主井さんの想いが重すぎる!
@Sakuranokimi
第1話 出会ったばかりの君
「あの、ハンカチ落としましたよ」
平凡な僕・如月充(きさらぎみつる)は、ハンカチを落とした女性に平凡にそれを手渡す。
「えあっ、ありがとうございまふっ……!」
随分と慌てた様子の彼女は、急いで受け取って、本来向かっていた方向とは逆の方にへと走っていった。
「急用かな……」
そんなことをぽやーっと考えながら空を見上げる。自然破壊が進んでいるようには感じられない澄んだ青空を、僕は目を細めながらポケットから取りだしたスマホにおさめた。
「よぅ遥輝。ちょっと遅れたかも、ごめん」
「いやそんな待ってないし……って、充。今日はダブルデートの予定なんてないけど」
……はぁ?こいつは何を言っているのだろう。遥輝とは保育園からの仲で、ずっとつるんできたし、お互いなんでも伝え合える心からの親友だと思っている。遥輝に彼女がいて僕にそんな存在がいないことぐらい、朝飯前に知るようなことじゃないか。
「……はっ、もしかしてお前遥輝じゃないのか?!」
「いや、俺からしたら充の方が充なのって感じだけど」
「はぁ?!なんだそれ?!」
「え、それ充の彼女じゃないの?」
「それ?」
釈然としないまま、僕は遥輝がそれ、と示す指先をたどる。
「えっ?!なんでいるの?!」
「やっぱ彼女じゃん」
「いや違うって!ここ来る前にハンカチ落とした女性と拾った僕ってだけの関係だよ!」
「分かりづら。とにかく話しなよその子と。この状況でもつったてんだからなんか充に言いたいことあるんだろ。俺あそこのキッチンカーで適当に時間つぶしとくから」
「そんな……って遥輝ー!」
呼び止めるも遥輝の背中は遠ざかっていくだけだ。なんだかよく分からないけれど、仕方がない。声をかけてみるか。
「あのぉ……僕になんか用ですか?」
「ふえっ?!はっ、あっ!えっと……あの、これもらってください!」
「え?……マフラー?」
渡された紙袋を覗く先にあるものは、先日春に入ったと報道された今、あまりに不釣り合いなものだった。
「あの、その、冬にもうあんでたんですけど、よく考えたら渡す人がいなくて。お、お礼に……」
すごくツッコミたいところがあったが、それを無視して僕は続ける。
「お礼って……落としたハンカチ渡しただけですよ?」
「いや、でも……その、お気に入りのハンカチだったので……!」
しかしそうは言っても……市販のものならまだしも、手編みだし……そんな、まるで恋人にあげるようなものをハンカチを拾っただけの僕がもらってもよいのだろうか。正直、今もらってもという思いもあったりするのだが。
「だめ、ですか……?」
人は心、というから気にしないようにはしているが、そんなのがどうでもよくなるくらいこの子はかわいい。そう、今思うことではないのに思ってしまうくらいに。
ふわっとした茶髪のミディアムヘアー。大きな瞳に小さな鼻。優しいピンク色をした薄い唇、透き通った肌。春に見合ったかわいらしいワンピースが……と、語り出してしまってはよくない。
上目遣い。なんとも恐ろしい技だ。
「あの、じゃあ、ありがたくもらおうかな……?」
「ほんとですか?!ありがとうございますっ!」
こんなふうに笑うのか。はじけるように、しかし凛と咲く向日葵のようだ。慌てていて、心配気味な表情ばかりを見ていたせいだろうか。その不意打ちには、いつも女優やモデルにさえも感じない男心をくすぐられた気がした。
「……っと、ちょっとだけ私の想いをこめてありますが、そんな気にするほどでも無いので、ほんと、気にしないでださい!ではこれで!」
ただこれだけを渡すべくこんな僕に時間を割いてくれたのか。僕の居場所が分かるのは後をつけたからというのは、僕の胸にしまっておこう。
「ちょっと、見てみたい」
彼女は想いを込めたと言っていた。ツッコミたかった、渡す人がいないは嘘だったのだろうか。なんだか、貰うはずだった人あてへの物がどんなものか気になる僕は、相当クズだなと感じながらも、待っている遥輝を完全に忘れている僕は、紙袋の中に手を伸ばし、それをつかみ取り出す。
「……ぇ?」
広げたマフラーに編まれた文字を、話が終わったとみかねてやってきた遥輝が読み上げる。
「♡えるおーぶいいー充♡……ずいぶん愛のある彼女だなぁ」
「……だがら……違うんだって……」
出会ったばかりの君は、“ちょっとだけ想いをこめた”マフラーを残して去っていった。
名前を伝えた覚えはない。今日の今日まで接点があった覚えもない。だけどそんなのはどうでもいい。僕に覚えがないだけなのだから。ただひとつ言わせてほしい。
「重い!」
周囲の目なんか気にせず、僕は叫んだ。
主井さんの想いが重すぎる! @Sakuranokimi
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