第2話 殺人者と復讐者


––––––西暦2050年。東京、秋葉原。

雲ひとつない快晴。

温かいそよ風に吹かれ、ヒラヒラときらやかに散っていく桜の花びらは街を鮮やかなピンク色へと染めてくれる。

そんな春に花びらに歓迎されるかのように一人の銀髪ロングの女性は、ある機関に向かって歩む。

目的地へ到着し足を止める。

「ここが、勇者育成専機関……」

まるで貴族が住んでいるかのような居城のそれは、顔を見上げても視界に収まらない大規模だった。

「試験を受ける方はこちらでお並びくださーい!」

勇者育成機関の正門の前で拡張機を持って呼びかけをしている人を発見。

見た感じ受付の人だろう。首元からはネームプレートがぶら下がっている。

とりあえず足を運んでみることに。

「あの、すみません」

「はい?」

「私、勇者育成専門機関の入学試験を受けにきたものなのですけど、受付はここで合っていますか?」

「はい、合っていますよ。それではお名前と能力を教えてください」

「能力もですか?」

「はい。正当な試験にするため受験者には毎年開示させてもらっているんです。去年、能力を虚偽報告したことで試験管に致命傷を負わせたものがいてね。その対策の一環です。もちろん虚偽の報告をしたら即失格になりますので気をつけてください?」

「はい。名前はアリス・マーガレット。能力は『氷結』。氷を自由自在に扱うことができます」

「分かりました。そのように登録しておきます。では、こちらの列に並んでお待ちください」

受付人がタブレットで入力を済ませると、列の最後尾に並ぶよう誘導される。

すでにアリスの前には15人ほど並んでいて、試験はすでに行われているようだった。

「次、前から10人中へ入ってください」

正門を抜けたさらにその中の入り口付近。

そこに受付人と思われる人がさらに一人立っていて、先着順に中へ進むよう指示していた。

耳に付けている無線機で何か話しているが、校舎内の試験管と連絡を取り合っているだろう。

中で行われている試験の頃合いを見て、入室の指示をしているに違いない。

さらに私の前に並んでいた10名が校舎内の中へ進んでいく。

10人単位での試験なのだろうか。

当然だが、試験の内容の詳細は不明。

開示されている内容は、当日この勇者育成専機関の正門前で受付を済ませることだけ。

試験に合格すれば本校の生徒として入学が認められ、不合格ならば当然入学は認められない。そのときはまた来年の機会となる。

(ママが創立のこの学校……一体どんな試験なんだろう?)

「やぁ。ちょっと尋ねてもいいかな?」

「え?」

背後から声が聞こえたので反射的に振り向く。

しかしその声は私に向けたものではなく、先ほどの受付人に対してだった。

「アリア・マーガレットの創立させた建物というのはここかい?」

「はい、そうですが。もしかして試験をご希望の方ですか?」

「試験? へぇ、そんなものが用意されているんだ。ま、別に入学までは望んでいない。ただ中がどんなものか気になって来てみたんだ」

「申し訳ございません。中は試験の合格者のみ入室できる仕様になっておりますので、見学のみという方はご遠慮願います」

「そうなんだ。じゃあその試験とやらに合格すれば中へ入れるってことだね?」

「左様でございます。ですが、あまり記念受験感覚で受けるのはよしといた方がいいかと」

「どうして?」

「この試験は合格率18%と超難関。過去に記念受験や甘い気持ちで受験を志したものがいますが、決まって全員落とされています。試験の内容を開示することはできませんが、場合によっては大怪我をすることもある過酷な試験です。あなたのような若者を何百人と見てきたから分かります。試験を受けるのはやめておいた方がいいです」

「でもそれって結局は確率論においての話でしょ? ワタシはそれに当てはまらないかもしれない」

「ですから! さっきも仰ったように、あなたのように軽い気持ちで受験したものは––––––」

「その人たちが単に弱かっただけ。違う?」

「っ! そ、それは……」

「大丈夫。ワタシ結構強いから」

「……怪我しても運営側は責任取りませんよ?」

「はーい」

「……じゃあ、名前と能力を教えてください」

「なんで?」

「学校側のルールで受験者の登録をしないと受けられないようになっているんですよ。あと虚偽の報告をしたら即失格になりますので気をつけてくださいね」

「ふーん。ま、いっか。名前はゼロ。能力は『黒炎』だよ」

「ゼロさんね。……はい、確かに登録が済みました。そちらの列に並んでお待ちください」

「はーい」

ゼロという黒髪ショートで若い女の子が私の後ろに並ぶ。

終始見ていたが、ずっと余裕そうな顔で一ミリも緊張感を感じられなかった。

それだけ自分の力に自信があるのか。それとも楽観視し過ぎて甘く見ているのか。

他人を気にしている余裕は私にはないが、それもこの試験の結果を見れば分かること。

だがどうしても気になる点もある。


それはこの『勇者育成機関』を知らない風だったこと。


創立から15年。

この機関は各メディアやSNSで取り上げられ、世界的有名な建物と認識されている。

それを知らないというのは日本に住んでいて富士山を知らないようなものだ。

演技を行っている感じでもない。そもそもそれはなんのメリットも感じられないし、する必要もない。

挙げ句の果てには結構強いからと自信満々な様子も見せていた。

全てが謎に包まれた少女を、ちょっとだけ不気味に感じてしまう。

(まぁ、私には関係ないか。それより自分の心配をしなきゃ!)

