第3話 期待と担任

「……ん……あれ? ここは?」

「やぁ。おはよう」

「ッ!! お前ェ!!」

「目覚めたかと思えば急に胸ぐらを掴むなんてひどいなぁ。ワタシは気絶したアリスをぜぇぜぇ言いながらここまで運んで来たんだよ? それに、場所をわきまえた方がいいんじゃないかい?」

周りには私とゼロ以外にも十数名ほどの男女がいた。

こちらに視線を向ける他人の姿を確認すると徐々に冷静さを取り戻す。

「ここは……?」

「合格者の集まる部屋さ」

「合格者? ということはここが五階の?」

「そ♪ 周りにいるのは同じ合格者たちってことだね」

一般的な学校の教室と大差ない部屋。

前と後ろに黒板があり、生徒用の机と椅子。それに窓から見渡せるグランド。

自分の足で訪れた覚えがないこの部屋に、記憶を辿るアリス。

「…………私、あんたと戦って、それで……痛ッ」

「あー額は触らない方がいいよ? 赤く腫れているからね。今日中に冷やせば数日で治るさ」

「……本当に、あんたがここまで運んできてくれたの?」

「本当だよ。嘘だと思うなら他の人に聞いてみればいいさ」

教室のあちこちで談笑している人たちに顎を向けるゼロ。

それだけ自信があるということは本当なのだろう。

私を運んで教室に現れたら誰だって注目を浴びる。

「とりあえず、それについては礼を言っておくわ」

「はいよ」

「でも、あんたを許すことは絶対にない。それだけは覚えておきなさい」

「忠告ありがとう。叶うかどうかは分からないけどね。あとこれ」

ゼロがロケットペンダントを渡してきたため、乱暴に奪い返す。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。元から奪うつもりはなかったよ」

「でしょうね。あんたが持っていてもなんの価値もないでしょうから」

「そういう意味で言ったんじゃない。ワタシは初めから君に渡すつもりでここにやって来たのさ」

「……そういえば、私に会うことが目的って言っていたわね。会ってどうするつもりだったの?」

「単にアリアの娘がどんな子か気になったのさ。そのペンダントを渡そうと思ったのも唯一の憧れであるアリアから頼まれたから。本当にただそれだけだよ」

「ママが、私に……?」

ロケットペンダントの中を覗くと、子供用の白いドレスを着た幼い頃の私と、綺麗な紅いドレスを身につけたママの写真が飾られていた。

「ママ……っ」

ペンダントをギュッと握り、目尻に小さな涙を浮かべるアリス。

それを見たゼロは何を思っているのか、無機質な表情でアリアスの横顔を見つめる。

「君にとってアリアはなんだ?」

「なにって、そんなの大切な家族に決まっているじゃない! あなたにだっているはずでしょ?」

「生憎とワタシは生まれたときから一人だ。今こうして生きているのも全部自分のおかげ。家族という概念すら知らないのさ」

「また嘘をつくき? じゃあ聞くけど、あなたはどうやって生まれたのよ?」

「さぁ。それすらも分からない。気づけば一人でいたのさ。この国ではない薄暗い洞窟の中でね」

「……信じられない」

「別に信じたくなければそれでいいさ。ワタシが知りたいのはアリスから見たアリアの存在だからね」

「答えはさっき言った通りよ」

「大切な家族だっけ? そりゃあ血が繋がっているからそう思うのが普通なんだろうね」

「……何が言いたいの?」

「例えば、見た目も性格も全く同じのアリアがもう一人いたとする。君はそのアリアも大切な家族だと思えるかい?」

「そんなの血が繋がっていない他人なんだから思えるはずないでしょ」

「じゃあ質問を変えよう。そのアリアに育てられて今のアリスがいたとしても同じことを言える?」

「ちょっとなんでそうなるのよ! 仮にそうだったら大切な家族だって思うわよ。育ててくれたんだから」

「でもさっき血が繋がっていないから大切な家族だと思えないって言ったじゃないか」

「それはそれ! これ以上屁理屈を言わないで!」

「そんなつもりはないんだけどね。でもまぁアリスの回答を聞いた限りだと、大切な家族という概念は状況次第でコロコロ変わるということだね?」

「ちょっと! それだと私が打算的な女に聞こえるじゃない!」

「違うのかい?」

「全ッ然違う! ともかく私は大切だと思う人は大切にする主義なの! いい!? 分かった!?」

「は、はい……!」

ずいっと顔を近づけ威嚇するように念を押してくるアリスにゼロは思わず顔を引きつる。

(家族ねぇ。結局よく分からないな)

