101 知ってしまった
――昼寝の後、心身すべてが最高の状態で目が覚めたが。
ひとりきりだった。
「ご主人さまは?」
「お出かけです。食事はお一人でなさるようにとのこと」
「なっ! またですか!」
そのために自分を撫で回し、甘やかして、昼寝させたのか。
「魔導師たちとの会合だそうです。魔法薬や、色々なものを売ってもらうためですが、向こうもしたたかに色々狙ってくる連中なので、あなた様を同席させることは絶対に許可できないとのことです」
「………………」
喉を強く意識した。
魔力を感知できる魔導師たちが自分を見れば、即座に、首輪の中にすごいものがあると気づいてしまうだろう。
置いて行かれたことを受け入れるしかなかった。
「仕方ないと思います。魔導師って、大体性格がねじ曲がってるか、頭がおかしいかですから。他人と違うことできるからって、お貴族さま以上に自分が正しいと思いこんでて、何してくるかわかったものじゃありません。あなた様など真っ先に狙われます」
王宮にいた魔導師たちは、全然、そんな風ではなかったのだが……。
それともあれは厳選された、品行方正な人物だけだったのか。
あり得る。
あのメガネの巨乳魔導師、ファラを思い出した。
確かに性格はひどかった。
ギリアにしても、色々知った今では、完全な逆恨みで人を焼き殺そうとしてきた人物だとわかる。
あれが魔導師の標準だとすると。
ファラやギリアが集団でいるところを想像すると、確かに、地獄そのものだった。
その後は、マルガたちから、平民の振るまい方や動きのコツ、それらしく見せかけるやり方などを教わって時間を過ごした。
彼女たちはみな自分の正体を知っているので、こちらも遠慮なく、貴族らしい動き方、どのように練習させられて優雅な動きを身につけたかを教えた。
衣服の話、装飾品の話、組み合わせの話もいっぱいした。
四人は男の気を引くためのやり方を沢山学んでいて、そういう目的でドレスを選んだことなどないカルナリアにとって新鮮な話を色々と聞いた。
打ち解けてゆくうちに、その後のラーバイの話を聞くことができた。
あの「学校」の女の子たちは、ほとんど無事だそうだ。
変なやつらが入りこんできて、警備にあたっていた男たちは大勢殺されたが、店に出ていたわけでもない少女たちは見逃されたらしい。
殺された者には悪いが、とりあえず安心した。
「オティリー様は…………その」
「そろそろ、さすがに、終わってると思うのですが」
「……?」
「コームはわかります?」
「ええ、顔に傷のある男の人ですよね。ちょっとだけ話をしましたが……」
「あの人とオティリー様が、お互い、慕いあっていたのは?」
「あ、やっぱりですか。何となくそんな感じが」
「ですよねー」
「わかりますよねー」
「立場上、くっついちゃいけませんから、隠してましたけどね」
少女たちはやたらと盛り上がった。
「それで…………ものすごい殺し合いの後…………コームが飛びこんできて」
「返り血まみれになっていたオティリー様を抱き上げて、浴室に飛びこんでいって」
「お前以外とはやりたくないって、そのまま…………そこで、始めちゃったそうで……」
「…………何をです?」
「あれですよ、もちろん」
「途中で目を覚ましたらしいオティリー様が、声を、それはもう、ものすごく……」
「気をやって、またやって、何度も何度も、それが途切れて、また叫びだして、泣き叫んで、めちゃくちゃになって、コームのうなり声もずっと続いて……誰も止められなくって」
「少なくとも朝までは続けていたそうです。私たちはあそこから離されましたので、その後はわかりませんが」
「あの、やるとは、何をですか? 声とは? 気をやる? 続ける?」
本気で言っているらしいカルナリアに、少女たちは、目を輝かせて教えてくれた。
色街の住人として、専門職の者として、それはもう丁寧に。
知らなくてもいいことまで。
「タランドンでは『
「出す時に、ぶら下がってるのが、きゅって、持ち上がるんです」
「ワウガっていう魚の、エラのところの薄膜を、きれいに洗ったものを、先に棒で押しこんでおくんです。するとそれが受け止めてくれて子供はできません。似たものは色々あるんですがワウガのが一番男にとっても気持ちいいそうです」
「男は大きさを気にしますけど、大事なのはいいところにちゃんと当たるかどうかです。大きいだけのを無理矢理ってのはきついんですよね。そういうやつに限って大体下手ですし」
