第21話 迫る瘴気

 都を一周したあたりで、飛行魚の噴水が弱まってきた。出てくるお菓子の量も、パラパラと少量になりつつある。


「そろそろですね。城に戻りましょう」


 手綱を引いたクローエンが、風雅を城へ引き返させた。


 練兵場は、歓声の嵐だった。紙吹雪が舞い散り、ステージの上にはいつの間にか、竜騎士隊の軍旗がはためいている。

 やぐらの上では、聖王エイドリアスと聖女エラが椅子から立ち上がって、あたしたちを拍手で迎える。


 そのままステージの上に戻るのかと思いきや、クローエンは練兵場の中央あたりで風雅を上昇させた。

 下りないのかと訊ねると、まだやることが残っていると言う。

 

 両腕を抱えたくなるほど肌寒い高度まで昇った時、飛行魚がブルブルと震えはじめた。


「ななな、なんか震えてるんだけど!」


 あまりに勢いよく震えるので、爆発でもするんじゃないかと恐怖するあたしに、クローエンが魚を思いきり上へ投げるよう言う。


 言われるままに太陽に向かって力いっぱい投げると、ほぼ頂点に達したあたりで、飛行魚は軽い音をたてて弾けた。

 中から大量の光の粒が射状に飛び散る。


 これが話に聞いていた『花火』というやつかと思ったが、降って来たものは火の粉でも燃えカスでもない。

 

「……星?」


 あたしはスカートの上に降り積もった、無数の突起がある小さな一粒を摘まむと、首を傾げた。


「なにこれ」


「金平糖。食べた事ないんですか?」


「ない」と答えたあたしは、スカートに積もった金平糖を一掴み分、口に放り込む。

 

 単純に甘い。砂糖菓子だった。バリバリと咀嚼する。


「おいひいけろかはい(美味しいけど固い)」


「口いっぱいに頬張って食べるもんじゃないんですけど」


 そう言って困ったように笑ったクローエンは、「俺にもひとつ下さい」と口を開けて催促してきた。

 桃色に光っているやつを一粒放り込んでやると、クローエンが目を細めて嬉しそうに微笑んで、あたしを見る。

 

 ――あれ?


 その時、あたしの中で体験した事の無い変化が起きた。


 クローエンとの間で、見えない『道』が通じたような、妙な一体感を覚えたのだ。

 

 クローエンの頭の中が読めるようになったわけでもなく、お互い相手をけして裏切れないという『血の誓い』を交わしたわけでもないのに、何故かクローエンが『信用』できる相手に見えてしまう。


 もしやまた、妙な呪いにかかってしまったのだろうかと、あたしは訝しんだ。


「あんた、なにしたの?」


 訊ねると、クローエンはきょとんとした顔で「何がです?」と聞き返してきた。

 しらばっくれられたと感じ、苛立ったあたしは声を荒げる。


「だって、このあたしが金以外信用するとかあり得ないでしょ! あんたまた一体、どんな呪いを拾って――」


「待て」


 ぎゃあぎゃあと喚きはじめたあたしを、クローエンが掌で制した。緊張した様子で、北の空の向こう側を見つめている。


「ロゼ。あれは……」


 促されて、あたしも北の空に目を凝らした。

 澄み渡った青空に、黒いもやのようなものが見える。雨雲にしては色が濃かった。渡り鳥の一団に見えなくもないが――。


 もっとよく見ようと前のめりになったところで、あたしの頭の中に三人の女のイメージが現れた。魔王ラグラスに生き映しの鋭い美貌を持った、魔王軍の参謀達。


 ああそうだ。こっちにまっすぐ近づいてきているこの三つのエネルギーは、姉達の物だ。


 背中に寒気が走り、肌が粟立つ。

 両腕を強く抱いて、前に倒れるように背中を丸めたあたしに、クローエンの「大丈夫か」という心配そうな声が届いた。


 大丈夫なわけが無い。これから起きる事を想像すると、怒りと恐怖で体が震える。


「あのバカ女ども……!」


 あたしは呻くように呟くと、北の空を黒い瘴気で染める魔物の群れを睨んだ。


 長女ウルスラ

 次女イデット

 三女マルルー

 あいつらがとうとう来た。大軍勢を連れて。


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