それから15分後。

正門前の受付人が無線で話し出す動作を見せたあと。

「それでは前から10人、中へ入ってください」

(来た! 遂に私の番が……!)

(さて、どれほどのものか……楽しませてもらうよ♪)



     ★



校舎の正門を通り抜けると、1〜10の数字が記された扉が10個あった。

左から順に1、2、3、4と数字の順番に最大10の番号まで並んでいる。

「では前から順に1番、2番の扉へと並んでください」

受付人に言われた通り、前から順に数字の配列に従って扉の前に並ぶ。

アリスは6番目だったので6番の扉の前に立つ。ゼロは7番。

全員が扉の前に並んだあと、受付人は説明を始めた。

「今から行われる試験は、受験者と試験管による1対1の戦いになります」

ここで初めて試験の内容を聞かされた受験者全員が、食い気味に興味を示す。

「合格の条件は至ってシンプル。試験管と戦い、合格と言われたものが合格となる」

「……は? ちょっとどういう意味だよ? 別に試験管を倒さないといけねぇわけではないってことか?」

他の受験生の男が理解に苦しんでいるかのような表情で質問。

「その通り。形式は試験管との一騎打ちだが、何も倒すことが合格の絶対条件ではない。あくまでも試験管に合格と言われること。それが合格条件です」

「それってつまり、自分の実力を認めさせればいいってことか?」

「そうなります」

「へっ! なーんだ。小難しいこと言うから分からなかったが、要は試験管を倒せば同じことじゃねぇか」

(いや、違う。確かに試験管を倒せばそれが実力の証明となり認められるはず。でも話はそう単純じゃない。それができないからこそ、別の何かで認めさせる必要があるということ)

例えばポテンシャル。

試験管に完敗しても、将来性を認められれば合格と言われる可能性は十分にある。

「ちなみにこの試験では能力を使うことが絶対条件ですので、是非能力を駆使して試験管の方々に猛威にアピールしてくださいね」

(やはり、それだけ試験管は強者揃いということね……っ)

どんな能力で来ようが全て対処できるほどの腕前が待ち構えているということ。

「制限時間は開始から10分。制限時間内に合格と認められなかったものは不合格となり、すぐさまこの会場から退出してもらいます。逆に合格者の方は晴れて勇者育成機関の生徒として歓迎いたしますので、指示があるまでその場で残るようお願いします」

(10分……意外と短いわね。最初から全力で掛かるぐらいで丁度いいってことね)

「説明は以上になります。何か質問のある方はいらっしゃいますか?」

各々何か質問がないか考える素振りを見せる。

すると、7番目の扉の前に立っているゼロが手を上げた。

「どうぞ」

「合格の条件が試験管に認められることって言ったけどさ、その試験管の見る目は確かなんだろうね」

「といいますと?」

「例えば他人への評価っていうのはそのときの気分や相手への印象で大きく変わったりするだろ? 試験管が苛立っていたり、受験者そのものが気に食わないというだけで合格の口を出さないか心配なんだけど」

実力が十分に認められる値だとしても、試験管が気に食わないからという感情論で片付けられないのか心配しているようだ。

「その点は問題ないです。試験の部屋には複数の監視カメラが設置してあるため、意義の申し出があった場合は試験管とは別の運営側にその判断が正しいものか精査してもらう救済処置も用意してありますから。もし君が自信を持って判定に納得がいかないのであれば意義を申し出するといいよ」

つまり試験管が不合格と判断しても、運営側が合格といえば合格になるということ。

合否の判断権は申し出がない限り基本試験管に委ねられていることから、思い込みや感情だけで合否を判断することはないと思っていいだろう。

一人一人、平等に正しいジャッジを下す。

それが試験管としてモラルであるということは、年に一回しかないこの試験の重要さを職員一同重々警告しているはずだ。

過去に不合格が納得できないものがいたからこそ、このような措置を取っている。

ひとまず合否の判断に関しては心配する必要はなさそうだ。

「分かった。ありがとね♪」

ニコッと笑顔でお礼を告げるゼロ。

いざ試験を前にしても全く緊張の様子が見られない。

「他に質問のある方はいますか? いないならこのまま試験に移りたいと思います」

(自分の不合格に納得がいかなければ申し出が許されるこの救済システム……多分申し出をしても合否の結果が変わることはまずないと思った方がいいわね。それは裏を返せば認められるような素質を持っていないということになる。制限時間は10分。出し惜しみにメリットはない。この試験は最初から全力で望むことを前提としているはずだから、認められなければその程度の実力っていう話なだけ)

「質問がないようなので、このまま試験に移りたいと思います。––––––ではみなさま、扉を開いて中へとお入りください」

受付人が端へと移動する。

全員指示の通り一斉にドアノブを握り、開いて中へと進んで行った。



     ★



部屋の中はコンクリートの壁で覆われ、天井からライトが照らされているだけの質素な空間だった。

気持ち程度に時計も一つ飾られている。

周りがコンクリートというだけあって、温度が一回り下がったような気がする。

飾られているのがあるとすれば天井の角4つの監視カメラのみ。

この監視カメラこそ申し出があった際に参考となる映像として使われるのだろう。

当然申し出をすることなどなく試験管から合格と言わせることだけしか鼻から考えていないが。

「初めまして。試験管のアレックスだ」

正面奥に仁王立ちで腕を組みながら渋い声を上げるドレッドヘアの男の姿が。

(な、なんなのあの体は……!?)

