098 再起
※カルナリア視点に戻ります。また97話ラストからちょっとだけ時間も戻ります。
(………………)
今までで最も快適で、最も清潔で…………そして最も寂しい寝台の中で、カルナリアはどん底に沈みこんでいた。
(やって…………しまいました…………)
フィンが自分のために必死になってくれたわけじゃなく、いつものようにできるだけ楽をしようとしていただけだったと知り、失望し、かんしゃくを爆発させてしまった。
自分は――自分の方こそ、本当に、何もできないというのに。
助けてもらっただけ。
自力で脱出したわけでも、戦ったわけでも、それどころかあきらめきって、逃げようとすらしていなかった。
なのにあんなに文句をつけて、わめき散らして。
少なくとも、フィンが自分を助けに来てくれた、助けてくれたことは本当なのだ。
他人をうまく利用しただけとはいえ、利用できる人と会うことができて、力を貸してもらえたというのはまぎれもない事実。
今自分が横になっているこの部屋だって、協力者の提供によるもの。
これが逆だったら。
フィンが捕らえられ、自分が助ける側だったら。
利用できる人と会うこと自体ができなかっただろう。
王女である、ということを言い立てて、その権威に従ってくれる人を動かすしかなかっただろう。
だが、それが通じない相手はいくらでもいるということを、わずかな間に思い知らされてしまった。
権威に従うどころか、王女なんてものはぶっ殺してやると怨念をぶつけてくる相手が何人も。
王女と知りつつ望みをかなえてくれない、ジネールのような人物も。
自分を王女と知っているあの四人の『若魚』たちにすら、言うことを聞かせられない。
自分自身は、何もできない。
人を動かすための力を、何一つ持っていない。
魔法はもちろん、旅に使える技術もない。フィンの身の回りを整え生活の面倒を見ることもできない。
もちろん、腕力、武力などかけらもない。
レンカのように飛びはね、人を斬るなどとても無理。
何もなくとも心を強く持つ、意志の力があるなどという
そんなものは、本当の苦痛の前にはたやすく消し飛ぶ。
では何があるというのか。
(この『
王家の者のみがつけることを許されている秘宝。
装着した者の資質ごとに異なる色で輝く神具。
自分の「目」と同じもの。
その色合いはどうなるのか。
(もしかしたら、本当の意味での『無色』王女かもしれませんね……)
自嘲して、少しだけ笑ったが、その笑みもすぐに消えた。
涙がにじんできた。
鞭打たれる前に色々言われたことが、黒々と心に広がってくる。
カルナリアは、何もできないお姫さま。
こんなの、いなくていいの。
「うう…………」
温かくやわらかい体にしがみつきたかったが、その相手を自分自身で追い出した。少なくとも今夜は一緒に寝てはくれないだろう。
涙ぐみながら、カルナリアは眠りに落ちていった。
――朝。
(…………生きていますね…………)
いっそのことレンカでも侵入してきて、気がつかない間に暗殺してくれていればよかったのに。
しかしそんなことにはならず、自分はここに生きている。
ここに、いるのだ。
眠ったせいか、昨夜ほどは黒々とした気分ではなくなっていた。
(これも、ありますね……)
『
ジネールは、この地の領主は、これをガルディスに譲るべきだと判断した。
そうすれば戦の拡大を防げると。
だが――それは認められない。
ジネールが言っていたのは、どこまでもタランドン領のためだけのこと。
この国のためになることとは違う。
ガルディスに渡すことだけはできない。
父を殺し、沢山の人を殺した者が、これまで手に入れて国王になり、悲劇を全土に広げるなどということがあってはならない。
ギリアやレンカが貴族を怨むのはよくわかった。あれは怨んで当然だ。
だが、だからといって、あらゆる貴族を皆殺しにするというのは話が違う。
ドルー城で、目の前で殺されてしまった騎士団長の従士。彼らがレンカに何をしたというのか。
ビルヴァの街で、吊され、
