隣の魔王様 2

 それから半月ほどは何も起こらなかった。異世界に呼び出される事もなく、俺は平和な学園生活を送っていた。


 あんなに頻繁にあった異世界召喚が半月も無い。これは魔王に敗北したせいで、召喚の優先順位が下がったのではないかと邪推してしまう。


 早く異世界に召喚されて、減ってしまった経験値を回復させ再びレベルアップしたいのだが。そういう時に限って召喚されないのだから、世の中はままならない。


 現実世界の俺は特に目立つ所もない普通の生徒だった。成績優秀でもスポーツ万能でも無い。ゲームと漫画が好きな普通の高校生。


 を演じていた。うん。勉強に関しては、その気になれば魔法で時を止めて、カンニングして凄い得点も取れるんだけどね。そんな事をして目立ったって良いこと無いだろう? スポーツは言わぬもがなだ。オリンピック選手が泣き出すような成績だって不可能では無い。


 というか、きっと世界中にいるだろう転生者がオリンピックに出て来たら大変な事になるはずなのに、そういう話はついぞ聞かないのだから、転生者はみんな自重しているのだろうな。


 俺は仲の良い友達が何人かいて、クラスの連中とも概ね仲が良かった。イジメを受けている訳でも無い、クラスメートからの羨望を集めている訳でも無い。ちなみに、仲の良い女子は何人もいるけど、彼女はいない。普通の中に埋没した状態だ。うん。良いんじゃ無いか。俺が異世界では高レベルの勇者だなんて知られたら色々面倒だからな。


 その日も俺は昇降口で仲の良い友人である篠原と一緒になり、駄弁りながら階段を上った。


「なんか、転校生が来るらしいぞ」


 篠原が言って俺は首を傾げた。


「こんな中途半端な時期にか?」


 今は十一月で学期の途中では無いか。転校生は普通、学期の変わり目か学年の変わり目に来るものだ。


「知らねー。なんか、職員室で挨拶に来たのを見た奴がいるんだってよ。女らしいぞ」


「ふーん。親の仕事の都合かねぇ」


 俺は肩をすくめ、教室の後ろの入り口から入っていった。俺の席は一番後ろの窓際。良い席だ。外にはグラウンドと、その向こうに住宅街が広がる。青空と雲。日当たりも良いし、眠くならないようにするのが大変なくらいだ。


 俺は席に座ってバッグを机の横に引っかけた。のだが、その時気が付いた。隣の席が空席になっている。? 昨日まではここには羽川さんという女生徒が座っていた筈だが。羽川さんは近くにいた。俺は声を掛ける。


「羽川、席を移ったのか?」


 すると羽川さんは訝しげな顔をして不可解な事を言った。


「何言ってるの? 前から私はここの席だよ?」


 は? 俺は驚いた。いや、流石にそれはない。昨日だぞ? 流石に昨日の事は俺も間違えないよ。間に異世界行きが何年も含まれているなら兎も角(異世界に行ってしまうと流石に忘れて友達との約束をすっぽかしてしまい、困った事はある)。


 変だとは思ったが、羽川さんにも何か事情があるのかもと、俺はそれ以上追求しなかった。その事情とやらがもしかして俺のことを「キモい」と思っているとかだったら嫌だったし。もしかして異世界帰りの俺に妙な行動があって忌避されたのかも知れないし。


 ということで、とりあえず俺はこの出来事はスルーして、ホームルームの時間まで友達連中の席にいって時間を潰した。


「本当だって。見た奴が言ってたんだ! 凄い美人だって?」


「何の話だよ?」


「転校生だよ転校生! 今日来る女の転校生がスゲぇ美人だって話!」


 ふーん。と俺はこの時、その話にあんまり興味が持て無かった。美人ねぇ。


 美人というと思い浮かぶのは、やっぱりにっくきあんちくしょう。前回の異世界で完敗したあの魔王だった。


 俺も異世界歴長いから、妙に容姿端麗な奴が多い異世界で、美女なら色々目にしてきた。何回か組んだパーティには絶世の美女と讃えられた女魔法使いだとか、ドジだけど可愛い女僧侶とか、ツンデレなシーフなんかがいたことがあって、勿論結構仲が良くて、ラブロマンスに発展寸前、まで行った事がある。まぁ、そこまで行くまでに俺が距離を置いたんだが。だって、俺は帰るんだから。恋人なんて作ったら帰れなくなるだろう? 恋人じゃ無くったって別れの際に仲間に涙を流されるのは結構辛かったんだからな。


