とっくに囚われている
『優秀賞とったよ』
蒼から悠宛に届いたメールにはそのタイトルで、内容は起きて待ってるというものだった。
仕事を終えた午前一時過ぎ、家に帰ったら、蒼はソファーで寝ていた。
しかも、だいぶお酒を飲んだらしく、ワインの瓶が一本空いていて、二本目がそろそろ無くなりかけていた。
いくら酒好きだからといって、こんな風に飲むなんて……嬉しくてというより、やけ酒のようだな。
起こしても、唸り声をあげるばかりで、目覚めない蒼をベッドに運ぶ。
昨日、レストラン『雪月花』に来た後は、起きて悠の帰りを待っていてくれた。
モデルからナンパされた話をされて悶々としたけど、楽しそうに話す蒼を見てたら、大丈夫だったんだとすぐにわかった。
でも、そのあとの、昔の友人に会った話は、なにか気になるような雰囲気だったけど……。
明日、起きたら蒼に聞いてみよう。
こんなに飲んで、二日酔いになってるはずだから、俺が朝ごはん作ってあげよう。
時々、苦しそうな寝息を立てる蒼の髪を
*****
ネイルコンペティション優秀賞とってから、ネイルサロン『ロータス』は大盛況で、新規の客が増え、メディアの取材も受けていることから蒼は益々忙しい日々を送っていた。
ネイルコンペティションで、蒼のモデルをつとめたNAOKIがファッション雑誌に、『ロータス』を紹介したことで、男性の客も増えている。
元々ネイルに興味のあった男性が、気兼ねなく行けるということもあるのだろうが、蒼自身を目的としている客が増えていた。
優秀賞を取った作品は、NAOKIにとても似合っており、あのネイルチップを使って撮影するということで、何回かスタジオに呼び出されることもあった。
明日は、別の取材があるようで、せっかく店が休みなのにスタジオへ出かけるらしい。
そんなことで、悠のやきもきする日々が増えている。
レストラン『雪月花』の定休日、蒼が仕事を終えて、一緒に夕飯を食べ、お風呂に入る。
仕事の時間も違うから、生活時間帯がずれるのは当然で、休みの日も違うから尚更二人の甘い時間は貴重だ。
ソファに寝転がって、蒼の腰に腕を絡ませて、悠は甘えている。
「蒼? NAOKIさんて大丈夫なの? また誘惑されてない?」
「もう大丈夫だって。彼、人のものには興味ないって言っているし絡まれてないよ」
蒼のお腹に乗っている悠の頭を撫でながら、蒼は頬を染めて言う。
「俺は……悠だけだよ」
あまりの可愛さに、キスをする。
返してくれる唇を吸い上げて楽しんだ後、首に口を這わせて、喉仏を強く吸い上げた。
苦しい表情をした蒼の口から吐息がでる。
首のど真ん中に赤い印を付けて、蒼の頭をすっぽり抱きしめた。
優秀賞を取った日の泥酔を聞いてみたけど、さりげなく話を逸らされたままだ。
――不安だ。蒼が何を考えているのかわからない。
付き合い当初から、蒼の孤高とした雰囲気は変わらない。それが嫌いではない……だけど……なにか寂しい。
誰に対しても一線を引いているのは、蒼の性格だというのは良くわかるんだけど。
感情的にならない冷静さが、全てを諦めて、やめてしまうのではないかと怖くなる。
「おーい。苦しい」
悠に包まれたまま、手だけを動かす蒼を、より一層抱きしめる。
「……っ、お、おい」
腕を緩めると、そろそろと頭を上に出した蒼から唇を重ねてきた。
自分からキスをする行為に照れて、はにかむように笑う蒼の顔を両手で挟み、むにむにと頬を触りながら、
このまま二人だけの時間が続けばいいのに。もっと、もっと蒼といたい。
もっと、もっと繋がりたい。
重ねた唇から、歯列を割るように舌を差し込み、蒼の舌を絡ませ吸い上げる。
どこが好きで、どこをどうしたら感じるのか、もう知っている。
間近に顔を突き合わせ、目で合図を送りあうと、ベッドにもつれ込んだ。
翌朝、蒼の取材に付いて行くことにした。
「どういうつもりだよ。悠だって仕事があるだろう」
「仕事は行くから大丈夫。お昼前には終わるでしょ? 終わるまで外で待ってるよ。少しでも一緒にいたいから」
渋々頷いてくれた蒼は、困惑しているように見えた。
蒼は、仕事に私情をもちこまない。自分の都合で、店を休むことをしないし、仕事の依頼はオフの日でもこなす。
特に今は忙しい時期なんだろうから、俺が融通を利かせられるなら俺が合わせればいいと思っている。
お互いの指にリングを
