第23話 必死だった私達

ドワフの街でクリスタルドラゴンの素材から装備を作りに来た。なのに目的地のキングダム工房から追い出された。


だけど。


必要な装備職人は目の前にいる。


そして、探していた男の子もここにいる。


「もう一度、聞くけど、武器や防具を作れるよね。いえ、私が出す材料で作って」


「いきなりなんだべ。俺は強化専門だ。それならやれる」


一瞬は戸惑ったが、私を見返してきた。

「あんた、すげえ素材を持ってねえか」


「そうだ、名乗ってなかったわ。私の名前はフランよ。あ、あなたは?」



「俺はモルト」

知ってる。すごく知っている。


胸が鳴りだした。だけど感情を抑えて話を続けた。


「一流の素材は持ってるよ、モルト。だけど、こんな腐れ工房の前で出したら価値が落ちる。どこか鍛冶か錬成の施設を使えない?」


「何で無名の俺に声かけたのか分からんが・・。鍛冶ギルドは真夜中でも場所を貸してくれるべ」


「行こう。あなたに依頼するわ。報酬は、とりあえず1700万ゴールド。足りなさそうなら、追加で持ってくる」

「おい、フランさんよ。1700万ゴールドの仕事なんて、慎重に決めねば・・」


「いいから。鍛冶ギルドに着いたら南国の料理で腹ごしらえしよう」


キングダム工房の門が少し空いて、こちらを見ているやつがいる。


「後悔させてやる」


商家で虐げられてきた私だけど、商売を多少なりとも知ってる。だから、客を理由もなく追い出すような、仕事を舐めてるやつは許さない。


鍛冶ギルドで錬成所の錬成ブースを借りた。一緒にカーレーとパン、肉を食べながら事情を聞いた。


彼は私と同じ19歳。親御さんは8年前に亡くなっていた。7年間は、ここより北の街の鍛冶屋で住み込みで働いていた。腕を磨き、キングダム工房に移って2年目。工房主のグダムと2人しかできない高度な錬成をこなせる才能の持ち主だ。


なのに「修行」と称して低賃金で重要な仕事をさせられていた。その上に、きっちり下働きもさせられた。


加えて「兄弟子達」からの嫌がらせ。今日は犯罪まで捏造されたそうだ。


「親方は、あなたを庇わないの?」

「さっき俺に怒鳴ってた奴が友達の息子だから、親方はいつも知らんぷり。いつも俺が悪者だべ」


「仕事をしてもらう前に、言っておくことがあるわ」

「なんだべ」


「私の仕事は、モルト個人で受けて。印象が悪すぎて、キングダム工房が作った装備なんて、死んでも装着しない」


「分かった。どうせ工房は辞めて、違う街に行くつもりだった。だけどフラン、初対面の俺の言葉を信じていいのか」


「信じるよ」


私が彼を信じないはずがない。すんなり言葉が出た。


握手するために右手を出した。握り返された。


ラフレシの街で私と別れたあと、彼は親を亡くし、報われず苦労した。父の浮気でできた私も、辛かったことが山ほどあった。


私の父は、継母と兄弟の私への仕打ちを見ても、知らんぷりをしていた。


この10年間、本気で信じられる人は1人もできなかった。心の奥底から伸びた枝が複雑に絡まって、心の中に出口がないダンジョンが出来上がりそうだった。


だけど、くじけないでよかった。



力は得ても、スキルに大きな秘密がある。人との壁がある。サラやアエラの元からも、一旦は距離を置いている。


再会したばかりなのに、モルトとフー君だった頃のような関係になれるとは思えなくなっている。


「それでもいつか、スキルが進化して私の「心の壁」も粉砕してくれたらいいな」


ぱりん・・・・・・


一瞬だ。ほんの一瞬だけど、モルトが歯を食いしばる姿が見えた。夜中まで錬成スキルの鍛練をする背中も見えてきた。


気のせいだろう。だけど・・


モルトも同じものが見えていた。

「フラン、おめえも何かの力を得るまで、あがきながら頑張ってきたんだな・・」


「・・・」「・・・」


何が起こったのだろうか。私、モルト、何かの力が反響してお互いの心の奥底を見せてくれだんだろうか。


握ったモルトの手が暖かい。


「いでででで!」

レベル165の私が、レベル31のモルトの手を握り潰しそうになって、2人とも我に帰った。


錬成所は8ヵ所の錬成ブースがあり、10人くらい人がいた。新顔の私が珍しいのか、こちらを見ている。


「フラン、おめえ細いのに馬鹿力だな」

「ごめん。早速、素材を出すね。この2つを錬成して欲しいんだ」


「お、お、お、おめえ、それは!」


クリスタルドラゴンの鱗と少し大ぶりのミスリルナイフを出した。


「私が用意する装備にクリスタルドラゴン鱗から抽出した「超ケラチンZ」を融合させて。今日はまず、ナイフをお願い」


錬成所にいる人間だけでなく、ギルド員も集まってきた。鱗から、ただならぬ空気が漏れたようだ。


「こんな貴重なもん、し、失敗したら」

「大丈夫。ストックなんてたくさんある。気楽に100パーセントの力を込めて」



「待て待て待て!」

うるさい一団が錬成所に入ってきた。

キングダム工房だ。


シカトした。

「モルト、やって」


知らないオッサンが、私達のブースに入ってこようとする。


「ストップ。あんたに依頼してない」


「それは貴重なバミダの素材ではないか。モルトなんぞに扱えん。10年前にアイスドラゴンで成功した私がやる」


クリスタルドラゴンの鱗から、ダンジョンの空気が漏れている。私は強気だ。


「私の物よ。その私が、あなたを要らないと言っているのよ」

「何だと?」


「バミダの素材を扱ったことがあるのなら、持ってくるのはどんな「危ない人種」か分かるわよね」

「うっ」


「そこの弟子共は、何も感じ取ることができず私とモルトを工房から追い出した低能どもよ。そんな奴らの親玉が作った製品に命なんか預けられない」


ドンッ。威嚇代わりに横にあった台を叩いたら、分厚い天板ごと割れた。全損だ、弁償せねば。


「見てもいいけど、一言も発しないでね。私の沸点は人肌より低いよ」


モルトの方を向いた。腹を決めた顔だ。


「やらせてもらうべ、フラン」

「うん。結果は気にしないで」


鱗に魔力を込めたモルトは、1枚目の鱗から「超ケラチンZ」を少し抽出した。ほんの一滴。


キングダム工房の若い奴らがほくそ笑んでいるが、工房主は顔色が変わっている。


「すまん、フラン」

「初見で抽出できること自体が、錬成師1000に1人の才能だって。セツザン冒険者ギルドのギルマスに、そう聞いてるよ」


「・・本当だべか」


「あなたを信じるって言ったよね。今日は魔力が持つまでやって」


私の言葉にモルトが目を輝かせた。


「ストックはいくらでもあるから。安心して」


剥いだ鱗を20枚、収納指輪から出した。


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