第四十七話 夜話

 異世界の風呂にも色々と種類があり、ロイヤルスイートの風呂は据え付けの湯船ではなく、バスタブが独立して置かれているタイプだった。


 シャワーは樽に湯を貯めてあり、そこから蛇口をひねって出すことができる。人肌よりぬるい温度ではあるが、熱すぎるよりは良い。スイートルームより格段に便利になったので、とても満足していた。


(転生者が多いからといって、現代技術無双というわけにはいかないのか……まあそうだよな。技術者が転移してれば、科学技術自体は導入不可能じゃないと思うが)


 湯船に浸かりながら考える。最後なので、気を使わずに浸かることができるのはいいことだ。風呂から上がったあとは、日中にメイドさんが清掃しておいてくれる。メイドさんには家事に利用できる技能があるので、想像するよりは重労働ではないそうだった。


 俺もそこまで長湯できる方ではないので、そろそろ上がることにする。先ほど上がってきたテレジアが真っ赤になっていて、俺は彼女が湯あたりしやすいことを五十嵐さんに伝えなかったことについて多分に後悔した。五十嵐さんもすぐに気がついて、温度を調節した水をかけて慎重に冷ましてくれたらしいのだが。


 亜人から人間に戻ったら、のぼせやすくなくなるのだろうか。それとも亜人時代の特徴はある程度残るのか。いずれにせよ、元に戻すための手がかりを早く見つけなくてはと気持ちは逸る。


(四番区の神殿に行けば、亜人を元に戻す方法が分かる……はずだ。この屋敷を建てたオレルス夫人のパーティは、四番区の迷宮で全滅してる。あの凄い性能の盾を所持できるようなパーティを崩壊させた、『挫折の回廊』……どんな迷宮なんだ)


 サッと身体を拭いて可能な限り髪を乾かす。手動でやるしかないと思ったが、『熱風の貝殻』という法螺貝のようなものが置いてあって、それを使うと貝の穴から熱風が出てきた――そこまで熱くないが、ドライヤーとして使えそうだ。


 魔石を加工することで、ある程度文明の利器が再現されている。これもおそらくは、転生者たちのアイデアによるものだろう――居間にある黒い球、『空調球エアコンボール』を開発した人には、本当に頭が上がらない。


 ◆◇◆


 居間で休んでいたテレジアの後ろにさりげなく位置取って、まだ眠くないというミサキと雑談しながらテレジアの体力を回復させる。のぼせると少し体力が減る――温度の変化はリザードマンには文字通り致命的なのだ。


 テレジアは具合がよくなると、五十嵐さんのいる寝室に入っていった。居間に残っているのは俺とミサキだけだ。


「ふぁ……今日も色々ありましたねー、ほんとに。まだ興奮してて眠れそうにないです」

「それにしては眠そうだけどな。まあ、布団に入れば寝られるだろ」

「エリーさんも休んでますし、私も静かに寝ますね。駄目だったら、スズちゃんとこにお邪魔するかもしれませんけど」


 『お清め』は気持ちが落ち着くので、寝付きもよくなるかもしれない。俺もいるとはいえ、どうしてもというなら友達同士、一緒のベッドで寝ても構わないとは思う。


「明日は私、お留守番……なんですよね?」

「メリッサとシオンを連れて行っても八人だし、来てもいいけどな。心配なのは、ミサキだけレベルが2だから、体力が低いってことなんだ」

「じゃあ私、戦闘には参加しないで、メリッサちゃんと後ろの方からついていっちゃだめですか? 別働隊っていう感じで」


 なるほど、そういう動き方もあるか。俺の支援は後ろを向けば通じるので、後方隊がもし戦闘になっても、振り向けば支援できる。メリッサの実力次第だが、後ろにも接近戦ができる仲間を配置した方がいいか。


「一緒に行っても、運を良くするくらいしかできないですけど……お兄ちゃんに喜んでもらえたらなって。私の技能って、他にはあまり役に立ちそうにないですからねー」


 ミサキは複雑そうな顔をしながら、寝間着のポケットに入れていたライセンスを見せてくれた。


 ◆習得した技能◆


 ・ドロップ率上昇:敵がレアドロップを落とす確率が少し上がる。

 ・幸運の小人:戦闘後に『箱』を発見する確率が少し上がる。


 ◆取得可能な技能◆


 ・ダイストリック:指定したサイコロの目を出すことができる。

 ・ロシアンルーレット1:敵味方問わず、命中した相手の体力を半分にする。

 ・ポーカーフェイス:感情を読み取られなくなる。

 ・幸運予測1:良いことが起こる方向を少し感じ取る。

 ・コイントス:コインの裏表を味方に当てさせ、当たると運気が上がる。


 残りスキルポイント:2


(今の時点で取れる技能で、すでにカジノで無双できそうだが……発覚したらシャレにならないし、胴元もイカサマ対策はしてそうだしな)


