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 少し広い廊下。こちらは蛍光灯が一つ飛ばしに点いており、片側に喫煙スペースと思われる曇りのついたアクリル板で囲ったスペースと反対側に窓口に出る自動ドアが、自動ドアには緑の線が何十もペンキで塗られており先は開かなければわからないようになっていた。喫煙室の向こうには人影が二つ。二つとも立ちながら煙草を蒸しているようで中肉中背、黒のズボンと白のシャツ、捲った腕を動かすシルエットが見えている。こちらが見えるということはあちらも見えている。が、海堂はそこを至って普通に歩いて通り抜けた。秋人は驚いて、しかし腰を落としたままにはせず、海堂の真似をして普段歩くような姿勢で通るが喫煙室のスペースも終わりに近づいたところで耐えきれず早歩きになった。相手から見えない位置まで来るとホッと胸を撫で下ろす。だが、まだ廊下の途中で、誰かに鉢合わせする危険性はちっとも遠退いていない。目の前には左に通路と正面には手すりの古くなった階段がある。

「こっちの通路は例の従業員用の出入り口に続いています」

 海堂は左を指していうとそこを横切って階段へ。秋人は一瞬走るように通路を横切った。海堂は平然と階段を音を立てて登っていく。今にも誰かに会いそうなのに誰にも会わないのが不思議だった。小走りで階段を上がり、彼女に追いつくとどこに向かっているのかを聞く。すると彼女は登りながら

「援助交際の顧客リストがあるところです」

「顧客リスト?」秋人は聞き返した。「どこにあるか判るの?」

「二階です。二階の南東方向」

 海堂はすぐに返す。秋人は「そんなざっくり……」というと海堂は足を止めて振り向き秋人を見下ろしていう。

「ざっくりですが、全くの見当違いではありません。いったと思いますが、私は彼女らを尾けたんです」

 前に向き直ると歩を進めつつ細かいところを説明をしてくれる。海堂は三人の内の一人を尾けたとき、出勤から退勤まで見守っていたのだという。平日の出勤はここが閉まる五時以降で退勤は大体二十二時を過ぎ(日に依っては翌日の朝に帰ってくることもあったらしい)、もはや人がいないはずの事務所では二階のその一部屋と一回の通用口にある警備室のみ灯りが点いていた。

「彼女が帰ってきても明かりが点いていたのはその二階の一部屋だけですので、つまりパパ活用、裏稼業の事務所がそこにあるとみていいと判断しました」

 なるほど。秋人は頷けど考える。この建物は正面入り口が大体北側に位置しているから、つまり南東方向は東か南側に回り込まないかぎり灯りなど見えない。一体どこから張っていたのか聞いてみると、溜め息が一つして、どこからでもですとだけ答えた。

 階段を上りきって二階へ顔を出す。扉が正面に一つ、左に二つ、そして右奥に一つ見えた。ドアは木目調のデザインがされた古いもので、正面と左の扉の先は下の喫煙室で見た曇りのあるアクリル板で仕切られており、内部で忙しなく動く人影と電話のコール音、それに話し声も複数聞こえる。もしこちらに出入りするとしたら人目につかないのは不可能だろう。しかし運のいいことに階段は東側に位置しており、南東の方角にある部屋は右の奥にあった。廊下には誰もおらず、易々向かうと、ドアのそばで耳をそばだてる。こちらにはアクリル板の壁がない代わりに中の様子は拝めない。秋人は後ろを気にして海堂と背中合わせにくっついた。誰かは来ないのを見張るために。でも、こんなところで誰かがきたら隠れられるものではないし、奥まったこの場所では逃げようにも逃げられない。動き続けるよりも動かず、しかも誰かに見られれば終わり。秋人は落ち着かなげに体を揺する。小心者は泥棒には向いていない。一方、海堂は中に誰もいないことを確認してドアノブを掴んで回そうとしてみたが、回し切る前に留め具に引っ掛かった。

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