他人の命を自分の思いのままに奪っていいというのは、自分たちが嫌悪する貴族の態度そのものだということに気づいていないのか。
フィンが言っていたのを思い出す。平民を率いて貴族を倒したとしても、今度はその平民たちが新しい貴族になるだけ。
ガルディスの国が出来たとしても、貴族はとにかくぶっ殺せと叫んで暴れた者たちが新しい貴族として君臨し、下の者たちを踏みにじることになるのなら、そんな国は認めるわけにはいかない。
そんな国の王に、この『
『
(バルカニアへ……)
それしかない。
これまで通り、バルカニアにいる次兄レイマールに届けることを目指すしかない。
では、バルカニアへ行って…………国境をどうやって越えるのかはともかく、入国できて、レイマールに『
それで終わり、となるのか。
ジネールに会えれば何もかもうまく行くと信じていたのに、あんなことになった。
では、レイマールが、自分には王になるつもりなどないからそんなものはいらないと言い出したら。
自分はどうすればいいのか。
『
なおも追ってきているだろうガルディスの部下たちに渡すのか。
(…………いえ…………それはできません……これのために命を懸けたみんなのために………………………………でも……)
ファラが言っていた。自分をガルディスが確保したら、王女という存在は色々使えると。
だがそれは、レイマールが王になることを受け入れ、ガルディスに勝利したとしても、同じことなのだ。
その場合でも、ただひとりの王妹という存在は、有力貴族あるいは外国の王族と婚姻させられるだけ。
そこにカルナリアの意志は存在しない。
当然のことだ。
王族の義務。王族とはそのためにいるもの。
カルナリアもその運命を、そう扱われる未来を、当たり前のものとして受け入れていた――が。
別な道もあるのだということを、今の自分は、知っていた。
(カルナリア王女は、どこにもいなくなる…………奴隷のルナだけが残って…………ぐうたらなご主人さまと一緒に、旅を…………あるいは、どこかの村にでも引きこもって…………あのひとと、ずっと一緒に暮らす……)
自分が王女であるということを忘れている時間を経験したせいか、その発想が頭に浮かぶようになっていた。
それはおかしい、いけない、わたくしは王女なのですという自覚が薄れていた。
それでもいいのではないか。
それで何がいけないのか。
ガルディスの元へ連れていかれても、レイマールの側に置かれても、無力なことには変わりないではないか。
大事なのは『
それなら、自分はいなくなってもいいではないか。
『
いっそのこと、カラント側の国境グラルダン城塞を越えた先、バルカニア側のアルマラス城塞との間に設定されている自由国境地帯で、宙に浮く袋にくくりつけて空に飛ばして、行く先を風に選ばせても。
「……そうですね………………それも、いいかも……」
口に出してみた。
すると、不思議な爽快感が広がってきた。
そう、自分は、いなくていい。
自分の無力さを教えこまれて、つらかったのも、みじめだったのも――自分には価値があると思っていたからだ。
自分は王女で、その存在には価値があり、できることや役に立てることがあると確信していたからこそ、それを否定されたことで衝撃を受けたのだ。
でも実際は、この程度のものだった。
鞭打ち一発で全て粉砕されることも知らない、仲良しの兄がやっていたことも知らない、貴族がどれほど憎まれていたかも知らない、自分にできることの何もない、無力な女の子にすぎなかった。
それが本当にわかったから――。
もう平気。
いくら役立たずだと言われても、大丈夫。
だって、その通りなのだから。
そこからどうするかを考えるのが、今の自分のやるべきこと。
何もできない自分に、何ができるのか。
フィン・シャンドレンの持ち物である自分にできることは。
あのぐうたらな、ダメ人間のご主人様を、どうすれば真人間にできるのか。まずはそこから。
国の未来だの王女の立場だの、そんな雲の上の話は、まず目の前の階段の、第一段目を上がってから!