初夏のうだるような暑さに、空を仰ぎ見る。
真上は、雲1つないきれいな青空なのに、先の遠い空には、雨雲が立ち込めていた。
同じように空をぼんやり眺めていた蒼が小さく言う。
「仕事現場来てもらうのは、嫌じゃない。一緒にいられるのは嬉しい。でも、でもね、オンとオフが切替できないんじゃないかと……不安なんだ……なんていうか、気になっちゃって……集中できないというか…………悠の存在は大きいから」
――――えー、うそーっ! そ、そんなこと考えてたのかよ。
顔がにやける。口元が緩むのを手で隠して、蒼を見る。
同じく自分を見つめた蒼が、ムッとした表情になっていた。
「なに、にやけてんだよ」
「だって、だって、俺の存在が大きいなんて、そんなこと言うんだもん……嬉しい」
耳まで赤くなった顔のまま、ふんと鼻で笑って、蒼は
もっともっと、蒼の中で俺の存在が大きくなればいい。俺で一杯になればいい。
怖いくらいの独占欲が飛び出して、自分でも引いた。
スタジオに向かいながら、今日取材で、ネイルコンペティション優秀賞時に依頼があったメディア対応は、終わりと聞かされた。
今後は、メディアの露出は極力しない方向で、取材を受ける時は、店に来てもらうことにするらしい。
真っ直ぐ前を見つめて話す蒼は、格好良い。
「お客さんあってのロータスだからね。数あるサロンの中から、うちを選んで来てくれてる。慢心してはいけない」
――ああ、好きだ。その自信が眩しい。
*****
蒼が取材を終える頃に、スタジオの出入り口着いた悠は、外の物陰に進む蒼の背中を見つけた。
声を掛け、振り向いた蒼の顔は酷く驚いていて、見られたくないことがあったのかと思わざるを得ない。
蒼の前には、スマートで洗練された男が立っていて、悠の姿を見とめると、「ああ、彼氏か」と呟いた。
悠は、軽く会釈をして、本能的に、蒼を背中に隠した。
男は、蒼の元彼の立花だった。
「ああ、何もしないから大丈夫だよ。蒼の彼氏でしょ? 俺も今日、ここで仕事だったんだ。偶然だよ。逢引きなんてないから大丈夫」
口の端を曲げて、嫌な笑い方をする。
「立花といいます。蒼とは、昔付き合ってたけど、俺は振られてしまって……」
背中にいた蒼が前に出てきて、立花に掴みかかろうとするのを悠が止めた。
「あんた、なんなんだ。俺は振ってな……」
蒼が言い終わる前に、立花が話しはじめる。
「俺が店を出すから一緒に働こうと誘ったのを断っただろ。それだよ」
「そんな……」小さく呟く蒼の唇が震えている。
なんだ、このおっさん。昔のことを今さら、気持ち悪いやつだ。
睨みつけている悠の視線に気づいて立花は、大きな
「蒼はさ、自分だけが悲劇の主人公だと思っているみたいだけど、先に振られたのは俺だよ。いろいろ手をかけてやったのに、飼い犬に噛まれたっつうのは、こういうこというんだな……いろいろ……教えてやったのにな。でも、なに? そのあとあそこに店構えてさ。パートナーシップ制度? 俺そんな約束したっけ? 一緒に住めばどうにかなると思った?」
『パートナーシップ』という言葉に反応した蒼が、顔を下に向けた。手が震えている。
立花のうっすらとした笑い顔に、胸がムカムカする。苛立ちと共に大きな溜息を吐いて言い放った。
「おっさん、昔のことをネチネチと。気持ち悪いっすよ……」
一瞬、イラついた表情を見せた立花だったが、すぐに冷静となって話し始めた。
「今の彼氏さん、キミは、一緒に住んでるの? パートナーシップの話は聞いてるの? 蒼からのプロポーズはあったのかな?」
立花が言っていることの意味はわかった。ただ、くだらない。そんなことは瑣末なことだ。
蒼の手を握り、悠が言う。
「ありましたよ。だから指輪もしているし、一緒に住んでいる。まだ、届けは出してないですけど、結婚する予定です。ラブラブなんで」
驚いた顔で仰ぎ見る蒼を優しく見つめる。
――もうとっくに、蒼にとらわれている。
初めて見たときから……割れた爪を直してもらって、食事をして、友人と楽しそうに話す姿に嫉妬して。
結ばれても、何度も体を重ねても、まだ愛し足りない。もっと欲しい。
蒼は、悠を見つめて、手を握り返す。そして、立花に向き合って頭を下げた。
「立花さん、あなたのことは美容家として尊敬しています……ありがとうございました。さようなら」
蒼の
