ヤリチン男と安楽死志願ガール
山田 マイク
第1話 月
私は死ぬことを選んだ。
2050年。
政府は特定の難病と精神疾患に認定された成人に安楽死を選ぶ権利を認め、「自律的安楽死法」を施行した。
処置は薬物。
医者の話では眠るように死んでいけるらしい。
私は今年16歳。
ギリギリだけど2052年現在の法律では立派な成人だ。
私には重度の精神疾患がある。
そのために親を傷つけ妹に憎まれ親戚に迷惑をかけてきた。
友達を無くし社会から断絶され孤立した。
もう人に迷惑をかけるのは嫌だった。
しんどい想いをするのは無理だった。
家族を説得するのは比較的容易かった。
家族は私から酷く迷惑をかけられていたし、そして何よりも私が苦しんでいるところを間近で見てきたから。
それでも何度も引き留められた。
生きることを諦めるな、なんて言葉は一つも言わなかった。
それよりも、「もうちょっと後でもいいんじゃないか」と何度も言われた。
あなたを苦しみから解放することをもう止めない。
けれども、私たちはあなたと少しでも長く一緒にいたいから。
少しでも生きていて欲しいから。
そのように言われた。
救いだった。
あんなにも迷惑をかけられたのに、まだ私に生きていて欲しいと言ってくれるんだと思った。
私の人生は辛く厳しいものだったが、少なくとも私が生きた意味はあったんだと思った。
苦労したのは同級生たちだった。
彼ら彼女らはあらゆる美辞麗句で私を引き留めた。
まだ16歳。
夢も希望もあるのに。
絶望するほどの年齢ではないのに。
そのように強い口調で説得した。
死ぬことはいけないこと。
その前提が、私とはまるで異なっていた。
彼らの言葉はまるで物語のようだった。
漫画の主人公が、悲劇を創るために用意された不幸なキャラに語りかけているシーンを想起させた。
いかにして私を救うかではなく、いかにして私にこの悲劇を克服させ、そのことで感動しようとしているかのように思えた。
泣いている人もいたけれど、私のために泣いているようには思えなかった。
最後まで、私の決断を認めてくれる人はいなかった。
彼らにとって、死は悪なのだと思った。
絶対的に悪いことで、不吉なことで、忌避すべき邪悪。
だからそれを受け入れた私も、彼らにとっては悪なのだった。
私は自室のベッドに横たわり、夜風にあたっていた。
月が綺麗だった。
入院まであと10日だ。
そしてその日の内にはもう処置が施される。
それが私の寿命。
それが私がこの苦しみから解放されるまでの距離。
月は、まるで夜に穴が開いたように明るかった。
完全な真円じゃなくて、ちょっと歪な丸。
そこが気に入って、私はずっと月を見ていた。
「おっす、高梨」
いきなり、窓から顔が生えてきた。
私は驚いて目を真ん丸に見開いた。
金髪に太い眉毛。
大きな目。
綺麗な二重。
見覚えのある顔だった。
たしか、隣のクラスの水川。
「俺のこと知ってる?」
「え、ええ、まあ。水川君、だよね」
私が言うと、水川はよっしゃとガッツポーズをした。
「な、なに。いきなり何しに来たの」
私はいいだけ戸惑いながら言った。
「いや、お前が死ぬって聞いてよ」
水川は満面の笑顔で言った。
「うんまあそうだけど」
私は目をそらした。
「だから、なに? 一体なんの用?」
なんだこいつと思った。
面識もない人の家にいきなり来るなんて。
非常識だし、無礼だし、何よりも頭が悪い。
そもそもこれから死ぬ人に死ぬらしいなとかいう時点でバカ確定。
デリカシー0。
知性0。
顔も不細工とは言わないけどやたら濃くて好みじゃない。
あんまり見ていて快い顔ではない。
そのようにイライラしていると。
水川はこう言った。
「いやな、だったら死ぬ前に、一発ヤらせて欲しいなと思って」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます