人間の想像力がヤバいことになってるのどうにかならんの問題

タノマヤ

第1話 食べるまで

 ここは……どこだ。

 我は……魔王だ。


 魔王である。ということは覚えている。 

 しかし、それ以外のことが思い出せぬ。


 我自身のことは一切の欠落なく知っているのにだ。

 どのような能力を持っているのか、その使い方まで分かっている。


 試しに、我が身から溢れ出した黒い霧を触れさせた草は枯れて石は砕けた。

 これは間違いなく、魔王の象徴たる破壊の瘴気。


 まるで使い続けてきたかのように自在に扱える。

 だがしかし、あるはずの使い続けた記憶がない。


 なんらかの力によって記憶が消されたのか?

 だとすれば、我の体に傷一つないのはおかしい。

 この我に抵抗も許さず……否、敵の仕業かも分からぬうちから、考えても仕方がない。

 

 状況把握を初め、すべきことはいくらでもあるのだ。

 分からぬことを悩み続ける暇もない。


 とは言ったものの、脳裏をよぎらざるを得ない疑問……我は本当に魔王なのか?

 この記憶も、植え付けられたものではないのか?


「フッ、我ながら軟弱だな……我は魔王である」

 

 偽りだったらなんだと言うのだ。

 どうせ生きていれば思想は染まる。

 我は魔王という思想に殉ずるだけのこと。


「あ! ほんとにいる!」

「……何者だ」

「この辺りの生命力が高まってるから、そろそろ生まれるって聞いてたんですよ」


 この小娘、いつから居た?

 

 なんだ、異様な……。

 容姿は整っているが、それで補いきれていない目。

 

 眼病や魔眼の類ではない。

 もっと根本的な……狂気的な信仰心を感じる目。

 

 悪意はない。善意もない。

 己の信じるものにしか価値を感じていないような。

 恐らくは、この我を前にしても無感情、ゆえに気配を気づけなかった。


「どうしました? あっ、私に見惚れてますね?」

「何者かと聞いている」

「テメェから名乗るのが礼儀だろうが!」

「ふむ……然り、我は魔王である」

「まっ魔王!? アッヒャッヒャ! しっ死ぬ、笑い殺される……さすが魔王」

「我を愚弄するとは、よほど死に急ぐようだ」

「昔ならまだしも、現代で魔王とか……ははーん、さてはゲーム生まれですね?」


 生まれ……我のことを知っていた口振りからして、情報を持っているのは確実であるな。

 

 問題は、敵ではないが断じて味方でもないこと。

 聞き出すにもまずは性格の把握に務めるべきか。


 それゆえ怒る素振りで破壊の瘴気を出してみたが、警戒すらしていない。

 余裕のある賢者か、理解していない愚者か。

 仕草に自尊心が滲み出ていることから、後者な気もするが決めつけるには時期尚早。


「なんだぁ? 墨みたいな……タコの魔王!?」

「肉は溶け骨は塵と化す、破壊の瘴気だ」

「ヒッヒッ……タ、タコ、笑いが止まらな――」 


 瘴気に飲まれた? 笑い転げたまま、抵抗もせず?

 そんな馬鹿な、だが霧の中に影が見えるということは……なぜ影がなくならない?


 本来ならば、声を上げる間もなく、苦しむ間もなく、消えてなくなるはずだ。


「うーん、すっきり!」

「……どういうことだ」

「でとっくす。って言うんでしたっけ?」

「なぜ無事で居られる」

「破壊の瘴気って名前、微妙じゃありません?」

「答えぬか」

「墨っぽいから、断魂墨気だんこんぼっき。なんてどうです?」


 答える気はなさそうだな。

 おおよその見当はついたので構わん。


 あれは再生能力であろう。

 肉が見えたそばから新たな皮膚が覆っていくのを確かに見た。

 我にも能力があるのだから、そういう能力を持っていてもおかしくはない。

 警戒心のなさは能力に頼っている証拠。

 

 もう結論を出しても良かろう。

 ただの愚者だ。


 これまでの言動からして、下手に説得をしても配下になれなどと言われかねん。

 情報はこの場で制圧した後にでも聞き出すか。


「聞くだけ聞くが、何をしに来たのだ」

「私の配下になれば教えてあげなくもないですよ?」

「想定の範疇だな、無論断る」

「おーん? この私の提案を……ぶち殺すぞ?」

「瘴気が効かぬと高を括っているなら見せてやろう、瘴気を凝華させて作った剣だ」

「魔剣? いや、天魔羅剣てんまらけんと名付けましょう」


 虚勢か……否、何も考えていないだけか。

 気体である瘴気では体表を壊すのみだったが、個体にした瘴気で斬りつければただでは済むまい。


「フンッ」

「あっぶな……いきなり、なにするんですか!」

「避けるということは、やはり効くのか」

「は!? 効きませんが? 驚いただけですが!」

「ならば受けてみよ」

「テメェの思い、受け止めてやるよ……ゴポッ」

「言い残すことはそれで良いのか?」

「ダイオウタコよ、勝ってしまうとは大人気ない」


 最期までふざけるか、心臓に突き刺した瘴気は侵食を始めた。

 今は再生できても、いずれは破壊が上回るだろう。 


「壊れゆく前に、知っていることを話せ」

「心臓チェック入りまーす。ピピーン! 合格!」

「なに?」

「心臓って左寄りなだけで真ん中にあるのに、左にあるって思ってるのが居るんですよ」

「確かに心臓を貫いたはずだ」

「胸がズキズキ……これが恋!?」


 ……もう小娘から情報を得ることは諦めよう。

 我の居場所を聞いた。と言っていたことから仲間がいるのだろう。

 情報を手に入れる機会はまだあるというわけだ。


 この小娘に好き勝手させておくと何をしでかすか。

 殺すことで起きる問題もあるだろうが、今は危険を排除することが最優先。


 何しろ、先程から小娘への侵食が止まっている。

 再生能力と破壊の瘴気は相性が悪いのであろう。

 

 能力についてだけは信頼できる記憶を辿ると、瘴気の利点はどのような守りも蝕むこと。

 いくら蝕もうと再生され続けては決め手がない。


 ふざけているうちに始末をつけなければ、小娘の気分次第で我の命が危うい。


「まともに会話ができればな……全力の瘴気だ。耐えられたならば後は好きにするが良い」

「ほーん、ジワジワが効かない、グサッも効かない、だからブワーって感じですね?」

「……喋る余裕まであるのか」

「いや、必死で再生してるのにギリギリ負けてますね。どどどどーしよう!?」

「ここまで……か」

「血抜きかな、墨抜きなんだよ、これいかに」

「瘴気も尽きた。未練もないが、呆気ないものだ」

「これイカに。ってイカとかけてるの分かりました? タコ墨はシャバシャバだからパスタにできないんですって、ところで結局ダイオウタコなのかダイオウイカなのか。それでは、頂きます」


――ガブリ

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