100 玩具
カルナリアの散策はまだ続けていいようで、さらに街をあちこち歩き回った。
マルガという格好の教師がいるので、買い物のやり方を教わることもできた。
こういう所でも泥棒やスリはいるので気をつけること。取られない荷物の持ち方、危ない場所、お金の出し方。
いい買い物のやり方。品質ではなく、必要なものを安く手に入れる方法という意味だ。
下町の方ではこうする、こうなっているという庶民の暮らしぶりも興味深く聞いた。
「でも、川向こうへ行くのはダメですよ」
「はい……」
「では休憩も兼ねて、あそこのお店で飲み物と、何か甘いものを買い求めましょう。やってみてください」
「はいっ!」
前の時とは全然違い、スムーズに様々なものを買い求め、金銭のやりとりや、お釣りをもらうということもしっかりこなせた。
つくづく、フィンという人は教師としては失格も失格、無能のきわみだなとあらためて思う。
ドルーの街のあれは、思い返すとひどかった。
いや、買い物をしたことがないと言わなかった、隠し事をしている自分にも責任はあるのだが……。
(あのひとに教えてもらおうとするのは時間の無駄です。
あのひとを働かせることにもなってしまいます。
この機会にできるだけ学んで、私自身が、お役に立てるようになるんです!)
カルナリアは、いい奴隷の「ルナ」になるべく、わずかな間に
その勢いにはマルガも圧倒されたようで、だんだんとカルナリアを見る目に賛嘆があらわれるようになってきた。
「やっぱり…………ものが違うのですね」
王女と自分たちとでは、という意味をにじませてくる。
「いえ、やらなければならないことがあるからです。何としてもご主人さまのお役に立てるようになりたいからです。
すぐ目の前に果たしたいことがあるかどうかというだけで、私とあなた――マルガ様には何の違いもありませんよ」
ちらりとマルガの胸を見た。
服の下にあるもののことは、お互いよく見知っている。彼女のそこは、まだ発達途上の自分とそれほど違うものではない薄いものだった。
気づかれた。
「わ、私は、体をよく動かすので、そのせいでどうしても大きくならないだけですからね!」
「そういうものなのですか? なるほど…………だから動かないご主人さまは…………あんなに……」
「お待ちください。なんですかその手は。その動きは。まるで揉んだことがあるような。あなたの立場で、そんなことが許されるのですか。許されませんよ。いかにあなたでも。それは。そんなうらやまし、いえいけないことは。奴隷の身で」
こちらを王女と知っているはずなのに、マルガの目つきと口調がきわめて危険なものになった。
だがカルナリアも負けてたまるかという気分になった。フィンの顔も体もすべて見ているぜいたく者めと心の中で罵り、にらむ。
「それはもう、いちばん近くに置いていただいておりますから。旅の途中で、色々と。ぴったりと。添い寝も。体を拭い合ったことだって。あの方は私のような者にもとても良くしてくださるのですよ」
「あのくちびるの美しさを知らない方が、何をおっしゃられてもねえ……」
「重ねたことぐらいありますけれど?」
「なんですって!?」
「詳しいことは秘密です。ご主人さまのお許しをいただかない限り、奴隷の私からは、絶対に言うことはできませーん。ふふん」
「ぬぬぬ……」
「ぐぬぬ……」
「……何してるんだお前ら?」
いきなり声をかけられた。
男。大人。知らない顔。のんびりした雰囲気。
まったく知らない相手だが、マルガの知り合いだったらしい。
「あっ、いえっ、すみませんっ!」
「もうすぐ昼だぞ。仲良くしてろ、女の子同士の喧嘩は見ててきつい。可愛い顔がみっともなくなる。ほどほどにな」
「はいっ」
男はぶらりと離れていき、角を曲がっていった。
「…………あー、やばかった。というかやばいか。後で怒られるなあ……」
「お知り合いなのですか?」
「護衛ですよ。私たちの――というよりあなたの」
「え?」
「本当に私たち二人だけで外を歩くことが許されると思っていましたか? ここであなたに何かあったら、今度こそ私たちは許してもらえませんよ。最初からずっと、まわりに、沢山ついていたんです」