一言で例えるならそればボディビルダー。

全身綺麗にこんがりと焼けた焦茶色の肌。シックスパック。血管が浮かび上がるほどに盛り上がっている四肢の筋肉。

これだけで十分インパクトの強い印象だが、さらに印象を強くしている要因としてその服装にある。

「ていうか、なんでTバックにサングラスなんですか!?」

あまりの露出度に直視できず、目をギュッと瞑ったままそっぽを向いてしまうアリス。

サングラスはいいとしても、Tバックは年頃の女の子には刺激が強すぎた。

股間部分は大きくもっこりしており、ちょっとでも動いたら丸出しになる危険性が。

明らかに戦闘向きな姿ではない。

「フッ。そんなに恥ずかしがる必要はないぞ、お嬢ちゃん。俺は常に肉体の美を追求しており、それを披露することが俺の趣味なんでね。さぁ、俺の体を舐め回すようにじっくり拝むといい! ほれほれ!」

両手を頭の後ろに当てセクシーポーズを取りながら、股間部分を前後に振り出すアレックス。

「きゃああああああああ変態ーーーーッッ!! チェンジ! チェンジ!! もう嫌だ! 試験管を変えてくださーーーーい!!」

監視カメラに向かって叫ぶアリスは顔がトマトのように真っ赤で、変態と密室部屋にいる空間に耐えられない様子。

「残念だが、試験管を変えることはルール上許されていない」

「うそでしょ!?」

「本当さ。嘘ついてどうする。正真正銘、君の相手はこの俺だ!」

まるで決め台詞を決めるかのようにボディビルダーでよく見かける、片足をあげて片腕の筋肉を見せつけるポーズ取る。

「さぁ、もう潔く覚悟を決めてこの俺と戦うんだ。試験時間も限られているし、この後の受験者も控えているんでね」

「……じゃあ、せめて服を着てもらっていいですか?」

「断る」

「なんでですか! その格好だと目のやり場に困って戦いづらいんですよ!」

「じゃあ聞くがお嬢ちゃん。君は敵を前にしても同じことを言うのかい?」

「え……?」

「仮に俺がお嬢ちゃんの敵だったとしたらそんなことを気にしている暇はないはずだ。敵はそんな隙だらけのお嬢ちゃんを一撃で仕留めるかもしれない」

「そ、それは……っ」

「格好なんてのは戦いにおいては些細な問題さ。大事なのは戦いに掛ける信念。お嬢ちゃんはなんでこの試験を受けにきた?」

「ママを超える伝説の勇者になるため!」

「伝説の勇者? ママ? ……お嬢ちゃん、名前は?」

「アリス・マーガレットです」

「マーガレットだと!? しかも名前も似て……! まさか、伝説の勇者……アリア・マーガレットの娘さんか!?」

「は、はい!」

「……これはこれは。俺はなんてラッキーボーイなんだ。まさか伝説の勇者の娘さんと戦えるなんて!」

(っ! さっきと雰囲気が変わった!)

「正直な話、俺は退屈していたんだ。今年の受験者は骨がない連中ばかりでな。まぁ他の試験管に持ってかれて運が悪かっただけかもしれんが」

ここまで筋肉を見せつけるポーズしかしてこなかったアレックスが、大きく飛躍してアリスの前に着地する。

約50センチ以上の身長差により、上から見下ろされる形にアリスは思わず固唾を飲む。

(で、でかい! 遠くからでも予想はしていたけど、近くで見ると想像以上にでかい!)

人間とは思えないモリモリの筋肉。

アレックスが前に立つだけで自分の姿は完全に隠れるほどの体格差。

片手で握り潰されるんじゃないかという迫力を感じつつも、アリスは拳をプルプルと震わせ、逃げない。

「体が震えているぜ? 大丈夫か、お嬢ちゃん」

「武者震いのよ……! 退屈にはさせないと思うわ」

「ほぉ? それは楽しみだ」

腕時計に目を向ける。

少し話し込んでしまい貴重な時間を無駄にしてしまったアレックスは、さっさと掛かってくるよう指で挑発し始めた。

「はああああああああああ!!」

軽い挑発に素直に乗っかる形でアリスは軸足を前に出し、そのまま握り拳を腹部に放つ。

アレックスは一切抵抗を見せることなく、アリスの拳を真正面から受け止めた。

ズーンと鈍い音が部屋中に響き渡る。

「ッ!」

「ククッ。女の子らしい可愛いパンチだな」

(そんな! びくともしないなんて……! しかもなんて硬さなの!?)