しばらく黙ったまま佇んでいたが、ぽつぽつと雨が降り始めたことで、悠は蒼の手を引っ張り、駅まで走った。
電車に揺られながら、二人は黙ったまま、ただ手を強く握り合っていた。それを好奇の目で見る人の視線を感じて蒼が目を伏せる。
蒼の手が緩んだが、強く握って離さなかった。
地元の駅についたら小雨となっていた。二人は手をつないだまま、無言で家路に着いた。
濡れた服を脱いでいる蒼の背中を抱きしめて、うなじに口付けた。
「いい?」そう言うと、蒼の頭がコクリと頷いた。
寝室のラックに、蒼が着ていたスーツとネクタイが掛かっている。
悠は、ネクタイを手にとり、蒼の両手首を縛って寝転がして
驚いている蒼の頬にキスをする。
「ごめん、蒼。このまましたい。いい?」
――離したくない。このまま繋ぎとめて誰の目にも触れさせたくない。この思いが、手を縛るという行動でしか表せない自分が情けない。
苦い顔をしている悠を見て、蒼は縛られた両手を頭上にあげた。
「いいよ。好きにしていい……」
蒼の胸にある赤くなった突起を指の腹で
悠は、自分のパンツを脱いで、蒼の顔に跨った。
猛々しい雄を蒼の口元へ持っていき、口淫をねだる。
目の潤んだ蒼の口へ運ばれる様を見下ろし、支配欲が目を覚まし、体中を駆け回る。
蒼の頭を抑えて、腰を動かした。
「んんっ……」口から垂れる涎と苦しそうな
――大事にしたい……絶えずある気持ちを心の底に追いやって、――めちゃくちゃにしたい……という欲望が湧き立つ。
蒼の口から
ローションを垂らして、指一本からすぐ二本に、中がまだ狭いうちにまた指を増やす。
「うぅぅ……あぁっ」
苦しそうな蒼の息継ぎに、急ぎ過ぎている認識はあった。でも、早く、早く、繋がりたいという欲求が抑えきれなかった。
「ごめん、ごめん」
謝りながら、動かし続けるこの矛盾している行動を自分でも止められない。
「あ、あやまらなくて……いい。いいから、は、早く、いれて」
蒼の片足を肩に担ぎあげて、いやらしく誘っているところに雄を押しあてた。
ぐぷりと先端がのみ込まれ、ふうーっと息を吐く。まだ狭い。ぐっと腰を揺らしたところで、蒼の弱い部分に触れた。
「――――ああっ」
艶めかしい声が上がり、蒼の欲望が
――やっちまった。でも、まだ、まだ足りない。
蒼の中に入ったまま、奥まで侵入していく。一度達したこともあって、進みやすくなった昂りは、動かしていくうちにまた大きくなっていた。
揺らしてくたびに、蒼のひきつれた声が上がる。
感じる場所をしつこく
立花は、蒼のことをどれだけ知っていたのだろう。こんな痴態を知っているのか、優しく微笑む顔を知っているのか……。
あの野郎……『いろいろ教えた……』とか言ってんじゃねえよ。
嫉妬で狂いそうだ。
過去は変えられないのだから、しょうがない。
でも、でも、この愛おし人に触れていいのは俺だけだ。
――これから先は、俺だけだ。
立ち上がった蒼の昂りを手で擦り、更に奥を揺すり上げる。
「ああっ……ああっ……も、もう……だめ、ゆ、ゆぅ……」
矯声を上げた蒼は、悠の手の中で蜜を零した。それでも、擦る手を止めずに、腰を揺すり続ける。
「ゆ、ゆう、もう離して、それ、離して、あぁぁ――――」
焦る蒼の声と共に、さっきよりも激しく悠の手に蜜が溢れ出す。内壁がうごめき悠を締め付けた。
痺れるような快楽が駆け上がり、たまらず蒼の中に欲望を吐き出した。
重なるように横になって、しばらくぼぅっとする。
「黙っていてごめん。パートナーシップ制度のこと」
蒼がぽつりと話始めた。
「その制度があるから、ここに住んでる。それを知られるのが、
ネクタイをほどいた手首は、うっすら赤くなっていて、そこにキスをして悠が言う。
「引かない。それより、俺の行動の方が引いたでしょう? 中に出しちゃったし、無理させちゃった……」
目を合わせ、笑いあった。
「それより、悠、そろそろ店に行かないとヤバいんじゃない?」
時計は、三時を過ぎていて、悠の電話がさっきから鳴っている。おそらく出勤してこないスタッフが心配してかけてきているのだろう。
「うわっ。ヤバっ」すぐに店に電話をかけ、遅れる連絡をして準備を始めた。
蒼の手首にできた赤い跡、中に出した欲望。
いくら俺のだと印を付けても足りない。まだ足りない。
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