第三話 「後衛」の技能
「前の世界での上司さんですか? 大変そうでしたね」
朗らかに微笑みつつ、俺を気遣ってくれるルイーザさん。このギルドを訪れる探索者の全員に温かく対応しているのだろうが、それでも癒される。
俺のモテ期は小学生で終わっており、委員会や仕事以外では女性に縁のない人生だった。なので、少し優しくされるだけでもMPが回復してしまうのである。
「でも、この迷宮国に来たからには、探索者としての実績次第では見返すこともできますよ。そのためにも、後悔のない職業選択をしたいですね」
実績さえ出せば、あの課長も少しは見直してくれるだろうか。
いや、それがゴールなんてことはなくて、いけるところまで上を目指すべきだろう。前世じゃ会社を辞めて自分で興すくらいしかトップに就く方法は無かったが、この世界ではまた違うと考えられる。
「ルイーザさん、探索者としての実績って、例えばどれくらいのことをすると凄いと認められるんですか」
「それは……まずひとつは、探索者としての序列を上げることですね。新規探索者の方々は皆さん、序列がまだついていませんが、実績に応じて札に書かれた序列が変動します」
ルイーザさんは俺の探索者の札――ライセンスを指さす。左上に書き込まれた文字をなぞると、札に表示されている内容が変化した。
(もしかしてこれ、ミニサイズのタブレットPCみたいに使えるのか? だとしたら直感的でわかりやすいな)
「このページが、迷宮内でのあなたの行動を記録して表示している部分です。今はまだ何も書かれていませんが、この行動を評価して、迷宮から出たあとに序列の計算が行われます。迷宮から入ってすぐに出るとか、魔物に一方的に攻撃されて脱出するとか、そういうことは無いように気をつけてください。序列最下位だと、馬小屋どころか地下牢で寝ることになってしまいますよ」
「……せめて馬小屋がいいかな」
「馬小屋では微量しか生命力も魔法力も回復しないので、ジリ貧ですよ。どうしてもというときは私に救援要請してください、何度もはだめですけど、宿を手配します」
こんなときルイーザさんが自分の家に泊めてくれるなんていうのがご都合展開だが、それほど甘くはないらしい。
「……あっ、早速今夜ですか? そうですね、急に手配するのは難しいので、非常時の措置で私の家に……」
「い、いや、まだ迷宮でミスすると限ったことじゃないんで、大丈夫ですよ」
焦って否定してしまったが、お言葉に甘えておけばよかったか。いや、序列最下位になるリスクを犯してまでルイーザさんに世話になっても、将来性に疑問を持たれる。
「ルイーザさん、最後に聞いていいですか。今、新人でも需要が高いのは、やっぱりエリーティアって人が言ってたように、後衛なんですか?」
「はい、たしかに後衛の需要は高いです。どうしても体力や防御力が低く、五年後生存率という意味では、後衛職は最も低くなってしまっていますので……エリーティアさんはそれに加えて少し事情がありまして、本当はパーティを組むには適していない、単独で強さを発揮する職業なんです。ですが、ランクの高い迷宮を攻略するには、パーティを組むことは必須になります。前衛だけでは、冒険は成り立ちません。彼女も行き詰まって、自分で後衛を育てようとしてるんです」
「……なるほど」
肉壁なんて言われたから、それを避けたいというわけじゃないが――需要があるというなら、迷うことはないか。
しかし「後衛」でも、俺は一体何が向いてるんだろう。敬虔に宗教を信じてたわけでもないから僧侶でもないし、まだ三十歳じゃないから魔法使いには早い。カウントダウンが始まっていたといえばそうだが。
――とりあえずなんでも良いから「後衛」になりたい。職業欄に「後衛」と書けば、自分に向いている後衛職が勝手に選ばれたりしないだろうか。
「心が決まったみたいですね。では、指でライセンスをなぞってください」
俺は決心し、職業欄に「後衛」と書き込んだ。
――次の瞬間、その「後衛」という文字が輝き、別の文字列に置き換わり――そして、ライセンスの職業欄にしっかりと表示された状態になった。
「えっ……?」
安心する俺だが、ルイーザさんはなぜか何とも言えない表情をしている。「えっ」と言ったようにも聞こえたが、気のせいだろうか。
「ルイーザさん、これ、文字の形が変わりましたけど。後衛って書いたから、後衛の何かに就けたってことですよね?」
「い、いえ、そんなわけでは……魔法使いでも、僧侶でも、射手でも、書いた文字はそのままになるはずです。しかし、これは……」
ルイーザさんは俺のライセンスを自分の方に向け、ポケットから片眼鏡まで取り出して、鑑定でもするかのように文字を見ている。
そして彼女は、ずいっとカウンターに身を乗り出し、俺に耳を貸すように言ってきた。周囲に聞かれないようにということらしい。
「こんな文字は見たことがありません。ええと、お名前は……アリヒト=アトベ様、いったい何を書き込まれたのですか?」
「え、ええと……さっきも言いましたけど、『後衛』と書きました」