「……やっと、笑ったな」
「!?」
寝台の端に、目では見えない存在が腰かけていた。
気がついたので見えるようになった。
体が一気に熱くなった。
「あ、あの………………いつから!?」
「夜明け頃。ずっと、ひどい顔をしていたぞ」
「……!」
自分を見守ってくれていたのか。
ずっと、寝顔を見られていたのか。
気恥ずかしく、嬉しくもあるが――。
昨晩のかんしゃくとその後のぎくしゃくを思い出すと、どうすればいいのかわからない。
王女は自分から相手の機嫌を取ったことなどない。
どういう風に仲直りすれば。
「色々めんどくさく考えこんでいたみたいだが、吹っ切れたようだな。顔を洗って、陽を浴びてこい」
フィンは、今まで通りに言ってきた。
言われた通りに寝台を出て、自分で水瓶から洗面器に水を注ぎ、顔を洗い、自分で拭いた。
自分の手でカーテンを開き、陽光を全身に浴びた。
「わあ…………!」
体が、きらきら輝き出したような気がした。
光の中で、フィンを振り向いた。
もう、何もかも大丈夫なのだと――このひとがここにいてくれるという時点で、許してもらえて、関係を作り直せるのだと、心の深いところが確信した。
「私、決めました!
強くなって、しっかりします!
そうでないと、ご主人さまは、いつまでもはったりに頼って生きるだけの、弱虫の、ダメ人間のままですから!」
カルナリアが宣言すると、フィンの手が出てきて、招いた。
招かれるままに体がごろりと、昨日と同じように、ふとももの上に横になった。
「そうか。じゃあ頼む。頑張って、私に楽をさせてくれ」
そのまま撫でられた。
体がゆるみ、顔がゆるみ、うっとりした。
「ダメ人間としては、このままでもいいと思っているのだけれどな。しっかりするなんてめんどくさい」
「ご主人さまはそのままでいいんです。変わるべきは、私の方です」
そのために、まず――とカルナリアは考え、行動する。
「昨日は、怒っちゃって、すみませんでした。助けてもらったのに、助けられ方が気に入らないなんて、傲慢で、贅沢で、許されないことでした」
きちんと謝る。
気がつけば泣いていた。
言えたことで、胸の中がさらにスッキリした。
「いいさ。まあ、がっかりされても仕方のないやり口だったからな」
指が、涙をぬぐってくれた。
その感触がたまらなく心地良かった。
「でも、考えてみれば、自分は動かずに他人を動かしてうまく持っていくやり方って、何もできない私に向いていると思うんです。これから色々教えてください」
「え」
枕にしている体が強ばった。
カルナリアは起き上がり、フィンの――顔だろうところをしっかり見据えた。
「お願いします! 私が、ご主人さまのものとして、ちゃんとお役に立てるように! 今のままじゃ、持ち歩かれるだけの、お荷物でしかありませんから!」
「むう」
困惑の声が漏れた。
「私みたいなのが増えたら、この世の終わりだと思うのだが……」
「わかっておられるなら改善してください。その上で、私がお役に立てるようなやり方を教えてください!」
「考えておく」
動こうとしたぼろ布をつかんだ。
「逃げないでくださいね。私は、ご主人さまのものなのですから、どこまでもご一緒ですからね」
「ああ。お前を買ったのは私なのだから」
カルナリアがしがみつくより早く、包みこまれて、背中をぽんぽんされた。
幸せが広がる――が。
「…………ごまかしていませんか? 何か隠していませんか? 夜の間に、私に言えないようなことをなさっておられたのでは?」
そういうことも訊けるようになっている自分を、カルナリアは面白く感じた。
「むう……」
フィンがたじろいでいるのが、たまらなく痛快だった。
【後書き】
カルナリア、再起動。
一晩寝て落ちついたら自分で考え自分で復活し自分で目標を再設定。それができることが最大の武器なのだが気づいていない。これからが本当の、彼女自身の物語。次回、第99話「休日」。
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