第20話
▫︎◇▫︎
じわあー、
卵が油と共に跳ねる音を奏で、液体から個体へと変化していく。
くるりくるりと丁寧に卵を巻き上げると、そこにはふっくらとした見た目の卵焼きが出来上がっていた。
「ふうー、」
今日も無事にさまざまな鍛錬を終えたノアは、魔女のために朝ごはんという名のお昼ご飯を作っていた。今日からはティアラの分も作らなければならないゆえに、ほんの少しじつだけ多めに調理する。
かたん、
「? あぁ、おはようございます。ティアラお嬢さま」
ノアが振り返ると、そこにはティアラがひっそりと佇んでいた。
昨日魔女に手当てをしてもらったティアラは、ここに来たばかりの頃のノアのように包帯まみれになっている。それだけ怪我が酷かったのだろう。
青を超えて紙のように白い肌をしたティアラは、昨日よりも苦しそうだ。
目の下にも黒いものがうっすらと浮かんでいて、あまり寝ることができていないことが手に取るように分かる。
「………お、おはようございます、ノアくん。………………ティアラで構いませんよ」
「分かりました」
「………遊ばれるのはごめんです」
「あら、バレていましたか」
じとっとした表情で睨まれたノアは、苦笑しながら肩をすくめる。
———執事ごっこ楽しかったのに。残念。
机の上にある服を手に取ったノアは、ぎゅっと身構え続けているティアラに水色のワンピースを渡した。
「目分量で大きめに縫い上げています。問題はないかと思いますが、使用していて違和感のある場所等があったら教えてください」
呆然とノアから受け取った服を握りしめていたティアラはやがげ、震える手でワンピースを広げてから、くちびるを戦慄かせ、やがてアクアマリンの瞳からぼろぼろと涙をこぼした。
「これ………!!」
「僕に縫えるのはこのレベルまでだから、あまり複雑なデザインじゃなくて悪いのですが、その白いワンピースよりはマシかと」
困ったように笑ったノアに、ティアラはただただ首を横に振りながら泣き続ける。
「おかー、さまが………作ってくれたお洋服にっ、にて、います………っ、」
「———、そうですか」
ノアの作ったワンピースは、ノアが叔父による国家反逆により王宮を追放された時期に王宮にて流行っていたデザインのドレスを模して作ったものだ。
つまり、
———ティアラはその頃はまだ王都で裕福な暮らしをしていたということか。
旧王家への恨みつらみがあるのならばもっと古い時期に王都を追われていると思ったが、それは間違いであったらしい。
にこっとティアラに優しく笑いかけたノアだが、実のところノアの瞳の奥底は彼女と出会った頃から1度として笑っていない。
———魔女さまは妙なところで敏感だから、気づいているだろうな………。まあでも、僕に何かしらを言ってこないということは、この件は僕預かりということ。自由にさせてもらおうじゃないか。
いつのまにかノアの作ったワンピースに身を包んだティアラは、ひょいっとノアの顔をのぞいてきていた。
「似合っています、か?」
「えぇ、よくお似合いです。お髪を整えましょうか?」
ノアの言葉に一瞬キョトンとしたティアラは、けれど次の瞬間自らの無惨に切り裂かれた金髪を撫でて頷いた。
「よろしくお願いします、ノア」
「はい、ティアラ」
部屋の奥から鋏と布、そして青いリボンを取ってきたノアは、彼女を椅子に座らせてから彼女に布を巻く。
「髪型のご希望はありますか?」
「う〜ん、前髪邪魔」
「じゃあ、短めに揃えておきますね」
のんびりとした、けれどはっきりと言ったノアはしゃきんしゃきんとティアラの美しいプラチナブロンドに鋏を入れていく。できるだけ長く残せるように気を配りながら、少しずつ少しずつ切り揃えて、すいてを繰り返す。
「———できました」
「っぅわぁ!!」
ぱちっと瞳を変えたティアラが、心底嬉しそうな声を上げるのを聞きながら、ノアはほっと吐息をこぼす。
「よくお似合いです」
「ありがとうございます!」
肩上ぎりぎりのところで真っ直ぐと揃えられた後ろ髪に、眉の下で7対3に分けられた前髪、そしてカチューシャにするように頭にリボンを巻きつけたティアラは、まるで本物のお姫さまみたいだった。
「ふふっ、ノアはなんでもできるのですね」
「………いいえ、ここに来るまで僕はたくさんの時間を必要としましたよ」
苦笑したノアは、ふっと遠い瞳をする。
「僕は、天才なんかじゃない。秀才です」
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