「な……」
ひそかに護衛がついていること自体は、それほど驚くことではなかった。
王女であった頃を思えば、常に周囲に守り手がいる方が当たり前だったのだから。
問題は、護衛が出てきて苦言を呈するようなことを、路上で言い合ってしまったということ。
自分がやった手の動きは見られていただろう。
あんな風にフィンの胸を……ということも聞かれ、知られてしまっただろう。
「あう…………」
深く、深く反省した。
みっともない真似をしてしまった恥ずかしさはもちろんだが、フィンの胸について、自分が原因で男たちに邪念を抱かせてしまったら、自分で自分を許せない。
「戻りましょう……」
「はい……」
二人してうなだれながら、とぼとぼと川沿いの屋敷へ戻った。
午後は「診療」があるということを思い出して、さらにうなだれた。
フィンの姿が見当たらなかったことにも気持ちが沈んだ。
しかし――またしても美味な、タランドン風の濃厚なソースをかけた麺料理の昼食を終えた後に。
脱走を危惧してか少女たちに左右から挟まれて「診療室」へ向かうと……。
「今回は、診るだけだ」
医師だけで、あの女戦士がいなかった。
カルナリアは心底ほっとしながら、街を歩き回った際に体の違和感がなかったかどうかの質問に答えていった。
体操をするよう言われたが、あの拷問ではないのならどんなことでも喜んでやれた。
実際、昨日と違って、体の違和感はどこにもなかった。
「……あんたのご主人、とんでもないな」
一連の診察の途中で、医師がぼそりと言った。
「ご主人さまが? どうかなさったのですか?」
「あっちも、魔法薬使ったからもう治ってるのはともかくな――体を整えようとしたら、うちのがおかしくなっちまった。あんたもすごいが、あの人は本当にすごい。ラーバイの上の連中でも、あそこまできれいな肌は見たことがない」
「肌っ!?」
「言っとくが俺は医師だ。女の体なんか見慣れてるからな。それでもまあ、顔も体も、おかしくなりそうなくらいにきれいだったのは認める」
「顔っ!? からだっ!!!???」
「大迫力だったぞ。背の高い同士が絡み合ってな。それが、どんどんうちのが変になっていって、あんたのご主人、最初は黙って体をこねさせていたんだが、これは本当に治療か、おかしな所を触るな、何の真似だと言い出して…………いい加減にしろ、と。それであいつはひどいことになっちまってな。悪かったと、今、寝床についてくれている」
「どこですか!?」
カルナリアは医師に詰め寄った。
こいつもフィンの素顔を見たと思うと遠慮は吹っ飛んだ。
顔どころではないものを見ている。
あの猛々しい女戦士とフィンが、ぼろ布抜きで、恐らくほとんど衣服を身につけないまま、絡み合ったのか!?
脳内をいかがわしい光景が埋め尽くした。
自分より大きな相手に絡みつかれるフィン。自分がされたような色々な格好をさせられる。その体にあの筋肉質の手が、脚が、体が、這い回って。変なところをまさぐって。揉んで。
べちっ。
「ぎゃんっ!?」
額を弾かれた。
フィンがいた。
ぼろ布が室内に出現していた。
麗しい手が出ていて、指を弾く形を作っていた。
「ろくでもないことを考えていただろう。そういう顔をしていた」
返事をする前に、さらに追撃が来た。容赦なかった。
「ふえぇぇ…………もうしわけありましぇん…………」
カルナリアは床に平伏した。
指は、医師にも向いた。
「なっ!?」
「医師だから知り得たことを、他人に漏らすのは、してはならないことではないのか」
殺気を感じた。
カルナリアへのおしおきとはまったく違う、本気の敵意。
その指が弾かれる時、医師の額に穴が開くのではないか。
「わ、わかった…………すまなかった……二度としない!」
「次はない」
医師が青ざめて謝罪すると、手はぼろ布の中に引っこみ、殺気も消えた。
カルナリアも胸をなで下ろした。
「…………やっと落ちついたので、伝えに来た。拘束してあるので、目覚めて暴れても何とかなるだろう」
「わかった。それも、すまなかった。こうならないよう、もっと教育する」
「よくあることだ。慣れている。ただし、私の後を追ってこないようにはしろ」
