第14話 占い魔女の部屋

 あたしはクローエンのターゲット探索に、何度か同行させられた事がある。

 必死に命乞いをする雄オークの心臓を槍で貫いて、オークの心臓ごと命の欠片を破壊したクローエン。その様子を思い出したあたしは、身震いした。


「寒いですか? もう収穫の季節ですからね」


 両腕を抱えるあたしを横目で見ながら、クローエンが見当違いな事を言う。

 あたしは適当に「そうね」と返した。


「それよりも、なんでそんなにエル・アケルティの事情に詳しいわけ? 聖王もそこまで細かく説明してくれなかったわよ」


「さあ、なんででしょうね。あなたよりは物知りのつもりではありますが」


「悪かったわね、世間知らずで」


 嫌な奴だ。こんなイヤミ野郎に殺されるなんて、まっぴらごめんだ。やっぱり早いとこ旅費をかせいで、王都から離れよう。


 あたしの『遠見』がなければ、クローエンのターゲット探しなんて、他の占い師を頼った所で、子供が遊びでやっている花占い程度の精度しかない。逃げ切るのは、たやすい。


 エル・アケルティへ逃亡するという夢は潰えたが、あたしは新たな目標に向けて貯金を続ける決意を固めた。


「あんたが思っていた以上に根性悪だったっていう事実は、新しい知識に入るのかしら」


「君が、スれている割になかなかの世間知らずだったという事実が知識と言えるんなら、そうなるんじゃないですか?」


「……バカでひねくれ者で悪かったわね」


「別にそこまでは」


 少々棘がこもった軽口を言い合いながら廊下を進んでいると、いつの間にか西の外れまで来ていた。


「ここが君の部屋だ」


 淡い緑色の扉の前で立ち止まったクローエンが、一番端にあたる部屋の戸を開けた。 


 部屋の中は、カーテンが閉められていて薄暗かった。それでも、大きな天街付きベッドや、曲線の彫刻が美しいドレッサー、クローゼットなどの豪華さはよく分った。


「ほんとにこの部屋?」


 呆けながら一歩入ると、靴裏を通して柔らかな絨毯の感触が伝わってきた。廊下よりもふかふかで、裸足でも快適に過ごせそうだ。


「もっと大きな部屋が良いなら、そう伝えますが」


「冗談でしょ。ここで十二分よ」


 魔界に居た時は洞窟に毛が生えたような湿った部屋で軟禁状態だったし、占いの館はベッドを設置したら他に何も置けないくらい狭かった。

 それに比べてここは、戸惑うくらいの好待遇。


 部屋の内装をもっとよく見るためにカーテンを開けに行こうとすると、ぱっと明りがついた。

 後ろを振り返ると、クローエンが壁に備え付けられている光魔石スイッチに手を触れていた。壁にはめ込まれた状態の黄色い光魔石は、新品だった。濁りもなければヒビもない。


 占いの館で支給される光魔石は大体いつも中古品で、使用期限切れの黒に近づきつつあるか、細かいヒビが入りかけているかのどちらかだった。だから明りをつけてもどことなく薄暗いし、魔石もすぐに壊れてしまうので、しょっちゅう取り換える必要があり面倒だった。新しいのをくれと言えば言ったで、オーナーに嫌な顔をされるし。


 カーテンを開ければ明るくなるのに、高価な魔石を躊躇なく使うなんてやっぱりお貴族様だなと思いながら、部屋を見渡す。

 あたしに与えられた一室は、全体的にシックなグリーンと金茶で統一されていて、落ち着い雰囲気があった。占いにも集中できそうだ。


 窓際の小さなテーブル席が目に入る。丸テーブルの上には、あたしの水晶玉が置かれていた。

 あたしはテーブルに駆け寄ると、跪いて水晶玉を両手で包みこむ。


「ああ、愛しのハニー。会いたかったぁ」


 謁見をしている間に、アミリアがここに置いてくれたのだろう。心の底から感謝しながら水晶玉を撫でていたのだが、クローエンが、可哀想な生き物を見るような目をあたしに向けている事に気付いてハッとなる。


 しまった。水晶玉あいぼうと再会できた嬉しさのあまり、クローエンの存在を忘れていた。


 無生物をハニー呼ばわりしたところを見られてしまい、正直恥ずかしくてたまらなかったが、あたしは虚勢を張ってクローエンを「なによ」と睨む。そしたら、「なんでも」と目を逸らされた。

 気まずい反応である。


 笑顔を引きつらせたクローエンは、「じゃ、そのうちアミリアが来ると思うので、それまでごゆっくり」と言うと、そそくさと立ち去りかけた。


 あたしはクローエンを呼びとめる。


「占わないの? この前は次のターゲットを知りたくてウチに来たんでしょ?」


 振り返ったクローエンが目を瞬いた。そして、優雅な所作で腕を組んだ彼は、あたしに向かってあでやかに微笑む。


「そういう時は、『お茶でも一杯どうですか』と聞けばいいんですよ」


「仕事の話をしてんのよあたしは!」


 思わず怒鳴ってしまう。

 とんでもねえ勘違いだ、とムキになって指摘すると、クローエンは楽しげに笑った。どうやらあたしは、からかわれていたらしい。


 この性悪男に何か投げつける物は無いものか。


 ある程度ダメージを与えられそうなものをキョロキョロと探している間に、クローエンは淡い緑色の扉の向こうに行ってしまう。

 結局丁度いいものがなかったので、クッションを掴んで振りかぶったところで、クローエンが「言い忘れましたが」と扉から柔和な笑顔をひょいと出した。


「建国祭が終わるまで、俺から占いの用はないので成果報酬の期待はできません。

 

 それだけ言うと、赤い毛先を一筋、最後に残して立ち去る。



 あたしは形式的な返事を叫んで高価そうなクッションを力いっぱい投げつけた。が、残念ながらそれはパタリと閉められた扉にぶつかって、バフンという間の抜けた音を立てると、ぼとりと床に落ちた。

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