売却できぬ廃屋

釣ール

第1話:鎌持つ異形

 過去回想



 もうこの家も廃屋か。


 管理者だった四十代男性は、廃屋は眺めてはかつてを思い出すのだった。

 そして、その事を知る友が廃屋の中にある重要な荷物を片付けていた。


「俺達がガキの頃は、安くて楽しめる地域密着型プチテーマパークだった。

 それも今じゃみんな大人になり、俺達もがめつくなって余裕がなくなりこうして他の客の都合も考えられず閉店。」


 相変わらず友は皮肉をユーモアと間違えている口の悪い人だった。


「ま、まあ元の鞘におさまっただけかな。

 元々道楽で作られて放置されていた廃屋だ。

 ここを部屋にできれば俺ももう少し楽に暮らせたのに。

 本当、人生はうまくいかないのが当たり前なんだな。」


 未練がある程度残っているのは自分達だけ。

 ここで遊んでいた子供達も恐らく別の楽しみや、家庭を築いて色々やっているのだろう。


 友が吐き捨てるように呟いた。


「家族だとか幸せの話は押し付けて美化する癖に、こういう思い出とかサブカル系の話が気味悪がられるのなんてアンフェアだ。

 俺達人間の紡ぐ物語は、この廃屋ように終わりが見えていて、役割などない。

 そして生ある奴は死に絶え、遺体は好き勝手されるだけ。


 スパーンっとこの廃屋は売却できないのか?」


 なんだか重要な前置きがあったがそれは後で答えるとして売却は簡単にできるものではない。



「俺もこの廃屋に思い出がある人間が買ってくれないか探っていたが誰もいない。

 随分前に建築された型落ちの家なんざその程度だ。」


 かといって管理も面倒だ。

 二人は今後この家をどのように処理するかを長く考えることにしたのだった。


 既にこの廃屋は新しい何かに飲み込まれているのに。



 -分岐点とある世界



 七時あらかたは空を殴り、蹴りを放つ。

 あまり自分が目立つのは嫌なのだが練習はしないわけにはいかない。


 やっと貯めたファイトマネーでリノベされた廃屋を自分の家として手に入れることができた。

 ローンも払わなくていいし、アンティーク趣味だと言えば友人も誘いやすい。

 それにあの家は確実に何かが存在する。


 出回っているホラー作品は本物ではなくともストーリーと不気味さ、本物っぽさも両立されている。


 分かっている。

 摩訶不思議なモノや都合のいい神様なんて存在しねえことなんざ。


 一度くらいは本物がいるならぶん殴ってやりたい。

 てめえらは何もこちらに干渉せず全てを見殺しにしてきたクソ野郎だと認識させたいから。



「ふぅ。

 いい広さだ。」


 誰もいないのに感想を呟く癖はやめにしたい。

 差別がない前提の世界で成り立つ「多様性」を言い訳になんて現実にはできないから、こんな呟きが不審者扱いなのは変わらない。


 資本主義も崩壊しているのに、家族だの恋愛だの…逆に孤独とか自分軸とか。


「馬鹿ばっかりだな。」


 勿論人間である七時もその一人だ。

 誰も幸せになんかなれない。

 人と人が携わる以上。



「おっと。

 ソレガシの世界に入っておきながら挨拶もせぬ不届きものがおるわ。」


 なんだ?

 寝ぼけているのか。

 夢の中か。

 昨日も試合疲れたし、しょうがない。



「ほおほお。

 ソナタは細い身体ながらしっかりと胸板が張っており腹筋が割れているようだ。

 巷で流行りの刻印らしきものは見当たらぬが戦いが好きな若手男性というわけだな。

 この廃屋でここまで属性が濃ゆい人間がソレガシの前に現れたのは初めてだぞ。

 光栄に思うがいい。」


 早口でまくしたて、上から目線の謎の存在の姿を見ようと起きてみるのだった。


 見た目は人間と変わらない。

 大鎌を背中に持ち、男性とも女性ともとれる中性的な顔立ちに服装はスーツ。

 少しアニメチックなデザインで誰かの趣味が露骨に反映されている。


「あんたは誰?何の用だ。」


 面倒なことは終わらせたい性分の七時は相手に一方的に喋らせることにした。



「ソレガシはエトランゼ!

 この家の福を呼び、貧しさを追い払う者!

 人は人と共に生き、すれ違い、騙されこけ脅され、依存し互いを殺しゆく醜さの異形。

 ソレガシは異形へ癒しを提供するため邪を狩り空間を維持する俗物なり!

 ソレガシが切り取り世界は今や分岐しこの廃屋に物語が生まれ続ける寸法だ。」



 つまりこのエトランゼって奴は人類に敵意はあるが悪意はないのか。

 だが世界が生まれる?

 なんの話だ?


「もう少しわかりやすい話し方はないのか?

 最近のビジネスじゃ小学五年生にわかりやすい伝え方がいいと聞く。

 醜い異形の言うことを聞くのは癪だろうが、ある程度適応しないと面白いものも面白くなくなる。」


 エトランゼはこちらをほほおと覗き込む。

 嫌味たっぷりな形相で。



「ソナタは戦闘力があるようだ。

 ソレガシを目にしてここまで喋れる異形も初めてかもしれぬ。

 ソナタとなら…ここで起こっている…いや起こりうるあらゆる可能性を見せても退屈せぬな。」



 ほう。

 まさか…異世界に転生されるのか?

 七時は少し身構えた。



「安心せい。

 ソナタはこの家の主だ。

 ソレガシと共にあちこちに存在するこの廃屋の過去も現在も未来もその前もその先も下世話根性で眺めようぞ!」



 やれやれ。

 非日常は試合だけにしてほしい。

 だが暇や退屈よりはマシか。


「なら見せてもらおうか。

 ここで起こっていること、起こったこと、起きることを。

 ただ、俺に降りかかる話は勘弁な。

 なぜならここの主人だからさ。」


 エトランゼは笑顔で勿論と返事をした。

 いつのまにやら異形である七時は受け入れられているようだ。


 しかし不思議なことを聞いたものだ。

 この家が無数にある?

 世界線って本当にあるのか?


 それを七時達は見せられることになる。



 つづく。

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