血が繋がっていようが繋がっていなかろうが、アリスは大切な人なら大切にするといった。

なら、血が繋がっていることが必ずしも条件に当てはまるわけではないということ。

それについてはゼロも同じ意見。

血が繋がっているかどうかなど些細な問題。

本来、血というのは体に流れているだけで見えるものでない。

傷を負って流す血の色はみんな同じ。

(……いや、ワタシは例外か)

現状、大切な家族というのは気持ち次第で変わるという結論に至り自己解決するゼロだった。

「おいお前」

アリスの前に図々しく割り込んできたのはいかにも性格が悪そうな顔つきをした体格がお大きな男子。

ズボンのポケットには両方の手が入れられ、くちゃくちゃと汚い音を鳴らしながら見下ろす彼の姿は絵に描いたような不良少年のよう。

「……私に何か用?」

「お前、あの伝説の勇者アリア・マーガレットの娘とかか?」

その名を口にしたとき、教室内にいた全員の視線がこちらに向けられる。

「だったら何?」

「へっ、マジかよ。座席表の名簿を見たとき名前が妙にそっくりの奴がいたから聞いてみりゃあ……まさか本物だったとはな」

黒板の前には座席を記した名簿が一枚貼られており、この男はそれを見て確認してきたようだ。

そしてアリスは今更ながら自分の席がゼロの隣であることに気づいた。

「部屋で待たされるのも退屈だろう。せっかくだから俺様と勝負しねぇか?」

「初対面にしては随分なご挨拶ね。でもお断りしておくわ」

「なんだ、この俺様にビビってんのか?」

「誤解しないで。あなたと戦うメリットが感じられないだけよ。それに名を名乗らずに相手に一方的な頼み事を要求してくる非常識な人間の言うことなど聞く必要がない」

名簿には彼の名前が記載されているのだろうが、座席の位置が分からないため不明だ。

「ハッ。言うねぇ。だがお前も誤解するな。俺様は自分より強いと思った人にしか自ら名前を名乗らねぇようにしているのさ。雑魚に名乗るほど俺様の名前は安くないからな」

「つまり、戦って私の実力を確かめたいというわけね?」

「そうだ。もしお前が俺より強いと思わせられたら名乗ってやる」

「さっきも言ったけど非常識のあなたの要求に従うメリットはないし、聞く必要がないと思っているから。悪いけど諦めるのね」

「……チッ。伝説の勇者の娘だからって調子に乗りやがってッ!」

男はアリスが手にしていたロケットペンダントを強引に盗み取る。

「ちょっと何すんのよ!? 返しなさいッ!!」

「これなら戦うメリットはあるし聞く必要になっただろう?」

「……このっ! それはママが大切にしていた大事なものなの! お願いだから今すぐ返してッ!」

「じゃあ俺様と勝負しろ。勝ったらこれを返してやるよ」

「この下衆が!」

「返してあげなよ。アリスが困っているじゃないか」

「……ああん? 誰だオメェ」

「悪いけど自分の口からは言わないよ。雑魚に名乗るほどワタシの名前は安くないからね」

ウィンクを決めるゼロの顔は明らかに挑発していた。

「テ、テメェ……っ! この俺様をナメてやがんのか?」

「ワタシはただ君と同じことを言っただけさ」

「ハッ! オメェみてぇな雑魚そうな女が俺様より強いわけねぇだろ! 寝言は寝ていいやがれボケがッ!!」

「言っておくけど、ワタシ結構強いよ?」

「どうやら虚勢を張るだけに関しては一人前のようだな。そんなにケガしてぇならまずお前からぶっ飛ばしてやろうか?」

顔に青筋を浮かべ、ゴキゴキと指の音を鳴らし始める男性は既に戦闘モードへと突入していた。

「やるのはいいんだけどさ。その前にそのペンダントをアリスに返してやってくれない?」

「雑魚がッ!! 俺様に命令すんじゃねぇッ!!」

「ゼロ!!」

男性の拳がゼロの顔面を襲う。

「!?」

