第18話:無邪気な笑顔を、可愛らしいと

 エルマードが「やめてーっ」というのを無視して頭をぐりぐりとなでながら、俺は改めて皆を見回した。


「冗談はこれまでだ。待ってみたが、ディップがまだ帰還しないことについて、みんなの考えを聞きたい」


 俺の言葉に、皆の顔が引き締まる。さすが軍属。エルマードだけだ、不満そうな顔をしているのは。


「ディップがヘマをするなど考えられん。あの器用な男のことじゃ、脱出の機会をうかがっておるんじゃろう。もう少し待ってみたらどうじゃ」


 ハンドベルクが真っ先に声を上げたが、ロストリンクスが首を横に振る。


「奴が戻ってきていないことと、連中が奴を捕虜に取る利点が何もないことを考えれば……あきらめた方がよろしいかと」


 合理的な判断を下すロストリンクスに、ドルクが食ってかかる。


「おいおい、ロストリンクス! ディップのこと、見捨てろって言うのか?」

「そんなことは言いたくないが、現実的に考えるべきだ」

「おい! オレはこの脱走から加わった人間だから、元々はあんたらの隊の人間じゃねえけどよ! ずいぶんと薄情なこと言うじゃねえか!」


 ドルクの感情的な言葉に、しかしロストリンクスはあくまでも冷静だった。さすがは歴戦の男。少々のことでは動じないのが頼もしい。


「薄情であっても合理的に考えねば、さらに犠牲が出ると言っている」

「隊の副官サマってのは、そういうことも考えなきゃならねえことなのかもしれねえけどよ! そんな簡単に仲間を切り捨てるのか? おい、お前らも同じなのかよ!」


 威勢のいいドルクの言葉に、誰も返事をしない。


「なんだ、お前ら! 同じ隊で戦った戦友なんだろ? 聞けば奴らも撤収中だったって言うじゃねえか! だったら、ディップならどこかに隠れてるかもしれねえだろう!」

「確かにそうかもしれない。だったら、ディップなら撤収する奴らを巻いて脱出してくるはずだろう?」


 ロストリンクスの言葉は、あくまでも淡々と、静かに吐き出される。


「そ、それは……!」

「我々が、何も感じることなくただ座しているだけだと言いたいのか」


 言葉に詰まるドルク。追い討ちをかけるように、ロストリンクスの言葉に感情らしきものが宿るのを感じて、俺は立ち上がった。


「ドルク、ロストリンクス。ありがとう、そこまでだ」


 全員を見渡す。

 固唾を飲むようにこちらを見つめる面々に、俺は小さく息を吐いた。


 「俺の考えを言おう」と一度切ると、全員を見回してから続ける。


「正直に言えば、俺たちが脱出する際にもいくつかの爆発があった。それに助けられたようなところもある。ディップも、それに巻き込まれたかもしれない。あのディップが戻ってこないんだ、よほどのことがあったんだろう」

「おいアイン、アンタ自分のために戦ったディップを……!」


 立ち上がって指を突きつけてくるドルク。俺は、彼を手で制しながら続けた。


「だが、俺は見た。あの中で、女たちが、錬素オドを生産するために人としての生き方を奪われ、箱詰めにされた恐るべき姿となって生かされていた事実を。それは『ゲベアー計画』という研究の成果だそうだ。俺は、そんな悪魔の研究を断じて許せん」

「女たちが、箱詰めに……?」

「エルマードの情報だ。『特甲種』──彼女も、その実験の被験者として選ばれたひとりだったそうだ」


 皆が、顔を見合わせてざわめく。それもそのはず、聞き覚えのある分類だ。俺はあの収容所で「特乙種」、そして彼らは「乙種」もしくは「丙種」と認定されていたはずだ。

 そしてエルマードの「特甲種」は第一級の「特」。俺たちをさらに超えた存在だと分かる。


「先の女の話だが、信じがたいことに、両腕両脚を切り落とされて箱詰めにされていたそうだ。中でも上等・・な女は、臓器だけにされて生かされていた。俺もその箱の中身を、一部だが確認した」


 皆が、戦慄の目で俺を、そしてエルマードを見る。

 にわかには信じられないような目。

 ──ああ、俺も信じたくなかったさ。あの、箱から転がり出た、肉の塊。


「俺はこの悪魔の研究を、この地上からぶっ潰す。あの城は、その貴重な手がかりのひとつだ。きっと、連中の計画を追う手がかりが残っている。俺はもう一度潜入して、それを手に入れたい」