耳元での声にぞくぞくとしつつ、俺はなるべく平静を保って答える。ルイーザさんはゆっくりと俺から離れ、もう一度ライセンスと俺の顔を見比べたあと、何かを割り切ったようににこっと笑った。
「おめでとうございます、アトベ様。あなたの希望は受理されました」
「ちょ、ちょっと待って下さい。俺、結局何の職業に……」
慌てて聞くと、やはりルイーザさんは周囲に聞かれないように、律儀にカウンターに身を乗り出してきた。重力に従った胸がテーブルに乗っている光景に二度目で気がつくが、カルマが上がるので凝視はできない。
「で、ですから……『後衛』です。こんな職業を言っても、誰も信じないでしょうし、ばかにされてしまいます。こうなったのも、アドバイスをした私の責任もあると思いますから、特別措置を取ります。あなたの職業の強みを自分で理解するまで、この『傭兵チケット』を使ってください」
ルイーザさんは袋のようになっている袖に手を入れると、そこから紙幣のようなものを数枚取り出して、文字通り袖の下のごとく渡してきた。
「このチケットを使えば、一度迷宮に潜るあいだだけ、傭兵を貸してもらえます。傭兵といっても、この銅のチケットでは、人間を雇うことはできませんが」
「人間以外って……まさか、動物とか?」
「いえ、訓練された動物はいますが、彼らは決まった調教師にしかなつきません。臨時雇用できるのは、亜人型のモンスターですね。最も手堅いのはリザードマンだと思います。前衛としては基礎能力は申し分ないですし、だいたいは何らかの戦士系職に就いています」
これは――『後衛』という職に就いたことは、決してマイナスではなかったかもしれない。
銅の傭兵チケットでリザードマンを雇えば、一枚で一度きりの雇用とはいえ、初級迷宮を探索できる。そのチャンスを活かして『後衛』について調べ、長所と短所を見極めれば、活路が見いだせるかもしれない。
「職業に就いたばかりでも、何か技とかありますか?」
「ええ、初期状態でも技能をふたつ獲得できる状態です。ライセンスのページを繰ると技能が表示されますので、そこに表示されているものから選んでください。これについては、私は何もアドバイスすることはしません。技能は探索者にとって生命線であり、取得している内容を他人に開示することは基本的にしてはいけません」
「なるほど……よほど信頼できる仲間にだけ教えるべきってことですね」
「はい。この人なら背中を……いえ、前を任せられると思った人には、打ち明けるべきです。パーティはチームワークです。連携しなければ強くなれません」
ルイーザさんは両手を組み合わせ、胸の前に当てて目を閉じる。
「……担当官としての儀礼ではありますが、無事を祈ります。あなたに秘めたる神が微笑みますように」
まだ彼女の言動にも謎があり、気になることは増える一方だ。秘めたる神とは何のことなのか、『迷宮国』で信奉されている存在なのか。
一度に聞くよりも、少しずつでいい。今は自分の職業が一体どういうものなのかを確かめることだ。
俺はルイーザさんにライセンスを渡し、傭兵斡旋所の地図を描いてもらったあと、礼を言ってカウンターを後にした。
席を立ったあと、俺は目立たない壁際に移動し、ライセンスの『技能』のページを表示させ、そこにある技能を確認する。
◆取得可能な技能◆
支援防御1:前にいる仲間が受ける打撃を10ポイント減らす。
支援攻撃1:前にいる仲間の攻撃に加えて10ポイントの打撃を与える。
支援回復1:前にいる仲間の体力を、30秒ごとに5ポイント回復する。
後ろの正面:魔力を5ポイント消費し、一定時間後方まで視界が広がる。
残りスキルポイント:2
(……10ポイントの打撃って、どれくらいだ?)
ライセンスにダメージ表示機能は見当たらないので、体感で10ポイントがどれくらいかを知るしかない。俺の体力がどれくらいの数値かも不明だ。
デコピンで10ダメージということだと全く役に立たないが、どうなのだろう。これは申し訳ないが、リザードマンを雇ってから、弱い敵からの打撃の強さを見て測ってみる必要がある。
(『後ろの正面』は、体力の低い後衛が後ろを警戒するための技能か……これも使えそうだが、手始めに取るのは『支援防御1』と、それをテストした後に回復するための『支援回復1』……いや、回復方法は保留するか)
傷薬などがあるなら、『支援回復1』を取るのは尚早かもしれない。俺は迷いつつ、『支援防御1』にポイントを振った。『支援攻撃1』も取ってみたいが、貴重なポイントは慎重に使いたい。
今のところ、目立った変化はない。周囲にいる誰も、俺がスキルを取ったことにすら気づいていない。
パーティを組めば、俺がハズレを引いたのか、上手くやっていけそうなのかがはっきりする。俺はルイーザさんから貰った三枚の『銅の傭兵チケット』を確かめ、密かな決意を胸にしてその場を離れた。
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