まるで皮膚の下にダイヤモンドが埋め込まれているんじゃないかと感じるほどに、アレックスの体は硬かった。

殴ったこちらの拳が悲鳴をあげるはめに。

「俺の体は一般の成人男性が助走をつけて殴ってもびくともすることのない鋼の肉体だ。お嬢ちゃんのような可弱いパンチなら尚更通じないぜ?」

「それはどうかしらね!」

「!」

アレックスの前から一瞬にして姿を消すアリス。

「どこに消えた?」

左右前後をキョロキョロと探し始めるが、どこにもアリスの姿は見当たらない。

「上よ!」

「なに!?」

気づいたときにはすでに遅い。

アレックスが見上げたときには既にアリスの踵おとしのモーションに入っていた。

アリスの踵おとしは見事アレックスの頭頂部に直撃。

アレックスが怯み、倒れる。

「いくら全身を鍛え上げても、急所と臓器は鍛えることができない」

自身の肉体に見惚れるあまり、そのような弱点があることに気づかなかったのだろう。

その証拠にアレックスは倒れてから動く気配がない。

「イッタぁ〜〜! 頭も頭で結構硬いわね……っ」

硬いものに衝撃が加われば、その分だけ痛みが反動で帰ってくるのは自然の摂理。

アリスはじーんと痛むかかとを何度もさすりながら痛みを和らげようとする。

「素晴らしい一撃だった」

「っ!」

「確かに急所や臓器は鍛え上げることはできない。だからそこを突こうとしたのはナイス判断だ」

むくりと何事もなかったかのように立ち上がるアレックスには笑顔が浮かんでいる。

「う、うそでしょ……? 結構全力でやったのよ? なんでそんなにピンピンしているのよ……?」

「単純な話さ。君の攻撃力が俺の防御力より下回っていた。ただそれだけのこと」

「……予想はしていたけど、試験管はやっぱり強者揃いなのね」

「そりゃあそうさ。試験管が雑魚だったら試験にならないだろ? それに受験者レベルで俺たち試験管を倒すことなんざ無理な話だぜ?」

「なんですって!?」

「俺たち試験管はこの勇者育成機関の中でもトップ10の座を争う猛者で選抜されている。熟練の生徒であればまだしも、お嬢ちゃんたちのような受験者レベルでは勝てない仕組みになっているのさ」

言わばこの試験は『素人』対『プロ』だということ。

素人が真正面から戦っても勝つ見込みは0に等しいことは明らかだ。

「だからこの試験は合格を言わせることを前提にしているというわけね」

「その通り。倒すことが不可能なら、俺たち試験管にポテンシャルを見せつける。それがこの試験の核なのだ」

経験豊富な試験管たちならその目が養っているということ。

(……確かにこれだけ強いと、数々の修羅場を潜ってきたのがなんとなく分かる!)

「さぁ残り時間5分を切ったぞ! もっと全力で掛かってこいお嬢ちゃん!」

(最初から全力でやってたったつうの!)

