第二章[相容れない二つ]その6
これは少し先の話だ。
アソシアードと花枝が主張をし合う中、いつの間にか宇沙はその場から消えていた。
『宇沙。これにいかなる意味があるというのか』
「どうせ互いに論破しきれない。双方にいいところ、悪い所があるからね。だから意味は、行為そのものだよ。彼が彼女のために改めて主張をすれば、彼女は喜んで彼をより近くに感じ、彼は必死にそれをやることで、彼女への思いを再確認する。距離が縮まるはずさ。彼が真に彼女を理解し、受け入れる足掛かりとしては重要な過程だよ」
宇沙は、真っ暗な場所にいた。周囲には何もない。完全なる無。あるのは彼女の身。そこに、これぞ機械的と言うような、合成音声が響いていた。
『そうか。ならば。問題ない。………質問。ところで何故当機に連絡を取った、今回は』
「そろそろね、いいんじゃないかと思うんだ。彼と彼女の距離は縮まっている。今回でさらに縮まることも期待できる。ならばきっかけが必要だ。最後の段階を踏むための」
『そういう。ことか。当機には』
「そうだよ、準備をしてもらうよ」
『了解した。同志よ』
その言葉を最後に、無の空間に合成音声は響かなくなった。
「またね、コードA(・・・・)」
宇沙はいつもの表情のまま、その空間から静かに消えていった。
▽―▽
『………』
両陣営睨み合っていた。そして口を開く。
『まさか、目的の半分が同じとは(・・・・・・・・・・)』
両陣営とも世界を変えるために。アフレダの解決策を探して動いている、と言う点は完全に一致していた。そのために自然王を求め向かっていることも。彼らはそんなことがあるとは、夢にも思っていなかったが様子だが。
主張の仕合の初めも初めもで、そんな共通項が見つかっては、自分達の方が正しい…優れた意見だという考えがあった以上、双方が衝撃で言い合いを一時的に止めてしまうのは、何も変なことではない。
そうはいっても、直ぐに花枝が話し始めたことで、主張の仕合は再開された。
「なら、話は速いわ。アンタらは残り半分で間違えている。私たちの目的のもう半分……その具体的手段を教えてあげる」
「……間違えているだと?ふざけるな」
「まぁ、聞きなさいよ。…………私たちはね、アフレダの解決策を見つけたら、アイルランドのコードA本体の所に行って教え、思考のるつぼから脱してもらう。そして世界の人々を開放してもらうのよ。解決策さえ見つかればいい。そうすれば、コードAは、かつての生活ができるよう、頑張ってくれるわ」
花枝は両手の人差し指をアソシアードにビシリッ、と向けて続けた。
「これが最も安全な方法よ。対してアンタ達は危険な方法しかしてない。女神機関を破壊し続け、閉じ込められた人を自由にしている。これは一見素晴らしい事に見えなくもないけど、本当は非常に危険よ」
冷静な声で、花枝は続ける。
「十二年閉じ込められた人が、自由であることに気付いたらどう思う?真っ先に誰かに会いに行こうとするでしょう。そして、会えれば高確率で消える。会えなければ、一度でも会える可能性をかみしめ、そのために生じたストレスでまだアフレダの解決策が見つかっていない状態では、人の消滅を余計に早めるだけよ」
「…………」
「いい?アンタ達は、人の全滅の未来を早めてるだけ!会えるようにする云々の前に、誰もいなくなってしまうわ!本末転倒よ!」
「……む。それは……」
間違っていない。その側面があるのは事実だ。だからアソシアードは少し言葉に詰った。
「それを抑制するために、コードAは人の幽閉を選択した。限られた選択肢の中では、最良だったと、私は思うわ。時間稼ぎとしては優秀よ。」
「……そうかよ」
「私たちはね、それを有効活用して、必ず世界を十二年前と同じに戻してみせる。あの世界が、もっともよい世界だったと、思うからね!」
花枝は腕を組んでふんっと、息を吐く。
「分かったわね?私たちの目標が達成されれば、世界は平和で、素敵なものに戻る。これのどこに悪い所があるのかしら。論破なんて、できっこないわよ!」
言いながら花枝はアソシアードに顏を近づけ、
「諦めなさい。アンタ達の考えは、所詮くだらない、最低な、ただのゴミ。私たちの正しさを認めなさい」
きっぱりとそう言い放つ。
「…………」
無言の彼。
それを見た花枝は論破に成功したと思ったのか、
「ぐうの音も、土偶という音もあげられないようね。分かったならいいわ。今までの事は、忘れはしないけど、一々話題にあげたりしない。さぁ、私たちの仲間になりなさい」