しかしゼロは座っている位置から一歩も動かずに、人差し指一本のみで拳を受け止めた。

「なッ!? あ、ありえねぇ……っ!」

何か能力を使っているんじゃないか。そう思わせるほど男性の拳はいくら力を踏み込んでもゼロの人差し指を突破するどころか、動かすこともできない。

一方でゼロは涼しい顔をして余裕な表情。

「大口叩くから期待していたのに。君の名前の価値はこの程度なの?」

「んだと……!? 調子に乗るんじゃねェ!!」

放った拳を一度引く。

すると今度は頭を狙った回し蹴りを放ってきた。

「遅いね♪」

「なにぃ!?」

またもや指一本で止められる。しかも今度は小指。

「君、小指一本で止められているけど本当に大丈夫?」

「ありえねぇ! 一体なんの能力を使った!?」

「能力? そんなの最初から使ってないよ」

「お前、バケモンか!?」

「バケモン……まぁあながち間違いではないかもね」

ゼロは小指で抑えていた男の足首を掴み出す。

「ワタシさ、前々から人間の骨について疑問だったんだよね。だって人間の骨ってさ……」

ガシッと強く握られた男性の足は振り解くことができない。

「麩菓子のようにスカスカなんだもん♪」

「や、やめろぉぉおおおおおおおおお!!」

ボキボキと、鳥肌が立ってしまう痛々しい轟音が部屋中に響き渡る。

「ギィイイャァァアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」

悶絶に耐えきれなくなった男性は奇声をあげ、白目を向いて泡を吹き、失禁。

痙攣しながら仰向けで倒れている様を見て、教室内でその光景を目にしたものは全員顔を真っ青に染めあげる。


ただ1名を除いて。


「恨まないでよ。君から喧嘩を売ってきたことだ」

もはや死体も同然の男性に女の子らしい可愛いウィンクを決める。

ゼロは男性の手からペンダントを回収。

そしてそれをアリスに渡した。

「はい、どうぞ♪」

「あ、ありがとう……」

乱暴に奪われたから壊れている部分がないか確かめるアリス。

幸いなことにヒビひとついておらず、元のままであることに一安心する。

すると今度は前方の教室から白衣を身につけた背の高い大人の男性が入室してきた。

「なんだなんだ? さっきこの教室から叫び声が聞こえてきたけどもしかしてアレか? 女子のスカートの中を盗撮していたらそれがバレて『この変態!』とか言われてアッパー喰らってしまった的なアレか?」

やる気なさそうに、そしてダルそうなトーンで事の経緯を予想して饒舌に語り始める大人の男性。

教室内で仰向けで気絶している男性を発見するなり、気まずそうに頭の後ろをボリボリと掻き始める。

「おいおいマジかよ。さっきのはテキトーに口にしただけなんだが……マジなやつ?」

「「「違います」」」

教室内の数人に冷静にツッコミをされる。

(なんなの? この人……)

死んだ魚のような目。ぼさぼさの髪。じょりじょりのヒゲ。シワだらけの白衣やズボンにボロボロなサンダル。

清潔感の欠片もないこの男のみんなの第一印象の共通点は不潔! 

「まぁいいや。とりあえずその気絶くんは医療班に運んでもらうので、みんなは早く自分の席に着いてくださ〜い」

言われた通り各々自分の席に座り始める。

ゼロの一件に意識が集中していたから気付かなかったが、気絶した男を含む全席の生徒が埋まっていた。

数は全部で33人。

性別はもちろん男女混合。全員がアリスやゼロと同じく若々しい見た目をしている。中には小学生低学年のような子供までもいた。

でもここは勇者育成機関。

実力が伴っていれば年齢問わず合格にされていても不思議じゃない。

(忘れるところだった。ここに集まっているものは全員試験管に認められた強者揃いなんだ……っ!)

