014 どら息子
空がすっかり明るくなった頃、村長の家の、門の前に村人が群れ
老若男女――力のある男たちは遺体回収に出向いたので、老と女が多い。
昨日の、ランダルが伝えた驚きの知らせに続いての、大事件だ。
娯楽と変化に乏しい田舎の村である。
みな不安そうで、しかし好奇心と興奮も隠せていなかった。
「あの子は、貴族と取引していたから逃げていた、商人夫婦の持ち物だったそうだ」
実際は何も聞き出していないのだが、ランダルは自分だけが知っている事情を元に、筋の通る話を作って語った。
「タランドンへ逃げる山道を、ビルヴァで、ミルズに聞いて知った。
ミルズは彼らを案内した後で同僚と追いかけていって、誰も見ていないところで持ち物を奪おうとした。
もみ合いになって、それぞれがそれぞれを刺して、みんな死んでしまったらしい」
ミルズの母親が泣き崩れた。
やると思ったよ、あの子ならやっちまうと思ってたよ、いつかそうなると思ってたよ、馬鹿な子だよと繰り返しつぶやき続けた。
「で、だ。もちろん、そのご主人様の遺体や持ち物を確認してからになるが――もし引き取り手が見つからなかった場合、行きずりで死んだ者の持ち物は、村のものとなる。
つまりあの子は、うちの村の所有物となるわけだ。
とりあえずはうちで預かることにしようと思うが、何か意見のある者はいるか?」
「おう、なに、うちの子? 女? うちに新しい女来るの?」
村人たちの後ろからガラガラ声がした。
道が開く。
ランダルと同じような
いや、背が高いだけで、まだ線は細く、顔つきは幼い。
幼稚だ。
体のでかい、子供だった。
「ランケン! どこに行ってた!」
「親父がうるせえから、女んとこ行ってた。言わせんなよ」
「馬鹿者! お前が押しかけてくるのが嫌だと言ってきてる! 乱暴もするな!」
「うるせえよ。旦那死んだんだから、体空いてんだし、問題ねえだろ。やりてえんだよ、この気持ち抑えられるわけねえだろ」
「黙れ、馬鹿者!」
「はいはい、黙りますよー。で、うちに新しい女来るって!? うちにいんのか? どんなのだよ!?」
「……それ以上動くな。門を越えたら、ぶちのめす」
ランダルは棒を手にした。
このランケンという、体ばかり大きくなった頭の弱い乱暴者は、彼の息子であった。
十四歳。
これでも来年には成人であり、そしていずれはランダルの後を継いで村長になる。それを思うと頭が痛い。
「へーい、なんだよ、マジになんなよ。いーじゃんかよ、女の顔見るぐらいさあ。ほんとケチで、これだからジジイはよ。おーいお前ら、死体だってよ、死体、見に行こうぜ!」
似たような、体だけは割と大きい仲間数人と、村を出ていってしまった。
ため息をつく。
どうしてああなったのかわからない。
厳しくも、優しくもしたが、あのようになってしまった。
子供というのは親の願い通りには育たないものなのだろうと、半ばあきらめている。
だが今は、親ではなく村長として、絶対に、愚か者をルナに接触させるわけにはいかなかった。
「その子、どんな子?」
子供が問うてきた。
これはこれで、別種の厄介きわまる相手。
「見たいー」
「どれいの子!」
「ぼく見たよ、血だらけだったよ」
「顔は、顔は?」
「見てない……」
子供たちは、新しい子供の登場に色めきたっている。
かわりばえしない面々ばかりのところに新顔とあっては、大人以上に好奇心でいっぱいだ。
「優しくしてくれた主人をなくしたばかりだ。そっとしておいてやれ」
ランダルはそう言ってみなを
――昼前に、遺体が運びこまれてきた。
「ルナ。レントとエリーが…………来た」
先に見た姿勢から何も変わっていない、人形のようだったルナが、動いた。
顔を上げ、うつろな目でランダルを見ただけだが。
「会いに行くか?」
「………………」
こくん、とわずかにうなずいた。
寝台を自分で降りて、自分で立つ。
よろめくが、ランダルにすがりつこうとはしなかった。
(こういう所が、貴族そのものなんだ)
「あなたは奴隷の女の子です。それを忘れずに」
ゆっくり歩を運ぶ彼女に、小声でそう告げておいた。