カルナリアは目をぐるぐるさせて気絶した。
フィンは夜になっても戻ってこなかった。
カルナリアは食事も湯浴みもひとりですませ、寝台に潜りこむ。
昼寝したせいか、眠気はあまり訪れてこない。
(前に、レントの戻りを待った時も、こんな気分でしたね……)
ビルヴァの街。あの宿。エリーレアと共に。
服の上から遺品に手をあてがう。
この身分証に、どれだけ助けられただろう。
(これからいよいよ、この国を出ますよ、エリー。わたくし達を守ってくださいね)
レントの短剣も、服の上から形を確かめた。
手入れの仕方もあの四人から教わった。護身用に刃物を持つことは彼女たちにとっては当たり前だったので、きちんとした扱いを教えてくれた。
猫背の男の肌を切った時の恐ろしさも思い出す。
フィンは――これまで何人も斬っているようなことを本人が言っていたし、実際に殺気を浴びたこともあったから、人を殺せる者であることは間違いないのだが……。
最初の時は彼女も、こんな風に怖がり、悩んだのだろうか。
(慣れる…………のでしょうか)
重たい気持ちから――。
慣れるという言葉で、教わったばかりの、衝撃的なことがらへ、意識が飛んでしまった。
(最初は痛いけど、すぐ慣れると…………!)
(あ、あのようなおぞましい物体に、慣れるなどということが……いえ確かにご主人さまは、猫背の男のものにも、慣れている感じでしたが!)
(あのひとは経験したことがあるのでしょうか!? そのような行為を、男と!?)
(いえ、それ以前に私は、男と女がすることについて、教えてくださいと言ってしまいました! 機会があればとご主人さまは! ということは、いつかどこかで、直接教えられてしまうのでしょうか!?)
(そ、それに、それにそれにそれにっ、今までの、あの妙な気持ち、おかしな、熱い、触れたい、さわりたい、抱きつきたいという思いは、もしかしたら、まぐわいたいという欲望だったのでは!?)
(では私は、あのひととまぐわいたいと!?)
(『夜の姫』にされかけていたのも、
カルナリアはベッドの中でのたうち回った。
色々なことを思い浮かべると、体のあちこちが、おかしな場所が、おかしな具合にじんじんしてくる。
そこをあの手でいじられたら、あの手でまさぐられたら、どんな感触がやってくるのだろう。
そういえばファラにやられた。あの時は、くすぐったさの奥から、未知の、とても変な感覚が……。
それ以上にあの『夜の姫』の手は……向こうから触れられたのは衝撃だったが、逆にこちらからあの肌に触れた瞬間におぼえたものは!
(…………?)
人の気配。
見られているような。
「……始めた?」
「シッ!」
かすかな声。
少女たち。
こちらをのぞき、うかがっている。
「あの時も、反応よかったもんね」
「けっこう好き者だよ、間違いなく」
「すごいよね、王女さまが初めて自分でするとこ、見ちゃうんだよあたしたち」
「………………」
何を期待されているのかわからないが、ろくでもないことであるという点だけは疑いない。
「あ~ん」をはじめ、色々とむかっ腹の立つことをやってくれた記憶もよみがえってきた。
ならば、ただ気づいたことを示し叱責するのではない、よりダメージを与えられるやり方をしてやらなければ。
「……あ! お帰りなさいませ、ご主人さま!」
いきなり強い声で言ってやった。
フィンが戻ってきたと思った少女たちが、激しくあわてふためいた。何かをぶつけたような鈍い音もした。逃げていった。
痛快だった。
ベッドの中でものすごくニンマリした。
「――起きていたのか」
声をかけられて飛び起きる。
暗がりの中に立つぼろ布。
フィン。
本当に、いた!
「よく気づいたな。さすがだ」
「えっ、いえっ、いやっ、はいっ、慣れてますからっ!」
ぼろ布が、暗い中を滑ってきて、手が出て、撫でられた。
「えへへ……」
「あの者たちが何かしたのか?」
「いえ、何も」
内心でざまぁと罵りながら、顔は満面の笑みで、カルナリアは言った。
「それならいいが…………動けるか。ある限りの荷物をまとめろ」
カルナリアは一瞬で真顔になった。
その言葉は、これまでの経験からして、緊急事態の発生を意味している。
鼻を鳴らした。
ぼろ布から、焼け焦げたようなにおいと、変に甘ったるいにおいと…………血のにおいがかすかに!