自信ありげに手を差し出した。
だが。
「フッ……」
パシリッ、と。その手は弾かれた。不敵な笑みを浮かべるアソシアードによって。
「な………」
花枝が絶句する中、彼は口を開く。
「ゴミとは。言うところまで言ってくれたな。なら、さっきの宣言通り、私はお前たちの主張通り、論破してやろう」
「な……なんですって………何も悪い所なんてない以上、そんなことできるわけが」
アソシアードは目を細め、続けた。
「…自分たちの目的のため、幽閉され、ストレスでアフレダに変わり、そして消えていく………この命たちを、お前たちは見捨てるのか、身勝手に」
「な!?そ、それは………」
痛い所を突かれた、という彼女の思考が表情に現れる。
彼女は冷や汗を流しながら数歩下がる。
「これで正しいとは……会えて古風な言い方をするなら、笑止千万!これなら私達の方が正しいな」
「な、なんですって……」
「確かに私たちは、人の消滅を早めているかもしれない。だが、閉じ込められたまま消えるなど、どう考えても苦痛以外の何物でもない。だれもが、誰かに会いたいと望んで、今をむりに生きている。私たちは、そんな人々を自由にしているんだ。例え消えるとしても、会えない苦しみで消えるより、会えた喜びで消えた方がましだろうしな」
「……く」
「……お前たちは、自分たちの事だけしか考えていない!間違っているのはお前達の方だ!今なお囚われている人に、選択の自由を与える私達の方が、よっぽど正しさがあると思うが?」
「何よ………」
「それに、もう一つ間違っているところが、お前たちにはある」
「な!?そんなバカな!?」
信じられない、といった顔をする花枝。
「………お前は世界を十二年前に戻すと言ったな。その世界がもっともよい世界だからと。………これがそもそも間違っている」
「は?」
花枝は呆けたような顔になる。
「……十二年前の世界とは、コードAが管理する世界。だがそのコードAは、人を幽閉するなどと言う、ある意味で最悪の選択をし、人をまるで家畜のごとく管理しているじゃないか」
アソシアードは意趣返しと言わんばかりに花枝に指を突きつける。
「そのくせ、解決策を見つけられず、ずっと状態を変えられなかった。こんな奴に運営される世界は、果たしてもっともよい世界と言えるのか?目的のためには手段を選ばない、感情もないただの機械に」
「………」
花枝はいつの間にか、静かに続きを聞いている。
「人は管理される。その状態も、はたして最良なのか?これでは状態として、家畜と大差ないぞ?それでもお前たちは、十二年前の世界が最良だと言えるのか?どうなんだ!」
アソシアードは、したり顔で叫ぶ。
だが、花枝は先程のような、悔しそうな顔はしていなかった。
「………バカね。勿論言えるわよ。あの世界は一度も戦争なんておきず、落ち着いて過ごせる、理想の世界。別に昔の海外映画みたいに、管理コンピューターに洗脳とかされたりしてたわけじゃない。過去の諸問題も、全てとはいかずともある程度解決していた。それ以前より遥かに良いわ」
「……っ」
勢いのまま論破しようとしていたアソシアードだったが、花枝の切り返しに驚き、言葉に詰まる。
「ただの個人の主観じゃない。私や詩君はね、歴史から判断してるの。なんか変なものが生えるようになっても、私たちは研究者だからね、多くの分野における。世界の良さの判断は、感情論なんかじゃないわ」
花枝はアソシアードに再び人差し指を突きつけながら言う。
「………どうにしろ、目的という理由さえあればと、犠牲を容認している点は、悪だな」
「……話題のすり替えをするんじゃないわよ!それだったら、アンタらは人の消滅を早めてるじゃないの!」
「何?」
花枝とアソシアードは互いににらみを利かす。
お互いの主張には、突かれると痛い点が存在する。価値観はどうやら同じ。ならば、相手に対し、自分の意見の方が優れている、正しいとは言えない。互いにつつける場所がある故、論破をしきることが出来ず、膠着状態に陥るしかない。
だから暫く双方、睨み合ったまま時が過ぎたとき、彼はいきなりこう言い放った。
「私たちはコードAを信頼していない。だからこそ、その判断を否定し、女神機関を破壊し、人を自由にする。アフレダの解決策を見つけた暁には、コードA本体を破壊してやる。そうすれば、二度と同じような世界にはならない」