だがそれも体術に限った話。

体術が通用しないことは分かった。

なら気術はどうか。

「【氷の剣(アイスソード)】」

アリスの右手に氷で出来た剣が出現。

「可愛い見た目して中々物騒な物を出してきたな」

「試験管相手ならこれぐらいはね」

アリスが軸足を出し、姿勢を低くして剣を構える。

そして助走を生かして一気に加速。

瞬く間にアレックスとの間合いに詰め寄ったアリスは、アレックスの上半身を狙った剣を振り下ろす。

だがアレックスは一歩も動かない。

片手だけを伸ばし、そのまま剣を掴んで防いでしまう。

「はぁ!?」

「……まさかこれが本気だなんて言わないよな?」

パキッと握力だけで剣を粉々にする。

見た目通りの馬鹿力。

「俺を殺すつもりで来いッ!」

「くッ! 【氷の礫(アイスストーン)】」

手のひらから氷で出来た無数の礫をアレックスに向けて放つ。

流石に顔で受けるわけにはいかないアレックスは反射的に両手を使い、顔をガード。

礫の攻撃が収まり、ガードを解く。

目の前にいたアリスの姿が……ない。

「また上か!?」

さっきの意表を突かれた攻撃の印象が強かったのか、反射的に上を見上げてしまう。

しかしそれが、アレックスの命運を分ける判断となる。

「残念。下よ」

「なにっ!?」

アレックスの背後で姿勢を低くしながら応えたのはアリス。

「【氷の地面(アイスグランド)】」

アレックスの足元の地面が氷化する。同時にアレックスの足の裏も凍りづいてしまい、セメントで固まったように動けなくなってしまう。

「うぉ! つめてェ!!」

「これからもっと冷たくなるわよ。【氷結】」

アレックスの背中に手を押し当てる。

すると触れた部分を中心に、みるみる内に氷の膜が全身へと広がっていく。

「まさか、この俺を氷漬けにする気か?」

「ええ、そうよ。氷漬けになればいくらあなたでも指一本動かせなくなる。そうなれば試験の続行は不可能と判断され、私の合格は合理的なものとなる。違いますか?」

「確かに試験管が動けなければ試験にならないからな。なるほど、それを狙ったというわけか」

氷の膜はこうしているうちにも侵食している。

残り数十秒でアレックスは完全に氷漬けとなることは間違いない。

「奇抜な格好が仇になりましたね。肌に直接氷がまとわりついているから体温の下がり具合はより一層激しくなり、最悪凍死します。合格の口をするなら今のうちですよ?」

「ああ、ハッキリ言ってメッチャつめてぇ……。普段鍛えている俺がこんなに冷たいと感じたのは久しぶりだ。ここまでくると、かえって気持ちいとさせ感じる」

「……このまま氷漬けにされてもいいってことですね?」

「そうだな。サウナの冷たいバージョンだと思えばそれも悪くない」

「……そうですか」

アレックスは一切の抵抗を見せることなく、むしろ楽しんでいるかのようにスマイルを見せてくる。

やがてアレックスは頭のてっぺんからつま先まで全身氷漬けにされてしまった。

「……勝った。これで私は、合格––––––」

「やっぱつめたあああああああああああああああああい!!」

「!?」

全身の氷にヒビが入り始めたかと思えば、かち割って勢いよく飛び出してきたアレックス。

全身にまとわりついた氷の屑を急いで振り払い、肩をさするようにして身震いする。

「ちょーさみいいいいいいいいいい! やっぱダメだ! 全身氷はダメだねうん! 寒すぎィィ!」

「うそ……なんで……?」

【氷結】は決まってしまえば相手を完全に動けなくする強力な能力。

現時点でアリスが放てる最終奥義だった。

それを決めるには相手の動きを封じる必要がある。

だから最初に【氷の礫(アイスストーン)】で視界を奪い、その隙に【氷の地面(アイスグランド)】で足を凍らせ、とどめに【氷結】を決める作戦を取った。

その作戦が成功したとき、自分の勝利を確信していた!

だがそれでも、心の底で違和感も感じていたのも事実。



何故なら、あまりにも上手くいき過ぎている。



それが確信に変わったのは、【氷結】を破った先ほどのシーンだった。

「もしかして、わざとくらった……!?」

「おや、気づいてしまったか。ならば仕方がない。白状しよう。お嬢ちゃんの言う通り、俺は全ての攻撃をわざと全てくらってやったのさ」

「ッ!」

「そう怖い顔しないでくれ。これは君の合否を判断するうえで仕方がなかったことなんだ」

「……どういうこと?」

「今だから言えることだが、俺は君のことを最初から合格にするつもりでいた。なんせあのアリア・マーガレットの娘なんだからね」

「……」

「だが手合わせをして愕然した。あのアリアの娘でありながら、実力が不合格者のそれと同じだったのだからね」

「ま、待ってください! それって……」

「……ロスタイムを含めれば、残り時間は1分。だがこのまま続けても俺の判断が変わることはないだろう。君の攻撃を全て受けて分かった。君の攻撃はまだ浅い。いくつかの形態に変えて能力を使えるのは評価ポイントだが、想像以上に中身が薄っぺらい。『気』がしっかりと込められていないから容易く防がれる。それとも体力に自信がなくて『気』を使うことをためらっていたのかな?」

饒舌に語り始めるアレックス。

初めはふざけているだけの能天気な試験管かと思ったが、戦いの中でしっかりと受験者の分析と評価も行なっていたようだ。

そしてどれもがギクっと心臓が飛び跳ねるように当てはまっているのだからさすがとしか言いようがない。

やはりトップクラスを争うだけあって、実力と見る目は確かなようだ。

「いやだ……嫌だ……ッ」

アリスは最初から一切手を緩めてはいない。

最初から最後まで全力でぶつけに行った。

確かに能力を使う際には『気』を使うため、体力が持つかの心配もあった。

だが10分という短いなか、その間であれば全力を出し切っても戦え抜ける自信はあったため、惜しまずに出し切った。

だがその結果が、これだ……。

つまり、これ以上やってもこれ以上の結果を出すことは不可能。

「嫌だ嫌だ! 私はママと約束したんだ! ママを超える伝説の勇者になるってッ!」

「残念だが、今の君は勇者育成機関に入学できる実力に値しない。また来年受けるんだな」

アレックスはこれ以上やり合うのは無意味だと判断し、一度時計に目を向けてから背を向ける。

「きゃああああああああああああああああッッ!!」

「「っ!?」」

突如、隣の部屋から聞こえてくる女性の叫び声。

試験中に発せられる声とは思えない助けを呼んでいるかのような悲鳴に、アリスとアレックスは自ずと声の出先に意識が持ってかれる。

「な、なんだ!?」

「あの部屋は……」

私の後ろに並んでいたゼロという子が試験を受けている部屋だ。

彼女の叫び声? いや、あの子の声ではない。もっと人間味のある大人の女性の声だった。

ということは試験管?

