イモートワーク

穴倉 土寛

一枚の手紙と二人の邂逅

1


 今にして思えば、古風なことだらけだったと後に彼は語る。しかし、人間間の事柄などはつぶさに見ていけば、それこそ有史以来から一定して古風、、なものであることも確かで、えてしてこの事件の始まりも現代にしては古風な一通の手紙からだった——。


 四月の二日。この近辺の桜がまだ三分咲きの頃だ。市内のマンションに独りで暮らす田崎たさき 秋人あきひとの元に一通の手紙が届いた。しかし、その秋人が郵便受けを覗いたのはもう日差しが傾いて夕暮れに差し掛かった頃のことである。

 市内の国立大法学部に合格してからもう一年を経て、立派な大学人になった秋人に春の余韻は、それはそれは時間を持て余す期間である。しかも特に熱い将来への展望もなく——だが秋人が遅まきに布団を這い出たのは何も惰眠を貪っていたわけではない。その証拠に秋人は布団から起き上がるなり、オエッと嗚咽を漏らす。

 ——惰眠どころか昨夜から睡眠など一度も取れていないし、昨晩から何も食べていない。それでも、いやだからこそ、胃がムカつきを覚えて何もないのにオエッと主張する。

 だから吐き気止めを買おうと思った。幸いにもお目当のドラッグストアはマンションから二車線を挟んですぐ向かいにある。猫背になって口元を抑えるように(動くたびにオエッオエッとまるでカエルみたいになりながら)マスクをして、マンション三階から薬局へ、買った帰りに一階にある自分の郵便受けを探った。手紙を見つけたのはそのチラシ諸々の中から。

 薄い緑色の封筒に子供が描くような橙色の太陽の周りを赤丸で覆ったシールで封がしてある。小学校の頃にこういう手紙でのやり取りを学校行事か何かでしたなと一目見てまず秋人は思い出す。ただ自分宛の手紙ではないかもと裏返すとしっかり自分の名前と現住所と郵便番号が——一般的な基準でかなり汚く書かれている。

 まるで文字を覚えたての小学生か、幼子が大人の文字を見よう見まねで書いたような、文字の大小がバラバラの、それこそミミズが這ったような字。しかも文字の並びが封筒に対してが並列でなく段々斜め上に上がり、軌道修正を図ろうとしたのか途中からバランスを取ろうとして下り、山を作っている。秋人は眉を顰めた。まず、このご時世にこんな郵便物は滅多にはおろか全くないから。それに自分にはこんな手紙を出す自分より年下の子供が知り合いにいたりもせず——自分より年下の子供。秋人は意図的に考えるのを辞めて他の郵便物と一緒に部屋に持っていった。

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