会いたくて、会いたくて。アイタイの
結芽月
プロローグ
少女は、巨大な都市の端にいた。
空に届くほどに高くそびえ立つ、植物に覆われた超特大の建造物。
その中にある無機質な一室に、である。
「……どうして、誰にも会えないの(・・・・・・・・)……」
その独白は、響き渡る雷鳴にかき消される。
ちょうど台風が直撃していることで、外は激しい雨だった。
吹き荒れる風の音。
窓を絶え間なく、容赦なく叩く雨粒の音。
窓を、まるで人の頬を伝って、涙が零れ落ちていくかのように、雫が次々と流れていく。
轟音は鳴りやまず、窓の軋みは収まらない。
「どうして」
彼女はやや大きめな部屋で一人、静かにソファーに座っている。
暗いその空間の隅で、一機の車輪移動のロボットが、不気味なほど静かで安定した駆動音を立てつつ、いつものように配給される物資を片付けている。
「……………」
彼女の目の前の机には、水の入ったコップと、数個の包装された錠剤が置いてあった。
「……こんなので、何になるっていうの………」
彼女は急に立ち上がり、錠剤を右手に、コップを左手に待つ。
「このぉ!」
そして、錠剤をゴミ箱の方に投げ、彼女は水を頭からかぶった。
「!」
冷たい。余りも冷たい。そこに一切の温もりは存在しない。
まるで。
「今の世界(・・・・)みたい………」
世界を束ねるモノが、そうあれとした時から、ずっとそうなった世界のよう。
人と人が触れ合う温もりはない。
思いを伝えることもできず、共感に喜ぶこともできず、そもそも感情を動かすことすら許されない。
温もりは、それらのものがなければ生じえない。会って、言葉を交わす。そうして初めて感じられる。感情ありきで。
それらが取り除かれるなら、人はただ生きるだけの、機械にも近いものになってしまう。
「ああ……ああ……」
髪が水で濡れた彼女は、ゆっくりと窓に歩いていく。
その鼓動は、先ほどと比べると異常なまでに早まっていた。
「会いたい………」
ボソリとそう言う彼女はその柔腕を伸ばし、小さな手を窓に付ける。
(冷たい……)
外の大雨、雷、突風はやまない。
視界不良も甚だしかった。遠くどころか近くの景色もまともに見えない。
目を凝らせば、誰かの家は見えた。
「遠い………」
その見づらさは、その少女を………いや、この世全ての人類を仕切る、巨大な壁の様に思えた。九年前からの。
「………」
小さな手が震える。愛らしい瞳が揺れる。
その奥にあるのは、寂しさ、不満、その他諸々。
「会いたい……会いたい……」
鼓動がさらに早くなる。
息が荒くなる。
汗が噴き出る。
瞳が揺れる。
「会いたい……会いたい……会いたい……会いたい……会いたい」
少女の瞳が………狂気に近しいものをはらむ。
そんな中で、ゴミ箱のふちに乗っかっていた錠剤が、ゴミ箱の外に落ちた。
先程の机の上には、いつも支給される(・・・・・・・・)その錠剤の説明文がある。
『精神沈静剤 一日三回 八時間前後の感覚でお飲みください。
※性別、年齢に関わらず、副作用はございません』
彼女はもう、十時間はこれを呑んでいなかった。
「ああ……ああ………」
震えるような声が部屋に響く。
片付けを終えたロボットが、錠剤を拾って少女に近づいていく。
「会う……会う……このままじゃ会えない………誰にも会えない……苦しい……苦しい……イヤ、イヤ………イヤぁぁぁぁぁぁぁ!」
心臓の鼓動が限界まで加速する。
瞳が震える。
顎が震える。
指が震える。
感情の薄かった声は、どんどん感情を帯びていく。
『警告。警告。直ちに薬をお飲みください。危険です。人間でなくなってしまいます(・・・・・・・・・・・・・)。アフレダになってしまいます』
ロボットはそんなことを機械音声で言いながら、台所に移動して新たなコップに水をくむ。そして少女にそれと錠剤を指し出す。
「……会いたい……誰でもいい……」
『警告』
「……いつでもどこでも好きなように……」
『警告』
ロボットの警告音が、少女に届くことはなかった。
「……会う。会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う会う……」
彼女の体が痙攣しだした。
雷鳴と光りが同時に来る。
それと同時に、彼女が握っていたコップが床に落ちた。
『警告』
激しい音とともにコップが砕ける。
床との接触面からひびが入り、同じ順番に次々と、上に向かって砕けていく。
砕けたコップ、そのガラス片は広がって次々に床に落ちていく。
「……そう、そう、そう!会う!会う!会う!会う!会う!会う!」
ひと際大きな雷が生じる。
その時だった。
『警告。警告。直ちにくす………』
ロボットの胴体が砕けた。
その胴体には杭のような形の、硬質の物体。少女の背から突き出たそれが、機体を貫いたのだ。
『ア……フレ……タ…ダ』
直後、機体が爆発する。
破片が飛び散り、煙が立ち込める。
「………」
その中で、ただの少女………だった彼女は立っていた。
杭のような物を、その背に幾つも生やして。
「会いたい、なぁ………」
爆発で割れた窓ガラスから入ってくる雨と風が、彼女の全身を打った。
「それじゃぁ………会いにいこう……誰でもいいから人に」
そう言って彼女は割れた窓をくぐり、ベランダに出る。
そして世界を見下ろす。
「誰にも会えない世界……」
そう。世界は九年前から、人が人に会うことも、何かを通じて触れ合う事もできなくなっていた。
全ては人が存続するため。そのはずだったが…それが無駄なことは、既に判明していた。
それでも、他にどうしようもないから、アレ(・・)はそれ以上何もしなかった。思考のるつぼにはまり、全ての命令を停止し、世界は何も変わらなくなった。
「………もう、そんなのヤダ…………私は会うの。絶対に」
そういって彼女は、ベランダから飛び降りた。
静かに、眼下の世界へと落ちていく。
それを見つめる怪異(・・)は静かに笑った。
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