 しかし、そんな俺にもあの女魔王は別格に映ったな。


 非の打ち所の無い美貌、自信溢れた表情。露出の多い格好が相応しいメリハリある曲線滑らかなボディ。暗雲漂う空を背景に黒髪を靡かせたあの姿は、うん、難き敵なのにも関わらず目を離せなくなるような強烈な存在感を放っていた。


 ……アレに比べれば、現実世界の美少女なんて薄くて弱くてまるで敵わないな。テレビに出てくるアイドルとかでも輝きが比較にならない。まして高校生の同級生なんてそりゃもう……。うーん。


 実は俺は、現実での実年齢は十六歳なんだけど、その間に異世界に行って何年も冒険してるんだよな。真面目に数えた事無いけど、合計したら二十年くらい余計に生きてるんじゃ無いか? だから俺の精神年齢は三十五歳くらいになっていてもおかしくない訳だ。これではクラスメートが「お子様」に見えるようになってしまっても無理は無いのかもな。何しろ異世界は厳しい世界だ。アッチでは十六歳なんて立派な大人扱いで、女の子はかなりの割合でもう子持ちなのである。


 だから俺は現実世界の同級生女子には全く心が惹かれなかった。美人の転校生という本来心躍るようなネタにも冷めていたのはそういう理由による。


 そんな事を言っている内に先生がやってきた。俺は席に戻って座って先生を迎える。と、その後ろにもう一人の人影があった。あれが噂の転校生だろうか。


「起立、礼、おはようございます」


 というお決まりの朝の挨拶をする。担任は白髪頭の小さな男性教諭だった。その先生が大きな声で紹介する。


「今日からこのクラスに転校生が入る事になった。仲良くするんだぞ」


 そして先生に促されて転校生が教壇に上がった。頬杖を突いて何となく眺めていた俺の視界に、長い黒髪がフワッと流れた。


 その情景が俺の記憶を刺激した。俺は思わず顔を上げてしまう。転校生は女子。髪の長い女子だった。制服のブレザーを着ていて、変わった所は何も無い。


 が、クラスメートはざわめいた。どよめいた。その転校生が非常に印象的な容姿だったからだ。


 艶やかな黒髪。制服に包まれたその肢体は非常に伸びやかで滑らかで、それでいて非常に豊満だった。身長が高めなので完全にモデル体型であると言っていいだろう。


 そして美人だった。凄い美人だった。目は大きく、ややつり上がり、目尻が色っぽく流れている。鼻はやや高く真っ直ぐで、唇は赤く麗しく、頬は滑らかで白かった。


 男子も女子も騒然とするのは当たり前だった。これは、アイドルとか女優とかやっているんですと言われても逆に納得出来るような美人、圧倒的な存在感がある美人だったのだ。彼女は騒然とするクラスメートを見回し、ニィっと笑った。赤い唇の縁から八重歯が覗く。それがまた俺の記憶を刺激した。


 そして転校生は明らかに俺の事を見て、それはそれは楽しそうに微笑んだ。


 俺は思わず立ち上がった。後ずさった。背筋が寒くなり、全身から汗が噴き出る。周囲のクラスメートが奇異なモノを見るように眺めてくるが、取り繕う余裕がない。


「お、お前は……。まさか……!」


「おい、何してるんだ。席に戻れ浜路」


 先生が注意してくるが俺は動けない。転校生から目が離せない。


 だって……。こ、こいつは……。絶対、あの魔……。


 しかし彼女は俺には構わず、お上品な笑顔を浮かべたまま、いかにも人畜無害という笑顔を浮かべながら皆に自己紹介の挨拶をした。


「転校してきました、磨上 洋子です。よろしくお願い致します」


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