アリスが気を引き締め直している間に不潔の男はスマホを取り出し、医療班と思われる相手に部屋の場所を伝え、気絶している生徒を運ぶよう連絡する。

医療班は数分で現れ、担架に男を乗せそのまま教室を後にした。

慣れた手つきでテキパキとした行動にさすがは医療班だと改めて実感させられる。

「えーとりあえず初めましてからだな。俺の名前は『傾木時透』。お前らのクラス担任を任されることになった。正直に言って担任っていう柄じゃないし、めんどい気持ちでお腹いっぱいだがこれも仕事なんでね。文句ならくじ引きで俺にアタリを引かせた神様に言ってくださいね? 俺は何も悪くねぇから。悪いのは運を司る神様のせいだから。100%俺のせいじゃないから」

担任の座に就任することになったのは自分から望んだものではない。仕事だから仕方なくやっている。

そうハッキリ告げる傾木という男の印象はさらに悪くなる。

「まぁともかく合格おめでとう。試験を合格したお前たちは少なくとも勇者になれる素質を持っている」

アリスはひとり、太ももの上で握り拳を震わせる。

「だが勘違いしないように。お前たちの実力は下の下。あのゲゲゲの鬼太郎も驚くほど下下下の下だ」

クスッと笑い出すものが何名かいるが、何を言っているのかさっぱり分からないものは無反応。アリスとゼロは後者だった。

「あーでも、そんなに卑屈になる必要はなねぇからな。ここにいれば嫌でもそれなりの実力は身に付くシステムが備わっている。詳しいことはめんどーなんで省かせていただきまーす」

傾きは周りに聞こえない声量で『はぁ説明だりぃ。こんなことならプリント配布して終わりにするべきだった』と呟く。

「えーじゃあ次に、この機関についてだが」

「先生!」

「あ?」

ビシッと手を上げたのはアリス。

「なんだ? トイレなら廊下に出て突き当たりを右に曲がったところにあるぞ」

「そんなことを聞きたいんじゃありません! 担任の先生ならもっと真面目にやってくれませんか!?」

「先生はこれでも真面目だぞ? むしろ頑張っているほうだ。本当なら今晩のおかずを何にするか探っているところだっていうのに」

「今晩のおかず? もう夕食のこと考えているんですか。呆れますね」

(こいつ純粋だな)

「なおさらいただけません。私たちは勇者になりたくてここに入学したんです。教育側の、しかも担任がそのような体たらくではこの先不安が積もる未来しか見えません」

「だから言ったろ? 担任っていう柄じゃないんだって。これから説明することだって長いし堅苦しいしうんさりしてんの。これは例えるならアレだな。校長先生のつまらない話を永遠と聞かされているみたいな? 自分がされて嫌なことはしたくない主義なの俺は。お前も嫌だろ?」

「私が言いたいのは内容云々の話じゃありません。世の中にはそれ相応のモラルがあるということです」

「んじゃあつまり何か? もっと明るく元気にハキハキと喋ればいいってか?」

「そんな極端なことを言っているんじゃないです! 私たちも真面目にここに来ているんですから、先生もそれなりの誠意を見せて欲しいと言っているんです」

「そんなに俺が不満ならひとつだけ解消する方法がある」

「なんですか、それは……」

「辞退しろ。今すぐに」

「なっ!」

「そんなに俺のことが気にくわねぇなら合格を取り下げ辞退すればいい。試験を合格したお前なら来年も受かるだろ? そうすれば来年は俺以外の誰かが担任になることは確実だ」

「そんなことするわけないじゃないですか!」

担任が嫌だから来年に期待して辞退するなんて性に合わない。

ましてやアリスの場合、来年受けて合格する確証がないから余計にだ。

「なら諦めろ。腹をくくれ。お前が辞めない限り卒業するまでの間は俺が担任だ」

「っ」

「もちろん俺も態度を改めようとは一切思わねぇ。なぜならこれが俺だからだ。分かったらとっとと座れ」

性格を捻じ曲げてでも真面目に接しろとまでは言わない。言うつもりもない。

アリスはただ、ほんの少しでいいから自分たちと向き合ってくれる姿勢を見せて欲しかっただけなのだ。

自分が単に真面目過ぎるだけなのだろうか。周りはどんな風に思っているのだろうか。

アリアはなんでこんな人を採用したのだろうか。

分からない。

「アリス」

隣の席であるゼロから声を掛けられる。

「少し熱くなりすぎだ。ここは大目に見てやったら?」

「……そうね」

冷静さを取り戻すと思考が緩かになる感覚を覚え、客観的に物事を考えられるようになる。

(なにやっているんだろ私……印象最悪じゃない)