隣の部屋で何が起こったのか。皆目検討もつかない。

「おいタケシ!! 一体どうした!? 何があった!?」

アレックスが壁の向こう側に向けて心配の声をかける。

タケシという名前から男性? だが叫び声は確かに女性だった。

すぐに駆けつけるような勢いのアレックスだが、生憎と今は試験中。

試験を放棄するわけにはいかない。

それが試験管としての責務でありルール。

しかしアレックスは……。

「お嬢ちゃん、悪いがもう試験は終了でいいよな?」

「えっ?」

「さっきも言った通り今のお嬢ちゃんの実力では合格にすることはできない。また来年頑張れ。な?」

アリスの肩に優しくポンと置いた後、アレックスは出入り口の方へと走って行く。

気持ちに余裕がなさそうに急いでいる表情からは、試験のことよりも隣の部屋への救出が優先だと判断したようだ。

(それって、私の試験はもうどうでもいいってこと……?)

アレックスの気持ちも分かる。

隣で悲鳴が起きたのならすぐに救出に出向くのが人として当たり前の行動だ。

でも今は試験中だ。時間だってまだ1分残っている。

9分間の間、確かにアリスはアレックスに認められるような実力を見せつけることが出来なかった。

悔しいが、それは認めるしかない。

だが、それでも……!!

(まだ勝負はついていないッ!!)

まだチャンスは残されている。勝手に終わりにされて納得がいくものか!

どうせ不合格になるなら不完全燃焼だけは絶対に避けたい!

自分本位ではなく、他人本意で合否を決められてたまるもんかッ!

「……【氷の剣】(アイスソード)」

右手に剣を握ったアリスは、無防備である彼の首にぶん投げた。



     ★



入学試験を突破したものは一度部屋を出たあと、次のフロアへ進むよう誘導される。

そこは試験部屋のさらにひとつ奥のフロア。

3分ほど廊下を進んだ先にその目的地が見え始める。

(あれが……勇者育成機関……!)

まるで学校の創りのように建てられたそこは、まさしく勇者育成機関。

新たな正門の前に飾られた石版のプレートにも確かにそう記されている。

(ママが創立者のこの機関で、私は……)

校舎を前にして先ほどまでなんの違和感をなかった両足に、ふと重い鉛が付けられたような感覚を覚え始めた。

建物からは一歩踏み出すのを躊躇われるような異質な空気が漂っているような異質な雰囲気が。

不覚にも、試験管の言う通り私がこの機関に足を踏み入れるのは早かったんじゃないかと思ってしまった。

(……いや、ここで逃げ出すわけにはいかない! 私はここで、ママを超える勇者になるって決めたんだから!)

一度深呼吸をして心を落ち着かせる。

重く感じる両足にもパンパンと強めに叩き緊張をほぐした。

完全に重たい感覚が解消されることはないが、それでも鉛が少しだけ軽くなった感じはする。

私はようやく一歩を踏み出し、それに続くようにもう片方の足も踏み出していく。

校舎内に入るといくつかルートが分かれている。

どちらに進めばいいのか彷徨っていると、『受験合格者は5階へ』と紙に記された案内板を見つけた。

いくつかのルートがあるなかで上に続くルートは階段のひとつのみ。

私は素直に階段を登って5階に進もうとした。

そのときだった。

「やぁ」

「え?」

突如背後から声をかけられた私は咄嗟に振り向く。

そこには受験を受ける前、私の後ろに並んでいたゼロという女の子がいた。

「もしかして君も合格者?」

「ええ、そうよ。あなたも?」

「まぁね。試験があるって言うからどんなものかと思ったけど、楽勝な試験だったね♪」

「っ」

「ん?」

「……私には、とても難関なものだった」

「そうなの? でも合格しているからここにいるんでしょ? ならいいじゃん」

「違うの……ッ! 私の勝ち方は、なんかずるいっていうか……」




アレックスが無防備状態のとき、私はそこを突いて【氷の剣】をぶん投げた。

剣は一直線にアレックスの首を捉える。

(どうせかわされる。すぐに追い討ちができるよう次の攻撃の体勢を取っておかないと)

しかし結果は思わぬ方向に。

アレックスはアリスの剣をかわすどころか、あっけなく喰らってしまったのだ。

ショック死で倒れたかのように崩れ落ちるアレックス。

「え……」

突き刺さった首からはドクドクと大量の血が流れ始める。

「ア、アレックスさん!?」

心配になって急いで駆け寄り、声をかけるが応答なし。

アレックスは完全に気を失っていた。

「ちょっとそこどいてください!」

そこに監視カメラを見てここにやって来たのか、白衣を身につけた運営の人と思われる3人が駆け寄って集まり、すぐに応急手当てを始めた。

深刻そうな表情で傷口の治療を施す。

(わ、私もしかして……殺人を犯してしまった……!?)

