最後の日

連喜

第1話

 今日は人生最後の日だ。


 俺は健康で貯金も家もある。

 しかし、俺にとって今日が人生最後の日だというのが、前々から決まっていたから、若い頃からずっとこの日をゴールだと思って生きて来た。今から三十年近く前。俺は学生の頃にすでに死んでいたはずだった。


 あの日俺は意識がないまま病院に運び込まれた。

 事故が起きたのが一瞬だったから、俺は断片的にしか記憶がない。

 確か、信号を渡っている時に車にはねられて、かなり高いところまで飛ばされたんだ。俺の体は電線くらいの高さまで持ち上げられて、次の瞬間に物凄い力で地面にたたきつけられてしまった。幸いだったのが頭を打たなかったことだろう。無意識のまま受け身を取ったんだろうか。


 俺はその時、色々あって死ぬわけにはいかなかった。

 だから、人の生死を支配している何かに手を合わせて祈った。

 姿を見たわけではない。


 何とかあと三十年ばかり生かしてください。

 俺にはどうしてもやらなくてはいけないことがあるんです。

 親が死ぬのも見届けなくてはいけないんです。


 俺は必死に訴えた。


 すると、その何かが「お前の寿命は2023年9月30日までと決めた」とはっきりと言った。俺は目が覚めた時、その日付を忘れないように看護婦さんに紙に書いてもらったのだった。


 俺はその日付を頭に思い浮かべながらこの三十年を生きて来た。

 それが今日だ。


 ***


 俺は昨日の夜、自分のためにケーキを買った。

 行列ができるような人気店のやつだ。

 店の外に並んでいた人たちは、家族のためにケーキをいくつか買っていた。

 あの人たちは、ケーキを持って帰れば喜んでくれる誰かが、家にいるんだろうと思う。

 ちょっと寂しかった。俺にはそういう人が誰もいない。


 俺はもともと甘いものは好きではないが、記念日と言えばケーキを思い浮かべる。

 子どもの頃は誕生日にケーキがあったような気がする。

 それも定かではない。

 そんなに喜んでいなかったのかもしれない。


 スーパーなんかで買ったんだろうか。

 旨かったかどうかというと、そうでもなかった。


 子どもの頃は甘いものが欲しくて仕方なかったが、今は嫌いになってしまった。


 ***


 俺は今朝起きて、前の晩から作っておいた滑子の味噌汁を温めて、冷凍のとろろご飯をご飯にかけて食べた。


 あとは、スーパーで売っているソーセージをレンチンする。

 こういう食べ物が俺にとっては一番うまい。


 その後は、ずっと寝ていた。

 寝ていると嫌なことを繰り返し思い出す。


 途中で目が覚めて頭痛がしたけど、俺は眠り続けた。

 もし、生きていなかったら、気持ちよく寝ることもないと開き直る。

 そのうち、起き上がって昼飯を食うことにした。

 

 もう一時を過ぎていた。

 今日が半分終わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る