一齧りの果実

氷川奨悟

第1話 天使と悪魔

12月の冬の夜、和泉直子は、仕事から帰ってきて同棲している彼氏である棚山拓也のマンションの合鍵を開けた。

玄関には、拓也の革靴の他に、拓也の妹である明美のローファーが並んでいた。

明美はまだ、高校生。

学校で周囲と馴染めず、家にいても両親に挟まれ、将来の安定のために公務員になれ、と言われる毎日で耐えきれない、という悩みを直子に打ち明けて以降、何度も直子の家には遊びに来ている。


明美は、直子のことを

「直ちゃん。」

と呼び、直子もまた、明美のことを

「あーちゃん。」

と呼ぶ仲で、職場の女子との人間関係の仲で孤立していた直子にとって、明美は自分より10歳も歳下であるが、誰よりも近しい友人の様に感じられた。

そのため、直子は、なんだ、来ていたのか、拓也も連絡さえいれてくれれば、帰りのスーパーで今晩の鍋の材料を3人分買って来たのに。

これでは一人分足りなくなってしまう。

取り敢えず、先程買った分は、冷蔵庫に入れてまた、スーパーの買い出しに戻ろうとした最中だった。

部屋に妙な音が聞こえた。


直子は、何だろうと感じ、恐る恐る部屋に入ったが、その刹那、身体中に戦慄が走った。

拓也と明美が抱き締め合い、激しく唇を交わしていたのだ。

更に、拓也は上半身裸で、明美は、下着姿にスカート姿ではないか。

直子は、声をかけることが出来なかった。

そして、思わず、買い物袋をその場に落とした。

血が上るような感覚に至り、気がつけば、手には包丁を取り出していた。

しかし、震えた手で包丁を持ち続けられる訳はなく、包丁までもその場に落としてしまった。

その音で、明美と拓也が直子の存在に気付いた。

慌てふためく拓也とは対照的に

彼女は、直子の目を見て、ニヤリ、と笑った。

裏切られた。


直子は、明美が自分の下に現れた悪魔にしか見えなかった。

そして、直子は家を飛び出し、行く宛のない真っ暗な冬の寒空の下、途方に暮れるまで走り続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一齧りの果実 氷川奨悟 @Daichu06

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