「……コードAを破壊する!?バカ言ってんじゃないわよ!」
花枝が驚き、声を荒げる。先程からずっとそうだが。
「バカはどっちかね」
アソシアードは余裕そうに言った。
「これは、ふざけた考えなんかじゃないってわかったか?真剣に考えてるんだよ……御枝は。真面に残っていない理性を総動員して、真剣に、必死に、考えて、出した結論だ。それをゴミ扱い何てさせない。大切なあいつの思いを、な」
彼女の熱意と本気さは伝わっているからこそ、大切な彼女の思いを、否定させるわけにはいかないのだ。
「………アソシアード」
それを、彼女は見ていた。
すぐ近くで。
「アソシアード………!」
管理人が通った扉が砕け散った。そこには、上総にそこにいてアソシアードが論破し、仲間に加わる様を見ているように言われ、その言葉を理解できない状態にありながらも立っていた少女がいる。
「な!?御枝ちゃん!部屋の外で待っててと………」
上総が驚いて声を上げる。
だが彼女……御枝は、気にせず、涙を流しながら彼に抱き着いた。
「……って御枝!?」
アソシアードは驚き、振り向く。
その時、
(……なん、だ。なにか……とても暖かい………)
心の芯が、温まったような気がした。空っぽだったものが満たされたような、漠然とした感覚があった。心地が、よかった。
その感覚は、とても単純で、日常的で、普通で、だからこそ、実感しづらいもの。そしてそれを、彼はまだ分かってはいなかった。
「ありがとう、私の思い、大切に思ってくれて」
御枝の言葉には、うれしさがにじみ出ていた。
「あ、ああ。当たり前だろ。大切だしな、お前は。だから気にするな」
「うん?どういうこと?」
「………御枝」
だが、彼女はアソシアードの言葉の意味をあまり理解してはいない様子だった。
他人からの思いやりの気持ちを、会う事に関係していなければ感じられない。やはりどこか、かわいそうな彼女だった。
「………そう。今の世界、会えない世界を変えようとする意志は同じ。けど、その先に求めるものが違う。………なら、アンタたちと仲間に成れるはずがないわね」
くっつく御枝の様子に刺激されたのか、花枝は詩に抱き着きながら呟く。
「しかし思っていたよりは、しっかりした意見だったわね。良い討論だったように、感じなくもないわね………ま、敵意が増しただけだけど」
「宇沙……何故ここまで考えられた意見を用意して……したのか?御枝ちゃんに入れ知恵したのだろうが………こんなものじゃなく、人を消す行動をさせるなら、もっと別のものであったほうがいい………」
一方、上総は首をひねっていた。御枝のことはもう無理だと悟ったらしく、少し悔しそうな雰囲気が残っていた。
「………ねぇ。あなたたちは、会えない世界の変え方について、考え、変える気はないの?」
低いトーンで、唐突に御枝が訪ねた。
花枝や詩は、急に正気にでも戻ったかのように、まともなことを話す御枝に驚きつつも、首を縦に振る。
「当たり前よ。そっちこそないのね?」
「そうだよ……コードAがいたら…また同じなるかも……それはダメ。ずぅっと…在る世界にする」
御枝が目を細める。
「そう…」
花枝もそうする。
そして、お互いにはっきりと言った。
『仲間には絶対になれない、敵』
彼らの目的の半分は、致命的なまでに食い違っている。それ故、いかなることがあろうと、同じ道を歩むことなど、あり得ないのが、ここまでのやり取りで、お互い分かったのだった。
『……そうか。同じ道を歩まぬか。ならば仕方あるまい』
何の脈絡もなく、力強い声が響いた。
『な、なに!?』
全員(宇沙だけはいつもどおり)が驚き、それぞれに辺りを見回す。
そんな中、もう一度声がした。
『部屋の中心を見上げよ』
全員がなんとなしに指示に従い、天井を見た。
天井の木の一部が歪曲していている。円を描くような形状の内側には、深淵が広がっていたが、それが徐々に晴れてくる。
そして、それは姿を彼らに見せた。
『諸君、初めしてだ。我は…………自然王である』
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』
全員の驚きと悲鳴が、部屋を埋め尽くし、
「一体何をやってんだ?」
「………あまりにも、うるさい」
『確かに』
あまりの音量に村人の意見が一致していた。
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