 一呼吸置くと、改めて全員の顔を見回した。


「今まで、みんなには世話になった。女一人を助けたかった俺のわがままに、ここまで付き合わせてしまったな。だが、ここから先は、収容所脱走のときとは全く目的が違う。一人助ければ話が済むはずだった以前と違って、先の見えない戦いだ。これ以上はもう、力を貸してくれとは言えない。だから──」


 皆まで言わせず、ロストリンクスが立ち上がった。


「隊長の言わんとしていることは分かりやす。自分はどこまでもあんたの副官だ、ついて行きやすぜ」

「……すまない。ロストリンクス、歴戦の勇士であるお前の力には、本当に何度も助けられたな。悪いが、もう少しだけ俺に付き合ってくれ」

「隊長はお人好しですからな。そういうときは、一言だけ言ってあとは黙ってりゃいいんですよ。『ごくろう』、とね」


 ロストリンクスが、不敵に笑って腕を組む。


「……ありがとう。だが、ここから先は、収容所脱出時には無かった想定だ。みんなは、本来であれば俺の手伝いをした後は各自、逃げおおせるはずだっただろう? もう、目的が違う。俺は全員の意志を確認したい」


 俺の言葉に、全員がうなずく。ロストリンクスが、口の端を歪めるように笑った。


「隊長。そもそもこいつらは、模範囚として王国に寝返る生き方なんざクソくらえだと考えて、隊長を信用して付いてきた連中ですぜ? 面構えが違う」

「そうなのか? 俺は模範囚として辺境で土地をもらって耕して、いざ再び戦争になったら、適当に罠でも仕掛けてネーベルラントに逃げるつもりだったんだが」

「ダメだこの人、信用ならねえ」


 皆がゲラゲラと笑う。


「俺のことはどうでもいい。みんな、ついて来てくれるんだな?」

「今さら何を言っておる。隊長はワシらがそばについてやっておらんと、危なっかしくて見ておれん」


 ハンドベルクが、ニヤリと笑ってみせる。爺さんも相当危なっかしい人だが。


「よく言う。味方陣地を敵ごと派手に吹き飛ばして危うく銃殺になりかけたの、爺さんだろ」

「そういう君は、何度乱闘騒ぎを起こして営倉送りになったのかな、ノーガン?」

「なんだと? フラウヘルトこそ、上官のスケのベッドに潜り込んで前線送りになったの、知ってんだぞ!」

「愛の伝道師たる僕の本領発揮と言ってくれたまえ、脳みそまで筋肉のノーガン君」


 ぎゃあぎゃあと、にぎやかな奴らだ。

 だが、そんなはぐれ者の寄せ集めみたいな隊で、俺は彼らに支えられてきたのだ。いや、これから先も。


「では改めて問うが、みんな、俺についてきてくれるんだな?」


 皆が「何を今さら」と笑う。ロストリンクスの言う通りだ、面構えが違う。


「……ありがとう。だったら、こういう情報を制する仕事をするなら、まず優秀な斥候が不可欠だろうな」


 ロストリンクスとドルクが表情を変える。


「ディップについては、さっきも言ったように、厳しい状況だ。救出どころか、会えるかどうかも分からない。だがディップがいてくれたら、今後の仕事は間違いなくやりやすくなるだろう。よって、今後の『ゲベアー計画ぶっ潰し作戦』の最初の一手として、情報収集と同時に、ディップの救出を行う」


 俺の言葉にドルクがこぶしを握り締め、ロストリンクスが「隊長の決定ですから、異議はありやせん」とうなずく。


「この中に、ディップ捜索に志願する者はいるか?」


 俺の言葉に、ドルクとノーガンが即座に手を挙げた。

 続いてハンドベルクが「ワシは後方支援に残ろう」といい、フラウヘルトがキザったらしく前髪を掻き上げながら「僕も後方支援に回るよ。狙撃手が期待される働きって、つまりそういうことだよね?」と微笑む。

 そんな連中を見て、エルマードも慌てて手を上げる。


「……ボクも行くよ! ボク、ちゃんとアインの役に立ってみせるから!」


 分かった分かった。やる気と忠誠心は分かったから、俺の腕にしがみつくな。そもそも情報を一番掴んでいるのは、間違いなく彼女なのだ。選択肢など最初から「連れて行く」で埋め尽くされている。