家を出て下っていくと、村の入り口のところに群がっていた村人たちが、いっせいにこちらを見た。
ランダルがたじろぐ勢いだったが、ルナは気にしなかった。
村人など見ていなかった。
地面に並んで横たえられた、四つの体。
そのうちの二人だけを見つめていた。
近づくにつれて、ルナは震え始めた。
涙を流し始めた。
その足が動かなくなった。
「ご苦労だったな」
ランダルは奴隷たちに言うと、ルナについているように命じた。
死体に近づき、検分する。
知っている相手がもの言わぬ姿になっているというのは、何度経験してもきついものだ。
それぞれ小動物にある程度食われていたが、まだそれほどひどいことにはなっていない。
レント。頭から流血、腹や腕などあちこちに深い刺し傷、切り傷。死力を尽くして戦ったことがうかがえた。
エリー。ほとんど傷はない。服の、胸の中心に刺し傷があり血が広がっていた。口元にも血がついていた。恐らくひと刺しで致命傷を負ってしまった。
ミルズ。顔面を半ば裂かれた、ひどい有様だ。
母親が、息子の死体の傍らにかがみこんで泣いていた。
弟妹たちは遠巻きにしていた。決していい兄ではなかった。
昨日ミルズと一緒に来た兵士。顔面が無惨に潰れていた。石をぶつけられたのだろう。
「お前、ご苦労だがビルヴァまでまた走ってくれ。俺の馬を使っていい。この二人が乗ってた馬も連れていけ」
まずはこの兵士たちの死を伝えさせる。
「棺桶をふたつ作れ。兵士の二人をそれに。どんな難癖つけられるかわからんから、持ち物に手をつけたりするなよ。こちらの二人は俺の家へ。清めてから、村の墓地に埋めてやろう」
運んできた者が耳打ちしてきた。
途中でにぎやかしにやってきたランケンが、運ぶのを手伝うどころかエリーの死体をもてあそぼうとしたので、ぶん殴っておいたという。
「よくやった」
賞賛し、街で買っておいた
レントとエリーの体が持ち上げられた。
すすり泣きが聞こえた。ルナがその場にうずくまって顔を両手で覆っていた。まわりの皆が沈痛な面持ちとなった。
「おー、こいつか。うわちっせえ」
ぶち壊しの馬鹿声がかけられた。
何をされても、
「でも、けっこう、きれいにすりゃ、いけんじゃね? 俺はどんな女も拒まない! ガキでも十分いけるし、やれるならやっちまう男だぜ!」
「さすがランケン!」
「俺たちの
同レベルの取り巻きが盛り上がる。
奴隷たちが身を張って守っているが、その間から顔を突っこみ腕を伸ばし、ルナに触れようとする。
さすがに泣くのをやめて声の主に目を向けたルナだが――汚物を見たように顔をしかめた。
その後は一切無視して、家へ運ばれていく二人の遺体の後を追っていく。
それをランケンたちが追いかける。
からみ続ける。
「なー、お嬢ちゃん、死んだやつなんかほっといてさ、生きてる同士で遊ばねえ?」
「奴隷だろ。平民の言うこときかなきゃいけないんだぞ」
「おーい、何か言えよー」
「お前ら!」
ランダルは、ガキ共を片端から張り倒した。
冗談ではない。
村人全員が注目していると言ってもいいこんなところで、ルナが激高して、貴族だと明かしてしまったら。
この後、事情聴取と兵士の遺品を引き取りに、軍から人が派遣されてくるだろう状況で、最悪の展開となる。
この村が滅ぼされる。
ランケンはなおも文句を言ったが、本気のランダルや冷ややかに見てくる大人たちを前にしてはそれ以上のへらず口も叩けず、舌打ちしながら離れていった。
レントとエリーの
荷物を確認し、重たい財布を見つけて、妻が深い笑みを浮かべる。長年連れ添った相手ではあるが、見たくない顔だった。
エリーの衣服からも、妻は色々なものを見つけたようだ。
レントの方は、携帯食料、火起こしの道具など、旅に役立つものを多く身につけていた。彼のものだろう財布の中身は、平民街で使いやすい小銀貨や銅貨が主だった。
(やはり、大した人物だったな……)
この村出身のミルズという予想外の要因さえなければ、山道途中の難所も乗り越えて、間違いなくタランドンへ入れていたことだろう。