自分でも思った。先ほどの熱烈は、多分この勇者育成機関に大きく期待し過ぎたことによる裏返しなのだと。

ママを超える勇者としての第一歩に期待を馳せ、その高揚感が抑えらずどんどん膨らむ。

勝手にキラキラとしたイメージを思い込み、勝手に自分の想像した大人を思い浮かべていた。

高く積み上がったその理想は、この傾木の登場によって全て崩された。

傾木にも悪いところはあると思う。だがそれ以前に自分の期待値が大き過ぎるというのがそもそもの原因。

鼻から期待値を低くしていれば先ほどのように口論することはなかったはず。

今更そんな後悔をしても遅いのは分かっているが、それでも消化不良は続く。

変わらず傾木先生のやる気なさそうな説明は、ぼんやりとしか耳に入ってこなかった。



     ★



「はぁ〜マジだりぃ〜よ〜。もう疲れたよぉ〜。なんなんだよあの女はよぉ〜マジこえ〜よ」

弱気な姿勢で疲労困憊の顔を浮かべる傾木。

廊下を歩きながら教官室へ向かう足取りは重い。

教官室に着き、扉を開く。

すぐさま自分の仕事席へ向かい、椅子にどかっと全体重を乗せて座り込む。

「お疲れ傾木。随分と疲れた顔をしているねぇ」

傾木の前に現れたのは高齢のおばさん。

––––––一柱京子。

ほうれい線とシワのある顔でありながらも若々しさを感じさせるキリッとした目つき。

髪はお団子に仕上げ、そこにかんざしが刺さっている。

「なんだばあさんか。悪いな。今は疲れて美少女しか脳が受け付けてないんだわ」

「そうかい。ならこの差し入れはアタシが頂くとするかね」

この場を去って行こうとするばあさんの片手にはバニラアイスと冷たい缶コーヒーが。

「ばあさん、よく見たらスゲー美人だな」

「気持ち悪いこと言うんじゃないよ。ほら、受け取りな」

「おっと」

ほいっと浮かせるようにして渡す。

その後、一柱は引き返してくるように戻ってきた。

それならわざわざ投げる必要はなかったんじゃないの?という疑問を持つ傾木だったが、好物を頂いた立場上言わないことにした。

「サンキューなばあさん。ありがたく頂くぜ」

「はいよ」

缶コーヒーのプルタブを開き、アイスの蓋も開ける。

それぞれ一口を食したタイミングで一柱は口を開いた。

「どうだった? 記念すべき初担任の感想は?」

「今すぐ辞任してーよ。なんであんな人前でべらべら喋んなくちゃなんねーんだ」

「あんたが人前に出るタイプじゃないのは知っているが、初日でこれじゃあ先が思いやられるねぇ」

「同情するなら代わってくれ。ばあさんの方がよっぽど担任として向いていると思う」

「アタシが担任に就いたら人が育たなくなるから無理だよ。一体どれだけの退学者を出したと思っているんだい」

「ばあさんがスパルタ過ぎんだよ。もっと気軽にやれば丁度いいくらいになるんじゃねぇの?」

「気軽にやっていたつもりなんだがね」

「あのな? ばあさん。初心者にプロのトレーニングメニューをやらせたらそりゃあ脱略者続出するだろ」

「アタシにとってはそれが普通なんだよ。初心者のときからそうしてきた。むしろそれに付いて来れないようじゃ勇者の素質はないと思うねぇ」

「それはばあさんだから出来たことだろ? 全員がばあさんのように上手くいくとは限らねえ。むしろレアだ」

「フッ。時透」

「なんだよ」

「お前の方がアタシよりずっと担任に向いているよ。自信持ちな」

「ばあさん……」

温かい目つきでそう告げる一柱。

普段滅多に人を褒めることのないその言葉を聞いて、アイスをすくっていた手が思わず止まる。

「え、気持ち悪い……。死ぬの?」

「んな!?」

顔を青ざめ、引いてしまう傾木。

それを見た一柱は右手の拳プルプルと振るわせていた。

「こぉぉぉんの時透ォォォォッッ!! 歯をくしばれぇぇええええええ!! アタシが一発喝を入れてやるッ!!」

「俺が死ぬのォォオオオオオオオオ!?」

教官室は今日も二人で賑わう。

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