「隊長。前回、あの城を揺るがすほどの大きな爆発が、幾度も起きておりやす。アテラス駅でのこともありますし、今回も、どんな罠があるか分かりやせん。綿密な計画を立てるべきでは」

「しかし、悠長なことはしていられない。連中の証拠隠滅も進んでしまうし、ディップの身の安全も気になる」


 だが、俺の言葉にロストリンクスが腕を組んだまま反論した。


「これは、れっきとした潜入作戦です。先の作戦と、何ら変わりはありやせん。後衛の援護のもと、突入隊が捜索活動を行いやす。無茶な立案をした以上、最低限、こちらの立てる作戦には従ってもらいやすからね」

「お、おう……」


 ロストリンクスの、静かなのに妙に迫力ある口調で言われ、俺はのけぞりながらうなずいたのだった。




 破棄された要塞というものは基本的に誰も残っていないものだが、面倒くさいことに、まだ兵が残っていた。爆発事故まであったというのにだ。だが、それは撤収作業──つまりは証拠隠滅が済んでいないということの証でもある。敵が居残っているのは面倒だが、まだ機密情報が残っているのは、こちらにとっても実に都合がいい。


 ただ、人員はほとんど残っていないのか、それとも深夜の潜入のためか、以前よりも容易く侵入することができたのは幸運だった。わずかな魔煌レディアント銀で長時間発光するカンテラの明かりを頼りに、俺たちは荒廃した城を進む。


「ロストリンクス、ここからは二手に分かれる。ドルク、ノーガンを連れてディップを捜索しろ。俺とエルマードは、『ゲベアー計画』の情報が残っていないか、調べてみる」

「危険です。ドルクはこっちで預かりやすから、ノーガンを連れて行ってください」


 ロストリンクスが渋い顔をする。あえてノーガンをこっちに付けようというのは、それだけ彼を信頼しているからだろう。


「いや、いい。ディップが脱出できていないということは、最悪の場合、拷問などによって自力で動けない恐れがあるということだ。そうだった場合、二人ではディップを連れて脱出することが難しくなる」

「しかし……」

「大丈夫だ、こちらはあくまでも情報収集に徹する。身軽な方が、かえってやりやすいだろう。それよりも、ディップのこと、よろしく頼む」

「……分かりやした。どうか、くれぐれも無茶をしないでくださいよ」


 ロストリンクスたちの背中を見送ると、俺たちも行動を開始した。配置されている兵が少ないといっても、油断は禁物だ。


「エルマード、絶対に俺のそばを離れるな。俺の指示があるとき以外はな」

「大丈夫だよ。ボク、こう見えても強いんだよ?」

「分かった分かった」


 俺たちの中で腕相撲最弱の彼女がいくら薄い胸を張ってみせたところで、説得力など皆無だ。


「ひどい、アイン、信じてないでしょ」

「俺はお前の知識をあてにして相棒に選んだんだ。力なんて最初からあてにしていない」


 頭を掴んでくしゃくしゃっとやると、エルマードはむくれてみせる。


「せっかくアインのためにって来たのに、期待されてないってすごくイヤ」

「お前の知識をあてにしていると言ったろう。──今、俺の相棒はお前ひとりなんだ。頼りにしているぞ」

「……うん! そういうことなら、まかせて!」

「ああ。頼んだぞ。お前を信じているからこそ、こうして唯一の相棒としてついてきてもらうんだからな」


 半分、嘘だ。彼女の知識があれば有用な情報を選り分けられるかもしれない、というのも大きいが、単に手が足りないからだ。贅沢が言えるならロストリンクスを連れて来たかったが、彼は彼で別動隊を率いてもらわなければならい。ないものねだりはできないのだ。

 だが、エルマードは両手を頬に当てながら、妙にくねくねとしている。


「そっかあ……。えへへ、そうなんだ……」

「どうした」

「ボク、アインと二人っきりにしてもらえるほど、信じてもらえるようになったんだね……。うれしい、うれしいなあ」


 不覚だ。

 胸にちくりと痛みが走る。

 同時に、この無邪気な笑顔を、なんとも可愛らしいと思ってしまう自分がいる。



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