自分でも今顔を真っ青にしていることぐらいは容易に想像できた。

初めての人殺しとなり得る罪悪感に震えながら、ただ事後現場を見守ることしか出来ない。

3人の治療の手が止まる。

フーと大きく詰まっていた息を一気に吐き出す。

「治療は無事成功しました」

「ほんとですかっ!?」

「はい。あと数センチ傷口が深かったら頸髄損傷でしたよ。神経までやられたら流石の僕たち医療班でも回復させることが出来ません。まさしく不幸中の幸いってやつですね」

「よかったぁ……ほんとによかったぁ……っ」

勇者育成機関を支えている人を、これから勇者を目指している人がその人生を奪うなど風上にも置けない。

他人の人生を奪って合格してもそこに私の居場所はない。それこそ永久不合格にしてもらったほうが何倍もマシだ。

他人の人生の責任を負うことなどできないのだから。

「この試験はこういった思わぬ出来事も想定して我々医療班は常に待機しています。過去に試験管が命の危機にさらされたことは一度もありませんが、それでも何が起こるか分かりません」

運営側はどうやら治癒能力を扱える人を優先に待機させているらしく、ほとんどの傷は完治まで施せるらしい。

すぐに止血することが出来たのも、傷口を完治できたのも全て能力のおかげ。

これが一般人の手によるアナログ治療だったらアレックスの命はどうなっているか分からない。

改めて能力の偉大さに感動するのと同時に、またそれの扱い方について反省をする私だった。

「本当にありがとうございました!!」

最悪、不合格を言い渡されることを覚悟していた。

試験管の命を脅かす行為が許されるはずがないから。

「いえいえ。とりあえず、合格おめでとう」

「え?」

しかし不合格が言い渡されるどころか、お祝いの言葉を授かる。

「君は自分で不合格と思っていそうだが合格だよ。あのときまだ制限時間は残っていたし、結果はどうであれ試験管に勝ったんだからね」

確かにあのときはまだ制限時間は残っていた。

だからまだチャンスはあると思っていた。

けどアレックスはもうこれ以上は無駄だと言わんばかりに勝手に試験を終了させようとした。

自分が不合格になる焦りと、最後のチャンスと言わんばかりの無防備な背後を見て、私はあのような行為を取った。

「制限時間内であれば試験は継続のまま。君はなんのルールも破っちゃいない。むしろアレックスの方がルールを破っているさえと見た」

アレックスはあの時点で既に試験のことなど忘れ、隣の部屋が心配になって意識が全部持ってかれていた。

だから私の攻撃が通用したに違いない。

20メートルほどの距離も会ったし、避けようと思えば避けられたはずだ。

「相手に隙を与え、そこを突かれた。これは試験だから良かったが、本当の戦場だったらアレックスは完全に死んでいるね」

私を責めるどころか、アレックスの身勝手な行動に叱責しているかのような医療班。

「今回のことを踏まえ、僕からちゃんとアレックスには言っておく。むしろこのような経験を与えてくれたことに感謝するよ。ありがとう」

「えっとぉ〜……はい……」

素直にどういたしましてなど言えない。

「それじゃあ僕たちはアレックスを医療室に運ぶからこれで。あ、合格者は次にここのフロアを出て、さらに奥のフロアへ進んでもらえば大丈夫だから」

「あ、ありがとうございます!」

「ううん。じゃあ僕たちはこれで」

医療班3人に改めて深々と頭を下げお礼を告げる。

なんだか申し訳なさと感謝が入り混じった複雑な気持ちを胸に感じながら、私は晴れて合格されたのだった。




「……という感じだったのよね」

自分の試験に起きた事の経緯を赤裸々に話すと、改めて自分の合格に不甲斐なさを感じる。

イメージとしてはスマートに凛々しく、そして輝かしく合格をもらうはずだったのに。

理想と現実の差は想像以上に大き過ぎる。

「ふ〜ん。話を聞いて思ったんだけどさ、それのどこがずるいの?」

「だって、相手の親切心を利用したのよ? そんな勝ち方って称賛されるようなことじゃない」

「別に称賛されなくてもいいじゃないか。戦いというのは殺し合い。殺し合いというのは生きるか死ぬか。そこにずるいも何もない」

見た目の子供らしい可愛さとに似合わず、平気で恐ろしいことを口にするゼロ。

二人は階段を一段ずつ登りながら話を続ける。

「……勇者を目指す人があまり殺すとか口にしない方がいいわよ?」

「なんで?」

「なんでって、そんなの勇者として不適切な発言だからよ! 勇者というのは人々の命を守ることが目的なのよ? そんな物騒な発言をしていたら社会からの信頼にも悪影響だわ!」