 『ロシアンルーレット1』は運が良いギャンブラーなら味方に当たることは滅多にないのかもしれないが、やはりリスクが大きい。


 無難なのは『幸運予測1』だろうか。ミサキも目に見えてプラスの効果がある技能を進んで取ったらしく、ドロップ率上昇と幸運の小人については、俺たちもすでに恩恵を幾らか受けているだろう。


「『幸運予測1』は良さそうだけど、今すぐ必要ってほどじゃないかな。あと1レベル待ってみてくれるか?」

「はい、私もそう思ってました。運が良くなる技能を伸ばしたいんですよねー。歩いてるだけで大金を発見するくらいに」

「大金かは分からないが、何か拾えるような技能もありそうだけどな。本当に人それぞれで面白いよ」

「えへへ、楽しんでいただけて何よりです。では、私は部屋に戻りますねー。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 ミサキにも戦闘関連の技能が何か手に入ればいいが――ギャンブラーは、パーティに好影響を与える運系の補助技能に特化しているのだろうか。そういう意味では、俺も近いものがあるが。


 ◆◇◆


 部屋に戻ると、スズナはベッドサイドの明かりだけをつけ、ベッドに座ってライセンスを見ていた。


「お疲れ、スズナ」

「お疲れ様です、アリヒトさん。あの、早速見てもらっていいですか?」

「ああ、勿論。スズナも今見てたのか?」

「はい、どれがいいのか自分でも考えていたんです。でも、やっぱり迷いますね」


 俺はスズナの横に立ち、ライセンスを見せてもらった――すると、彼女は俺を見上げて微笑みかけてくる。


「あの、立ったままだとなんですから、良かったら座ってください。私は、アリヒトさんに指導してもらう立場ですし」

「指導ってこともないんだけどな。みんなの新しい技能は、俺にとっても初めて見る技能なわけだから」


 俺はスズナの隣に座らせてもらうと、彼女は俺の方に技能の画面を表示したライセンスを出してくれた。


 ◆習得した技能◆


 皆中 お清め お祓い1 霊能感知1


 ◆取得可能な技能◆


 ・射法八節1:射法通りに弓を撃つことで、打撃が倍加する。

 ・破魔矢:弓を使用したとき、矢に神聖属性を付加する。

 ・禊ぎ:一緒に水に浸かった者に神聖属性を付加する。

 ・霊媒:付近の霊を自分に宿し、対話を可能とする。

 ・祈願:パーティ全体の行動成功率が少し上昇する。

 ・盛り塩:決まった範囲に盛り塩をして、魔物の接近を防ぐ。


 残りスキルポイント:2

 

「なるほどな……スズナは巫女としての技能と、弓道系の技能を並行して覚えるんだな」

「射法八節もそうですが、『霊媒』は前世では望んでも絶対にできなかったことなので……どのようなものか、知りたい気持ちはあります」

「悪い霊に取り憑かれるってこともあるかもしれないが、必要になる時はあるかもな」


 探索中に命を落とした者の霊に会ったとき、心残りを聞く――もしくは、迷宮の謎について教えてもらう。そこまで都合よくは行かないかもしれないので、絶対に有用とも言いづらいが。


