つけてくれる」


 沢村刑事が、妻の足取りを見つけてくれることを、ただ信じるしかなかった。



「三ヶ月前、多数の政治家が汚職に関わっていた事件。その後に、成立した内閣総理大臣が、愛人スキャンダルに見舞われ、わずか二ヶ月あまりで、解散することになりました」


 今朝のニュースは、政治家の愛人問題で、持ち切りだった。


 沢村刑事が俺の妻は、事件に巻き込まれた可能性が高いと言っていた。もしかしたら、俺が知るより早く、テレビに取り上げられるかもしれない。そんな不安の中、ニュースを見ていた。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。


「はい。今行きます」


 玄関の扉を開けると、沢村刑事がいた。


「お久しぶりです」


「三日ぶりぐらいですか?」


「そうですね。家宅捜査も終わったので、報告をしにきました」


「わかりました」


「リュウタさん」


「はい」


「以前より、落ち着きがありますね」


「自分でも嫌ですが、取り乱すことが少なくなりました。沢村刑事や、警察の人が妻について調べてくれているのが、安心できているのだと思います」


 妻が行方不明になって、一週間経つ。日が過ぎるごとに、焦っても妻が見つからないということに気づいた。できるだけ、取り乱さないように、心がけている。


「警察を信じてくれるのは、日本全国の警官も喜んでいます」


 沢村刑事は笑顔で言った。


「それで、家宅捜査の結果、なにかわかりましたか?」


「はい。家宅捜査の結果、原田ケンジの家からは、奥さんの指紋は、検出されませんでした」


「そうですか」


「ただし」


 沢村刑事は、俺と目を合わせる。


「奥さんの包丁から、ルミノール反応が出ました」


「ルミノール反応?」


「はい。血液に反応する試薬のことです」


「なんで、妻の包丁から、そんな反応が……」


「今回は、それを調べに来ました」


 沢村刑事は、そう言うと、一枚の紙を俺に見せて来た。


「捜索差押許可状です。リュウタさんの家を家宅捜査します」


「なにを言って……」


 俺が言い返す間もなく、警官が次々と家の中に入って行く。


「リュウタさん。改めて、奥さんが行方不明になった当日の話を聞いてもいいですか?」


「前にも言った通り、妻は買い物に行くと言って、そのまま行方不明に」


「リュウタさん自身は、その時なにしていましたか?」


「俺がなにしていたか?」


 その時、俺の思考は停止する。思い出せない。妻が行方不明になった日の昼、自分がなにしていたかの記憶がないことに気づいた。


「……」


 沢村刑事は、俺の様子を黙って見ていた。

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