「ワタシは勇者になりたくてここに来たんじゃない。ただの興味本位で踏み入れただけさ」

「!?」

ここは勇者になりたい者が集まる専門機関。

それなのに勇者にならないというのはあまりにもおかしな話だ。

けど、ゼロの落ち着いた声質からは嘘を感じられない。

「あなた……一体何が目的なの?」

恐る恐る聞いてみる。

「目的か。これといって特にないが、強いていうならアリアが創立のこの建物がどんなものか身を持って味わうこと。そしてその娘に会うこと、かな?」

ただの暇つぶしだけどね♪、とウィンクを付け加える。

普通の女の子であれば素直に可愛いと感じるのだろうが、生憎と今のアリスにはそんな感想を抱いている余裕などなかった。

アリアが創立。そしてその娘。

ここから導き出せるのは簡単。

創立者のアリアは言うまでもなくアリア・マーガレット。

そしてその娘こそ、この世でたったひとりの……。

「それ、私なんだけど……」

「んん?」

「アリア・マーガレットの実の娘。私がそのアリス・マーガレットだよ」

「––––––!!」

後ろから鈍器で殴られたかのように目を見開くゼロ。

ここまでずっと涼しい顔ひとつしか見せてこなかった彼女が初めて、違う表情を見せた。

ゼロが数秒間私のことを見つめる。

その飲み込まれてしまいそうな悪魔のような瞳は、私の足元の地面が崩れる錯覚を感じさせてくる。

手すりにつかなければ後ろに倒れてしまいそうだ。

「……君が、アリアの娘。アリス・マーガレット……」

喋り出したかと思えば、今度はぶつぶつと確かめるように呟き始める。

「そう♪ 君がアリアの娘なんだ♪」

ゼロはニコッと太陽のように明るい笑みを浮かべ始めた。

それだけを言うと再び階段を登り始める。

一歩一歩、穏やかに。

アリスも置いてかれぬよう階段を登りたいのに、足が思ったように動かない。

金縛りにあっているわけじゃないのに……階段を登るための動作を踏みとどまる自分がいた。

ゼロはそんな最下位にいる私をてっぺんから見下ろす。

校舎内に日差しが入り込んでおらず比較的暗めの校舎内。

その暗さが、ゼロの瞳の奥に眠る黄金色の瞳孔が不気味さをより際立てさせた。

「ひとつ聞きたいんだけどさ、君のお母さんは今どこにいるのかな?」

「ママは、悪魔神を殺しに出かけている……っ」

「へーそうなんだ♪ 悪魔神をね……♪ もう離れてどのぐらい経つんだい?」

「1ヶ月は、帰って来てない……」

「なるほど♪ ちなみにママに会いたいかい?」

「……さっきからなんなの?」

「いいから答えて」

「それは…………会いたい」

「そ♪」

またニコッと太陽のように眩しい笑顔を見せ始める。

「ひとつだけ、君に残念なお知らせがある」

「残念な、お知らせ……?」

「君のママが帰ってくることはもうない」

「それってどういうこと……!?」

「君のママは死んだのさ。悪魔神との戦いでね」

「…………何を言っているの? そんなの嘘に決まっているわ」

「嘘じゃない。事実だ」

「ママが悪魔神に負けるはずがない。だってママはこの世の誰よりも強い伝説の勇者なんだから!」

「これ、なんだか分かる?」

ゼロが服のポケットから取り出したのはロケットペンダント。

「それは……っ!」

「そう。君のママが大切に身に付けていた遺品さ」

「な、なんであなたがそれを持っているのよ……?」

「ここまで言ってまだ分からない?」

「っ」

「ワタシがアリアを殺したからさ」

「––––––ッッ!! お前ッ!! 本気で言っているなら今すぐ殺すわよ!?」

「あれ〜? さっき勇者が殺すとか言わない方がいいって言ってなかった?」

「それとこれとは別だぁアアッ!!」

「そうかい。ちなみにワタシは本物の悪魔神さ。その証拠にほら♪」

ゼロが爪先で自分の腕をシュッと切る。

すると細い線の傷から黒い血がジワっと滲み出る。

「黒い血……ッ!」

私は【氷の剣(アイスソード)】を出現させ、右手に構える。

重たい足を無理やり引き剥がすように力をめいいっぱい踏み込み、ゼロに向かって突撃した。

「やるのかい? このワタシと」

「殺す!! あんたは今すぐ殺すッ!!」

剣先をゼロの顔に向けて突き刺そうとする。

「!」

しかしゼロはその剣を2本の指だけで挟み防いだ。

そのまま剣をへし折る。

「なにっ?」

剣を折られた瞬間、自分の首元が掴まれる。

氷の剣を折られたときの破片をカモフラージュにして、アリスはゼロの首を狙って手を伸ばしていた。

「殺す、殺す!!」

ギチギチと首を絞めるアリスに対しゼロも手を引き離すよう抵抗の意志を見せる。

「がら空きだよ」

「ぐぅ!」

首を絞めることだけに集中していたせいか、がら空きだったアリスの腹部を蹴り飛ばす。

「ふぅ〜。苦しかった。まさか素手で挑んでくるとはね。恐れ入ったよ」

「あんただけは絶対に許さない……」

「意地悪な質問をして悪かったね。少し冷静になってくれないかな? ワタシは君のことを殺すつもりなんてサラサラないんだ」

「黙れ悪魔がぁアアアッ!!」

殺意むき出しのまま虎のように襲いかかってくる。

もはや口で言って収まる様子ではない。

「……やれやれ。氷使いがそんなに熱くなっちゃって。それなら、自分の氷で頭を冷やすんだね」

足元に落ちていた氷の破片を拾いあげ、それを指で弾いてアリスの額にぶつける。

目で追うことも難しいその豪速球を見破れず、正面からもろに喰らってしまったアリスはあっけなく意識を失い、倒れる。

ぶつかった衝撃でアリスは先ほどまでの獰猛が嘘だったかのように静まり返った。

「乱暴なことしてごめんね。でもこうしないと収まらなそうだったからさ」

氷はできるだけ平べったいものを選んだため、アリアスの額には赤く腫れているだけで切り傷の怪我はない。

限りなく力の調整もしたので骨も無事に済んでいることだろう。

ゼロは気を失っているアリスをお姫様抱っこし、目的地である5階へと登って行った。

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