妻の行方

 食事を済ませて、妻を探しに家から出ようとした時だった。


「電話?」


 リビングに置いてある黒電話から、呼出音がなる。


 ここ最近、電話が鳴っていなかったが、誰からだ?


「もしかして、ミサコ!?」


 蜘蛛の糸をつかむような願いから、黒電話の受話器を取る。


「ミサコか!?」


「リュウタさんですか?」


 この声は、聞いたことがある。さっき家に訪ねて来た沢村刑事だ。


「その声は沢村さん……電話してきたってことは、妻の足取りがわかったのですか!?」


 心から希望が湧いてきた。妻が見つかったのかもしれない。


「リュウタさん落ち着いてください。残念ながら、リュウタさんの奥さんは見つかりませんでした」


「そうですか」


 高まった気持ちが地の底に落ちる感覚がした。妻は、行方不明だ。そう簡単に見つからないと覚悟をしておくべきだった。


「一度、情報をまとめたいので、もう一度リュウタさんの家を訪ねてもいいですか?」


「はい、よろしくお願いします」


 沢村刑事からの電話が切れた。


「ミサコ、どこに行ったんだ……」


 愛する人の行方がわからない。不安で心がえぐられそうだ。


 数十分経つと、玄関のチャイムが鳴った。


「今、行きます」


 玄関の扉を開けると、沢村刑事が立っていた。


「沢村さん」


「リュウタさん。調子は、どうですか?」


「食事は、食べられました」


「いいことです。玄関にあがっても、いいですか?」


「家の中に入ってください。座りながら、話しましょう」


「わかりました。では、お言葉に甘えて」


 沢村刑事をリビングに案内する。


「お茶しかありませんが、いいですか?」


「ありがとうございます」


 沢村刑事の前に、お茶を置く。


「沢村さん。なにか、妻の手がかりは見つかりましたか?」


「手がかりは、なかったです。スーパーの従業員に聞き込みをしましたが、奥さんのような特徴の服装を着た、お客さんは来ていませんでした」


「防犯カメラには、映っていましたか?」


「防犯カメラをチェックするには、『捜査関係事項照会書』という依頼書が必要です。事務の人に頼んでいるので、数日以内には調べることができます」


「わかりました」


 沢村刑事は、お茶を一口飲む。


「リュウタさん」


「はい」


「先ほど会った時に、『勤めていた会社が倒産』と言っていました。合っていますか?」


「合っています」


「良かったら、会社名を教えていただけませんか?」


「大丈夫ですけど、倒産した会社と、妻が関係あるのですか?」


「まだ、わかりません。捜査は、少しの可能性も、見過ごしてはいけません。思いのよらぬ証言が、事件解決に向かう時もあります」


「わかりました。以前勤めていた会社は、石田製造という、金属部品を製造している会社です」


「石田製造ですね。そこで、働いて人とは今も交流がありますか?」


「今は特に交流がありません。働いていた時は、何回か飲みに行きました」


「なるほど。リュウタさんの奥さんと、面識のある人はいますか?」


「何回か、お弁当を忘れて、妻が直接、職場に届けてくれたことがあります。何人かは、顔見知りかもしれません」


「連絡先は、わかりますか?」


「全員までは……社長なら名簿を、まだ持っているかもしれません」


 俺は、財布から社長の名刺を沢村刑事に渡す。


「ありがとうございます。捜査に使わせていただきます」


「妻……ミサコを、どうか見つけてください」


 沢村刑事に頭を下げた。


「リュウタさん。顔をあげてください」


「はい」


「絶対に見つけて来ます」


「ありがとうございます!」


 心から出た感謝の言葉だった。


「私は、倒産した石田製造の社長を訪ねて、社員の名簿を確認します。名簿を確認でき次第、一人一人に会ってみますので、数日時間がかかるかもしれません」


「大丈夫です。自分も、妻の行方を探してみます」


「無理をしないでください」


 沢村刑事は、その後、家を出て捜査の続きに向かった。



 数日間、探したが妻は見つからなかった。


「ミサコ……」


 沢村刑事が、訪ねてきた日は嬉しくて、頑張れた。しかし、一日、二日と見つからない日々が続くと、虚しい気持ちが強くなってくる。ミサコ、どこに行ったんだ。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムの音が聞こえた。


「はい……今開けます」


 無気力なまま、玄関の扉を開ける。


「お久しぶりです」


 玄関の前にいたのは、沢村刑事だった。


「沢村さん」


「捜査が、ある程度進んだので、知らせに来ました」


「妻は、見つかったんですか!?」


「残念ながら。奥さんは、見つかっていません」


 沢村刑事は、胸ポケットから一枚の写真を取り出した。


「リュウタさん、この人物が誰かわかりますか?」


「この人は、俺の元上司です」


 その写真に映っていたのは、会社が倒産するまで、俺の上司だった人だ。


「名前は、原田ケンジ。年齢は、二十七歳。合っていますか?」


「はい、合っています。俺の上司が、妻の失踪と関係あるのですか?」


「それは、わかりません。ただし、この原田ケンジもまた、行方不明なのです」


「行方不明?」


「はい。しかも、奥さんとケンジさんが姿を消した日も一緒です」


 なにが、どうなっている? 頭の理解が追いつかない。


「大丈夫ですか?」


 呆然と立ち尽くす俺に、沢村刑事は心配してきた。


「はい。大丈夫です。理解が追いつかなくて思考が止まっていました」


「リュウタさんに一つ、お願いがあります」


「お願い?」


「奥さんの指紋がついた物を一時的に渡してくれないでしょうか?」


「指紋がついた物ですか」


「はい。リュウタさんの奥さんが、事件に巻き込まれた可能性が高くなりました。明日、原田ケンジの家を家宅捜査します。その時、奥さんの指紋がわかって入れば重要な手掛かりに繋がります」


「わかりました。探してきます」


「待ってください。リュウタさんは、触らないでください。リュウタさんが指示した物を私が手袋して取ります」


「わかりました」


 俺は、沢村刑事を妻が使っていた棚に案内した。

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