 射法八節よりも、手数を重視した方が今は良さそうだ。二本同時に撃ったり、乱れ撃ちなんかは普通の弓道ではしないと思うが、技能としては存在しそうではある。


「わかった、スズナの希望もあるし『霊媒』を取っておこう。『禊ぎ』は、神聖属性が効果的な迷宮に入る時に使えそうだが、まだ必須じゃないかな」

「はい、分かりました……ありがとうございます、アリヒトさん」

「いや。『射法八節』も強い技能だと思うけど、俺と組むなら現状必要はない。大事なのは、手数の多さなんだ」

「弓をたくさん撃つ技能が出てきたら、それを取れば強くなれますね」

「そうだ。攻撃だけじゃなく、補助的な技能も揃っていくと、凄いパーティになっていくと思うよ」


 思ったより技能の話は短く、心配していた通りに話題が途絶える。まあ、もうみんな寝ているだろうし、俺たちも休むことにする。


「さて……明日に備えて、俺たちも休むとするか」

「はい。おやすみなさい、アリヒトさん」


 俺は自分のベッドに戻る。そして仰向けの姿勢で目を閉じ、寝ようとする――するとしばらくして、ベッドの中でスズナが動く気配がした。


「……アリヒトさん、少しお話してもいいですか?」

「ん? ああ、俺で良ければ何でも聞くよ」

「ありがとうございます。アリヒトさんに聞いておきたかったことがあって……」


 スズナは俺に家族のこと、転生する前の日常のことについて聞いてきた。俺は天涯孤独であること、会社勤めをしていたことなどをかいつまんで話す。


 彼女は俺の話を聞いたあと、自分が女子校に通っていたこと、ミサキとは中学まで一緒で、高校からは別々になったことを話してくれた。


「高校一年か……こう言うのも何だが、いろいろこれからだったよな」

「いえ、今は転生したことをそこまで悪いことだと思っていません。最初は少し怖かったですが、物事には流れがあって、それに逆らってはいけないとも思うようになって……エリーさんに連れていってもらったのも、そう思っていたからです」


 自分が一度命を落としたことを冷静に受け入れ、彼女はエリーティアと組むことが良い方向につながると判断した。


 誰もが転生後に路頭に迷うことなく、自分で道を切り開こうとした。ミサキは一度危ない道に進みかけていたが。


「でも、アリヒトさんに会って、こう思うようになりました。流れに沿っていく中で、強い力を持つ人に掬い上げてもらうこともあるんだって」

「掬い上げる……どうかな。みんながいるから、苦難みたいなことも乗り越えていけてる。それを言うなら、俺も掬われてるんだろう」

「……アリヒトさんがそういう人だから、エリーさんや鏡花さんみたいに、自立した人でも頼りにするんです。それって、とても凄いことだと思うんです」

「そ、そうかな……スズナ、俺を買いかぶってないか? そんな大したことないぞ」


 そう言ってもスズナは熱のこもった瞳で俺を見ている。しかし自分が前のめりになっていることに気づくと、彼女は口を押さえて、もぞもぞと後ろを向いてしまった。


「……今のは忘れてください、私、自分でも分かってます。堅苦しくて重い性格だって」

「真面目なのはいいことだ。俺は不真面目だから、そういう人に憧れるよ」


 しばらくスズナは何も答えなかった。向こうを向いた時に少し乱れた黒い艶髪を、控えめに手で直す――そして、彼女はもう一度上を向いて、ちら、とこちらを見やった。


「……アリヒトさんは、不真面目なんですか? そうは見えないですけど」

「い、いや……こんなこと言ったら引かれるだろうけど。バスの中でも、きれいな子がいるなとは思ってたんだ。転生した後ギルドで見たときも、なんとなく気にしてた」

「そ、そうだったんですか……私もアリヒトさんのことはお見かけしていましたが、少し疲れたお顔をされている方だなと思っただけで……ご、ごめんなさい……」

「謝ることはない、本当に疲れてたからな。スキーで気晴らしするつもりだったが、実を言うとさほど上手いわけでもなくて、下手の横好きなんだ」


 そう言うとスズナはくすっと笑った。幸いなことに、空気がほぐれたようだ。


「雪で進むのに困る迷宮があったら、スキーをアリヒトさんに教えてあげますね」

「そんな迷宮があったら面白いが……いや、ありそうだな。その時はよろしく頼む」

「はい……おやすみなさい、アリヒトさん」


 スズナは再び後ろを向く。俺はなんとなくその後ろ姿を見ていたが――そのうち目蓋が重くなり、急速に睡魔が襲ってくる。


(何か……忘れてるような……気のせいか……)


 ほの暗いはずの寝室で、淡い光のようなものが見えた気がする――それが何なのかを深く考える前に、俺の意識は途絶えた。



 その日の夜、俺は夜中に誰かがベッドに入ってくるというような夢を見た。


 翌朝になると、一緒の部屋にいたはずのスズナの姿がなく、彼女は準備万端を整えて居間で待っていたのだが――早起きをした理由については、曖昧に言葉をぼかして教えてくれなかった。

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