「どうしたんですか!? 何が!?」
返事の前に、ため息が聞こえてきた。
「魔導師というのは、めんどくさいのはわかっていたんだが、この街の連中は、想像以上にろくでもなかった。ここにいる間は大丈夫だろうが、絶対ではない。いつでも逃げ出せるようにしておけ」
付着した灰を落とすためにぼろ布を揺らし、魔法具を作動させる。風の魔法具だ。においを取っているのだろう。
「お薬とか色々、お求めに行ったとうかがっていますが……何があったのですか?」
「修繕させたものの受け取りや、新しいものの購入、その値段の交渉のはずだったのだが…………どいつもこいつも、目の色を変えて、顔を見せろ、私を研究させろ、剣をよこせ、血をよこせ、持ってるもの全部見せろ、でなければ預かっているものは返さん、などと言い出してきてな……」
「な…………ひどすぎません!? ちゃんとお話を通して、引き受けた人たちなんですよね?」
「そういう連中だから、としか言えないな。性格がまともできちんと契約を守れるなら、城なり貴族なりに雇われてる。在野の腕利き魔導師ということは、能力は高いが自分の欲望が最優先で、そのためなら約束も信義も平気で無視する人間だということだ」
「…………」
「紹介してくれた人も大慌てで、必死に止めて、約束通りにさせようとしてくれたんだが…………まずその場で魔法の撃ち合いになって、引き上げようとしたら私を捕まえようとしてきて、私を案内してくれた人たちが応戦して、もうめちゃくちゃになってなあ」
「うわあ……」
「遠くからの、呪いとか糸つけとかも色々やってきて」
呪いと聞いてカルナリアはいやな動悸に襲われる。
(先ほどまでのあれも、もしかして、また!?)
「一応、何もつけられなかったとは思うんだが、小動物や鳥などに意識を乗せて、監視してくるような真似をするやつもいる。あの四人の誰かが、明日には操られているかもしれん。油断はできん」
「…………」
「あんなやつらを紹介したお詫びということで、さらに色々もらえることにはなったが――あの連中があきらめるとも思えん。離れているのは危うい。今夜は、私もここで休む」
「はいっ!」
カルナリアの声は最高に弾んだ。
ひととおり室内を見回り、何か守りの工夫をしたらしいフィンが、ベッドに近づいてくる。
掛け布を持ち上げると、ぼろ布のまま入りこんできた。
カルナリアはすぐ身を寄せていく。
「……お前と二人きりの夜は、久しぶりだな」
「はい。色々ありましたから……」
「色々、続くなあ。ゆっくりしたいのに」
「私もです」
危うい事情はわかったが、顔がどうしてもほころんでしまう。
胸も高鳴る。知ったばかりのこと、先ほどまで悶々としていたことが大量に頭の中で渦巻く。
「悪いが、少し離れてくれ。何かあった時、動きが一瞬遅れてしまう」
「………………」
理解はできたが、見抜かれ叱られた気もして、カルナリアは
寂しく体を離すと……。
「ほら」
フィンが小さく言って、体を動かした。
ぼろ布から腕が出てきていた。
その手が、カルナリアの手に触れて、指先を重ねてくれた。
「…………!」
指を絡ませて、万が一の時の邪魔になることは絶対にしてはいけないが――。
カルナリアは指の腹を押しつけて、同じくフィンの指の腹と強くくっつけた。
手の平と手の平が重なった。
大きな暖かさに包まれた。
【後書き】
大人の世界を垣間見た王女様。そして初めてのガールズトーク。一応ラーバイでもお城でも女子だけの時間はあったのだが、どちらも地獄絵図で、ひどすぎるのでノーカウント。ファラはともかく「ろくでもない」側に入れられてしまったギリアも哀れ。
そしていよいよ旅立ちの時が近づく。次回、第102話「危険な朝食」。
※補足説明
カルナリアの心の声の一人称がぶれていますが、これは誤字ではなく城で強烈にそれまでの自分を否定され自我がゆらいだことの影響です。
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