惜しみつつも、持ち物を探り終え、二人の亡骸を
それからルナを招き入れた。
表情はうつろなままだ。
「何か、形見分けで欲しいものがあるか?」
ルナは無言のまま、指だけを動かした。
短剣。
恐らくレントの持ち物だろう。装飾には乏しいが、しっかりした、いい作りのものだった。
「わかった。あと、これも渡しておこう。エリーのものだ」
妻が目もくれなかった、小さな木片。
六角形に加工され、磨き上げられた表面には貴族家の紋章。裏には平民は読めない貴族文字が刻まれている。恐らく、エリーレアが本名である彼女の、実家と続柄が記してある身分証だろう。
この村に置いておくには危険すぎるものだった。ランダルも貴族文字はある程度読めるがあえて読んでいない。知らない方がいいことだ。
ルナは受け取り、見下ろして、握りしめた。
「感謝し――ありがと…………ございます…………」
流し尽くしたのか、泣くように頬を歪めたが、つたうものはなかった。
午後に、二人を埋葬した。
村の外れの墓地に穴を掘らせ、そこにレントとエリーを寄り添わせて横たえた。夫婦なのだから当然だった。
ルナは、うつろな顔でそれに立ち会った。
「
村でひとりだけの神官がしわがれた声で
魂を運ぶ風に見立てた白い花びらを振りまかれ、その上から土をかぶせられてゆく二人を、ルナは微動だにせず見つめ続けていた。
埋めたところには墓碑を立てる。
木の板に名前を書いたもの。それが朽ちる頃には魂も新しい風に乗り次の体に宿っているだろうとされていた。
その裏に、縁のあった者が言葉を記すことになっている。
「何て書く?」
ルナは反応しなかったので、ランダルが「善良なる商人夫婦、旅の途中で死す」と書いた。
そして、この村では自分と知恵者の老人ぐらいしか知らない貴族文字で、小さく書き加えた。地面に立てた時には土の中に埋もれて見えなくなる場所に。
「忠臣」と。
それを見せた時、はじめてルナの表情が動いた。
抜け落ちていたものが、戻ってきた。
ランダルを見上げて、口元を歪めて、その目を真っ赤にする。
泣き崩れるかと思ったが、そこで小さな拳を握りしめ、ぐっと口元も引き締めた。
何かを強く決意した、とわかった。
ルナは埋葬場所から、視線を横に動かした。
首に手をあてながら、山を見た。
西側の山を。
そちらをにらみつけた。
そうか、タランドンに逃げこむのではなく、さらに西、隣国のバルカニアへ亡命しようとしていたのかと、ランダルは直感した。
そうする必要のある身分の者。
(と、なると………………やはり、あの方に預けるしか……)
ランダルは素早く周囲を見回した。
さすがに埋葬の場で近づいてはこないが、興味津々でルナを見てくる子供たち、村人たち。
そして辛気くさいと墓地には来ないが、帰り道を待ち受けているランケンとその取り巻きたちが、ずっと向こうの方に見えていた。
ランダルは妻を呼んだ。
「おい、この子をうちに置いて、ランケンは大丈夫か」
「そんなの、責任取れませんよ。あなたが何とかしてくださいな」
「一晩、起き上がれないほどぶちのめしておくか――それでおとなしくなるなら苦労はしないのだよなあ。うちでだめなら、誰かの家もまずいか……どこかに隠すしかないか」
すると、じわじわと近づいてきていた子供たちが、聞きつけて、言ってきた。
「じゃあ、ぼろぼろさんは?」
「あそこ、けもの、こないよ?」
「追い払ってくれるよ?」
「おんなのひとだよ?」
「ああ、そうだな――それがいいかもしれないな」
ルナが怪訝そうにランダルを見た。
その目の奥には聡明さが復活している。
少しわざとらしい流れだったかもしれないと、ランダルは冷や汗をかいた。
【後書き】
このランダルが、姫の身柄を預けようとする人物とは。次回、第15話「ぼろぼろさん」。
※解説 「貴族文字」は、庶民が使う「平民文字」もしくは「共通文字」とは違う、複雑なものです。ひらがなに対する漢字のイメージ。
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