「ああ、必ず。本当にすまない」
医師は小さくなって出てゆき……。
「いつまでそうしている。起きろ」
平伏していたカルナリアも、引き起こされた。
何だか容赦がない。
医師に勝手に情報を漏らされて不機嫌なのか。
「あ、あの…………ご主人さま…………どうして、お医者さまのところに? どこかお怪我を?」
「診療費なしでいい上に、腕のいい整体師。この機会を逃すのはもったいないじゃないか。疲れもたまっていたし。実際、腕はいい。よくほぐれた」
「……ほぐれた、だけですか? あの大きな人がおかしくなったと聞きましたが。どうなったのですか?」
じっとりした目をしていることは自覚しているが、止められない。
「子供が知る必要はない。まったく、おしゃべり医者め……」
「知りたいです。知っておきたいです。ご主人さまのお役に立てるように」
「それを言えば許されると思っているのか? 男と女が夜にすることも知らないのに、背伸びするな」
「じゃあ教えてください!」
「……………………」
返事はなく、手が両方とも出てきて、カルナリアのほっぺたをつまんだ。
引っ張られる。
「いだいいだいいだいいだい、
「やかましい…………ふむ。よく伸びるな。面白い」
「ゆるじでぐだしゃいっ! ごめんなざい!」
謝ると、指を離してもらえて、一応は頬を撫でてくれた。
「背伸びはいいが、やりすぎるな。背伸びすればいいというものではない」
「ひゃい…………」
「それで、体はどうだ。痛みや違和感は」
「あ、はい、もう、どこも、何ともないです。お外も、あちこち歩き回りましたけど、全然、何ともありませんでした。……お隣の国にだって、平気で行けると思います」
「ああ…………出発まではもう少しかかるがな。今、手はずを整えてもらっている。私たちだけで国境を越えるのはさすがに無理だ」
自然にフィンは、私たちと言った。
カルナリアの胸が弾んだ。
寝室へ戻る。
少女たちがテーブルを整え、お茶やお菓子を用意してくれていた。
カルナリアにとって慣れ親しんだ、お茶会の雰囲気。
この後はしばらく、フィンと二人きりで過ごせそうということで、カルナリアは幸せに浸る。
「それで。街はどうだった」
「あ、はいっ、とっても、楽しかったです!」
タランドン領内の北の方の村で採れるという、少し酸味のある独特な茶葉の香りを楽しみつつ、カルナリアは声を弾ませた。
貴族街の街並み、雰囲気、人々の様子や売られているもの、広場の様子、立ち入った店、見たもの、聞いたもの……話したいことがありすぎて困った。
とにかく片端から話そうと思ったのだが。
「…………?」
フィンが、立ち上がって、寝台へ移動した。
腰を下ろすと――手を出して、自分の隣を軽く叩いた。
呼ばれているとすぐわかり、カルナリアも移動し、腰を下ろす。
「あの……?」
「それで? 街は?」
移動した意味はわからないが、テーブルをはさんで向かい合うのではなくこうして並んで座るのも悪くなく、カルナリアは気を取り直して、散策で見てきたことを話し始めた。
始めたのだが…………。
「それで、階段が多くて、荷物運びのために、車輪がひとつだけついた荷車を押している人がけっこういて、階段の真ん中にその車輪を使うための斜めの……って……!」
フィンの体がなぜかこちらに傾いてきたような。
ぼろ布の中身を感じる。
気のせいではない。
手が出てきた。
「ひゃ!?」
「それで?」
肩に手を置かれた。
揉まれる。
「ひゃっ、ひぇっ、あのっ、なにっ!」
「気にするな」
「そう言われましても!」
手が肩から首筋、頬に登ってきて、つまんで、こね回してきた。
「ひゃのぉ……これりゃ、しゃべれましぇん……」
「ふむ」
物理的というだけではない理由で、カルナリアの心臓がかなり危険なことになっている。
また肩に戻って、今度は腕をつかまれた。
揉みほぐすというかいじるというか、ふにふにと、華奢なカルナリアの腕を両手で包みこんで力をこめてくる。
「何なのですか…………こんなことされると、話せません」
「続けろ。今はこうしたい気分なんだ」
「こう、って……」
