二章:エルフの親子

港町ミルナード

 町にやって来て一ヵ月。俺はまだ野良猫として日々を過ごしていた。


 アリィに助けられた後、シャム猫と町を巡り、アリィの家を特定することは出来たのだが、彼女の実家はパン屋を経営していたのだ。


 そう、パン屋。食べ物を売る所である。衛生管理が徹底されなければいけない場所で猫なんて飼えるはずもなく、俺はこうして自由気ままな野良猫ライフを満喫しているというわけだった。


 公園で籠に入れられて看病されている時点で、何かしら家では飼えない理由があることに気が付くべきだった。


 親が動物嫌い、とかだったら俺の力でどうにか出来る自信があったのに。言葉は通じなくても、説得する術はいくらでもあるからな。特に猫の力をフル活用すれば人心掌握なんて簡単だ。


 なら、他の飼い主を探しに行けばいいと思うだろうが、まずはアリィへの恩を返してからでないとやはり気分的に嫌だった。まだアリィに飼ってもらえる可能性もないわけではないだろうし。


 それに慣れれば町での野良生活も悪くない。漁港が近いから、ねだれば簡単に魚も手に入るし、飲食店では余った食料をたまにだが分けてくれる。


 住民たちも猫に対してはかなり友好的で、室外で食事をしている人間に食べ物が欲しいと訴えれば料理を分けてくれたりもする。


 そうやって一ヵ月、人間の住む町で過ごしている間に人間の言語も普通の会話なら聞き取れるくらいには覚えることが出来た。


 一応、シャム猫も人間の言葉はある程度は理解しているらしく、人間語は彼に教わった。見た目や言動はアレだが、意外に頭はいいのかもしれない。教師を確保できたことと俺の体が若いのも相まって、言語習得は思ったよりも簡単に達成することが出来た。


 そうして人語を理解してから人々の会話に耳を傾けて分かったことがいくつかある。


 まずこの町はそれなりに栄えていること。港町であるためか、人や物の流れも盛んで町全体が活気づいている。


 技術の発展具合は俺の世界で言うところの第二次産業革命時代くらいだろうか。道路や水道設備はかなり整っているようで、下水まで完備されていた。


 電灯類に関しては、あるにはあるのだが電球ではなく何か幾何学模様の入った鉱石を使っているようだ。それが何なのかは、まだ分からない。シャム猫も知らないようだった。


 治安は軍隊――というよりは騎士隊と言った方がいいだろう。鎧を身に着けた集団が管理しており、質も良いようで町の雰囲気は良好だ。少なくともそこかしこで犯罪が起こるような場所ではない。


 ただ、一年ほど前にこの町の領主が何者かに暗殺された時は少し荒れたようだが。


 以前、巣穴近くで俺が見たドラゴン――あれはアルラッド帝国という、いわゆる俺が今いる国の大本が調査に来ていた場面だったらしい。今でも犯人は確定しておらず、定期的に帝国の人間がドラゴンに乗って調査に来るらしい。


 領主問題は、半年前に新しい領主が来てからはひとまず落ち着いたようだった。少なくとも俺が探った範囲で問題は見かけてない。


 あとこの町はアドラッド帝国に属するミルナードという名前の港町だということも分かった。


 ミルナードには学校や図書館なども完備されており、識字率も高いようでそこら中に看板などが散見された。俺にはどれもチンプンカンプンだが。


 タイプライター的な物も存在しているので、住民たちは読み書き共に問題なく出来るのだろう。アルラッド帝国は全体的に教育が行き届いているのかもしれない。


 そして、この世界では魔法が日常的に使われている。主に自動生産技術や町の公共設備の類、後は運搬や戦闘などに使用されているようだった。何度も物が宙に浮いたり動いたり、火花や電撃がどこからともなく発生しているのを目撃した。


 そういった”魔法”を使用している時、ほとんどの人間は魔法陣を用いて魔法を行使しているようだ。


 ただ時折、魔法陣を使わずに魔法を扱っている人間を見かけた。観察を続けている内に、魔法陣なしで魔法を使う人間はみんな総じて耳が長いことに気が付いた。


 いわゆるエルフというやつだろうか。一応、この世界独自の呼び方はあるようだが、ややこしいのでエルフと呼ぶことにする。


 ちなみにアリィもしっかりと耳が長い人種だった。耳の長さでどうして魔法の扱える有無が決まるのかは、一応調べてみたが分からなかったので諦めた。まあ俺には関係のないことだ。


 このエルフという人々はどうやら希少人種らしく、人口の一、二割しかいないらしい。そのため、エルフを狙った誘拐などの事件が多発しているようで、この町でも最近、一人いなくなったと井戸端会議をしているおばちゃんたちから盗み聞いた。


 しかも、誘拐されると二度と戻って来ないらしい。治安は良くてもやはりそういう危険はあるようだ。アリィにも関係あることだし、頭の片隅には入れておこう。


 それ以外は、日本と同じまでとはいかなくても平和な町ではありそうだ。とりあえず猫として住むには申し分ない。


 なにより住民の生活に余裕があることが分かってよかった。人間が生活に困窮しているようだったらペットなんて飼えないだろうからな。


 しかし猫というのは便利だ。こうして誰に咎められることもなく容易く情報収集することができる。どれだけ近くにいようとも警戒されることはないから、その人たちが持っている率直な情報を仕入れることが可能だった。


 もし、前世でもこうやって情報を集められていればもっと簡単に顧客の情報を仕入れて的確な仕事が出来たのに……。と、たまに郷愁に浸りながらも、徐々にミルナードでの生活に慣れて行った。


 言葉が分かるようになって生活にも慣れ、餌を確保する効率が上がり、狩りをしなくても充分食うに困らない生活を送れるようになった。


 シャム猫を始めとして人脈――いや猫脈か、もかなり構築できて生活基盤が安定したので、いよいよ本腰を入れて恩返しをしてやろうと、アリィのパン屋に通っていた。

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