「硬くて大きなのを相手に全力を出す羽目になった。体力ではないところで色々と疲れた。癒しが必要だ。小さくて、やわらかいものをいじりたい。そしてちょうど、私はそういうものを持っている。それがここにある。わかるな」
「………………」
返答に窮している間に、両腕が――手だけではなく服と腕も出てきて、絡みついてきた。
引っ張られ、倒され――膝の上に。
「それで。こちらの街並みが、どうだと?」
「はっ、話す前にっ、これはっ、これでっ、話なんか! 無理っ!」
「ふむ。じゃあやめるか」
「いえっ!」
反射的に叫んでいた。
なので、延々と、いじられ続けた。
前から、後ろから、頬を、腕を、脇腹を、お尻を――座らせられ、丸くさせられ、仰向け、うつ伏せ、とにかく弄ばれた。
危険な、敏感な部位は的確に避けてくれて、本当にただただやわらかく
それにより、体がほぐれ、頭の中も幸せにほぐれてゆく。
「ふみゃぁ……」
ご主人さまに可愛がられる、愛玩動物の心地。もはや人間ですらない。
「それで、どうだった?」
その上で街での話を求められると、カルナリアは思慮を巡らすことがまったくできないまま、見聞きしたことを、頭に浮かぶままに片端から言葉にしていった。
「まちはぁ、いくさなんて全然なくって、おちついてて、あんしんできましたぁ……こういうところなら、ご主人さまもぉ、ずっと、のんびり、ぐうたら、できるとおもいましゅぅ……」
「できればいいのだがなあ。しかし顔を出してしまったからなあ」
「みんな、ご主人さまのこと、ほめてましたぁ……あこがれて、うっとりして……でも、ばらばらに、広めてましたぁ……男の人だったりぃ……わたしも、お姫さまだったりしてましたぁ……うふふ」
「お前がお姫さまだったら、大変だな。姫君をこんな風に扱う私は、絶対に許されない大罪人だ。たまったものじゃない」
首筋から頬にかけて手の平で撫でさすられ、カルナリアは頭の中をとろとろにされ、こね回される心地に包まれた。
「いいんれしゅぅ…………ご主人さまにゃら、にゃに、してもぉ…………らいじょうぶ、れしゅよぉ……」
「それで、顔以外は、どんな風に広められていた?」
「ひゃい、おしばい、してる人たちがぁ……おっきな、騎士との、けっとー……ものすごく強いひとと、ご主人さまが、ごかくの、どっちもぼろぼろになる激しいたたかい、くりひろげてぇ……ふふ、みんな、にせのけっとーだったってこと、知らないまま、もりあがってましたぁ…………」
「……なるほど、あの一幕が、そんな風に広められているのか」
フィンの両手が左右の耳の後ろをいじり始めて、カルナリアはみゃあみゃあ言いながら体をくねらせる。
「他には?」
「ギリアとたたかったあとにぃ、しりょーが出てきてぇ、それもズバッてきっちゃって、けんせーさまは、しりょーをきって、この街をすくった、さいこーの、すばらしいえいゆーだと……」
「参ったな。めんどくさいどころじゃないぞ。もうこの街には二度と来られないかもしれん」
「わたしはぁ、どこまでも、ごいっしょでしゅぅ……」
即座に言うと、ほめてくれるように、あごの下をくすぐられた。
「みゃう、ひゃう、ふみゃ」
幸せが広がって、よだれが垂れる。涙があふれる。もう何をされてもいい。
「歩き回って、楽しめたか?」
「ひゃいっ! とっても!」
「よし」
これまでで一番嬉しそうに言われて、一番優しい、一番気持ちいい手ざわりで、額をなでられた。
カルナリアは空を飛び、どこまでも舞い上がっていって、完全に幸せだけの世界に入りこんだ。
「昼寝もいいものだ。眠ってろ」
ご主人さまに言われると、すぐにそのまま意識が溶けた。
丸まった自分を、優しい手が抱き上げ、寝台にきちんと横たえてくれたことは何となくわかった。
【後書き】
心身すべてが回復したカルナリア。色々学んで成長も。しかし情報の扱いはまだまだ。マルガや医師がかなり大事なことを漏らしたのに気づいていない。自分もあらぬことを口走っている。もっとがんばりましょう。次回、第101話「知ってしまった」。性的表現あり。何を知らされるのか。
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